カテゴリー「日々の雑感」の366件の記事

2009年10月26日

太った。経済学。MT。

いろんなことをしているが、地に足がついていないことを反省する日々。

いろんなものにゆず胡椒をつけたくなる秋から冬への日々。

この1ヶ月で2キロ近く太った。自分のベストだと思っていた体重から、最大4キロ以上落ちていたので、なんとか戻したかったのだが、なかなか戻らなかった。それがここへきて、急な増加。ひとえに精神的なものが大きいと思う。気の持ちようを変えてからストレスがかなり減った。

ジェフリー・サックス著『地球全体を幸福にする経済学』(早川書房)を読む。「みんな協力したら、人口問題も気候変動も水問題も貧困も、絶対に解決できる」というメッセージを、データや過去の実績を通して訴えている。

私たち人間は、見えない力に動かされる歴史のこまにすぎないとはいえ、同時に、歴史を動かすこともできる存在だ。世界が共有の目標のもとに結集するか、それとも戦争と相互不信に陥るかを決めるのは、私たち自身の意志である。成功へのチャンスは、私たち一人ひとりが、社会のそれぞれの立場で、どれだけ変化を求める積極的な力になれるかにかかっている。とどのつまり、ジョン・ケネディがいったように、平和とは魔法の杖の一振りで得られるものではなく、「多くの行為の積み重ね」であり、一つのプロセスなのだ。(中略)エネルギーと勇気をもって、断固として「ノー」に抵抗しよう。最後の「イエス」を勝ち取る日まで。(p. 421)

いいですね、こういうの。冷めたことしか言わない学者が多いなかで、こんな熱いこと言えるのは、主義の違いを超えて愛すべきスカラーだと思う。

ブッシュ政権への痛烈な批判も随所に盛り込まれている。「テロとの戦い」と言いながら、長期的にそれを助長するような政策のミスばかりしてきた、と。

そういえば、ブクログは何も更新していないなあ。そのうち、ブログを全部ひとまとめにして、自分のポータルを作って管理・発信しようと思っているが、来月出る予定のMovable Type 5 が使い勝手が良さそうなので、それまで待つつもり。昔、MT3でブログを作ったこともあったが、当時と比べたら、かなり機能はレベルアップして、使いやすそうなので。

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2009年10月 3日

区切りをつけて新たな出発

ここ数年間、実家の諸々のことを引き受け、防波堤となって対処してきたが、9月できっぱりと区切りをつけることにした。あれこれと悩み苦しんだが、前向きな決断だと信じている。肩の荷が下りて、ここ数日ずっと背中に鈍い疲れを感じる。

これからまた新しいことに挑戦しようと思うし、中途半端なかたちになっている仕事も広げていきたいと思う。この週末は、何人か仕事の関係者と会いながら模索を続けている。

それにしても、いつも土曜日の朝は気持ちがいい。今日のように晴れて涼しいときは、なおさら。ポカポカした縁側でコーヒーを飲みながら、日経マネーやForeign Affairsを読む。こんなに気持ちが和らいでいるのは、いつ以来だろうか。欠伸してばかり。

ずっと気になっていたFacebookに登録してみた。誰か昔の知り合いがいるかなと思って探してみたら、写真があって特定できる人が何人かいるのはいるが、今さらつながってみるのもどうかな、という程度の人たちばかり。そもそも、Facebookって何か特別に便利なのかなあ? まあ使う前から考えても仕方ないのだが。

それから、もっと分からないのは、twitter。そんなにいちいち、つぶやきたいものかなあ。でもなあ、ブログも、始めるまでは「そんなに自分のことを書きたいもんかなあ」と首を傾げていたことだし。なんでも試してみる価値はあるんでしょうね。流行っているということは、そこに何かしらの魅力があるのだろうから。

では、これから心機一転がんばりまする。うーん、旅をしたい、恋をしたい。

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2009年9月15日

FP2級を受けた

13日に、FP技能士2級の学科と実技試験(個人資産業務)を受けた。即日発表された解答で自己採点してみると、どちらも合格点は超えていたので安心した。

データによると、いつも2級は2~3割しか合格していないので、3級と比べると少しは難しい。それは、3級のときのように試験を早々に終えて出ていく受験者がほとんどいなかったことからもわかる。僕は今回、過去問をどれか1回分通しでやるという練習を全くせずに臨んだので、時間配分が分からず焦った。午前も午後もひととおり見直しまで終えたのは、終了5秒前(5分前じゃなくて)だった!

AFPの通信教育も受講しているが、近いうちにAFPと2級の資格を取れるので、福岡・佐賀・長崎あたりで、誰か仕事くれないかなあ。本気で。でも、独立系のFPって、日本ではまだまだニーズがないですね。

将来的に何かに活かせればと思って勉強しているFPだが、お金っていうのは誰にでも関係してくる話だし、2級レベルまでいくと、かなり幅広く勉強することになるので、関係業種の人だけでなく、誰でもやって損はしない勉強だと思う。実際、「家計や家族の人生設計のことを考えて」勉強する主婦も多いのだそうだ。

大学時代に今ぐらいの知識があればなあ。もうちょっと堅実で真っ当な道を歩んでいるだろう。もう人生の半分を過ぎようとしているというのに、しかも活発な動きはもう4半世紀ぐらいしかできないというのに、「俺って何してんだろう」と落ち込んだりもしている。そんな話はまた今度。

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2009年8月 9日

父にかかわる事ごと

1日半掛けて、庭の剪定をしてもらった。亡き父にちなんだ大好きな松もすっきりとなり、見た目が若くなった。

剪定後の松

先月末、大家族みんな集まって父の23回忌を行なった。昨日は、母・姉と墓参りに。何をするために生まれてきたのか、いまだにはっきりしない人生を送っていることに対し、申し訳ない気持ちになる。帰りに、よく父に連れて行ってもらった庶民的な中華のお店に寄って、たらふく食った。

釣りたての小アジをたくさんもらったので「南蛮漬けにしよう」と言ったら、案の定自分で作る羽目になった。料理はやり出すと楽しいもの。アジはゆっくりと揚げる。玉ねぎ、にんじん、ピーマンがあったので、それらを細切りにして、タレにからませた。ちょっと酢を入れすぎたようだが、まあ夏だから良しとする。ひと晩、冷蔵庫で漬け置きしてから頂いた。頭から尻尾まで丸ごと食べる。うまい。

ここのところ、時間があると、『ファウスト』を読み返している。

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2009年8月 6日

友人とゆっくりと

7月をなんとか乗り越えて、ひと息ついた。身の回りがたいへんなときは、なかなか書く気も起こりませんね。

昨日、韓国の大学で教鞭をとっている友人が帰国していたので、福岡で会った。

行きつけの昔ながらの喫茶店で昼食。東京にいる頃、僕らは好んでそういう店に行っていたし、お隣の国ではまともなコーヒーさえほとんど飲めないのを知っていたので、彼が喜ぶのは目に見えていた。「おお、ナポリタンがある」といって、懐かしそうに食す。

隣の席に、ソフトバンクのユニホームシャツを着た女性が座った。黒地にピンク色でラインや文字が入ったレディース用で、ホークスファンのうちの姪っ子も欲しがっているアイテムだ。ソフトバンクの携帯ショップの人かと思ったら、今日は観戦に行くので着ているとのこと。その時点でまだお昼だというのに、その気合の入りようにちょっとのけ反ってしまう。でも、そのシャツがとってもお似合いの、いい感じの女の子でした。

梅雨明けしてとても暑かったので迷ったが、彼と一緒に太宰府まで電車に揺られて行った。国立博物館でやっている奈良・興福寺の阿修羅展を見るため。意外と人は多くなかったので、すんなりと入られて、ゆっくりと観賞できた。

阿修羅の顔、とくに正面を向いているあの顔は、とても人間的だし、現代にも通じる顔をしているから不思議だ。しかも、確かにイケメンである。その辺にいそうなリアルな美しさを阿修羅の顔はかもし出している。天平の時代、一体どういうイメージであの顔が制作されていったのだろうか。

友人は、黒木瞳が音声ガイダンスをしている、というだけで、500円出して機器を借りていた。「暗闇で聴く黒木瞳の声はいい」と、アホな妄想をしている。途中、何度か無理やりその声を聴かされた。

帰りがけ、太宰府天満宮の参道で茶屋に入って、抹茶と梅が枝餅を頂く。ここへ来て、この餅を食べずには帰られない。家族へのお土産として、いくつか包んでもらう。

半日、高尚なことから猥雑なことまで楽しく話ができて、すっかり気が楽になった。

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2009年5月13日

器は大事

テレビを見ていていちばん吐き気を催すのは、報道特に事件において、語気を荒くして当事者を非難するコメンテーターである。
なかでも、検察や警察出身者のコメンテーター(最近多くないか?)なんてひどいもので、尊大な態度で自らは無謬とでも言わんばかりの言動にはうんざりだ(顔つきからして嫌だ)。
この検察王国においては、自分がいつ同じ目に合うかわからないのだから、そのことを常に念頭に置いて、表面的で受けのいい怒りの言葉ではなく、業ともいうべき人間性の深みに根ざした味のある言葉を発してほしいものだと思う。

草なぎ剛や小室哲哉は、また一から頑張ればいいさ。
時間かかるだろうけど、誠実に生きていれば、きっと理解し応援してくれる人たちが集まってくる。
ホリエモンも2年ぐらいは発信する気力がなかったらしいが、このところ毎日のように吠えている。
彼の罪の是非は別にして、検察批判は大いにやってほしい。
政治家はなんだかんだいって、常に国民の目に晒されてそれなりにチェックされているからいいけど、検察なんてほとんどの人は何にも知らないからねえ。
小沢一郎の一件で、ざまあ見ろ、と思っている青年将校のような検事もいるのだろうが、これでもし今回も政権交代ができないようだったら、僕は東京地検を恨むよ。
自民党がいいとか民主党がいいとかではなく、日本の政治がダメなのは、政権が変わらないから、という一点に尽きる。
大局観を持てないような正義なんて、ただの独我論で迷惑なだけだ。

さて、ちょっと前に古い食器を整理していたら、いい感じの盃と徳利が出てきた。

徳利と盃

徳利と盃

一目で気に入る。
父のお客さんだった伊万里焼の某窯元のもので、おそらく30年ぐらい前に作られたもの。
山水の絵柄がなぜか全然古くさくなくって、じっと見ていると実にいいのです。
盃がきれいに円くなく、しかもひとつひとつ微妙に形が異なっているのも趣がある。
下から見ると中の文様が透けるぐらいに薄く、そのせいか、ひとつは少し欠けてしまっていたが、4つは使えそうだった。

時を同じくして、おいしい地酒を一升瓶で2本頂いたので、このセットを使って飲んでみたのだが、そのとき僕はひとつ、はっきりとわかったことがある。
それは、器は大事だということ。
そりゃあ元々おいしい酒かもしれないけど、入れ物が違えば、気分も変わる。
気分が変われば、味も酔い方も違ってくる。
器によって、見た目のおいしさも違うし、贅沢感も出る。
なんだかんだと楽しくなるのだ。

これだと何杯でも飲めちゃいます。
というわけで、渋く日本酒を口にしている今日この頃。

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2009年5月10日

そろそろ、また書こうかな

最近何かと難しい状況に追い込まれていて、全然ブログを書きたいという気分になれなかった。
でも、この間高校時代からの友人と久しぶりに会い、彼の抱えている苦しみに寄り添ったあたりから、気の持ち方が少しずつ変化してきて、僕の心にも晴れ間が見え始めた。

人知れず心の奥底に悲しみを抱いている人間を僕は愛す。
どんなに立派な人間だと世間で言われていても、悲しみから来る人間性の深みを感じない人を、僕は好きになれないし、薄っぺらいと感じてしまう。
快活な人も、それが悲しみに裏打ちされていなければ、一緒にいて退屈だ。
最近僕は思う、悲しみを湛えて精一杯生活している人たちとともに生きていきたい、そしてそのために僕自身は強くあろうと。

畑はひと冬越えて、それらしくなってきた。
この間土を掘り起こしたときに、さらに少しだけ広げて、今はナス、トマト、ゴーヤ、キュウリ、パプリカの苗を植えている。
秋に種蒔きしたサヤエンドウがここへきて一気に伸びてきて、毎日のようにちぎっている。なのに次の日見たら、またどこかしらで生っている。
今、家庭菜園がブームらしいが、確かにこれは楽しい。

家から車で20分ぐらいの所にいいカフェがあるのを、昨日他の人のブログで知った。
モンネ・ルギ・ムックというカフェで、ここから山を越えた波佐見町という所にある。

波佐見は、有田の隣ということもあって焼き物の一大拠点だが、古い製陶所の建物をカフェとして使っているということで興味をそそられ、今日さっそく行ってみた。
結論としては、良かったです。いや、かなり気に入りました。
ありがとう、見ず知らずのブロガー様!という感じ。

まず古い建物だっていうのがいいし、中の雰囲気も良かった。
エスプレッソベースのコーヒーはボリュームがあり、好みの苦みでよかったし、チーズケーキもおいしかった。
それに、周辺も昔の建物が残っている。落ち着くなあ。

外観はこんなです。

モンネ・ルギ・ムック

座っていたイスから外のほうを撮った写真。

モンネ・ルギ・ムック

うん?、ケーキの写真は? コーヒーは?
ありません。
どうにも、それをする勇気はありませぬ。

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2009年2月28日

畑づくりのその後

昨年秋に始めた自家菜園は、1か月ほど前から、伸びてきたネギやシュンギクを適当に切って、時々口にしている。

これは今日取ってきて食べたもの。チンゲンサイ、ネギ、ミズナ、シュンギク。土がまだまだ痩せているので、たいした出来栄えではなく、とくに風味がどれも足りない気がするが、それでも自分で育てたものは買ってきたものとは違う愛着がある。野菜さんたちに感謝して頂きました。

Veg

かなり集中して作業している昨今。そんななか先日、高校生の姪が「これ、おみやげ~」といって持ってきたのが、MaxFactorの小さなパンフふたつ。綾瀬はるかがとってもかわいかったから、きっと気に入るだろうと思って、デパートの化粧品売り場から持ってきたらしい。

こんな写真です(法的な問題があるかもしれないので小さめに)。

Haruka

この効果は抜群で、やる気が落ちてきたときにふと眺めると、また元気になりまする。

姪が「前髪が私とかぶってる」と言うので、即座に「それは似て非なるものだ」と却下したら、「げー、ひどい!」と叫んで去って行った。

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2009年2月21日

赤ん坊の頃

寒い寒いと震えているうちに、気づくともう梅の季節になった。梅には、凛としていて厳かで落ち着いた美しさがある。僕は昔から梅が好きだった。

新しくネットショップを立ち上げるべく、地元の企業の方たちと打ち合わせや検討を重ねている。僕自身が「ここだったら間違いない」と思う生産者や製造業者を厳選して交渉しているのだが、皆さん乗り気になってくれて順調に進んでいる。こだわりをもって仕事をしている人々と話をするのはとても楽しい。お茶と焼き物とお米で、まずは契約を取り付けた。

そんなこんなで、バタバタしています。作業部屋を作るべく、倉庫代わりにしていた部屋を片付けていたら、僕の赤ちゃんのときの写真が出てきた。まあ田舎だこと。

My_photo1

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2009年1月27日

なんとやっと今年初めてのエントリ

年が明けてもうひと月経とうとしている。

どうして何も書かなかったというと、こういう匿名のブログに嫌気がさしてきて、どうせならちゃんとしたサイトを作ろうかなと思ったりしていたから。しかし、実際的にそんなことにせっせと時間を費やすわけにもいかず、また公けの立場でもあるまいし、わざわざ実名で発信する意義はないだろうと悩んでみたり。でも、自分メディアはちゃんと持ちたいし、そのためには責任が生じる方向へ自ら追い込む必要はあると思う。まっ、そのうちに。今は、大したことも発信していないので、どのみち意味がない。

そういえば最近、知り合いが某経済誌のオンライン版で政治関係の連載を持っているのを発見した。去年の夏からやっているようだ。大学でも職を得たらしく、わがことのようにウキウキした。

連載の内容はというと、かなり大上段に構えた物言いで、そこまで断言できるバックグラウンドがあるのだろうかと、勝手な心配をしてしまった。危うい橋を渡っている気がしないでもないが、それこそ責任もって書いているだろうから、これから参考にさせてもらおうと思う。フィードの購読にさっそく登録した。

さて、年末に読み始めたフランシス・フクヤマの The End of History and the Last Man を今月半ばに読了。日本語版も読んだが、こうしたややこしい議論をしている本にありがちで、日本語より英語の原書のほうが断然スッキリと頭に入ってくる。

10年以上の時を経てあらためて読み返したが、じっくり内容を追っていくと、別に納得できないところはない。この人も誤解されているなと感じる。単純な図式で、冷戦が終わり西側の民主主義が勝利した=歴史の終わりだ、と叫んでいるのではないし、これから先のことを断言しているわけでもない。そこには、ヘーゲルを軸に、プラトンからホッブスやロック、カントを経てニーチェにいたる西洋の Natural Man (自然人)や Universal History (普遍的歴史)に関する深い哲学的考察があるのであって、そこから紡ぎだされる「人間とは何か、何を求めているのか」という姿のほうが、重要なのだと思う。人間は根本的に「認知」への欲求があるのであり、それを求めることで、歴史が進み、社会が変化してきた、という主張には、大きな間違いはないはずだ。

それに、歴史の終わりに登場する自己の利益のみを追求する人間たちへの懸念は、今の supercapitalism に通ずるものがある。そこから反動で歴史があと戻りすることのないように、社会のかじ取りをどうしていけばいいのか、という難しい問題が私たちに突きつけられているということを、フクヤマ氏は言いたいのだろうと思う。

ところが、著者が何度か念を押しているところから推測するに、「歴史の終わり」を文字通り時系列な歴史が終わる、と大きな勘違いをしている批判者もいるのだろう。それではまるで話のレベルが違うのであって、最初からまったくかみ合うはずもない。

この本を手始めに、今年はせめて10冊ぐらいは英書を読もうと思う。なるだけ深みのある本を。

話は変わるが、日曜日にFP技能士3級の試験を受けた。3級から受けるしかないので受けたが、完全になめていたら、過去問をやってみると、基本的だけどいやらしく細かい知識を問う問題が多かったので、これはまずいと思って、さすがに先週は勉強した。金融商品から、税や不動産、相続まで、浅く広く勉強する必要があった。

試験後に発表された解答をみると、学科は8割正答で、実技(個人資産相談業務)は1問しか間違っていなかったので、マークシートの読み取り違いといったあり得ないことが起こらない限り合格だろう(6割正答で合格)。正直言って、学科の問題をやりながら、「げー、俺こんなの知らないよ」という箇所がいくつもあったが、常識に立ち返ることを基本にして、今までの経験を振り返ってみたり、勉強したことから派生して考えたりした解答の多くが正解であったことは、かなり嬉しかったし驚いた。

