カテゴリー「日々の雑感」の366件の記事

2009年10月26日

太った。経済学。MT。

いろんなことをしているが、地に足がついていないことを反省する日々。

いろんなものにゆず胡椒をつけたくなる秋から冬への日々。

この1ヶ月で2キロ近く太った。自分のベストだと思っていた体重から、最大4キロ以上落ちていたので、なんとか戻したかったのだが、なかなか戻らなかった。それがここへきて、急な増加。ひとえに精神的なものが大きいと思う。気の持ちようを変えてからストレスがかなり減った。

ジェフリー・サックス著『地球全体を幸福にする経済学』(早川書房)を読む。「みんな協力したら、人口問題も気候変動も水問題も貧困も、絶対に解決できる」というメッセージを、データや過去の実績を通して訴えている。

私たち人間は、見えない力に動かされる歴史のこまにすぎないとはいえ、同時に、歴史を動かすこともできる存在だ。世界が共有の目標のもとに結集するか、それとも戦争と相互不信に陥るかを決めるのは、私たち自身の意志である。成功へのチャンスは、私たち一人ひとりが、社会のそれぞれの立場で、どれだけ変化を求める積極的な力になれるかにかかっている。とどのつまり、ジョン・ケネディがいったように、平和とは魔法の杖の一振りで得られるものではなく、「多くの行為の積み重ね」であり、一つのプロセスなのだ。(中略)エネルギーと勇気をもって、断固として「ノー」に抵抗しよう。最後の「イエス」を勝ち取る日まで。(p. 421)

いいですね、こういうの。冷めたことしか言わない学者が多いなかで、こんな熱いこと言えるのは、主義の違いを超えて愛すべきスカラーだと思う。

ブッシュ政権への痛烈な批判も随所に盛り込まれている。「テロとの戦い」と言いながら、長期的にそれを助長するような政策のミスばかりしてきた、と。

そういえば、ブクログは何も更新していないなあ。そのうち、ブログを全部ひとまとめにして、自分のポータルを作って管理・発信しようと思っているが、来月出る予定のMovable Type 5 が使い勝手が良さそうなので、それまで待つつもり。昔、MT3でブログを作ったこともあったが、当時と比べたら、かなり機能はレベルアップして、使いやすそうなので。

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2009年10月 3日

区切りをつけて新たな出発

ここ数年間、実家の諸々のことを引き受け、防波堤となって対処してきたが、9月できっぱりと区切りをつけることにした。あれこれと悩み苦しんだが、前向きな決断だと信じている。肩の荷が下りて、ここ数日ずっと背中に鈍い疲れを感じる。

これからまた新しいことに挑戦しようと思うし、中途半端なかたちになっている仕事も広げていきたいと思う。この週末は、何人か仕事の関係者と会いながら模索を続けている。

それにしても、いつも土曜日の朝は気持ちがいい。今日のように晴れて涼しいときは、なおさら。ポカポカした縁側でコーヒーを飲みながら、日経マネーやForeign Affairsを読む。こんなに気持ちが和らいでいるのは、いつ以来だろうか。欠伸してばかり。

ずっと気になっていたFacebookに登録してみた。誰か昔の知り合いがいるかなと思って探してみたら、写真があって特定できる人が何人かいるのはいるが、今さらつながってみるのもどうかな、という程度の人たちばかり。そもそも、Facebookって何か特別に便利なのかなあ? まあ使う前から考えても仕方ないのだが。

それから、もっと分からないのは、twitter。そんなにいちいち、つぶやきたいものかなあ。でもなあ、ブログも、始めるまでは「そんなに自分のことを書きたいもんかなあ」と首を傾げていたことだし。なんでも試してみる価値はあるんでしょうね。流行っているということは、そこに何かしらの魅力があるのだろうから。

では、これから心機一転がんばりまする。うーん、旅をしたい、恋をしたい。

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2009年9月15日

FP2級を受けた

13日に、FP技能士2級の学科と実技試験(個人資産業務)を受けた。即日発表された解答で自己採点してみると、どちらも合格点は超えていたので安心した。

データによると、いつも2級は2~3割しか合格していないので、3級と比べると少しは難しい。それは、3級のときのように試験を早々に終えて出ていく受験者がほとんどいなかったことからもわかる。僕は今回、過去問をどれか1回分通しでやるという練習を全くせずに臨んだので、時間配分が分からず焦った。午前も午後もひととおり見直しまで終えたのは、終了5秒前(5分前じゃなくて)だった!