次に2級を取って、同時並行で民間のAFPのための単位も取得して、AFPの認定も受けるのが今年の目標。それが今の僕にとってどれだけ意味があるかはわからないが、とりあえず取っておけるものは取っておこうと。本当は、業務独占の資格を取ったほうが稼げるのだろうが、興味のないことをお金のためと割り切って勉強したいとは思わない。ただ、この世の中を生き抜くためにいろんな知識は必要であり、知らないがゆえに損している苦しんでいる人が多いので、そういう人たちを救っていくには、実務的な知のネットワークを作ってアドバイスすることは重要だろうと感じている。弁護士になっておけばよかったなと思うこともあるが、ビジネスのほうが苦しくても面白いので、僕自身は最終的に中小企業診断士が取れればいいかな。これも難しいわりには資格なくてもできる仕事だけどね。あっ、でも年取ったら大学院に入りなおして、学位を取りたいなあ。それこそ大いなる無駄だけど、人間は無駄なこともたくさんやらないと、深みのないつまらない人間で終わってしまう。タモリ倶楽部のような無駄はとっても大事なのです。

いろいろ書きたいことはあるが、夜遅くなったのでこのへんで。

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2008年12月31日

今年最後にひとことだけ

すでにお節の食材を食いつくした感のある大晦日。

12月後半はキツキツだったので、今日こんなにゆっくりできているのが不思議な感じがする。

この一年を振り返ると、とても感慨深い。ここにはほとんど書かなかったが、とくに上半期はとても精神的に辛い日々だった。その苦闘のなかで、どんなときも晴々として揺るがない強い魂を掴みかけるところまで来たような気がする。あくまでもその入口に立っただけだが。陰に陽に手を差し伸べてくれた方々の顔が浮かび、今日は感謝の気持ちでいっぱいだ。

来年は人生の大きな飛躍の年になるような予感がする。どんなことがあっても、どんな事態になっても、不動の人間になろう。「天晴れぬれば地明らかなり」。心を鍛えるのみ。あとは自ずと付いてくる。

みなさま良いお年を。

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2008年12月17日

あるがままそこに

今朝は一面霜が降りていて、田んぼや地面が薄化粧していた。空も霞んでいる。

ウォーキングの途中で、川まで下りてみた。田舎の淋しい風景がとても美しく見えて、しばし立ちつくした。僕は全体の一部であり、また全体は僕の中にあり。携帯にて。

Winter_morning

先週末、宇宙飛行士の毛利衛さんの講演を聴きに行った。宇宙へ出て、地球は「まほろば」であると思った、と述べられていた。英語に訳しにくいので、NASAでもそのまま "mahoroba" という単語で、みんなに語っていたという。この音の響きの良さは、日本語を母語とする僕たちにしか掴めない微妙なものだと思う。

「神を感じたか」という問いに対し、そうは思わなかったと。「宇宙はあるがままそこに存在しているんだと感じた」という毛利さんの答えは、率直な感想なのだろうが、とてつもなく哲学的深みがある。今週は時折、その言葉を思い出しながら、宇宙の闇に浮かぶ地球を脳裏に描いている。

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2008年12月12日

朝ぼらけに歩く

いまごろの九州の朝は、夜が明けるのがひときわ遅い。朝ぼらけのひんやりとして澄んだ空気のもとウォーキングをするのは、すこぶる気持ちのいいものだ。ここ数日は深く霧が立ち込めている。ほんの何十メートルか先もはっきりしないなか歩いていると、どこか異次元へ吸い込まれていくような妙な気分になる。

朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木 (百人一首、64番)

古来、宇治川の冬といえば、川霧と琵琶湖から下ってくる氷魚(アユの稚魚)を捕獲する網代木が有名だったらしい。道長も眺めていたのであろうか。源氏物語の世界が広がる宇治は、一度ゆっくり訪れてみたい。

今週中に終わらせたいことがあったのだが、昨晩山を越えて、今日は少しスローダウンして作業をしている。疲れて重かった体が、今日は急に軽くなった気がする。そんななか、今週の楽しみといえば、たくさん届いたエビスビールを毎晩1缶ずつ飲むぐらいだった。珍しく何日も続けてお酒を飲んだ。

食材はあいかわらずいろんなところから頂く。最近は大根が多い。雲仙のじゃがいもが1箱届き、鮭も1匹送られてきたので、石狩鍋をした。冬はやっぱり鍋ものがいい。ねぎなども大量にあったので、鶏肉で水炊きもした。今日は解体したばかりの牛肉を1キロもらったので、余っていたじゃがいも(じゃがバターもしたがまだ余った)で肉じゃが。にんじんはじゃがいもより小さめの乱切りにしてよね、とうるさいことを言っていたら、自分が食材を切る羽目になってしまった。トホホ。

とはいっても、あんまりグツグツ煮たやつばかり食べていると、ビタミン類が壊れたりして、あまり体には良くない。最終的には、朝食べる生の果物と野菜がいちばんおいしいし、健康的だ。そして、起きてすぐ飲む水。これらにバゲットがあれば、もうそれで十分に幸せな気分になる。

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2008年12月 8日

人生はこれから

土曜日、北九州でB型肝炎に関する講座を聴きに行った。C型ばかりが注目されているが、潜在的にB型も150万人ぐらいいるといわれ、実際、身近にもキャリアがいるので、最近気になっている。

会場の大きさのわりに参加者が少なく、ちょっと寂しい感じ。勉強にはなったけど。

終了後、小倉駅の南側に広がるアーケード街を散策。博多とはまるで違う街の雰囲気。労働者の街だったんだなというのが伝わってくる。

夕方、小倉城を見に行く。中に入る時間がなかったので、写真だけ撮った。

Kokura_castle1

Kokura_castle2

というのも、小倉城へ来たのは、すぐ横の「松本清張記念館」へ行きたかったから。閉館まで50分しかなかったのでじっくりと見られなかったが、展示内容は充実していて、価値ある500円だった。

作家の直筆にはいつも興味をそそられるのだが、松本清張の字は作家らしからぬ美しいものだ。知らなかったが、遅咲きの42歳でデビューをして、それから40年作家として活動した。それ考えたら、人生これからですばい。

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2008年11月30日

昔から中性的

知り合いのおばさんが、新しく使っているという化粧品をいくつか取り出して、「ちょっと、このベースの伸びを見てよ」と、おもむろに僕の右手の甲にピンクのメークアップベースを伸ばした。

「ほら、今までのと違うでしょう?」って聞いてくる。「そんなこと言われたって、僕使ったことないんだからわかんないですよ」と言うと、もう何よ面白くないわね、という顔をする。アホか、俺が化粧してるとでも思っていたのか。

でもお構いなしに、今度はファンデーションをその上から塗り、「ほら、こんなに美しいでしょう?」と。確かに。

男もスキンケアをちゃんとする時代だし、僕自身も、洗顔して化粧水や乳液をちゃんとつけるので、美しくありたいという願望はあるけれど、化粧をしたいとまでは思わない。そもそも面倒だよ。

そういえば思い出した。大学生のときに、「化粧してみてよ」とそそのかされ、女友だち4人がかりでメークをしてくれたことがある。「うわあ、とってもきれい」とけっこうその場は盛り上がった。

同級生のふたつ上のお姉さんが、なぜか僕に口紅をくれたこともあった。それも自分の使いかけを。とっても美しい人だったのでドキドキしたが、その行為の意味はまったくの謎で、取り次いだ同級生も怪訝な顔をしていた。

昔から中性的?な雰囲気があるのだろう。でももうオッサンの領域ですからね、さすがにそんな感じではないだろうと思う。

夕方、ウォーキングをしていたら、向こうの空がたそがれてきれいだったので、携帯で撮影。

Twilight

黄色と青と黒のコントラストが気に入った。遠くに小さく月が出ている。なんだか絵本のような世界。

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2008年11月25日

母語のまさに母なるものを感じたい

『太陽と鉄』で書かれていることが本当なら、三島由紀夫は最終的に「肉体の言葉」を追い求めてからだを鍛えた。その言葉は果たして彼の耳に聞こえたのであろうか?

違う意味ではあるが、『源氏物語』を読みながら、日本語を聞き喋る者として、何か自分のなかで呼び覚まされるもの(=言葉?、リズム?、音?)があるのではないだろうか、と考えている。時代が違うのだから、そんなものあるわけないだろう、と人には一蹴されそうだが、母語のまさに母なるものを感じられないだろうか、と淡い期待をしたりする。

英語を読んでいるときの私は、ではいったいどういう姿勢で、その言葉に対峙しているのだろうか? また、方言より標準語のほうが楽だという私の口語のありようは、どう片を付けていったらいいのだろう? なんだか自分のなかの言葉がすべて中途半端な気がする。

小林秀雄の肉声CDを聴き直す。ゴッホは自らの個性と戦って普遍へ至ろうとした、という話はゾクゾクした。個性は大事にするものではない。その限界と戦っていかねばならない。だから個性が強ければ強いほど、それは激しい戦いになる。

Robert B. Reich, Supercapitalism (New York: Vintage Books, 2008, originally published by Alfred A. Knopf, 2007, 日本語版『暴走する資本主義』) の第1章を読む。時間があったらずっと読んでいたいぐらい内容は面白い。

禅寺と銀杏

禅寺と銀杏

車で通りがかりに、銀杏の黄色が目に飛び込んできたので、降りて携帯でパシャ。あれ、写真に撮るとそんなきれいじゃないなあ。力不足なり。古い歴史がある禅寺です。

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2008年11月23日

山奥でそば

土曜日は、乗り気じゃなかった福岡市内でのあるイベントに、急きょ何人かで連れ立って参加することに。

小春日和でとても気持ちがよかったので、この際ドライブだということになり、福岡と佐賀を結ぶ三瀬峠を縦断。地鶏やそば屋、カフェ、直売所、それに温泉、観光牧場などが点在しており、山の奥深くなのにたいへん賑わっている。

途中、「松玄」という手打ちのそば屋で食事。こじんまりとして飾りっ気のない店のたたずまいがいい。10分ほど並んで待った。

そば屋では必ずざるそばを頼むので僕は問題ないのだが、テーブルに置いてある説明のファイルには、丁寧に婉曲的に、しかし要は「食うなら、ざるを食え」と書いてある。笑えたなあ。あっぱれ、店主!

さらに15分ほど待って、ようやく食すことができた。めんはこしがあっておいしかったが、満足したなという感覚にはならなかった。つゆは、僕にはちょっと辛いかなと思う。かきあげがおいしいらしいので、今度食べてみよう。それから、こだわってそうなそば屋がこの辺多いので、食べ比べてみたいとも思う。

そば屋裏の風景

お店の駐車場から風景を撮影。こういう田舎が、僕は大好きだ。

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2008年11月21日

赤紫色が透けて美しく

昨日、酒屋さんが予約しておいたボージョレ・ヌーボーを持ってきてくれた。

ボージョレ・ヌーボー

ボージョレ・ヌーボー

よくあるボージョレのボトルやラベルじゃなくて、質素な感じがよござんす。

右のほうをさっそく開けて飲んだ。薄い赤紫色が透けて美しく、甘酸っぱい味でした。

少し飲んだら眠くなってしまって、なんと夜10時前に寝てしまった。

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2008年11月16日

肉声の小林秀雄

知り合いの方から「薪ストーブを作って工場に設置したので来ませんか」と誘われた。見に行ったら、けっこうでかかった。ストーブの上でじっくりと作った焼イモを頬張りながら、「これいくらかかりました?」って聞くと、「8万です」と言う。ヌホホホッ、けっこう金かけましたな。でも、これひとつで広い工場内が暖かくなるのだから、結局は安上がりか? イモは思いのほかおいしかった。

久しぶりに自分の部屋の掃除をした。部屋でも作業ができるように、少々、物を移動する。

きれいにしながら、小林秀雄の肉声CDを聴いた。『新潮』12月号の特別付録。推薦人の茂木さんが指摘するとおり落語みたいで、とてもリズムがいい。顔つきや仕事の内容から想像する声とはかなり違った。もっと落ち着いていて太い声じゃないかと思っていたが、高くっておしゃべりな感じです。だんだん怒ってきたりして、その激しさもまた良い。でも、昔の人の声質、しゃべり方ってけっこう小林みたいじゃなかったかとも思う。戦後10年、20年くらいまでの政治家の肉声などに通じるものを感じるから。

6本収録されているが、どれもところどころハッとしながら聴いた。掃除しながらだから聞き流そうと思っていたのに、事実そうしていたのに、時々ぐっと内容に惹きつけられた。こういう感覚は「読み」では味わえないものなのだ。朗読CDであっても、もしかしたら無理かもしれない。肉声だ、肉声がいいのだ。

小林秀雄の講演CD集が販売されているので、買ってみようかと思う。

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2008年11月15日

ゆっくりと2日間

木曜・金曜は福岡でゆっくり過ごした。

外交ジャーナリストの手嶋龍一氏の講演会に参加した。一般向けだったので深い話はなかったが、ところどころ面白い内容だった。モノづくりをしていないアメリカの将来に対して懸念を表明していた。

アメリカが民主党政権になることで、政界・財界のいろんな人たちから「日米関係はどうなるんでしょうか」と尋ねられるという。そういう日本の受身の姿勢を「天気予報みたいなものだ」と批判。天気を自分の手で変えることは(中国政府を除いては)不可能で、予報をして結果的にどうなるか待つしかない。日本の対米政策はその天気予報そのもので、何も自主的な政策がないという。

まさにその通りで、僕が不思議でならないのは、アメリカは共和党と民主党が定期的に交代して政権運営するということが明白なのに、なんで毎度々々、民主党政権になるたびに慌てて、「人脈がない」とか「日本より中国が重視される」とか「今後の日米関係は難しい」などというバカな話が出てくるのか、ということだ。それが本当だとしたら、自民党や外務省はいったい何をしているのか。まるで長期的な視野もないし、だから戦略もないということになる。愚かなり、愚かなり。

講演会終了後、一緒に参加した人とお茶をして、誘われるままに中州でおいしい中華をいただいた。途中、タミール語と日本語の近似性から派生して、天皇家のルーツはインドにあって、南から海を通って日向へやってきたのではないか、古事記をどう解釈したらいいのか、という話で盛り上がる。

昨日は朝、ホテルのラウンジでコーヒーを飲みながらゆっくりしたあと、いくつか用事を済ませて、Comment Allez Vous(コマンタレブー)という、川沿いのしゃれたカフェでランチ。もうちょっとひねった店名はなかったのか、という疑問はさておき、ロケーションや雰囲気はとってもいい。頼んだチキンカレーは十分にボリュームがあり、おいしかったです。

コマンタレブーのエスプレッソ

食後のエスプレッソ。カップが輝いていたので、飲んでいる途中で携帯を取り出し、メールを見ているふりして一枚。僕にはまだ、お店の中でデジカメを出す勇気はないなあ。

キャナルシティの映画館へ行き、綾瀬はるかの『ICHI』を見た。いろんな役をこなしますなあ。笑わない綾瀬はるかは、笑顔の綾瀬はるかと同じくらい魅力がある。と思うようになったのは、『白夜行』を見てから。監督もあのドラマでの表情を抜擢のひとつの理由に挙げていた。

思っていた展開じゃなかったけど、なかなか見応えはあった。窪塚はちょっと役より軽い感じだったが、中村獅童ははまっていて、いちばん存在感があったと思う。

帰ってから、姪No.2とああでもない、こうでもない、と長々といろんな話をした。話しながら、いつの間にか寝てしまっていた。

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2008年11月 9日

筑紫さんの存在

民放のニュースは、一日を通してあまり見る気がしない。たまにテレ東のWBSをじっくり見るぐらいだ。視聴率が気になるのか、キャスターやコメンテーターは「私は国民の代表だ」といわんばかりの感情的な発言を繰り返すし、報道はどんどんセンセーショナルになり、問題の本質よりも受けのいい話題ばかりが取り上げられる。報道番組は、国民の欲求不満の解消のためにあるのか、と首を傾げたくなるようなものもある。

今となっては、テレビジャーナリズムにおける筑紫哲也さんの存在はかけがえのないものだったと感じる。筑紫さんの発言には怒りを覚えてチャンネルを変えることもあったけど、それはとても良質な意見に対する良質な怒りであって、決して今の他のニュースに対するような吐き気ではない。

今、あれほどの余裕をもって、明らかに思想や考え方の異なる人々と、穏やかな表情で議論するキャスターが果たしているだろうか? そして、あれほど奥深い教養の香りをかもし出すキャスターがいるだろうか?

僕は彼が編集長をしていた頃の「朝日ジャーナル」は知らないけど、筑紫さんが以前やっていた朝日ジャーナルということで、最後の下村満子の時代に読んでいた。丸山眞男を読むようになったのも、筑紫さんが傾倒していたからだった。その後だんだんと僕の座標は移動していったけど、原点Oには筑紫さんの存在がけっこうあったのかもしれないと、昨日今日と考えていた。

「納得いかないな、でもまあ筑紫さんだからいいか」っていう感じで苦笑しながら、「今日はこんなところです」というセリフをもう一度聞きたかった。

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2008年11月 8日

畑づくりプロジェクト始動

土曜の朝はゆっくり寝ていたい。が、朝10時頃、玄関のチャイムが鳴って跳び起きた。誰が来たのか、何事が起こるのか、直感でわかったからだ。

何日か前、わが家の「畑づくりプロジェクト」を始めるべく、知り合いのおばさんに相談していたのだが、冗談半分で「じゃあ、今週末にでもやりますか」と言っていたら、おばさんは本当に今朝やってきたのだ。いろんな道具を持参して。

ヌオォー、ホントウニヤリマスカ! パジャマ姿で出迎え。急いで朝食を済ませて、いざ出陣。裏庭の誰も目にしないところで、隣とのフェンスが金網になっている部分が、風も通るし日もちょっとは多く当たるだろうということで、そこを畑にするのだ。

まずツツジを3本抜く。これが思ったより難しく、幹のように太くなっていた根っこを抜き終わるのに1時間以上かかる。この時点で汗びっしょりになる。それから、土を掘り起こして、堆肥と石灰ともみ殻を撒いて混ぜ合わせた。

土ができていなくても、わりとちゃんとできるものということで、水菜とチンゲン菜、グリンピースの種を播く。それから、春菊、ネギ、ブロッコリーの根株を持ってきてくれたので、それらも植える。

畑への第一歩

ブロッコリーのところに別の土を上からかけたので、そこだけ黒っぽくなってちょっと汚い感じですが、実際はけっこう畑っぽくなりました。

こういうことを前々からしたかった僕は、それでいて全然知識がないので、指示に従って動くだけ。いやあ楽しかったっすよ。変な表現だけど、「人間してるなあ」という実感。慣れてきたら、前の砂利の部分にも土を盛って、もっと広くするつもり。いろんな野菜を育てて、わが家の自給率を上げようと思う。

さて、これからは紅茶の季節。これ、ありふれたトワイニングだけど、缶が気に入って買った。ミルクティーを飲むと落ち着くのはどうしてだろう。あぁ、スコーンを食べたい。日本の硬いやつじゃなくて、イギリスのふわっとして大きなスコーン。

トワイニングのアールグレイ

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2008年11月 7日

おじいちゃん、米の量を間違える

カジュアルショップの店長とは、現状の問題点の整理が終わり、改善へ向けての基本的な方向性が決まった。月末までには、新たなかたちでネットショップを始められるようにしなければと思う。実店舗では手頃な値段でわりと好きな服を売っているので、景気づけに長袖Tシャツを1枚購入。4,200円を3,000円にしてくれた。フィット感が心地よい。

新米を買う季節になった。最近、近くの山あいの地区でできる米を何度かもらったり買ったりして、意外にうまいということがわかったので、ある農家へ買いに行った。みんなだいたい1年分の契約をするので、「何俵いりますか?」と尋ねられたが、まずは味見ということで、とりあえず30キロもらった。おじいちゃんが量って入れてくれたはずなのに、あとで精米しに行った兄が「あれ40キロあったぞ」と言ってた。どうりで。よく目にする30キロ用の紙袋2つに分けて入れてくれたのだが、どうも重いなあと思ったのだ。さっそく夕食で食べたが、新米を炊くには水を入れ過ぎたようで、ちょっとゆるくなってしまう。まあまあかな。品種的に粒が小さいので、少々食べごたえがないような。

その農家のおばあちゃんが、冬瓜や里芋、白菜なども分けてくれた。おばあちゃんが家の前の川で里芋を洗っている姿は、妙に自然に溶け込んでいてよかったなあ。裏手には清水も出ていて、飲めるんだという。そういえば、この地区の米がおいしいのは、きれいな冷たい水が流れているからだと、ある人が言っていた。こんなところにいたら長生きするだろうよ。目下の敵はイノシシだとか。

アイスクリームの生地を作っている牧場から仕事の話が舞い込んできたが、もう今年はいっぱいで来年にならないとできません、と答えておいた。それでも、とまた来るようだったら考えて応援してもいいかなと思う。ここはいろんな展開ができるので面白いと思うのだが。

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2008年11月 3日

書を習おうかと思う

文化の日ということで、表千家流のお茶を振舞ってもらう。茶をたててもらって口にするのは、何年か前に金閣寺の一角で頂戴して以来のこと。深い色合いと飲みごたえのある濃さがなんともいえない。

市の文化祭で、書や生け花などをじっくりと見て回った。花はミニマリズムを感じるものが素晴らしいと思う。土地柄、風流な人が多いのだと思うが、書の掛け軸を見ていて、僕もこんなものが書けるようになりたいなと強く思った(写真を載せたらいけないのかもしれないが……)。

書の展示

そこで、親しくしている書道の先生に習いに行こうかと考えている。今晩はそのことで頭がいっぱいなのだ。硬筆は小さい頃から上手だと言われてきたが、ちゃんと書道を習ったことがないので、自分の毛筆の字を見て美しいと思ったことがない。日本人たるものそれでいいのか、と常々感じているのだが、今日はいやまして強く実感した。

それにしても、年配の方以外で字の上手な人は、百人にひとりもいないのではないだろうか。美しい字を書く女性がいたら、僕はそれだけで恋に落ちると思うが、悲しいかな、ほれぼれする味のある字を書く女性は、まずいない。

湯豆腐を食べ、温泉街をぶらつく。ふだんこんなところを歩かないので、いろんな発見をする。ここで生まれ育っていないので、知らないことばかりなのだ。いい街じゃないか、と見直した。

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2008年11月 1日

ネットショップの人と

昨日は朝早くから近くのカジュアルショップを訪ねて、店長から相談を受けた。ネットショップをやっているが、売上を増やしていくにはどうしたらいいだろうか、という内容。すでにヤフーのオークションやモバオクなどでは毎日何かしら売れているのだが、自分のショップ自体をやはり大きくしたいとのこと。

ネットショップを運営していて、詳細なアクセス解析をしていないのは致命的な欠陥だと思う。しかし、この店にショップ運営のサービスを提供しているサイトにはその機能がなく、ソースをいじることもできないので Google の Analytics も導入できず。ただやみくもにショップをやっても意味がない、リアルな店舗と同じく、細かな分析と配慮、工夫を常におこなっていないといけない旨説明する。

サイトの色の選び方や服の写真の撮り方など、サイト全体のイメージが暗くて清潔感がない。その他、HTMLの構造上の話やSEO対策で最低限おこなうことなど。最終的に、今後どうしていくべきか、僕がたたき台を作って検討していくことにした。おそらくサーバーを移したり、新たにベースのサイトを立ち上げたり、ショップサイトを根本的に変更したりすることになるだろう。その後も長期的に付き合うことになると思う。

とはいっても僕自身、ネットショップを運営した経験はないので、ここに関わるだけでとても勉強になるだろうと思う。店長に教えてもらったネットで有名なカジュアルショップのサイトを、じっくり眺めたりしている(「俺は別に女性ものの服を探しているわけじゃないんだ!」と宣言しないと、変な眼で見られちゃうよ、まったく)。

それにしても、ネットの時代というのはやっぱり面白い時代だなと思う。この店のことを周りの人に聞くと、「あそこ、よく潰れずに続いてるよね」とみんな不思議がる。でも、客は実際にドアから入ってくる人たちだけではないのです。ネットではるかに多くの売買がなされていることや、はるか遠くにリピータの客がいることなど、誰も知る由はない。

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2008年10月29日

それぞれ次の段階へ

最近の出来事からいくつか。

クライアントのひとつと、今後2年間で売上を1割アップさせるべく定期的な話し合いをスタート。関わり始めた頃と比べると、債務返済が進み、黒字にもなった。短期の運転資金にも困っていたが、今までとは別の金融機関から融通してもらえるようになり、その点でもかなり楽になった。で、ある程度落ち着いたので次の段階へ進みましょうということに。

兄の会社は開店休業状態。この会社をどうしていくか、担当の税理士と協議した。非常に複雑でしかし実体のない大きな売掛・買掛が何年も残っていたのだが、僕が用意した書類を読んで、税理士が「これがあれば話はうまく進むよ」と乗ってくれ、今期の決算時にほぼすべて解消できた。これで帳簿上すっきりなったので、前向きな話し合いをしようということになった。大まかな流れとして、個人事業になっているそれぞれの仕事を12月いっぱいで廃業して会社に組み込み、商号や会社目的などを変更することに。おそらく僕が兄の代わりに代表取締役になるのだろう。兄は辞めたがっているから。今は1円で株式会社が作れるといっても、ゼロから立ち上げるのは面倒くさいし、動きがないといっても会社組織が存在するのだから、それを引き継いで形を変えるのもいいかなと考えている。

近くの酒屋に実はワインセラーがあるということを聞き、夕方行ってみた。あまり期待していなかったが、案の定、寂しい陳列だった。それでも、この辺のほかの店と比べれば十分な品揃え。リーズナブルでうまそうなものがあればと思っていたが、買ったのはこれ。

Barone_cornacchia

久しぶりにモンテプルチアーノ・ダブルッツォのワイン(バローネ・コルナッキア、2005年)。1,680円なり。少しだけ甘い。思っていたより軽くなくて、そんなにペースは上がらず。でも口当たりはなめらかでおいしかった。ホルモン焼のお伴に飲んだ。

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2008年10月28日

ガリガリやって気分転換

今週に入って一気に気温が下がり、朝起きるのが辛くなる。

いくつか新たな試みが先週末から始まっているが、そのことは次にまわします。

下の写真は、日曜日に福岡の雑貨屋で買ったコーヒーミル。昔は必ずミルで挽いていたのだが、ある引越しのときに手放してからは、「おいしいコーヒーは喫茶店で飲めばいい」という考えになった。しかし、田舎へ戻ってきたら近くにいい喫茶店がなく、最近はまたミルが欲しいなと考えていた。ごくふつうの安いのだが、これでガリガリやっていると、いい気分転換になる。

ミル

合わせて、先の尖った円錐形のハリオ製フィルターペーパーと専用のドリッパーを買った。このセットはなかなか素晴らしい代物で、とても深みのあるコーヒーに仕上がります。ドリッパーの穴が1点大きく開いているので、お湯を注ぐ速さや量によって、好みの味に変えられるらしい。いろいろ試している。

あとは良い豆が近くで手に入ればいいんだけど。

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2008年10月23日

無事終了

先日来の仕事は昨晩、無事終了。これからどう活用するかが大事だけど、まあとりあえずひと息。

今まで以上に JavaScript や PHP を取り入れて、ちょっとだけ複雑なサイトになった。注文フォームなどを作ったり、計算結果を反映させたりする必要があったからだ。こういうソースをセットで売り物にしている人たちもいるが、よほど高度なプログラミングの知識が必要なものでない限り、自分で作ったほうが使い勝手が良くていいと思う。そんなに難しいことではない。

今日はお疲れモードななか新たな話が舞い込んできて、年末へ向けて取り組みましょうということになった。クライアントのひとりと楽しく話をする。

今晩はゆっくり休もう。

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2008年10月19日

last-minute になってやる気爆発中

ほんとは今日は大阪へ行ってセミナーに参加するつもりだったが、先月から抱えている仕事を来週半ばまでに終わらせねばならず、無理だと思って諦めた。こうなるのではないかと薄々感じていたので、向こうの友人にも声を掛けていなかったが、今となってはちょっぴり損した気分。

まあ僕が相変わらず last-minute にならないとやる気が起きないのがいけないのだ。昨日も朝はどうにも気分が乗らなくて、コーヒーを飲みながら源氏を読み進め、空蝉の矜持にひとり唸って考え込んだりしてるし。でも、昨日の昼からはいよいよとなって、やる気爆発。すべてをシャットアウトして頑張っている。

この案件は、銀行から紹介されて取り組んでいるもの。とあるお菓子の原料を製造している会社があって、そこの新しい小売商品をネット販売するために、システムを作り上げること。平凡な工場に見えて、実は誰もが知っている名菓のお店(名前は出せません)に原料を何十年も卸し続けているというから、ワタシはびっくりこいたのです。社長はそれで十分生きていけているのだが、何か新しいことがしたいということで、個人向けにも商品を新たに作ったのだという。

細かい部分まで決めてしまったので、あとはサイトを完成させるだけだが、取りかかり始めたときは、ほとんど何も載せるものを向こうが持っておらず、どうなることかと思った。ゼロからこちらが作り上げるしかないと思い、いろいろと取材や調べものをし、姉と何度も文章を吟味しながら、どうにかボリュームのある内容になった。

僕としては、販売システムの構築やサイトの制作が目的ではなく、それ以降のビジネス展開の手段として位置づけているのだが、どういう関わり方をするかは未定。ちょっと値は張るが、品質は素晴らしいものがあるので、僕としては、福岡のデパートの食品売場あたりに置いてもらえたらなと考えている。社長本人は、東京ビッグサイトで今週開かれる「東京ビジネスサミット2008」に出展して、ビジネスマッチングを探しに行く。少しでも良いネットワークができればいいが。

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2008年10月15日

キンモクセイの香りも消えて

自然の動きはひと時たりとも止まりはしない。書こう書こうと思いつつ、田んぼの脇のヒガンバナはとっくに散ってしまい、キンモクセイの香りもすでに消えてしまった。稲刈りもほぼ終わり。今年は栗がたくさんできているようで、方々から頂く。

時々、不妊のことで相談を受ける。排卵誘発剤や漢方(当帰芍薬散)について。不妊治療について書くといろいろと摩擦が起きかねないので省略するが、ほぼ例外なくみんな低体温であることは注目すべき点だと思う。今日の人もそうだった。体温を恒常的に上げるのはたいへんなことで、食事や運動、ストレスなど生活習慣を根本から見直す必要があると思うけど、からだを作り直していくには時間がかかる。人生設計上、時間が許すのならそれでもいいだろうが、悩んでいる人の多くは時間が限られている人たちでもある。もちろん、低体温症が解消すればすべてが解決するという単純なことでもない。治療をいつまでどうおこなっていくのかは、プライベートな要素も含まれるので、最終的には自分で決断するしかないのだと思う。

グリーンスパンの本は、ようやく100ページを越えた。もっと読む時間が欲しい!と叫びたいところだが、単純に時間の使い方が下手なだけ。な~む~。

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2008年10月10日

メガネを買い替える

前々から、2番目の姪に「一緒にメガネ選びをしてほしい」と言われていて、ようやくそれを実現。彼女の仕事の休みに合わせ、3番目の姪も学校をズル休みし、3人で一日、福岡へ。よく一緒に出かけるし、若い女の子ふたりを連れて歩くのは楽しいものだが、昨日はまる一日だったので、とっても疲れました。

Zoff に連れて行く。3人とも基本はコンタクトで、たまにメガネをかけるだけなので、Zoff みたいな安くて楽しいフレームのあるところがいいだろうと思った。いろいろ試していたら、結局3人とも買うことに。全員分出すつもりでいたら、逆にプレゼントするからと言われて、ふたりで買ってくれた。

お兄ちゃんこれがいいよ、と選んでくれたのがこのメガネ。

002

黒ぶちに細く白の線が入っている。

今まで使っていたのも、以前に渋谷の Zoff で購入したもの。身近な人たちのあいだでは今やすっかりトレードマークになっているウグイス色のフレーム。でもレンズ部分が小さくて、でかい目と少々不釣り合いだった。今度のはいい感じ。

001

姪No.2はビビットなピンク。僕が言うのもなんだが、この辺では有名な色白美人なので、何でもよく似合う。No.3はピンクを持っているので、こちらは黒にした。高校生らしいかわいらしいもの。

ふたりが他の買物をしている間、僕は用事を済ませ、ジュンク堂で立ち読み。本屋さんにいる時間はいつも幸せな気持ちになる。

No.3のリクエストで昼、夜ともに洋食屋さんへ。久しぶりにこってりしたものを食べる。昨日からちょうど「アジア太平洋フェスティバル」をやっていたので、帰る前にしばらくインド舞踊などを見た。このイベント会場にたくさんアジアの屋台が出ていたが、もうお腹いっぱいで食べる気がしなかった。車だったので、各国のビールも飲めず。惜しい。

三越にある PAUL でバゲットを買って帰ろうと思って、閉店間際駆け込んだが、やっぱり気が変って、デパ地下でフレイバーのシフォンケーキ、あと「今日だけ安いですよ」という店員さんの言葉に負けて、チリワインを買う。おいしいケーキを食べに行こう、というNo.2のリクエストは次回に持ち越し。

ゆっくり帰ろうということで、途中まで下道をドライブ。ふたりとも十分に楽しかったみたいなので、疲れたけどいいかな。

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2008年9月25日

気分転換でホテルに滞在

昨日は久しぶりに福岡泊。
西鉄グランドホテル。
小さい頃に何度か連れてきてもらったためか、
天神の記憶というとまずこのホテルを思い出す。
あの頃から外観は変わらない。
便利な場所にあるし、いつもついここに泊ろうと思ってしまう。

父代わりに何かと相談するおじさまがいて、
昨日はその人と長い時間話をした。

政治情勢のことから、翻訳の限界性、源氏物語など。
ある著名な方が主宰するNPOに誘われたが、
まずは会ってみましょうということで態度は保留した。

ホワイトヘッドのある本の和訳がどうしても見つからないというので、
探しものなら僕に任せてください、とさっそくジュンク堂で今朝探したら、
ものの10分で発見。
どうやら、一連の講演の一部だったのでわからなかったようだ。
うーん、そんなもんかいな?

Alan Greenspan, The Age of Turbulence: Adventures in a New World を購入。
前FRB議長・グリーンスパーンの回想録。
アメリカの最近の金融危機の問題について新たに書き加えられている。
まず1章読んだ。
500ページを超える大部だが、絶対に読み通してやる。

用事も兼ねながら、気分転換にゆっくりホテルで過ごした。
こんな時間が大好きだ。

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2008年9月23日

王監督はやっぱり憎めない

自民党総裁選のことを書こうと思っていたが、王監督辞任の報で力が抜けた。

プレーオフなどという、メジャーリーグを形だけ真似た
愚の骨頂のシステムが導入されなければ、
ホークスはあと2回は優勝できていたはずで残念でならない。
でもいざというときに弱いというか優しいのも、福岡っぽくていい。

僕が福岡ドームの近くに住んでいて、よく自転車でフラッと試合を見に行ってた頃は、
まだ万年Bクラスの弱小チームだった。
王監督も相当叩かれていた。
当時は、晴れていれば屋根を開けて試合をしていて、
勝つと上がる花火がマンションから見えたのだが、
その花火もなかなかお目にかかれなかった。

王さんは結果的に今じゃ神様みたいに扱われてはいるが、
勝負の世界だから、それと卵ぶつけられるのとは紙一重であって、
そういう意味で、野球人として華々しい過去を持つ人が、
わざわざダメダメ球団を率いようと思っただけで、とても勇気のある決断だったと思う。

小久保、松中、城島、井口、斉藤、和田、杉内、新垣、川崎など、
最近では松田や本多を含め、
見た目も言動もアホっぽくなく、スカッとした清々しい面々がたくさん出たのも、
監督の雰囲気が作り出したものだと思う。

今日の会見を見ても、どこまでも自分の責任だとするところは潔い。
やっぱり憎めないよ、この人は。
最高権力者でありながら、他人(=民主党)のせいにして投げ出す総理大臣には、
ぜひともこの姿勢を学んでほしい。

明日ちょうど福岡へ行くので、ドーム最終戦を観戦しようかと思ったが、
探した限り完売で、チケットは手に入らない。
直接行っても、同じ考えの人がたくさんいるだろうし、絶対無理だろうな。
この辺も、いつでも見られた昔とは違う。
パリーグでは群を抜く大人気チームになったのも、今となっては王監督のおかげ。

ともあれ王監督には、ほんとお疲れさまです。
でも、WBCの監督はするんじゃないのかな?