AFPの通信教育も受講しているが、近いうちにAFPと2級の資格を取れるので、福岡・佐賀・長崎あたりで、誰か仕事くれないかなあ。本気で。でも、独立系のFPって、日本ではまだまだニーズがないですね。

将来的に何かに活かせればと思って勉強しているFPだが、お金っていうのは誰にでも関係してくる話だし、2級レベルまでいくと、かなり幅広く勉強することになるので、関係業種の人だけでなく、誰でもやって損はしない勉強だと思う。実際、「家計や家族の人生設計のことを考えて」勉強する主婦も多いのだそうだ。

大学時代に今ぐらいの知識があればなあ。もうちょっと堅実で真っ当な道を歩んでいるだろう。もう人生の半分を過ぎようとしているというのに、しかも活発な動きはもう4半世紀ぐらいしかできないというのに、「俺って何してんだろう」と落ち込んだりもしている。そんな話はまた今度。

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2009年8月 9日

父にかかわる事ごと

1日半掛けて、庭の剪定をしてもらった。亡き父にちなんだ大好きな松もすっきりとなり、見た目が若くなった。

剪定後の松

先月末、大家族みんな集まって父の23回忌を行なった。昨日は、母・姉と墓参りに。何をするために生まれてきたのか、いまだにはっきりしない人生を送っていることに対し、申し訳ない気持ちになる。帰りに、よく父に連れて行ってもらった庶民的な中華のお店に寄って、たらふく食った。

釣りたての小アジをたくさんもらったので「南蛮漬けにしよう」と言ったら、案の定自分で作る羽目になった。料理はやり出すと楽しいもの。アジはゆっくりと揚げる。玉ねぎ、にんじん、ピーマンがあったので、それらを細切りにして、タレにからませた。ちょっと酢を入れすぎたようだが、まあ夏だから良しとする。ひと晩、冷蔵庫で漬け置きしてから頂いた。頭から尻尾まで丸ごと食べる。うまい。

ここのところ、時間があると、『ファウスト』を読み返している。

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2009年8月 6日

友人とゆっくりと

7月をなんとか乗り越えて、ひと息ついた。身の回りがたいへんなときは、なかなか書く気も起こりませんね。

昨日、韓国の大学で教鞭をとっている友人が帰国していたので、福岡で会った。

行きつけの昔ながらの喫茶店で昼食。東京にいる頃、僕らは好んでそういう店に行っていたし、お隣の国ではまともなコーヒーさえほとんど飲めないのを知っていたので、彼が喜ぶのは目に見えていた。「おお、ナポリタンがある」といって、懐かしそうに食す。

隣の席に、ソフトバンクのユニホームシャツを着た女性が座った。黒地にピンク色でラインや文字が入ったレディース用で、ホークスファンのうちの姪っ子も欲しがっているアイテムだ。ソフトバンクの携帯ショップの人かと思ったら、今日は観戦に行くので着ているとのこと。その時点でまだお昼だというのに、その気合の入りようにちょっとのけ反ってしまう。でも、そのシャツがとってもお似合いの、いい感じの女の子でした。

梅雨明けしてとても暑かったので迷ったが、彼と一緒に太宰府まで電車に揺られて行った。国立博物館でやっている奈良・興福寺の阿修羅展を見るため。意外と人は多くなかったので、すんなりと入られて、ゆっくりと観賞できた。

阿修羅の顔、とくに正面を向いているあの顔は、とても人間的だし、現代にも通じる顔をしているから不思議だ。しかも、確かにイケメンである。その辺にいそうなリアルな美しさを阿修羅の顔はかもし出している。天平の時代、一体どういうイメージであの顔が制作されていったのだろうか。

友人は、黒木瞳が音声ガイダンスをしている、というだけで、500円出して機器を借りていた。「暗闇で聴く黒木瞳の声はいい」と、アホな妄想をしている。途中、何度か無理やりその声を聴かされた。