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2008年9月22日

雨のseptember

今日はいちばん下の姪たちの運動会のはずが、早朝から雨に見舞われ延期。
なぜか毎年参加することになっている僕は、一日何もできないと思って、
昨日は真夜中まで仕事に没頭して、
途中夕方に飲んだ安物のワインの悪酔いからもすっかり覚めてしまうぐらい頑張ったのだが、
朝起きてみたら雷雨で、肩すかしにあったというかホッとしたというか。

今日(21日)は誕生日でもあった。
30代後半のそのまた後半に突入。
10年前、ものすごく結婚願望が強くなった時期があったが、
今は死ぬまでに一度は婚姻届を出してみようかなと考える程度。
思えば10年前というと、初めて年下の女性と付き合っていた頃で、
自分がしっかりと先のことを考えなきゃいけないという思いに駆られていたのだろう。
九州人の相手というのも実は初めてのことで、
世間でよく言われる博多弁のかわいらしさに魅了されていた。
なにより、九州人どうしというので居心地がよかった。
そんなこんなで、結婚しようかなと思ったのだろう。

今は、大家族を率いているようなものなので、
どちらかというとひとりで静かになりたい。
まだしばらくは叶いそうもないが。

10年前というと、外務省派遣の国連職員の試験に最終で落ちたときでもある。
面接でサミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』が話題に上り、
面接官が当時一般的に批評されていたありきたりなことを言うので、
「こいつ絶対読んでない」と思って、原書で読んでいた僕はかなり反論した。
最後まで読めば、ハンチントンは、衝突を煽っているのではなく、
むしろどうしたらそれを回避できるかという模索をしているのは理解できたから。
でも、面接で反論したらどうなるか考えなかった僕は、まだまだ青かったなあ。

その頃とは何もかもが違う日々を過ごしている昨今だが、
置かれている環境のもとで精一杯生きようと、今日はあらためて決意。
これからの1年で、FP技能士の3級と2級は取ろうと思う。

9月の雨は、ひと降りごとに秋へ向かう。
これから11月までがいちばん好きな季節。楽しむぞ!

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2008年9月10日

お気に入りと一緒に

親戚が突然やってきた。僕のお気に入りのものを手にして。

プレミアム・モルツ

サントリーの「ザ・プレミアム・モルツ」。
ちょうどまとめて買おうと思っていたのでラッキー。

数年前、プロントのブロンズグラスで飲んだのが初めてだった。

すぐに手に入るビールの中では、これがいちばん好き。香りが高貴だ。

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2008年9月 9日

ひとりでは間に合わなくなってきた

今関わっている案件のひとつで、簡単なサイトを作成している。
ソースをいじりながら、一応 Internet Explorer と Opera と
Firefox と Safari で確認をしているのだが、
相変わらず、ソースに対する IE の margin や padding の反応がおかしい。
余白の理解が以前からまるで他のブラウザと違っていて、
バージョンアップしても改善しないので、
いつも「こいつはアホじゃないか」と思う
(次の IE8 ではかなり他のと統一感を感じるようになるらしいが)。

ずっと昔に作ったものは、そんなことを知らずに
IEでの見栄えだけを考えて作っていたので、
他のブラウザで見ると、ところどころ変な余白ができてしまっている。
ほとんどの人がIEで見るのだから神経質になる必要もないのだろうが、
美しくないものを放っていると、モヤモヤ感がずっと残る
(というか、長い間そのままになっているサイトって意味あるのか?と自問、反省)。
関係ないけど、「モヤモヤさまーず」は僕のお気に入り。

Photoshop が高くて買えないな、と思っていたが、
遅まきながら最近 GIMP というフリーソフトの存在を知ってからは、
かなり画像作成・処理の能力が上がった。
やりたいと思うことのほとんどは
とりあえずこのソフトで実現できている。
こんなのが無料でいいのだろうか、と思うほど多機能だ。

でも、こういうのはいじっていると、とても楽しいのだが、
別にウェブのクリエイターやデザイナーではないので、
自分でやるにはほどほどのところでやめておかなければいけないと思う。
というのも、今4件の会社や個人の様々な案件を扱っていて、
事業計画では5件までは同時に自分で処理できると考えていたのだが、
もうすでにあまり余裕がない状態になってきているからだ。
短期的には、手っ取り早く姉を活用するしかないと思って、
仕事を頼み始めた。
姉は、口頭である程度指示すると、
短時間できちんとまとまった文章を作成する能力を持っているので、
たいへん使える人なのです。

100社ぐらい関係企業ができて、
みんな集まって異業種交流のパーティを開きたいなあ。
と大きな夢を描きつつ、今ひっそりとひとりパソコンへ向かう。

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2008年9月 2日

届かなかった速報

9月は誕生月であり、好きな季節である秋へと移っていく時期でもあるので、
今月は少しは張り切って書きたい。
でもそれを実行するにあたっては、眠さに負けないことが第一の難関。
このところ夜は眠くって仕方ない。

昨日の福田さんの辞任表明の件は、書いても虚しくなるだけだ。
所詮日本の政治なんてそんなもん、としか世界には思われていない。
これで世界第2位の経済大国であり続けていることが
すごいというべきだろう。
国民が偉いのだと思う。

登録をしている New York Times と Financial Times から、
世界的な出来事があるとすぐにニュース速報が届くようになっているが、
昨日の会見についてはついぞ速報でメールが届くことはなかった。
別に日本の首相が代わろうが誰になろうが、
そんなことは国際政治にはなんら影響を持たない、
価値がないのだとあらためて感じた
(日本のマスコミは、すぐにいくつかの通信社が速報を打ったことを伝えているが、
そりゃあ通信社はそうするよ、それが仕事だもの)。

日本国は、「私はあなたとは違う」と逆ギレして会見を終えるような、
そんな貧困な精神の指導者に率いられた国なのだ。
見たあと、僕はため息しか出なかった。

さてさて、今年も残すところもう4か月しかないが、
年末にかけ個人的にひとつ気掛かりなことが浮上した。
僕自身が直接関わることは一切ないのだが、
それでも面倒なことが起きそうで嫌な予感。
周囲から雑音も多くなってきている。
僕の願いは、とにかくそっとしておいてほしいだけなのだ、
自分自身のためにも相手のためにも。

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2008年8月13日

盆の入り

お盆の週で、世間はどこもゆっくりした雰囲気。
提灯を出し、盆菓子を揃えたりすると、なんとなく、
もう夏が折り返し地点に来た感じがする。

月曜日は花火大会。
火曜日は夏休み恒例のボーリング大会。
華麗にストライクから始まったものの、その後の浮き沈みが激しく、
スコアは105と102という低調な結果。

今日は親しい人たちを呼んで昼から食事会。
ビールを飲んだら頭が痛くなって、夕方ダウン。
疲れていたのだと思う。

銀行からある製造業者に会って話を聞いてあげてほしいと言われ、
近々出向くことにした。
こちらも銀行に、面倒を見ている会社を新たな取引先にしてもらう。
まずは短期の運転資金の融通から始めてもらうことにした。

久しぶりにマンデリンを飲む。
苦くてコクがあり、かつソフトな口当たりがたまらない。

盆はゆっくりしながらも仕事。
このままどこにも行けずに夏は終わってしまうのか?

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2008年8月11日

最近の日記

6月からの懸案事項に目途がついた金曜の夕方、
居合わせたみんなと突然、福岡まで出かけることにした。
わずか1分間で決定。

結果的に食事するために長い距離をドライブしたようなもので、
それにたいしたものも食べなかったのだが、とても楽しかった。

2日間あまり寝ていなかったので帰ってから早く寝ようと思ったが、
高校生の姪とそのまま朝3時半まで進路の相談に乗ってあげた。
夏休み後半に勉強を見てあげることにする。

木曜、金曜と打ち合わせや取材が続いたが、
異業種の人の話を聞くのはいつも面白い。

週末、家の中のいろんなところを掃除。
南部鉄器の焼肉用鉄板が再発見された(実際はただ単に存在を忘れていた)ので、
焼肉をすることにした。
いつも買うホルモンがなかったのは残念だったが、
骨付きカルビなどにかぶりついた。満足。

ただの日記の内容だが、以上おしまい。

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2008年8月 7日

農産物を食べてまわりたい

昨日朝っぱらから、姉が小振りの枝をいくつか抱えてやって来た。
何よそれ、と思ったら、ブルーベリーの木だという。
朝早く、山の上にあるブルーベリーの生産農家に
新聞の取材で行ったんだそうだ。

枝には実がいくつも生っていた。
しばらく花瓶にでもいれて置いておけばもうちょっと大きくなるから、
といって折ってくれたらしい。

それとは別にちぎった実がひと箱。
無農薬で作られているブルーベリーがてんこ盛り。
起き抜けにちぎりたてをいただいて幸せな気持ちになる。
酸っぱいのと甘さを感じるものとがあった。

姉は取材先からいろんなものをプレゼントされて帰ってくる。
この間は、こだわりの卵をひとケース。50個ぐらいあったか。
まずはシンプルに卵かけご飯で試してみよう、と食べてみたが、
納得のいくおいしさだった。

おかげで、地元にいろいろと隠れた産物があるのを
最近知るようになった。
けっこう、みんな研究して努力して、
質の高いものを作り出しているんだよなあ。
でちゃんとネットで販路拡大していたりするし。
ついつい田舎の人は進歩がないように見てしまうのだが、
ワタクシおおいに反省ばしております。

もちろん全国でそういう農家の人たちがたくさんいるんだろう。
先週末、長野から桃が送られてきたが、ものすごくおいしかったもんな。
う~ん、農産物の食べ歩きをしたい。

夕方、デジカメを買い替えた。
悩んだ末に購入したのは、オリンパスのμ1020のブラック。
調査せずに衝動的に買いに行ったのだが、最終的に、
光学ズーム7倍、マクロ撮影20ミリ、
あとカラーとデザインが気に入ったのと価格が予算内だったという総合的な判断。
多少重みを感じるのもいい。
シャープネスなどで批判もあるようだが、補正はパソコンでできるし、
別に専門的に使うわけでもないので、これで十分かと。

安くなっていたのをさらに安くしてもらって、
「もうひと声」と言ったら、また値引いてくれた。
価格.comで調査しておけば、もっと押すことができたが。

予算が余ったので、ついてきた姪っ子たちに本を買ってあげた。
子どもたちは携帯小説が好きだよなあ。
僕はとても読む気がしないけど。
とりあえず、活字からまったく離れているよりは全然いいだろう、
という判断をしている。

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2008年8月 2日

素人の何が悪い

夕立が来ても、適当にゴロゴロ鳴って、ちょこっと雨を落としてさっと去っていく。
不完全燃焼のばか野郎な夕立がこのところ多かったのだが、
昨日は本領を発揮し、派手にやってくれた。
心臓が止まるかと思うほど、何度か凄まじい破裂音と閃光が重なる。
土砂降りの雨。すぐには止まず降り続いてくれた。

夏の良さは、雨が上がった後の清涼感かと思う。
窓を開け、濡れていっそう濃くなった緑を眺めながら、
温かい苦めのコーヒーを飲んだ。
そよぐ風のなんとひんやりとして気持ちいいことか。
いろんなことを忘れて、ただそこにたたずんだ。

と書いたあとに暗い話をするのもなんだが。

もう今日で辞めたから用はないけど、
冬柴前国交相は最後まで自民党よりも自民党のような発言を続けた。
大阪の橋下知事が、伊丹空港の廃止に言及したことについて、
冬柴氏は「素人」と吐き捨てたのだ。

うん?、じゃあ彼は空港行政の玄人なの?
大臣やったぐらいで、玄人はないだろう。
よしんば玄人だとしても、そうしたら玄人がやってきたこの国の
戦略なき空港行政の惨憺たる状況をどう説明してくれるのだろう?

ソウルや上海、香港、シンガポールの巨大空港の脅威の前に、
成田も関空もなす術がないではないか。
それに、いまだに地方には意味のない空港ができる。
一方で、地方は生き残りをかけ、どんどん直接、海外のハブと結ばれている。
これは玄人センセイ方の仕事の結果ではありませぬか?
誇れる業績ですか?

別に橋下さんは好きじゃないけど、
「素人発言」を受けて語った「玄人がやって、今の行政や政治の状況ですから」
との皮肉には大拍手を送る。

そもそも、「素人」「玄人」ということを口にし、
あたかも「俺は政治を知っているんだ」と言わんばかりの政治家は、
危ういほど勘違いの領域に入っていることを、有権者は認識すべきだ。

あっ、自民党は太郎ちゃんが幹事長で戻ってきたので、
ちょっとは楽しくなるのかしらん。

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2008年7月29日

次の3年

あっちこっち、いろんな仕事をしている感じの
今日この頃。

将来は、ヘルス、ウェブ、マネー、ビジネスという
一見ちぐはぐな、しかしよくよく考えるとつながりのある
これらの総合的なコンサルティングをしたいと考えていて、
今はその原型のような仕事を楽しくやっている。

もちろんどこまでいっても知らないことだらけだが、
なんでも3年続ければ専門家になれるはずで、
僕はその点で自分の能力に自信を持っている。

思えば、以前とまったく違う生き方を始めて3年になる。
上の4つは、それぞれ必要に迫られて
関係あることから学び経験してきただけだが、
その基盤の上に次のステップに入りかけているのを感じる。
具体的に必要だと思う資格も見えてきたので、今後勉強したいと思う。

大きな会社は大きな専門家集団にまかせればいいが、
そこでは目が届かない小さな会社や個人で、
無知なるがゆえに損をしている人、不健康な人が多いのを見てきた。
そういう人々に手を差しのべてあげたいという思いは
今とても強い。

と言いつつも、
最終的には農業を中心に据えようかと考えたりもする。
これから先、農業「経営」は絶対に重要だし面白いと思うから。

この夏海外脱出するつもりだったのに、
ヨーロッパまで行くのは難しくなってきた。
近場で、釜山にいる友人のところへ行くか、
香港や上海あたりを狙おうかと考えている。

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2008年7月14日

トカゲ、ムカデ、イタチ、……

月初めに銀行に依頼していた資料が金曜日に手に入ったので、この週末はある作業のため、ひたすらパソコンと(というかエクセルと)にらめっこしていた。ようやく一区切りついたところ。

夕方、気分転換に外へ出ると、トカゲがスルスルと横を通り過ぎて行った。不格好だなと不審に思って、動きが止まったときに近くでじっと眺めたら、案の定しっぽが半分ほど切れていた。

小学生の頃の記憶としてよく思い浮かぶ光景のひとつが、トカゲのしっぽ切りだ。自切ではなく、無理やりに。あまり思い出さなくていいのだが、ふとした瞬間によく出てくる。学校の校庭に続く足洗い場のそばで、数人の友だちがいて、捕まえたトカゲのしっぽを切って、それが勝手に動いているのをみんなで眺めている。楽しむというよりは、しっぽだけで動けるという事実が子どもには驚きであり、それを観察したいという欲求だったと思う。今では、とてもじゃないが手で触りたいと思わないのだが。

中学の時住んでいた寮は裏が山だったせいか、よくムカデが出た。夏、寝ているときに天井からボトッと落ちてきたり、畳から布団へ入り込んできて腕を伝っていったり。今思い出してもゾッとする。瀬戸内海の島の出身だった管理人さんが、ムカデは完全に殺さないといけない、と言って、コンロの上で焼き殺していたのを覚えている。ちなみに母も、「ヘビは完全に殺さないといけない、だから鎌がいちばんいい」と言う。

最近、義兄の実家でイタチが出たそうだ。お母さんひとりで住んでいるその家の屋根裏に時々入り込んでいたらしい。イタチの糞があったのでわかった。イタチごっこと言われるぐらいだから、捕まえるのは難しいようだ。しかし、寝ているときに足もとまでやってきたので、さすがに急を要するということで、いろいろと捕獲手段をネットで調べ、保健所や地元の名人にも聞いて、最終的に捕まえた(殺してはいけないことになっている)。餌でつって、強力な接着剤で足が離れないようにする、というゴキブリ取りのような方法。

今、うちの門扉の角には、セミの抜け殻がくっ付いている。今ではあんまりこんなものも見なくなったので、あえてそのまま残してある。

空蝉。余韻が残る感じでいい言葉だ。

源氏の空蝉のような女性もいい。

あれれ、何の話を書きたかったのか。

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2008年7月 6日

苔を生やす趣味でも持つか?

先週は2度も徹夜をする羽目になり、この週末はヘトヘトになっていた。前回、徹夜しても元気、と書きながら、その翌日はもう何もできなかった。毎回遅れて疲労が出てくるところをみると、年齢を気にしなければならない領域に入ったということだろう。

どうにも疲れが取れないなか、いちばん良いのは体を動かすことだろうと思い、昨日今日と夕方涼しくなってから庭の草むしりをした。今日、梅雨明けが宣言されたところだが、久しぶりに週末に晴れてくれたので、十分に作業することができた。

6月に雨が異常に多く降ったせいだろうか、気づいたら苔がその勢力をかなり広げている。苔の緑色は僕は美しいと思う。苔の勉強をして、どうやったらきれいに広げて育てることができるのか研究しようと思う。あまり何もしなくてもいいような気がするが、それは素人判断だろうか。たいてい田舎の人は庭いじりのノウハウを知っているものだが、そういう人たちが、苔がこれだけ生えてるなんて珍しいよ、と誉めてくれるからすごいんだろうが、当人は何も知識がなく、何も手を加えていないのです。

苔が多い部分は、それを剥がさないように草を取っていると随分と時間がかかって、なかなか進まない。玄関からパッと見える範囲だけは取った。

緑を眺めているのは気持ちがいい。とくにこの季節、どこを走っていても、風景のなかに深い緑に囲まれた山々や木々がある。韓国にいる友人が九州に戻ってきたときに「こっちに帰ってくると、強烈に緑の色を感じる」と言っていたことが思い出される。確かにそうだと思う。僕が向こうへ行ったときに感じたのが正反対のことだったから。

日経BPコンサルティングから封書が届いた。また雑誌の購読依頼かと思って封を切ると、意外や意外、中には1万円分のギフト券。アンケートへの謝礼ということだが、どんなアンケートだったかまったく思い出せない(だいたい日経関係で送られてくるアンケートには真面目に答えている)。まあともあれ、このご時勢に1万円分もくれるなんて太っ腹!