帰りがけ、太宰府天満宮の参道で茶屋に入って、抹茶と梅が枝餅を頂く。ここへ来て、この餅を食べずには帰られない。家族へのお土産として、いくつか包んでもらう。

半日、高尚なことから猥雑なことまで楽しく話ができて、すっかり気が楽になった。

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2009年5月13日

器は大事

テレビを見ていていちばん吐き気を催すのは、報道特に事件において、語気を荒くして当事者を非難するコメンテーターである。
なかでも、検察や警察出身者のコメンテーター(最近多くないか?)なんてひどいもので、尊大な態度で自らは無謬とでも言わんばかりの言動にはうんざりだ(顔つきからして嫌だ)。
この検察王国においては、自分がいつ同じ目に合うかわからないのだから、そのことを常に念頭に置いて、表面的で受けのいい怒りの言葉ではなく、業ともいうべき人間性の深みに根ざした味のある言葉を発してほしいものだと思う。

草なぎ剛や小室哲哉は、また一から頑張ればいいさ。
時間かかるだろうけど、誠実に生きていれば、きっと理解し応援してくれる人たちが集まってくる。
ホリエモンも2年ぐらいは発信する気力がなかったらしいが、このところ毎日のように吠えている。
彼の罪の是非は別にして、検察批判は大いにやってほしい。
政治家はなんだかんだいって、常に国民の目に晒されてそれなりにチェックされているからいいけど、検察なんてほとんどの人は何にも知らないからねえ。
小沢一郎の一件で、ざまあ見ろ、と思っている青年将校のような検事もいるのだろうが、これでもし今回も政権交代ができないようだったら、僕は東京地検を恨むよ。
自民党がいいとか民主党がいいとかではなく、日本の政治がダメなのは、政権が変わらないから、という一点に尽きる。
大局観を持てないような正義なんて、ただの独我論で迷惑なだけだ。

さて、ちょっと前に古い食器を整理していたら、いい感じの盃と徳利が出てきた。

徳利と盃

徳利と盃

一目で気に入る。
父のお客さんだった伊万里焼の某窯元のもので、おそらく30年ぐらい前に作られたもの。
山水の絵柄がなぜか全然古くさくなくって、じっと見ていると実にいいのです。
盃がきれいに円くなく、しかもひとつひとつ微妙に形が異なっているのも趣がある。
下から見ると中の文様が透けるぐらいに薄く、そのせいか、ひとつは少し欠けてしまっていたが、4つは使えそうだった。

時を同じくして、おいしい地酒を一升瓶で2本頂いたので、このセットを使って飲んでみたのだが、そのとき僕はひとつ、はっきりとわかったことがある。
それは、器は大事だということ。
そりゃあ元々おいしい酒かもしれないけど、入れ物が違えば、気分も変わる。
気分が変われば、味も酔い方も違ってくる。
器によって、見た目のおいしさも違うし、贅沢感も出る。
なんだかんだと楽しくなるのだ。

これだと何杯でも飲めちゃいます。
というわけで、渋く日本酒を口にしている今日この頃。

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2009年5月10日

そろそろ、また書こうかな

最近何かと難しい状況に追い込まれていて、全然ブログを書きたいという気分になれなかった。
でも、この間高校時代からの友人と久しぶりに会い、彼の抱えている苦しみに寄り添ったあたりから、気の持ち方が少しずつ変化してきて、僕の心にも晴れ間が見え始めた。

人知れず心の奥底に悲しみを抱いている人間を僕は愛す。
どんなに立派な人間だと世間で言われていても、悲しみから来る人間性の深みを感じない人を、僕は好きになれないし、薄っぺらいと感じてしまう。
快活な人も、それが悲しみに裏打ちされていなければ、一緒にいて退屈だ。
最近僕は思う、悲しみを湛えて精一杯生活している人たちとともに生きていきたい、そしてそのために僕自身は強くあろうと。