デイヴィッド・ストローン著『地球最後のオイルショック』(新潮選書)を読了。昨今よく聞く「ピークオイル」の分析や、それを取り巻く政治や業界の動き、その時にそなえた生活スタイルの見直しなどについて。かなり刺激のある内容だった。詳しくは次回に。

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2008年6月30日

今回は徹夜でも元気

昨日の朝からずっと起きている。夜中、どうしても朝までに終えたい作業があって、デスクワークをしていたら3時になってしまい、そのまま勢いでサッカーを最後まで見た。

フェルナンド・トーレスは、昨日はようやく「らしさ」が出て良かったのでは。体格で明らかにハンディを背負ったスペインの試合の運び方は、日本にとって何か参考になるのだろうか? どうなんだろう? 専門的によく知っている人の話を聞いてみたい。

今日は末日で支払いが多く、あっちこっち行ったり、いろんな人が訪ねてきたりで、そのおかげで眠気を感じなかった。いくつか良い話もあり。

それにしても、振込は今はほとんどネットバンキングとセブン銀行のATMで済んでしまうので、とっても楽だ。バカにならない振込手数料も、たとえば三菱東京UFJどうしだと無料。その他、セブン銀行との提携を活用すれば、いろんな手数料が浮く銀行はいくつもある。たとえばソニー銀行とか。

宮崎のお土産をいくつかもらったので、さっき地鶏の炭火焼をつまみながらビールを飲んだら、さすがにどっと疲れが出てきた。今日はぐっすり寝れるだろう。明日から後半戦!

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2008年6月23日

スペインとホークスと

何日かぶりにからっと晴れて穏かな一日。ここ数日間の雨の降り方は異常で、いったいここはどこの国?と言いたくなるぐらいスコールのような激しい雨も何度かあった。地域の観測史上最多の1時間降雨量を記録し、全国ネットのニュースにもなったようで、心配して電話してきた人もいたが、こちらはそれで初めて「そんなに雨降ったのか」と知ったぐらいのほほんとしていた。確かに周囲の町は水害がひどいようだが、地形のおかげか、ここはいつも被害がないのです。

ともあれ、雨のせいで外に出ることもほとんどなかった。今日久しぶりに歩いてみたら、すぐに足先からジンジンしてきて、血が脚じゅうを駆け巡り、一気に体が熱くなるのを感じた。

昨日今日と、朝方起きてEURO2008を見ていたので、どうも時間が狂っている。今朝のスペイン×イタリア戦は延長の前半で眠ってしまったけど。イタリアのサッカーを見てて、いつもムカムカしてくるのは僕だけ?

とりあえず応援しているスペインが勝ったのでよかった。お気に入りはフェルナンド・トーレス(僕は勝手に王子様と呼んでいる。プレミアリーグのなかで彼を見ていると、場違いな美少年がプレーしているようだから)。どんな無理そうなロングパスにも追いつけているからすごい。スペインに優勝してほしいけど、最終的にはドイツなんじゃないかと思う。

一方、今ではほとんど見ることのないプロ野球だが、交流戦でホークスが優勝したということで、ローカルニュースや地域の情報番組はちょっとばかり盛り上がっている。せめてパリーグで優勝せんと意味ないやろ?という気もするが、常に最強と言われながらここ数年喜ばしいことのないホークスには、ささやかながら久しぶりの慶事でした。

私の日常もどうでもいいことばかりなので、たまには喜ばしいことが欲しいものだ。いや、なんでも自分次第か?

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2008年6月12日

戸籍集め

お久しぶりです。

ここ1週間、時間を見つけては家族の戸籍関係の書類をたどって集め、書類を作ったり方々に申請の依頼をしていた。今日で第一段階が終わり。

家族全員の戸籍をたどっていくのは、面倒だがとても面白い。要領を得るまではややこしいなと感じていたが、それは自分にちゃんとした知識がなかったからで、全体像を把握したあとは、探偵気分で楽しかった。おかげで、戸籍の勉強ができた。

・2番目の兄が早くに亡くなっていること
・父家族、長兄家族それぞれ転籍していること
・平成14年の改製

などのため、思った以上にたくさんの証明が必要だった。家裁に出す分については、父が筆頭者の戸籍謄本と改製原戸籍謄本、兄が筆頭者の戸籍謄本と改製原戸籍謄本、前の戸籍での父が筆頭者の除籍謄本、姉の戸籍謄本、父の改製原附票の写しを取った。

幸い、車で1時間の範囲内で全部取得できるから良かった。しかし、手数料は合計するとけっこうかかる。

本を読みたい。しかし眠い。

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2008年6月 6日

年齢を自覚する一日

パソコンとネットワークは完全復活。ネットワークに障害が起きたときに突然使えなくなってしまったルータは、初期化すらできなかった。NECのサポートで見積もってもらったら、修理代が思いのほか高かったので、結局修理しないことにした。仕方ないけど、しばらくはケーブルでつないで定位置で使うことに。

アドエスもウィルコムストアで購入した。この週末には届くだろう。

昨日は夜中から起きたせいで、徹夜したのと同じような状況になり、夜になるとものすごい睡魔に襲われた。こんなときに限って、最後のお客さんと長話。うつ病のある人で、いろいろと話を聞いてあげていたら2時間経っていた。

いやあ、24時間通して起きているなんて久しぶりのことだったが、やっぱり20代の頃のようにはいかないなあ。年齢を少し自覚する一日。

初めて管轄の家庭裁判所を訪れる。父の財産関係のことで相談。うーん難しいですね、と一緒に悩んでもらったあげく、完全にクリアにはならず。とりあえずは申請書を作成して、また来るということで終わった。

一日いろんなことが起こり、そのなかにはちょっと落ち込むようなこともあったのだが、まっ、今は金曜の夜であるし、心は安らいでいるのです。

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2008年6月 5日

ネットにつなげず

先週末から、地元ケーブルのネットワークが不通になったり、パソコンの調子が悪くなったりで、なかなかネットにつなげなかった。携帯から打つ気にもなれず、休みばもらっておりました。

やっぱり、ウィルコムのスマートフォンを買おうかな。新しいのがもうすぐ出るので、爆発的に売れた(らしい)アドエスが今や実質0円になっている! せっかく番号残していることだし、これひとつあれば便利だしなあ。

今、朝の6時。昨晩早く眠りにつき、夜中に目が覚めた。仕方ないので、頼まれていた作業をひとつ終えた。それからフランス語の勉強。『まいにちフランス語』を4月号から丹念に読んでいる。

この何日間かで、ジョン・ダービシャー著『代数に惹かれた数学者たち』(日経BP社)の半分、200ページほど読んだ。ここまでは理解できたけど、うーん、この先はついていけそうもないなあ。寝ながら読むからいけないのかな。

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2008年5月29日

笑顔が見られればそれで満足

ある工場の支出や返済状況について、見直しのための話し合いを何時間にもわたって行なった。現在の稼動実態からすると、動力は契約を一つ減らすことができ、残った分も容量を大幅に下げられる。電話や保険料は半分くらいで収まるし、ちまちました返済をまとめれば、大幅に毎月の返済額は減る。

ここは去年からなんとか黒字なので、数年前としたら楽になっているが、たいへんな時期に借入した分の返済額が大きすぎて、毎月返済に追われているのが現状。大きな借入分を条件変更するのは、経験上あまりいい効果は生まない。元金が大きいと、月々の返済額を減らしてもそれ相応の額になるし、その分期間が延びることで金利の負担増もあるし、精神的にも重荷だ。残債が大きいものは、なるだけどんどん元金が減っていくほうが、財務的にも精神的にも健康的だと思う。

そこに集中するためには、収入を増やすことももちろんだが、他の小口の返済をまずは片付けることが先決だと思う。カードローンなどは、残債の多少にかかわらず、口数の分だけ月の返済額が増える格好になるので、元金の割には負担感が大きい。なので、常套手段としては、小さいものは一まとめにしてしまうこと。そうすれば、額にもよるが、毎月の返済を半分以下にすることも可能だ。

ざっと計算したら、10数万円は毎月の出費を減らせるのではないかということになった。来月いっぱいになんとかそこまで減らすようにもっていくつもり。

人の心配より、わが家の心配をしなければいけないのが本音だが。でも、この数年間の苦闘は、それなりの知識と知恵を植えつけてくれたのだと、他の人にアドバイスしていて感じる。

人生に無駄はないのだ。僕はどんな最悪な経験も自分の血肉として活かしていきたいと思う。経済的な問題、健康の問題、ビジネス上の問題、法的な問題。まわりには、いろんなことで悩み苦しんでいる人がいる。小さな役割でしかないが、その一つひとつの問題を解決し、係わった人々をきちんと喜びの方向へ歩ませていきたい。その人たちの笑顔が見られたら、もうそれで僕の人生は十分なのではないかと最近は思う。

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2008年5月28日

夏の音の気配がする

夜8時ぐらいから2時間ほど寝てしまった。まいったなあ。夜寝れるかしらん。

起きたら、嵐のような雨風はおさまっていた。ひどく雨が降ったあとは、すぐそばを流れる川のせせらぎが打って変わって轟音を立てる。自分の部屋にいると、それは地鳴りのように聞こえる。これから夏の間は、たびたびこの音が迫ってくることになるだろう。

しかし、今パソコンの前に向かっているこの部屋では、まったく川の音がしない。聞こえてくるのは、アマガエルの合唱ばかりだ。梅雨が近いなあ。

こういう自然がつくり出す音色を耳にすると、とても癒される。音はやっぱり夏の夜がいいなあ。真夏はたまらないが、初夏や晩夏がいい。今晩はその気配がする。ちょうどお疲れモードなので心地よい。ああ、時間よこのまま止まってくれ!

考えること多し。ちょっと気の重いことが続いている。でもどうにかして乗り切らなければ。

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2008年5月26日

こんな英語でもいい

Financial Times の記事にリンクしても、登録していないと全文は読めないようになっている。自動ログインしていたので、今までそれを知らなかった。記事の紹介していたのに意味なくてすみません。と言いつつ、これからもリンク貼るつもりですので、興味のある人は登録してみてください。無料です。

さて、下のリンクで、Financial Times のダライ・ラマへのインタビュービデオが公開されている(2部構成。下のほうがpart1)。これはログインしなくても全部見られます。

http://www.ft.com/cms/885d7916-e3aa-11dc-8799-0000779fd2ac.html

ダライ・ラマの英語の壊れ具合はすごいものがある。聞き手の編集長もちょっと困った感じのように見える。でも、これでいいのです。アラファト議長もたしかこんな感じだった。

まあ、"Your Holiness"と呼ばれる人だから、これでいいのかもしれないが。

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2008年5月25日

そばにいる人にもウェブの発信は効果がある

コーネル・キャパが亡くなったという記事を読んで、しまってあった写真集を探した。あったあった、と思って手にしたら、ロバート・キャパだけの写真集だった。あれれ。うーむ、記憶というのはこうも不確かなのです。

とてもこだわりをもって仕事をしている大工さん(ほぼひとりで家を建てる)が、ウェブで自分の取り組みの発信をしたいというので、協力してあげることにした。何度か間接的に打診はあったのだが、「大工さんが何載せるの?」と受けあっていなかった。でも、今日初めてまともに話を聞いて、これはいけるかも、と認識を新たにした。

まず、家というのは、ある意味で作品であるということ。その人がそこに込めている思想やこだわりは発信する価値があると感じた。また、ビジネスとしては、1年に1件でもウェブを通して受注できれば、その額が大きいだけに十分であること。そして、このふたつの要素はお互いにしっかりと結びつくのである。

話をしながら気づいたことがあった。ウェブで発信するときは、いかに検索で上位に引っ掛かるかということを気にして、SEO対策に目が向かいがちだ。しかし、ネットの向こうにいる未知の相手だけでなく、身近の友人や知り合いに対しても、実は大きなインパクトがある。

なぜなら、自分の誇りある仕事について、そこに集大成することができるからだ。口下手な人でも、サイトが代わりに雄弁にすべてを語ってくれるだろう。いつも近くにいながら漠然としか知らなかったその人の結晶を、みんなが確実につかむ場所となるだろう。再認識した彼らは、他の人との語らいの中で新築や増築の話になったら、「家を造りたいなら、こういう奴がいるよ」とそのままサイトを紹介してあげられる。

大工本人にしても、サイトを紹介することは、自分の仕事ぶりと考え方、実績などを知ってもらい、信用して注文してもらうためのもっとも効率のよい営業手段となるだろう。また、家を造る造らないは別にして、周囲の人にサイトを見てもらって、自分の仕事について多くのことを知ってもらっておくことは、長期的に見たら、とても意味がある。そして、サイトは「常にそこにある」ものだから、いつでも情報を得られる。

人間は、近くにいてもあまり相手のことを知らない。たとえば、「ブクログ」のようなサイトがなければ、家族だって僕が何を最近読了したのか知らないだろう。ましてや、どういう感想を持ったのかなんて、いちいち話さないから知る由もない。自分自身だって、読んだ本の題名も中身もそのうち忘れてしまうではないか。

それがウェブでは、情報の集積と整理、統合、発信ができる。デジタルで全てが表現できると言いたいわけではないが、本人が熱心にそして誠実にウェブを使えば、「わたしが何者であるのか」をアピールする絶好の場所となるのである。未知の相手にも、既知の人々にも。

考えてみれば当たり前のことだし、以前ビジネスブログについてまとめた自分の書類を見返しても、そういうことは書いている。にもかかわらず、今日の話は新鮮だった。

だから、やっぱり人間ってのは忘れやすいんだよなあ。

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2008年5月23日

ワタクシの食習慣

今日はふたつこちらの思い通りに事が運び、金曜の夜をゆっくりと迎えている。ギネスを飲んで、それからワイン。でも、そんなに飲めません。1週間ぶりにアルコールを口にしたら、すぐにふらふらしだした。

酒は、毎日は飲まないようにしている。カフェインも、飲む総量を減らしながら、できるだけ緑茶を中心にして、たとえばコーヒーを起き抜けに飲むことはしないようになった。そのほうが体の調子は良いからだ。

食習慣として他にやっていることは、朝起きて、フルーツを何種類か食べること。一日のなかで口に入れるものとしては、朝の果物がいちばん「気持ちいい」と思える。そして、水を少し飲む。これも体が浄化されるような体感を覚える。朝食はしばらくしてからとる。たまに、昼や夕食前も、思い出したらフルーツを食べる。そしたら生き返った気分になるのだ。食後にフルーツを口にすることはない。

それから、既成のソースやドレッシングなどは、ほとんど使わない。サラダは野菜のみで食べるので、素材がおいしいかどうかよく分かる。マヨネーズを手にするのは、月に1回あるかないかほど。食パンもただ焼くだけで、何もつけずに食べるのが好きになった。よく醤油やソースを食材にまんべんなくつけて食べる人がいるが、僕からしたら、いったい何を味わっているのだろうという感じ。

コンビニの弁当やおにぎり、サンドイッチなどは買わない。缶コーヒーなども選択肢にない。ジュースも飲まない。なるだけファミレスやファーストフードで食事はしたくない。わけの分からん店で下手に外食したくない。間食はあまりしない。夜遅く食べない。ゆっくり食べる、……。

他にもあるが、うんざりされそうなので、このへんにしておきます。こんなんじゃ他の人と一緒に生きていくのは難しいなあ。でも、2年ぐらい前から自分で勉強して、また自分で実践してみて、そうしたほうが気持ちよかったということばかりなのだ(なかには、昔から自然と行なっていることもあるし、コーヒーのようにごく最近の取り組みもある)。

彩りのないつまらない奴だと思われそうだが、僕にとってはこういう食生活に変えてからのほうが食は楽しめている。そうするなかで、たまに違った意味でおいしいものを食べに外へ出るのが、またいいのである。

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2008年5月21日

BusinessWeekの記事から

時々、姉の新聞記事の取材に付き合わなければいけない。あんまり大きな声では言えないが、いつも僕が原稿に筆を入れて納得したあとに出稿する。だから、満足できず再度取材というときは一緒に行く羽目になるのだ。←小声で言ったつもりなり。

今回の取材先はある麺関係のお店。いわゆるB級グルメだが、食べてみたらたしかに安くてうまい。それはいいのだが、掲載する写真でご主人の顔があまりにも冴えなかったので、これはないだろう、ということで再度撮りに行った。

地元の金融機関が主宰するビジネスクラブの経営セミナーに呼ばれていたので、他の社長も誘って参加。今後の企業経営のあり方について講演があった。

講師の方は、経営戦略とそのもとでの中期経営計画をしっかり練ることの必要性について諄々と説いたのだが、本人も認めるように、それはしごく当然の指摘である。しかし実際はそれができてない経営者が多いと。

具体的には、計画上の数字は出されていても、そこに根拠がないとか、実績の数字どうしが有機的に結び付けられておらず、しっかり分析されていないとか。「営業を科学する」という言葉が、とても気に入った。

メルマガ登録している「日経ビジネスオンライン」には、アメリカのBusinessWeekからの記事も掲載されていて、とても読みごたえがある。今日届いた内容から、ネット広告に関するグーグルとマイクロソフトの争いについて。

グーグルに牙をむき始めたマイクロソフト  ネット広告大戦争、“広告効果”をめぐるハイテク対決へ

なんでもそうだが、一人勝ちする環境というのは、価格の問題やサービスの質など、いろんな意味で良くない。この分野に関しては、追いかけるマイクロソフト(もしくは他の企業)に頑張ってほしいという気持ちになる。

これとは違った競争だが、Macがふつうの職場にもじわじわと浸透しつつあるという記事がちょっと前にあった。

アップル、法人市場への本格参入はあるか?  iPodとiPhone人気に乗じて、Macintoshが職場に浸透中

マックの拡がり方が底辺からなので、その分力強い流れになる可能性がある。僕もここのところ、次はマックを買おうかと考えている。

そもそも、人生で初めてまともに触れたコンピュータはマッキントッシュだった!(たった今思い出した) フラットで一緒だったケンブリッジの数学専攻の学生が持っていて、それを使わせてもらっていた。

ああ今すぐにでも欲しくなる。でも我慢がまん。今日の話じゃないけど、計画を立てて、それがうまくいって、余裕ができてからしか買えん。っていったいいつなのだあ?