畑はひと冬越えて、それらしくなってきた。
この間土を掘り起こしたときに、さらに少しだけ広げて、今はナス、トマト、ゴーヤ、キュウリ、パプリカの苗を植えている。
秋に種蒔きしたサヤエンドウがここへきて一気に伸びてきて、毎日のようにちぎっている。なのに次の日見たら、またどこかしらで生っている。
今、家庭菜園がブームらしいが、確かにこれは楽しい。

家から車で20分ぐらいの所にいいカフェがあるのを、昨日他の人のブログで知った。
モンネ・ルギ・ムックというカフェで、ここから山を越えた波佐見町という所にある。

波佐見は、有田の隣ということもあって焼き物の一大拠点だが、古い製陶所の建物をカフェとして使っているということで興味をそそられ、今日さっそく行ってみた。
結論としては、良かったです。いや、かなり気に入りました。
ありがとう、見ず知らずのブロガー様!という感じ。

まず古い建物だっていうのがいいし、中の雰囲気も良かった。
エスプレッソベースのコーヒーはボリュームがあり、好みの苦みでよかったし、チーズケーキもおいしかった。
それに、周辺も昔の建物が残っている。落ち着くなあ。

外観はこんなです。

モンネ・ルギ・ムック

座っていたイスから外のほうを撮った写真。

モンネ・ルギ・ムック

うん?、ケーキの写真は? コーヒーは?
ありません。
どうにも、それをする勇気はありませぬ。

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2009年2月28日

畑づくりのその後

昨年秋に始めた自家菜園は、1か月ほど前から、伸びてきたネギやシュンギクを適当に切って、時々口にしている。

これは今日取ってきて食べたもの。チンゲンサイ、ネギ、ミズナ、シュンギク。土がまだまだ痩せているので、たいした出来栄えではなく、とくに風味がどれも足りない気がするが、それでも自分で育てたものは買ってきたものとは違う愛着がある。野菜さんたちに感謝して頂きました。

Veg

かなり集中して作業している昨今。そんななか先日、高校生の姪が「これ、おみやげ~」といって持ってきたのが、MaxFactorの小さなパンフふたつ。綾瀬はるかがとってもかわいかったから、きっと気に入るだろうと思って、デパートの化粧品売り場から持ってきたらしい。

こんな写真です(法的な問題があるかもしれないので小さめに)。

Haruka

この効果は抜群で、やる気が落ちてきたときにふと眺めると、また元気になりまする。

姪が「前髪が私とかぶってる」と言うので、即座に「それは似て非なるものだ」と却下したら、「げー、ひどい!」と叫んで去って行った。

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2009年2月21日

赤ん坊の頃

寒い寒いと震えているうちに、気づくともう梅の季節になった。梅には、凛としていて厳かで落ち着いた美しさがある。僕は昔から梅が好きだった。

新しくネットショップを立ち上げるべく、地元の企業の方たちと打ち合わせや検討を重ねている。僕自身が「ここだったら間違いない」と思う生産者や製造業者を厳選して交渉しているのだが、皆さん乗り気になってくれて順調に進んでいる。こだわりをもって仕事をしている人々と話をするのはとても楽しい。お茶と焼き物とお米で、まずは契約を取り付けた。

そんなこんなで、バタバタしています。作業部屋を作るべく、倉庫代わりにしていた部屋を片付けていたら、僕の赤ちゃんのときの写真が出てきた。まあ田舎だこと。

My_photo1

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2009年1月27日

なんとやっと今年初めてのエントリ

年が明けてもうひと月経とうとしている。

どうして何も書かなかったというと、こういう匿名のブログに嫌気がさしてきて、どうせならちゃんとしたサイトを作ろうかなと思ったりしていたから。しかし、実際的にそんなことにせっせと時間を費やすわけにもいかず、また公けの立場でもあるまいし、わざわざ実名で発信する意義はないだろうと悩んでみたり。でも、自分メディアはちゃんと持ちたいし、そのためには責任が生じる方向へ自ら追い込む必要はあると思う。まっ、そのうちに。今は、大したことも発信していないので、どのみち意味がない。

そういえば最近、知り合いが某経済誌のオンライン版で政治関係の連載を持っているのを発見した。去年の夏からやっているようだ。大学でも職を得たらしく、わがことのようにウキウキした。