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2008年5月20日

すべてに美しさが宿る

僕が勝手に B road (イギリスの高速や幹線以外のふつうの道路)と呼んでいる田舎道が隣町の外れにある。夜は街灯も家の明かりもなく、自分の車のライト以外、そこは闇に包まれている。

今晩その道を走っていた。上りながら大きくカーブを切ると、前方に突然、まん丸のお月様が現れる。それはとても神々しく慎ましい柔らかな光だった。後ろから車は来ていなかったので、道の真ん中でブレーキを踏んで、そのままそこでちょっとばかり眺めていた。

雨もいいが、こんな月は晴れた日の夜にしかお目にかかれない。すべてに美しさが宿り、すべてに意義があるのだと思う。

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2008年5月19日

どこかに同じ時間があった

朝から夕方までずっと雨。朝は一時かなり激しく降った。

いつからか雨がとても好きになった。太陽が似合うのは格好いいが、雨がしっくりくる大人も味わい深くていいのではないだろうか。

雨が上がったあと、外へ出て大きく息を吸った。まだ暗闇を迎えていない夜、凛として気持ちのいい空気、すでに人々が帰り静寂にひたっているあたりの建物と道路。ずっと昔、どこかにもこれと同じ時間があった。どこだったろうか、誰がいたのだったか、思い出せない。

ひとつ懸案事項が進展。

人生はどうせ最後はどうなるか決まっているのだから、できる限り清々しく生きていきたいと思う。そういうことを考えていると、出家するという人の気持ちも理解できる気がしてきた。それはそれで、ひとつの立派な今世の選択であろうと思う。

僕はというと、俗世間で行き続けていこうと今は思っている。生と死というものを透徹した目で眺められる不動の人間になりたいと願いつつも、人間臭い下界であたふたしながら、ああなんと人間とは難しいものか、と苦笑しながら生きていきたい。あっちこっちぶつかりながら、少しずつでいいから高みへと至る道を進んでいけたらいいかなと思う。

心さえ澄んでいれば、これから起こるいちいちの出来事がみんな楽しみへと変わり、成長の糧に前進のエネルギーになるだろうと思う。

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2008年5月18日

ラジオに集中してしまう

夜ソファで横になって本を読んでいたら、そのまま2時間ほど眠ってしまった。いつも思うことだが、寝ようと思っていないのに寝てしまうと、目が覚めたときに爽快感がない。逆に、頭が重かったり、背中に疲れを感じたりする。単に時間的な問題だろうか。

昨日は楽しくセミナーで話ができた。終了後、主宰の人とお茶をする。充実した話し合いになった。夜は、借りていたCDを返しに行くついでに、高校生と双子の小学生の姪たちを書店へ連れて行く。1冊ずつ本を買ってあげる。

今、これを書きながら、BBCのRadio4をライブで聴いている。ここはよくラジオドラマをやっていて、ちょうど今もそうだ。映像がない分、想像たくましくできて面白い。でも、英語に耳を傾けながら、一方でなにか作業をしつつ、ちゃんと英語を理解するのは、いまだになかなか難しい。すぐに動きが止まって、聴くほうに集中してしまう。

ということで、書くのはここで終わりにします。

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2008年5月16日

みなが弱さや醜さを持ち合わせている

昨日から、いろいろな話し合いであっちこっちへ。仕事上でらちが明かなかった問題が、新しい業者を引っ張り出してきて少し前進。解決の糸口が見出せなかったいくつかの財務問題も、ひとつ大きく動き出した。肩の荷が少し軽くなった感じ。

今晩は、明日話す内容をまとめている。前回と同じでいいんだけど、わかりやすく面白く話すことに徹するため、努力ばしておりますたい。

といっても、金曜の夜に机に向かっているのは辛いもので、ビールを飲みチーズをつまんで、smooth jazz のラジオを聴きながら、ゆっくりと進めている。

僕は、加護亜依にはエールを送るなあ。別にもともと全然ファンではないけど、こうやって復帰してくるにはものすごい精神の力が必要だと思うから。もう一度落とそうとする愚かな一部マスコミに負けず、そして自分自身の弱さに負けず、澄んだ気持ちで頑張ってほしい。

人間はみんな心のなかに、弱さや醜さを持ち合わせている。だから、彼女の姿をせせら笑うような人間がいたとしたら、それは自分に対して盲目なだけなんだと思う。

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2008年5月14日

僕がどうにかしますよ

タウンページへの広告依頼があり、受けることにした。電話を掛けてきた女性の対応がとても気持ちよく、声も良かったから。ああ、いつもこんなことが判断基準でいかんなあ。

でも、いちばん安い1行のものを。2007年版で確かめたら、うちが載っているページはそれでも十分そうだったので。安すぎてびっくりしている。一人来てくれれば、半年分の元が取れてしまうではないか。17字に凝縮すべく、あれこれと頭をひねる。

金融機関へ行き、懸案事項について話し合い。というか、そのつもりで行ったら、それは後回しで、面白い企業マッチングの話を紹介してくれた。いくつか決め事もした。いつも寛大でありがたい。

途中で、支店長が理事の人を連れてきた。審査管理部の担当だったので、チクチク言われるかと思って、すぐに、ご迷惑おかけしております、と頭を下げたら、お母様やお兄様を存じ上げております、よろしくお伝えください、とのこと。家に帰って当人たちに尋ねたら、ええっとどの人かな、と頼りない返事。まあ、この家は僕がどうにかしますよ。

まずは草むしりだ!、ということで、もう暗くなりかけてから子どもたちに号令をかけ、家の前の駐車スペースの塀に沿って生える雑草を刈った。なぜか母は反対側の草を取っている。そこはうちの土地じゃなくて市の持ちものだから、と僕が言うと、でもみんなうちの敷地だと思っているから、伸ばし放題だとだらしなく思われる、と母。

なるほど、一理あり。ならばいっそうのこと、その先の土地も含めて全部買いたいよ。 

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2008年5月12日

今どき、医者が絶対、だなんて

久留米へ。アトピー性皮膚炎のお子さんを持つ方のところで話をする。

何度も見聞きしてきた状況がここにもあった。それは、お母さんは出産をするごとに、自分のアレルギー症状が弱まり元気になってきているということ。そのぶん、子どもに症状が出る。さい帯や母乳を通じて、引き継がれているものがあるのだろうと思うが、定かではない。

病院の対応がどうしようもないことを嘆いたり憤っている人は多い。適当に薬出して終わり、それが効かないと他のやつを出すとか、ろくに診断できないとか、平気で治りませんよと言ったりとか、西洋医学が全てのような浅はかな見方しかできないとか。今日の方もそうだった。

僕のように、よほどの医者じゃない限りまったく信用していない人間からすると、医者なんてそんなもんだよ、という感じなんですけどねえ(最新技術を積極的に取り入れたり、素晴らしい外科手術ができる先生、からだを全体として見て治療を考える先生、研究熱心な先生などは例外)。

逆に、医者の言うことが絶対、という人もいまだにちらほらいて、たまにびっくりする。医者は大事だし、薬も必要だけど、彼らが知っていることはごくわずかに過ぎないのであって、それを金科玉条のごとく信奉していては、かえって病気になるリスクが高くなる。一人ひとりが賢くなろう。それが、この国の医療費問題を解決していくための根本であると思う。

政治は政治家まかせではいけないし、健康も医者まかせではいけない。

野口悠紀雄著『戦後日本経済史』(新潮選書)をほぼ読了。

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2008年5月10日

パブで飲むギネスっぽい

昨日は結局、生活習慣病にとって「太らない」ということがいかに端的な予防の目安になるか、なぜ太るとなかなかやせることがきないのか、ということについて、糖質や脂質の代謝の観点から話した。楽しくやり取りをしながらできたので満足。

帰り、ローソンでギネスが専用グラス付きで売ってたので、いいねぇと思ってよく見ずに買ったら、なんとなんと、思い描いていたパブで出てくる定番のグラスではなかった。いや、形はギネスのそれだったが、デザインは「オリジナル」だから、もちろん違う。

まあ、それはよし。そんなことより、この缶のドラフト・ギネスは、かなりうまい! パブで飲むような味に近いと思うんだが、どうだろう。注いだ後グラスの中が下からだんだん黒くなっていく様や、飲み干した後にクリームの泡が残る感じが、それらしいではないか。

本屋で『食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字(上)』と『「食い逃げされてもバイトは雇うな」なんて大間違い 禁じられた数字(下)』(光文社新書)を、一気に読了。つまり、立ち読みして、買いませんでした。著者の方のご苦労を思いつつも……。

読後のコメントは、ブクログ「マンデリンの本棚」に短く書いてあるので、そちらをどうぞ。

梅田望夫さんのブログに「中央公論」から転載されたご本人の記事「グーグルに淘汰されない知的生産術」がアップされている。情報の整理について最近よく考えるので参考になった。よかったら、ご一読を。このことについては、またあらためて書こうと思う。

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2008年5月 8日

もうちょっとひねったカップをください

朝、佐世保まで出かけて、ビジネスの橋渡しをしていた当事者どうしを会わせた。すんなり話が進むものと思っていたら、国からの補助金を交付してもらう関係で、いろいろ面倒なことがあり、持ち帰って検討ということになった。

国はなんでもっと自由に資金を使わせないのだろうか。「自分たちはいい加減にお金使っているくせに、私らにはとっても厳しいチェックが入るんだから」と苦笑する担当の専務。

お昼、誘われてランチをいただく。有田まで足を延ばしたのだが、前々から行ってみたいなと思っていたお店だった。有田焼のコーヒーカップがずらりと並ぶ。食後のコーヒーをカップおまかせで頼んだら、モダンな白で柄の入ってないすっきりとした茶碗が出てきた。

うーん、もうちょっとなんかひねったやつが欲しかったなあ。そんなイメージかね? ゼンゼン、チガイマスカラー!

昨日から、NHKラジオの「まいにちフランス語」を聴き始めた。肩に力入れず、楽しむことにしている。10年ぐらいしたらパリが似合うしぶ~い男になるのだ、と幻想に浸りながら。

さてさて、明日2時間話をしなければいけないのだが、まだほとんど何も内容が決まっていない。どうもそこへ集中が向かわないのだ。でも、今晩は背水の陣で考えないといけない。紅茶でも飲みながら始めるか。

なんだか、試験前夜の学生気分。ああ、こんな日に限って、珍しくとても体がだるい。

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2008年5月 6日

鯉やら鯛やら

最近知り合いになったおば様と、これから先のビジネスについて少々話をする。この人、月収ウン百万と稼いでいながら、将来が不安なのだという。あちゃー。いろいろ悩みの要素はあるよなあ。僕なんか、そんだけの金があったら、目下の問題はとりあえず全部クリアできて、楽になるというのに……。トホホ。

長崎県には、端午の節句に鯉菓子という生菓子をつくる習慣があるらしく、姉が旦那さんの実家からどーんとふたつ、緑と黄色の鮮やかな(そして甘そうな)鯉をかたどった菓子を持ち帰ってきた。あっ、その見た目のつややかさたるや、写真を撮って見せられればよかったけど、ときすでに遅し。ずたずたに解体されて、皆さんに食べられてしまいました。甘いのは甘いんだけど、濃く出したお茶とよく合う。ちなみに長崎では、桃の節句には桃の形と色をした桃カステラなるものが出される。

釣りたての大きな鯛をいただく。目のまわりに執着心を抱いているのは、わが家では僕といちばん下の双子の片割れだけ。彼女が目ん玉を食うというので、僕がまわりを食らった。鯛のお吸い物が、とても味わい深い。

施設で暮らす姪のところへ2週間ぶりに顔を出す。背中をゆっくりとさすってあげると、喜んでくれた。言葉は出ないけど、どんなに巧みに話す人よりも、彼女の笑顔のほうが、僕を美しい心へ引き戻してくれる。今日はいつにもまして別れがたかった。

すべきことは結局あんまり進まなかった。でもまあいい。明日は明日の風が吹くさ。

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2008年5月 5日

強烈な欲求がシルクロードをつくった

朝も午後も来客で、あっという間に夕方になる。母はしきりに、今年の新茶はおいしくない、とこぼしていた。おっしゃるとおりであります。

近くのおばさんが、家に生ったさくらんぼのちぎったばかりのを持ってきてくれた。かわいい大きさで、おいしゅうございます。

シルクロードのことを考える。あの過酷な何千キロという道のりを歩いて、長安へローマへ、はたまたその他もろもろの土地へ人々を突き動かしたものはなんだっただろうか。

それは、商売であれ思想・文化・宗教であれ、強烈な欲求だ。おそらく、その度合いは僕らには想像がつかない。だって、生きて帰ってこられるかどうか定かではないのだから。オアシスの街を繁栄させた人々も、隊商を襲った盗賊たちも、また欲求に基づいていた。命を賭してもというあくなき商売心や求道心が自然とシルクロードをつくっていった。

歴史をつくってきたのは、良かれ悪しかれ欲望に突き動かされた人間たちである、名前を残そうが残すまいが、そうした人間たちの営みのなかにある。今僕たちは、果たして何かに激しく揺り動かされているだろうか。

西域南道や天山南路を歩きながら、どこまでも続くタクラマカンを眺めながら、人々の心に去来したもの。死ぬまでに一度は、ほんの少しの距離でもいいから、この足で歩きながら、そのことに思いを馳せてみたい。

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2008年5月 4日

すっきりしないのは

庭のツツジがピンクと白の入り混じったきれいな大ぶりの花を咲かせている。不格好に外に伸びている枝葉を少し切ってあげたら、さらに見た目が美しくなった。ほのかな良い香りが漂ってもいる。何匹かミツバチが元気にブンブン飛び回っていた。

数日前にもらった、いろんな種類の明太子。長持ちしないので毎食食べていたら、なんだかおなかの調子がすぐれなくなり、今日はもう手をつける気がしなかった。しばらくは食べなくてよさそう。

姿勢、下半身の筋肉、歯の状態、食事など、いくつかの点について健康のアドバイスをする。

この連休中にしなければならないことがいくつかあるが、どうも進まない。でも、すっきりしないながら、セミナーのために勉強や読書はおこなった。シーア・コルボーン他『奪われし未来』を読む。環境ホルモンが一躍世界中で知られるきっかけになった本。状況はこの出版時より悪化しているだろうことを思うと、big sigh。人間はいったい何をしたいのだろうか。地球を道連れにした自滅か?

あっ、もしかして、この本を昨日から読んでいて、それで心が落ち着かず、考えがまとまらず、すっきりしないのかもしれない。

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2008年5月 1日

ようやく新茶の季節

今年は新茶ができるのが遅かった。

わが家が長らく愛飲している嬉野茶の製茶店があるのだが、先週行ったときはまだ出ていなくて、今週になってようやく出始めた。

いろんなところのお茶に浮気してみたが、小さい頃から親しんでいるせいか、結局はここの店へ戻ってきてしまう。腐れ縁の夫婦のようなものか? いや、実際においしいし、色も美しい。そして、まろやかな感触。これがたまらなく好きだ。

でも、新茶ってのは新茶っていうことに意味があるだけで、実際は若くて青臭く、まだまだっていう感じ。番茶のほうが落ち着いてますよ。昨日買いに行ったときも、手が出たのはやっぱり番茶だった。もちろん新茶もいただき、ついでに嬉野茶の紅茶も買ったけど。

人を連れて、近くの山へ行った。姪が詠んだ短歌の歌碑を見たいというので。ツツジはもうきれいな時期は過ぎていた。こちらは例年より早かったなあ。

今日は朝から良い話が舞い込んできた。この1ヶ月が実り多きものでありますように。なむ。

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2008年4月30日

じっとしているやつとクネクネ動き回っているやつと

庭を眺めながら考えごとをしていたら、松の枝になにやら光沢のある緑色の物体を発見。

もしやと思って近づいてみると、案の定小さなカエルが一匹、間抜けな顔をしてちょこんと入り組んだ細い枝に乗っかっていた。

君たちはみんな、案外と木の上が好きだねえ。

間近で覗き込みながらそう声をかけてみた。もちろん黙殺。

まあそうやって何時間でもそこでじっとしていたまえ。とても人間様には真似はできぬ。

今年も、これからしばらくは、こうやってかわいいカエルたちがどこかの木の枝で優雅に固まっているのを見ることになるだろう。

ふふっと笑みがこぼれた瞬間、下のほうでガサガサという嫌な音がした。こちらはもしやヘビ? 全身が凍りつき、下へ目をやると、15センチくらいのトカゲだった。ふぅー、なんだ、焦ったじゃないか。

捕まえてやろうかと思ったが、彼には彼の意味があって、クネクネしているのだから、邪魔はするまいとやめた。

まあ頑張りたまえ。

お前もな、と言われそう。

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2008年4月29日

頭からしっぽまで食べ尽くす

ふとんに入って見ているので、いつもは途中で寝てしまう夜中のプレミアリーグの番組だが、昨晩のマンチェスター・ユナイテッド対チェルシーの試合は、ハラハラしながら結局最後まで見てしまった。

チェルシーが勝ってひと安心。でも、ベッカムがいた頃(右からクロスを上げるというパターン)と比べたら、今のマンUは見ていて面白いなあ。

無造作に箱に入れられた小アジの干物がたくさん届いて、ここ2、3日で10枚近く食べた。冷凍してしまうと味が落ちるので、早めに食べてしまうことにしたのだ。

スーパーで売ってるやつとは明らかに違う。うますぎて、頭からしっぽまで全部残らず食べ尽くす。みんなが頭や骨を残しているのを見て、なんてもったいないことをするんだ、と思いつつ、たとえ家族とはいえ、人の皿から食べ残しを奪うのは下品だろうと手を出さなかった。

ふだんから、ししゃもとか小エビとか小さいものは丸ごと食べるほうで、鯛かぶとなどでもまず目の周りから食べる。自分ではしごく当たり前のことをしているつもりだが、他人様からたまに怪訝な顔で見られることがある。どうして? おいしいのになあ。

アメリカへ2ヶ月行ってた知り合いの方が帰ってきて、お土産と写真を持って来られた。帰りはビジネスからアップグレードしてファーストクラスを体験してきたという。向こうの話より、その体験談のほうが面白かった。

でも、2ヶ月なんてあっという間だなあ。そういえば、明日で1年の3分の1終わりだもんなあ。やれやれ、こうしてみるみるうちに人生は終わりを迎えるのだ。走れ! でも苦しむな! 楽しんで走れ!

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2008年4月28日

追われる日々に憐れみの言葉を

漱石は「現代日本の開化」のなかで、興味深いことを言っている。

開化が進めば生活が楽になるかどうか、という問いを立てて、次のように言う。

打ち明けて申せば御互の生活は甚だ苦しい。昔の人に対して一歩も譲らざる苦痛の下に生活しているのだという自覚が御互にある。否開化が進めば進むほど競争が益(ますます)激しくなって生活はいよいよ困難になるような気がする。(『漱石文明論集』、22頁)

時代は違えど、今の私たちの生活に照らして、この言葉に深くうなずく人は多かろう。社会に出ている人で、10年前よりゆっくり過ごせている、仕事の量が減った、いろんなことに追われていない、という人はまずいないと思う。

それがなぜかというのは語るべくもないことだが、パソコン、ソフトウェア、メール、ネット、携帯電話、こういったIT技術の爆発的な普及と進化により、ものごとを進めるのが格段に便利になり、あらゆることに対して時間の短縮が可能になり、そして明らかに僕らは忙しくなった。適当な言い訳のできる「間」が設けられなくなってしまった。

常に忙しく、常に連絡がついてしまう。休みの日に、思い切って携帯の電源を切って過ごすぐらいの勇気がなければ、オフの日であっても身の回りの人たちから追われてしまう(逆に、切ることで置いてけぼりをくう不安のほうが強い?)。そんな生活をしていては、それこそ神経衰弱になってしまうだろう。ずっと交感神経が高ぶっているような生活では、自律神経がいかれてしまうではないか。

かといって、この時代の流れに長く逆らって、実生活上で得することもない。では、どうしたらいいのだろうか? その答えを今持ち合わせているわけではないが、そういう問題意識を持ち続けていくしかない。

「俺はこんなものに振り回されてなんかいないぞ! 楽しんでいるんだ!」と自らに憐れみの言葉(?)を投げかけよう!

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2008年4月27日

もう一段、加速

用事を兼ねて、大分までひとっ走り。一昨日のちょっとした宴会でワインを飲みすぎて、昨日はだるさが体から抜けず、明日は大丈夫かなと心配していたが、昨晩早く寝たら元気を取り戻した。

昨日はそれでもだるい体にむち打って、書類整理にいそしんだ。どんどん捨てて、デスクはスッカラカン。もうひとつ、別のところにデスクがあるので、そちらもやってしまわねば。

一昨日でとあることに区切りがついて、昨日から新たな気持ちで生活を始めた。相変わらず、ごちゃごちゃなことをしている毎日だが、自分が関わることで喜んでくれる人がひとり増えてくれるだけで、心の底から嬉しい気持ちになる。

これから9月の誕生日までは、もう一段ギアを入れて、加速して頑張ってみようと思う。

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2008年4月24日

もっと捨ててみるか

朝、県のとある機関に出向き、滞っている案件の話し合いをした。とても前向きに協議ができ、こちらの無茶な条件ものんでくれた。

その後、待ち合わせをしていた人たちと、大名の和食のお店でちょっとした食事会。昼間っから酒を飲むと疲れるなあ。辺りの小さなお店をブラブラして、喫茶店でちょっと寝てしまった。

丸善で、『佐藤可士和の超整理術』を数十ページ立ち読み。なるほど、と思うこと多く、面白かったが、買うまでには至らなかった。ちなみに僕も整理するのが好きで、どんどん「捨てる」ほう。さらにそれを激しくしてみようかと思った。

洋書はオバマ関係の本が売れているようだ。ノミネートされたら読もうと思う。

『漱石文明論集』(岩波文庫)所収の講演を読み返す。漱石先生には実に深みがある。現代の日本人にも十分意味のある警告と指針を述べている。明日にでもそのことは書こうと思う。

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2008年4月23日

ネットの時代とアダム・スミス

『ウェブ時代をゆく』を読んでから、気になって、もう一度 Thomas L. Friedman "The World is Flat" を読み返している。

でも、今日は朝っぱらからセミナーで話をして、その後もずっと追われていたので、まだ1ページも進めていない。

現代世界がネットやソフトウェアなどの発達によってフラットになったということに、フリードマンは興奮するとともに不安も感じている。アルカイーダのような怒りや不満をもった勢力にもものすごい力を与えることになると。

聖火リレーをめぐってメールや掲示板などを通じて行われている、カルフールの不買運動や世界中の中国人留学生などの動きを見ていると、基本的に「個」を empower する道具であるはずのコンピュータやネットが、国民や民族といった「集団」の結集と暴発に極めて便利な手段であることも教えてくれる。

しかし、ネットの時代のさらに大きな要素は、そういう動きのいちいちが、やはり白日の下にさらされて、全世界に知られてしまうということだろう。だから、やがて、落ち着くところに落ち着いていくように修正されていくのだろうと思う。ふつうの市民の活動である限り。

ネットを中心とした世の中の動きというのは、アダム・スミスの「神の見えざる手」にどこか似ているのかもしれないと、ふと思った。

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2008年4月19日

ブクログに登録

最近知った「ブクログ」に登録してみた。バーチャルな本棚。

マンデリンの本棚

図書館で借りて読んだり、読んで古本に出してしまうものとか、部屋の奥深くに眠ってしまったまま忘れ去られてしまうものがあるので、こういうのは読書の記憶を整理しておくのにとても便利だと思う。

昨日の『乳と卵』から始めて、読んだ本を1冊ずつアップしていこうと考えている。

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2008年4月17日

ブログをいじる一回性

生命の永遠性について真剣に考えていたら、日常の出来事はどうでもいい夢の中の戯れに思えてきて、ブログを書くことにも情熱が失せていた。

しかし、ニーチェの言ではないけども、同時にこの生は絶対的に一回性のものであり、その充実のためには、さらに細かな日常の一回性が大事になってくる。一回性のこの人生を深く生きなければ、永遠に対して今世はなんら価値をもたらさないはずだ。

と書くと、まるで哲学的な思索にふけていたみたいだが、本音をいうと、リンク先のルキノさんが久しぶりにブログをアップしていたので、なんとなくこちらも書こうと思っただけ。

兄の仕事関係のウェブサイトを、JUGEMの「JUGEMプラス」という独自ドメインが使えるブログサービスを使って、ここ数日作っていた。

プレインタイプのテンプレートをいじって、ある程度使い勝手のいいものを作ったつもりだが、いろいろと制限はある。当たり前のことだが、Movable Typeで作るほうが自由度はやはり高い。1枚の中ですべてのページ(メイン、カテゴリ、アーカイブ、個別)のHTMLを記述しなければならないのが、とてもややこしい。

これはこれで貴重な一回性の出来事、と思うべし。

今はロックを掛けているが、ある程度エントリを揃えたところで公開する予定。

話は変わるが、後期高齢者医療制度の騒動を見てて思うこと。公的医療保険の根本的な問題は、あまりにも簡単に病院に頼ろうとする個々人の姿勢ではないだろうか。たとえば、風邪引いたり熱が出たりしたくらいで、診察してもらったり薬もらったりしちゃだめだよ。ふつう、風邪は3日もすれば自然に治るし、熱は意味があって出ているのだから無理にそれを抑えるべきではない(高熱の際は別だけど)。

国の医療費の増大が大問題なわけで、それを抑制するには、究極的にはみんなが健康になることだ。生活習慣を改め、食生活を見直し、姿勢を正し、安全な日用品を使っていけば、多くの人はもっと元気になると思う。

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2008年4月 9日

人生は常にチャレンジ

今晩は久しぶりに心が追われていない。

午後、来週からロンドンへ短期留学するおじ様のささやかな送別会をした。60を過ぎて初めて海外へ行くという、しかも留学でありホームステイであるという何重にもハードルを設けた旅で、いささか周りは心配している。まあ英語は達者だし、向こうにもネイティブの知り合いがいることだし、それに人生はいくつになってもチャレンジングよ、ということで落ち着きはしたが。

ソニープラザへ行ってお菓子やメモ帳を買って、丸善で医学関係の本をいくつかあさる。

昨晩はセミナーで、フィトケミカルのことをしゃべった。アントシアニンの話からフレンチパラドックスのことを紹介していたら、いつの間にかフランスのワイン村めぐりの話になって、途中でいったい何の話をしていたのか忘れてしまった。

カテキンやイソチオシアネート、β‐グルカン、肝臓の解毒(とくに第2相反応)や酸化LDLなどを取り上げた。

明日から数日は暇なので、いろんな作業と勉強をしようと思う。

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2008年3月23日

みんなから学ぶべき点がある

外ではずっと雨が降っている。雨は人間の熟成に大きな役割を果たしているのではないかと思う。だから、雨が落ちているときは、ことさら貴重な時間に思える。

昨晩のセミナーは、とても楽しくできた。テーマを決めて話すのは、準備することでとても勉強になるが、終わったあとに質疑応答をして、そこで発見した知識の足りない部分をあとで補っていくのもかなり力になる。

コミュニケーションを通じての学習は、かなり頭を強化してくれる。そこに介在しているのが、自分ひとりのちっぽけな発想、観点、アプローチではないから。たとえば、ふつうの主婦の方の平凡な疑問のなかにも、豊かな発想の源泉が潜んでいる。こちらが傲慢にならない限り、いろんな人から学ぶべき点が見えてくるものだ。

竹中平蔵さんがテレビでしゃべっているのを聞くといつも思うことだが、歯切れが良くてクリアだ。それに比べて、政治家たちのなんとお粗末なこと。竹中さん(あるいは小泉)へは賛否両論あるだろうが、日本に求められるのは、抜本的な国のかたちの変革であって、ちまちました議論でないことは確かなのだ。

公明党なんか、聞こえのいい「国民」とか「庶民」とかいう言葉ばっかり使わないで、何か大きな政策をなぜ打ち出さないのだろうか。「加憲」とか「論憲」なんてしょうもない逃げ道を残すような、弱腰な、成り行きまかせなことばっかり言わず、まず自分たちが打ち出したらいいじゃないか。

自民党の選挙当落の鍵を握っているのは確かなのだから、自分たちの政策に乗ってこなければ選挙の支援をしないぐらいの勢いで揺さぶればいいのに。ドクターヘリとか児童手当、また何か問題が起こったときのお得意の早急な支援対策もいいけど、偉そうに与党としての実績や立場を述べるのであれば、もっと根幹の部分でその権力を存分に使ってほしい。自分たちしか国民のことを考えていないかのような言い分はもううんざりだ。

文句はこれぐらいにして(本当に頑張ってほしいし、どうにかしてほしいのです!)。

雨は続く。僕は、僕なりに真面目に、関わっている人たちがみんな楽しく幸せになるために、頭をひねり努力していくのみだ。

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2008年3月21日

学ぶ喜び

ここ数ヶ月で初めて、目覚ましが鳴る前に自然と起きた。まるで憑かれたような身の起こし方だったのを覚えている。不思議な感覚のまま一日を過ごした。

細切れの時間に読書をしたり勉強したり。明日話す内容をどう面白く構成しようか悩む。

ふと、高校時代によく語っていた「学ぶ喜び」というフレーズを思い出す。勉強というのはイヤイヤやってもあまり身につかない。何か単純なことでいいので、たとえば「知りたい」という欲求だけでもいいと思うが、前向きな姿勢があり、そしてそれを理解したとか人に伝えることができたとか何かの達成感があるとき、人は学ぶ喜びを知る。

茂木さんは、そのことを、嬉しくてドパミンが出て学習が成立するという観点から述べている。

僕はなんだか、自分の心の奥底から大切なものを再発見した気がして、楽しくて仕方がなかった。

セミナーで知り合って交流が始まった薬剤師の人から、いろいろと問い合わせがくる。「勉強をせねば」と強く思ったらしい。本人も認めているし、周りの薬剤師を見ていてもそうだけど、人体や健康のことについて思ったほど知識はない。医者を見ていても、そう感じる。専門以外のことはほとんど知らないと思って臨んだほうがいい。

人間を全体として見ることの重要性を強く感じる。そうでなくて、いったい何がわかるというのだろうか。病気にしても精神性にしても。

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2008年3月20日

トマト、でこぽん、……

高級トマトを栽培している知り合いの農家から、久しぶりに新鮮なトマトが2箱送られてきた。突然、うちに送らねばと思ったらしい。まるでスイカのような甘みと水分だった。いろんな人に分け与えたら、あっという間になくなった。

お客さんが、ナイロン袋いっぱいにでこぽんを持って来てくれた。うますぎて食べ過ぎたら、ちょっと胃の調子がおかしくなってしまったようだ。

他にも、採りたてのホウレンソウやら高菜やら。高菜ごはんはうまい!

いろいろと仕事が進む。大きなリース仲介ができそうな感じ。頼まれていたネットの仕事も基本が決まった。

部屋の掃除、仕事場のデスクの整理。僕はきれい好きじゃない人とはとても一緒に過ごせない。最近はかなり緩んでいるが、それでも周囲の人にとってはうるさい存在らしい。終了後にオレンジのアロマスプレーをして、ああすっきり。

彼岸の祈念をして、エビスの黒ビールで乾杯。

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2008年3月17日

ブレーキをかけて応対

朝、サプリのセミナーをやる。今日は午前中だから少ないだろうと思ったら、今回も50人ほど来られて、狭い会場はいっぱい。うららかな気持ちの良い朝だったので、あまり気合いを入れずにおこなった。ゆる~く楽しく。

クスリ的な考えで臨んではいけないことや、食の基本にできるだけ立ち返ろうということ、食の機能とサプリの関係などについて話す。なるだけ具体的な事項を挙げながら。あと質疑応答。

終了後もいろいろと質問を受けた。大事なのは、分からないことは分からないと言って、できる限り後で丁寧に答えてあげること。人の命や健康に責任を持てはしないのだから、かなりブレーキをかけて応対するようにしている。

午後から夜にかけて、久しぶりに家の仕事に没頭。これから3日間ぐらいは、もうひとつのコンサルのほうもしっかりやらないと追いつかない。

何も中身のない内容だが、とりあえずアップ。

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2008年3月14日

話好きとはいっても

いろんなことを同時並行でやっていると、どうもうまくいかない。ひとつ引っ掛かることがあると、それが気になって気分がすっきりせずに、他のこともうまくいかない。不器用なのかもしれないと最近思うようになった。

昨晩はセミナーで2時間話した。有料で行ったのは初めて。50人以上集まってくれてありがたい。所詮人の話なんてたいして覚えてはいないものなので、とにかく楽しい集いにしようと努力した。皆さん喜んでくれた模様。

前も書いたけど、人前で話すのは楽しい。昨日も、昼間から早く話したいと思ってうずうずしていた。で早々と会場に着いたら、始まる前にそばにいた人たちとひとしきりしゃべり倒してしまって、すでに喉がカラカラになっていた。

いつからこんな性格になったのか、わからない。昔はスピーチするのが好きじゃなかったから。

僕の知り合い(といってもすでに関係は断絶しているが)の若手政治家は、とにかくよくしゃべる人で、それを自分でも誇っていた。僕はそれを冷ややかに見ていた。だって、人の話を聞いてないんだもの。そんなのは単なる自己満足でしかない。コミュニケーションではない。そこには味わいがなかった。

だから、そういうおしゃべりにだけは絶対になるまいと決めている。それだけは常に自分に言い聞かせている。

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2008年3月 2日

closer, closer

日曜日の静けさはたまらなくいい。今日は留守番を兼ねて勉強。i-tunes のラジオでジャズを流したり、cherie FM でフランス語を聴いたり。

And when I see you then I know it will be next to me
And when I need you then I know you will be there with me
I'll never leave you
Just need to get closer, closer
Lean on me now, lean on me now

Travis の Closer を聴いていると、いかにもイギリスっぽいメロディだなあと思う。

今すぐ飛んでいきたい……。

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2008年2月29日

人前で話すのは好き

いろんなことがありすぎて、何から書いていいのかわからない。やっぱりこまめに書いていないとダメだ。

マスメディアと既得権益と官庁と政治家。このアホくさい結びつきを見せつけられた出来事が少し前にあって、いかに報道に嘘があるか久しぶりに実感した。ジャーナリストはふだん正義面しているだけに、とくに本当に腹が立つ。でも周囲の関係者はよけいにやる気がみなぎっていて頼もしい。

なんのこっちゃという感じだから、これ以上は書かないけど。

セミナー講師の依頼を受け、来月3本やることが決まった。3月から本格的に資格を活かした仕事をしようと思っていただけにありがたい。

ワタクシ、人前で話すのは大好きなんです。今日も、いきなりショートスピーチを頼まれたが、3分間でバッチリ話をした。一発笑わせたし。

笑えるといえば、兄のところに「年金特別便」が届いた! 「おぉ、これが噂のあれ?」とみんなで眺める。間違いの可能性があるからこれが来たのだが、みんなすぐに、「あっ、ここすっぽり抜けてるね」と気づいた。兄が某大手企業にいたときの記録が記載されていない。

その旨、電話にて伝えると、担当者いわく「確認には1年ほどかかります」。1年ですよ、みなさん。たったひとつのことを調べるのに。最初の舛添さんの意気込みはどこへやら。これじゃ、この問題は終わりっこないでしょう。

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2008年2月18日

春は近くなり

この冬はいつになく寒さが厳しい気がする。ふとんから出るのがいつも辛い。

しかし、春はもうすぐそこまで来ている。梅林に人が集い始めていた。

昔から、僕は桜より梅のほうが気に入っている。きっと、小さい頃の思い出があるからだろう。小学校には、鍋島閑叟公由来の梅の木があった。

ほんのわずかの間華々しく咲いて散る桜より、まだ冬やまぬ頃静かに小さな花を咲かせてじっとしている梅のほうが、人生の味わいに重なって趣きがある。

大きなイベントを今年中に打つべく企画を開始したり、僕がオリジナルで作ってあげた知り合いのビジネスブログをいじって、構成を変えてみたり。MTタグは忘れてしまっていること多々あり。

「週刊ブックレビュー」に川上未映子さんが出ていた。テレビでは初めて見たけど、ああこの人の雰囲気好きだな、という感じ。おしいかな、大阪弁が……。文藝春秋買って、受賞作を読んでみようっと。

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2008年2月13日

美味なり

夜9時を過ぎて、姪っ子たちが勢揃いして、騒がしくチョコ作りが始まった。それぞれいくつか作ってはいたらしいが、最後に難しいやつを、いちばん上の姪の指導のもと作ることになっていたらしい。彼女は製菓学校出で福岡の有名店でも働いていたので、いわば専門家。テキパキとアドバイスしながら、小学生の双子も動いていた。

その姪から、手作りのブラウニーをもらった。美味。さすがです。

明日は、お昼はおじ様、おば様と仕事を兼ねてランチ。そのあと、おじ様と打ち合わせを兼ねてお茶。色気ないなあ。まあそれもよし。

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2008年2月11日

やっと一段落

今ワタクシは「ウォォォーーーーッ」と叫びたい気持ちです。

久しぶりにとても追われた日々を過ごした。勉強会を主宰したり、債務について一つひとつケリをつけるべく話し合いをしたり、いろんな書類を作ったり、事業計画書を書き上げたり、いろんな人が訪ねてきたり。サプリのクライアントのなかには精神的に不安定な人もいて、そんな人の話を長々と聞いてカウンセリングすることもある。時間がなくて、そのせいで綾瀬はるかのドラマを見損なってしまった!