連載の内容はというと、かなり大上段に構えた物言いで、そこまで断言できるバックグラウンドがあるのだろうかと、勝手な心配をしてしまった。危うい橋を渡っている気がしないでもないが、それこそ責任もって書いているだろうから、これから参考にさせてもらおうと思う。フィードの購読にさっそく登録した。

さて、年末に読み始めたフランシス・フクヤマの The End of History and the Last Man を今月半ばに読了。日本語版も読んだが、こうしたややこしい議論をしている本にありがちで、日本語より英語の原書のほうが断然スッキリと頭に入ってくる。

10年以上の時を経てあらためて読み返したが、じっくり内容を追っていくと、別に納得できないところはない。この人も誤解されているなと感じる。単純な図式で、冷戦が終わり西側の民主主義が勝利した=歴史の終わりだ、と叫んでいるのではないし、これから先のことを断言しているわけでもない。そこには、ヘーゲルを軸に、プラトンからホッブスやロック、カントを経てニーチェにいたる西洋の Natural Man (自然人)や Universal History (普遍的歴史)に関する深い哲学的考察があるのであって、そこから紡ぎだされる「人間とは何か、何を求めているのか」という姿のほうが、重要なのだと思う。人間は根本的に「認知」への欲求があるのであり、それを求めることで、歴史が進み、社会が変化してきた、という主張には、大きな間違いはないはずだ。

それに、歴史の終わりに登場する自己の利益のみを追求する人間たちへの懸念は、今の supercapitalism に通ずるものがある。そこから反動で歴史があと戻りすることのないように、社会のかじ取りをどうしていけばいいのか、という難しい問題が私たちに突きつけられているということを、フクヤマ氏は言いたいのだろうと思う。

ところが、著者が何度か念を押しているところから推測するに、「歴史の終わり」を文字通り時系列な歴史が終わる、と大きな勘違いをしている批判者もいるのだろう。それではまるで話のレベルが違うのであって、最初からまったくかみ合うはずもない。

この本を手始めに、今年はせめて10冊ぐらいは英書を読もうと思う。なるだけ深みのある本を。

話は変わるが、日曜日にFP技能士3級の試験を受けた。3級から受けるしかないので受けたが、完全になめていたら、過去問をやってみると、基本的だけどいやらしく細かい知識を問う問題が多かったので、これはまずいと思って、さすがに先週は勉強した。金融商品から、税や不動産、相続まで、浅く広く勉強する必要があった。

試験後に発表された解答をみると、学科は8割正答で、実技(個人資産相談業務)は1問しか間違っていなかったので、マークシートの読み取り違いといったあり得ないことが起こらない限り合格だろう(6割正答で合格)。正直言って、学科の問題をやりながら、「げー、俺こんなの知らないよ」という箇所がいくつもあったが、常識に立ち返ることを基本にして、今までの経験を振り返ってみたり、勉強したことから派生して考えたりした解答の多くが正解であったことは、かなり嬉しかったし驚いた。

次に2級を取って、同時並行で民間のAFPのための単位も取得して、AFPの認定も受けるのが今年の目標。それが今の僕にとってどれだけ意味があるかはわからないが、とりあえず取っておけるものは取っておこうと。本当は、業務独占の資格を取ったほうが稼げるのだろうが、興味のないことをお金のためと割り切って勉強したいとは思わない。ただ、この世の中を生き抜くためにいろんな知識は必要であり、知らないがゆえに損している苦しんでいる人が多いので、そういう人たちを救っていくには、実務的な知のネットワークを作ってアドバイスすることは重要だろうと感じている。弁護士になっておけばよかったなと思うこともあるが、ビジネスのほうが苦しくても面白いので、僕自身は最終的に中小企業診断士が取れればいいかな。これも難しいわりには資格なくてもできる仕事だけどね。あっ、でも年取ったら大学院に入りなおして、学位を取りたいなあ。それこそ大いなる無駄だけど、人間は無駄なこともたくさんやらないと、深みのないつまらない人間で終わってしまう。タモリ倶楽部のような無駄はとっても大事なのです。

いろいろ書きたいことはあるが、夜遅くなったのでこのへんで。

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