連休前は、夜遅くから宴を開きもした。釣り上げたばかりの小ぶりのタイを何匹もいただいたのをきっかけに、人がお酒持参で集まってきて大騒ぎに。テーブルワインをほぼ1本ひとりで飲み干した。

事業計画書はかなり真剣に書いた。なるだけ図表や箇条書きにしたけど、それでも1万字以上になった。頭の中を整理できてよかった。それが終わって、やっと一段落。

夕方、ウォーキングをしていたら無性に走りたくなって、近くの坂を何度か駆け上った。体に負荷がかかるのは気持ちいい。生きている実感がした。

また明日から頑張ろう。おっとその前に、「くりぃむナントカ」を見なければ。よく考えたら、ほとんどバラエティは見ないのに、この番組だけは毎週欠かさず見ている。われながら不思議だ。

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2008年2月 3日

羊水はやっぱり問題あるんじゃないの

今日は恵方巻きを作るのだと、わが家の女性陣が頑張っていた。ちょうど、酸処理をしていないのりをたくさん頂いていたので、おいしいものができた。

ところで、倖田來未の「羊水腐る」発言は、そんなに問題かなと思う。35歳というのはとりあえずおいとくとして、妊婦の羊水に問題があるということは、複数の産婦人科医から聞いたことがある。髪の染料やシャンプー、化粧品などの影響で、羊水からとんでもなく化学的な臭いがするとかね。

流産や死産というケースがまわりに多い。乳児が原因不明の突然死をするということに接することもある。僕は、こうしたことが羊水の問題と関係あると思う。またいつか詳しく書きたいと思うが、重要なテーマじゃないだろうか。

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2008年2月 2日

明るい兆し

今週は水曜日を境に、ものごとが一気に動いた。

銀行の支店長と会い、懸案だった実家の住宅ローンに関する問題を解決した。まだ本部との話し合いが残っているが、寛大すぎるほどの提案で驚いている。土地と家を処分することも考えていたのだが、その必要はなくなった。家に戻って母と兄にその旨報告すると、泣いて喜んでくれた。肉親に手を握って「ありがとう」と頭を下げられたのは、おそらく生まれて初めてだと思う。

支店長とは、実はローンの問題よりも時間をかけた話題がある。僕が、他の債務整理も終わりに近づきつつあるので本格的にもうひとつ仕事を始める、ということで適当に話をしていたら、えらく話に乗ってきたのだ。すでに具体的に実績があったので良かったのだろうが、応援をしたいので事業計画書を早急に作ってくれと言われた。

冷え切ったこの街をどうにか助けませんか、手助けしてほしい会社を紹介したい、とも。僕はリップサービスとして受け止めていたのだが、向こうはかなり真剣だったらしく、今日(1日)は、近々会ってほしいところがある、と電話で言われた。金融機関って、こちら側に明るい材料があれば、態度をガラッと変えるんだよね。面白いなあ。

振り返ってみると、僕にとっては大きな賭けに出た勝負だった。今まではどちらかというと、僕の家じゃないし、事業や家計の見直しも仕方なくやっている、というスタンスでいたので、積極的な交渉をしてこなかった。しかし、先月下旬になって、僕が責任をもってやらない限り、この家族は崩壊するなという思いを強くした。だから、「最後まで私が面倒をみる覚悟を決めました」と支店長に宣言したのだ。けっこう気合の入っていた協議だったと思う。「今日はいつもと違いますね」と言っていたから。それが安心につながったとも思う。

まだまだ厳しい状況は続くが、僕の心はかなり明るさを増している。久しぶりに、落ち着いた気持ちでゆっくりとワインを飲んだ。

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2008年1月29日

ひそかにやっていた別の仕事

行くつもりのなかったサプリ関係のセミナーに、いろいろと搦め手から攻められてしまい、参加することになった。後ろで聞いていようと思ったら前に座る羽目になり、そんなことなら資料を持参したのにというぐらいいろいろ聞かれて困った。いちおう、ちゃんとした資格を持っているので、答えられないとまずいのだ。

アップダウンの激しい日々はまだ続いているが、どうにかなるさという思いで生きている。

ビジネスブログなどのネット上の広告戦略を中小零細企業向けに提供しようかなと思っていた時期があって、そのときの縁で今でも面倒を見ている会社がある。そこが、地味だけど思惑通りの展開になっていて、かなり新たな販売ができ感謝されている。特殊な専門機械ばかりなのだが、ねらいは異業種に売ることと利益率の高い中古機械を売ることだった。それが今のところバッチリ当たっているのだ。

元々、そこの機械を使う業界はずっと冷え込んでいて、倒産も相次いでいる。それで相談を受けたのがきっかけだが、僕は話を聞いていて、異業種で売れるんじゃないかと思った。また、どうにか生き残っていれば、ライバル企業が消えていく分、需要が増すと思った。実際にその通りになっていて、そこが持っているような機械を必死に全国規模で探している会社が、とくに異業種であったのだ。

来月には、東京から誰もが知る大手企業の系列研究所が機械を見せてほしいと来るらしい。それがうまくいけば、僕もひとつの自信になるなと思う。そんな話をしていたら、他の会社からも相談をされた。そこの業種は市場が大きく、かつニッチなところを攻めれそうなのと、製品の品質が高いものであることは間違いないので、力を貸そうかなと考えている。

そんなこんなで、またそっち方面でやる気を出していたら、「だったら自分の兄の事業をどうにかしろ」と言われ、そりゃあそうだと思い、そちらも知恵を振り絞ります!と宣言をしたところ。

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2008年1月24日

食物連鎖の皮肉

昨日New York Times 独自の調査として記事になっていたクロマグロのメチル水銀含有量の話は、日本でもニュースや新聞で取り上げられているようだ。僕は今日の NYTimes の社説を読んで、その元記事のことを知った。

High Mercury Levels Are Found in Tuna Sushi (元記事)

Tuna Troubles (社説)

ニューヨークの有名レストランやスーパーで出されているクロマグロのすしを検査してみたら、基準値を超えるメチル水銀が検出されたのだという。

まあこの手の話は今に始まったわけじゃないし、日本でも厚労省が、妊婦はクロマグロ(本マグロ)の消費を控えるようすでに警告している。

僕がちょっと興奮したのは、社説の最後のところに書かれていることが、僕がつくっている通信物の今月号に書いたことと同じだったことだ。

なぜマグロが危険かというと、食物連鎖で最後のほうに位置し、有害な重金属や化学物質(これらは脂質に溶け込む)が高濃度で蓄積しているからだが、そもそもの原因は人間が垂れ流す排水にある。そして、そのマグロを食べるのが、つまり食物連鎖の最後に位置するのが人間である。

人間が原因をつくり、それで人間が結果的に被害を被る、という皮肉。この悪循環を断つのは、ひとえに人間の行動にかかっている。水銀は工業排水が主な原因だろうが、家庭の排水にもいろんな有害物質が含まれている。自分たちが流している生活排水を考え直してみようと、僕は常々訴えている。

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2008年1月22日

世界観が一元化されてはつまらない

リンク先のブログで紹介されていたフランスのラジオ cherie FM を、ここ数日BGM代わりに流している。これでフランス語が分かるようになるとは思わないが、言葉の響きがなんとも心地よくて、けっこうものごとに集中できる。

先日サルコジ大統領が、英語放送をしている海外向けテレビ局「フランス24」を打ち切って、フランス語だけで放送する局を新たに立ち上げると表明した。「フランス24」はBBCやCNNのフランス版を目指して、1年ちょっと前に創設されたばかりだ。

「仏語話さぬTV打ち切れ」=大統領号令、関係者は困惑

採算が取れなくなると思うので、これを実施できるかどうかは分からないけど、英語一辺倒の世界にあって、こういう変なこと言う人がいてもいいんじゃないのかなあ。

ところで、最近の報道に、海外での日本語教育拠点を現在の10か所から100か所に増やすというのがあった。

日本語学習、海外に100拠点…外務省方針

しかし、同様のフランス語教育施設は、世界にすでに950か所もあるのだ。国連の公用語であったり、旧宗主国であったりと、日本語にはないフランス語の利点はあるだろう。それを考慮しても、日本の現状10という数字は少なすぎると思う。国を挙げて言語戦略を真剣に考えるのは、国力という点でとても意義のあることだと思う。

英語が共通語となればなるほど、僕は自国語や言語の多様性へのこだわりを保持していたほうがいいと思う。それは世界観の多様性につながる。英語の世界化に伴って、英語自体がもつ世界観も、きっとどんどん多様化してきているのだろうが、多様化への道筋を多くするという意味では前者だ。

そんなことはないだろうとは思うが、世界観が一元化されていくことだけは避けなければならない。そうじゃないと、この世界で生きていくのはおそろしくつまらないことになる。

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2008年1月20日

"Mirror for Americans: Japan"

My Vein

new post: "Mirror for Americans: Japan"

読後ちょっと興奮していたので、そのまま書きました。下の日本語と内容はあまり変わりませんが。

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鏡に映っているのは自分たちだ、『アメリカの鏡・日本』

一日中、霧雨が降る。まわりの山々が神々しいまでに煙っている。

ずっと前から知人に紹介されていたヘレン・ミアーズ著『アメリカの鏡・日本』(メディアファクトリー、1995)を読んだ。抄訳の新書はあるが、全訳本はどこにも売ってなくて、原書も絶版で手に入らなくて、もう忘れかけていた。それが、何気なく初めて行った地元の小さな図書館にあったのだ。

これほどまでに冷静で客観的に、日本が戦争へ向かわなければならなかった原因と、西洋列強なかんずくアメリカの欺瞞について語りつくした本を他に知らない。1948年という戦後すぐの時点で、当のアメリカ人がよくぞここまでものごとを澄んだ目で見られたものだと驚きと感動でいっぱいだった。400ページを超える本だったが、寝ずに一気に読んだ。

マッカーサーは、この翻訳本を日本で出版させなかった。もちろんである。西洋の「近代」「民主主義」「解放」、こういう聞こえのいい言葉がはらむ二面性、嘘、利己主義、そういった諸々の触れてほしくない西洋列強の後ろめたさを、この本は見事なまでに暴露しているのだから。

歴史に矛盾はつきものであり、強者の論理がまかり通るのが国際関係だ。アジアの近代はとくにそれを象徴している。読んでいて、悲しみさえ感じた。

先生である列強にとって、日本は「近代化」「西洋化」の最優秀の生徒であった。日本がアジアにおいておこなってきたことは全部、先生たちの教えどおりであった。しかし、それをやりすぎたがために懲罰を受けることになった。先生たちは同じことをやっていても何も咎められなかったのに。ミアーズは、この矛盾を事細かに指摘している。

日本の行為は西洋列強にとって「鏡」だった。そこに映っているのは、西洋そのものだ。そのことを冷静に見直さない限り、アメリカは間違いを続けるだけなのだ。そして、間違いを続けていることは、その後の歴史が物語っている。たとえ今この本を読んだとしても、アメリカ人もイギリス人も共感しようとはしないだろう。激怒するかもしれない。自分たちの非を認めたいとは、誰しも思わないものだ。もちろん、日本だって自分たちの戦前・戦中の行為を免責されるものではないが。

歴史を客観的に見つめなおすという作業は、きっと何世紀か経たあとでなければできないのだろうと思う。

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2008年1月17日

哲学は死の練習

姉が定期的に書いている新聞記事の原稿は、出す前に必ず僕に見せてくれるので、一緒に最終チェックをしたうえで新聞社へ送る。いつもそのまま手直しなく載るのだが、今回はあるひとつの言葉が変えられていた。

それが納得のいくものならまだしも、どう考えても文脈にそぐわない単語だった。僕は姉が変えたんだと思って黙っていたが、姉から「あの部分、言葉変えてあったけど、おかしいと思わない?」と言われたので、担当の記者がやったのだと分かった。それからは、その変更についてふたりで非難しまくり。

「おかしいだろ、あの人の感覚?」「しょせん地方新聞の記者のレベルなんてそんなもんよ」などなど。いいガス抜きでした。

それとは無関係な話。昨晩、『ニーチェ全集1 古典ギリシアの精神』(ちくま学芸文庫)を読んでいたら、興奮してなかなか眠れなかった。「プラトン対話篇研究序説」というのを読んでいるのだが、若い頃の作品とはいえ、さすがに指摘は鋭くて、たくさん線を引いている。

ニーチェはこう書いている。

プラトンによれば、哲学はまさしく≪死の練習≫である。死がなければ、哲学の研究はほとんどなされないであろう。なによりも先に人間に生ずるのは、死の確実性である。これに対し、それを癒す手段は、あらゆる宗教および哲学の中核、形而上学的見解である。

僕はこういうことを書く人が好きだ。まさにそうだと思うから。

今週中に、この序説だけは読みたい。それから後は飛ばして、2巻の『悲劇の誕生』へと読み進む予定。今年はこの全集を読破するつもり。あくまでも、つもり。

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2008年1月15日

『腎臓病の話』

身近な人たちのなかで、透析をしたり腎移植をしたり腎不全で亡くなったりという例があるので、昔から腎臓には関心がある。

最近、椎貝達夫著『腎臓病の話』(岩波新書)を読了した。

血液透析にかかる費用が総医療費の約4%も占めていることを知って驚いた。著者は、安易な透析の選択ではなく、食事療法を中心にした腎不全保存療法を推進している。クレアチニンクリアランスの数値がかなり下がったりしても、保存療法をきめ細かくやっていけば、少なくとも数年間、人によっては一生涯透析をしなくていい人がいるという。患者本人のためにも、国の医療費のためにも、そのほうがいいではないかという主張をしている。

人口100万人あたりの透析患者数は日本が世界一。背景には、腎移植の割合が欧米と比べて極端に低いことがある。腎不全が進行して、かつ移植の可能性が低いとなれば、透析をしようという話になる。一方、腎不全保存療法は病院側と患者本人双方のかなりの根気と努力が必要となるし、一回ごとの診療に時間が掛かるという問題がある。著者は、透析患者を減らしていくためには、現実的な方法として、保存療法の診療報酬を上げて、これに取り組む医療機関を増やすしかない、という。

今や糖尿病性腎症から透析に入る人が、全体の透析導入数の半数近くを占める。糖尿病患者は増加する一方であるから、ますます合併症で腎臓を患う人も増えるだろう。これを考えると、入り口という観点からは、一般レベルで食生活の見直しをすることが、長い目で見たら腎不全に陥る人を減らし、ひいては医療費の抑制にもつながるのではないかと思う。

腎機能が落ちてくると、それを遅らせることぐらいしかできないだけに、感染症からは別として、少なくとも糖尿病から腎不全という道をたどらないような生活をしなくてはいけないと思う。

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2008年1月11日

頭だけでも世界へ開放

最近、Financial Times のチェックを再開した。イギリスにいた頃、新聞のなかで僕がいちばん気に入っていたのはこの経済紙だった。他の quality paper の何か肩に力の入った内容と比べて、気持ちよく読めたのがいちばんの理由。FTを読まないといけないような立場ではもちろんなかったのだが。print edition は、他と比べて格段に見た目も美しかった。

今オンラインでチェックしているのは、このFTと New York Times のふたつ。メールで送られてくるヘッドラインなどに目を通して、気になった記事を読むようにしている。何本か届くメールをざあっと読むだけでかなりの情報量になる。

アメリカのサブプライム・ローンよりイギリスの住宅ローンのほうがより深刻であり、これからそれが表面化してくるという報道に何回か触れているが、今日のFTにもそれに関係するコラムがあった。10年間、順調な経済成長を財務相として支えてきたブラウン首相だが、これから数年間は厳しい状況も出てくるのかもしれない。

これらの新聞を読んだからといって、今の生活に影響はないし、ここには難しいテーマを語るべき相手もいない。でも、狭い空間に閉じこもっていたくないし、物理的に今は無理でも、せめて頭だけは世界に開放しておきたいと思うのである。

今年はそれでも、夏場にロンドンへ行く計画をしている。短期留学する知人がいるので、1週間ほど遊びに行こうと思う。地下鉄がべらぼうに高くなっているようだが。

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2008年1月 9日

新鮮だったらいいというものではない

昨晩の『プロフェッショナル』は、「すきやばし次郎」の小野二郎さんだった。この人のことを取り上げた番組を見るのは何回目だろう。最初に知ったのは、たしか山本益博さんが激賞していたからだった。もう何年も前から、一度は食べてみたいと思っている。

小野さんの息子さんが昔、どこかの番組でちらっと言っていた言葉が忘れられない。ネタは新鮮だったらいいということであれば、港のそばの寿司屋はどこでもおいしいということになるじゃないか、といった指摘。もっともである。新鮮だとそれだけでおいしいのは確かだろうが、魚によっては、もっと寝かせたり、一工夫したほうがよりいっそう味が良くなるものがあるのだろう。次郎さんのところでは、まぐろはたしか1週間以上寝かせるんだよなあ。

イギリスにいた頃、よく外国人に「寿司を作ってくれ」と言われた。ライスの上に魚のスライスをちょこんと乗せれば出来上がりだとでも思っているのだろうか、僕が毎度「寿司は家庭で作れるほど簡単じゃない。プロの職人しか無理なんだ」と言うと、どうも納得のいかない顔をする。それでも、手巻き寿司は何度かつくったけど。あれは、食べるときにちょっとした作業を各自しなきゃいけないから、みんな楽しいみたい。

見た目がシンプルで、でも非常に繊細な仕事を必要とするという意味で、寿司はいかにも日本的だと思う。そのなかでも、すきやばし次郎のような手当てをとことんやるところは、あんまりないんだろう。やっぱり一度は食べておきたい。

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2008年1月 7日

個人主義と寂しさ

夜明け前、外は霧がかかっていた。夜中は雨が降っていたようだ。冷気が漂う朝は凛として気持ちいい。川辺を歩きながら何度も、大きく息を吸い、そして吐いた。

庭では、寒椿が鮮やかな色で咲いていた。何ゆえに、こんな寒い季節に花を咲かせるのだろうか。冬の花の美しさは痛々しく、それだけに趣きがある。

漱石の「私の個人主義」を読み返す。自分の講演を聞くなんて「目黒のさんま」を味わうようなものだ、とおどけてみせるところが漱石らしい。果たして、学習院の学生から笑いは取れたのかしらん。

中身は、今でも学ぶことの多い内容だ。個人主義に伴うバランス感覚、彼の論に出てくるのは自分と他人、権利と義務、特権と責任、個人と国家という対立軸だが、どの関係を取ってもバランスよく思考し行動できる感覚を持っていなければ、真に個人主義とはならない。そして、この感覚を養うために倫理的な修練が大事である、とする。

突き詰めていくと、個人主義はストイックなものにならざるを得ないように思う。自由の放縦ではなく、国家主義のように大上段に構えるものでもなく、誰かと徒党を組むでもなく。漱石は、個人主義はときに寂しいものである、と言う。然り。イギリス人に流れている雰囲気がまさにそうではないか、と思った。陰鬱なロンドンの空を眺めながら、漱石ははっきりとイギリスの精神を掴んでいたのかもしれない。

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2008年1月 3日

英語でブログ

英語でブログを始めました。URLは以下の通り。

My Vein (http://my-vein.blogspot.com/)

月に何回かは書きたいと思います。たいした英語力じゃないですが、日本語同様、書かないと向上はないので。

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2008年1月 1日

元日の胎動

明けましておめでとうございます。

毎年わが家では、元日零時から年を取ると決まっている。祈り、お屠蘇を頂き、お節を食べる。夜中にでたらめに食べるのは、一年でこの日しかない。昔は朝方までやっていたが、今は2時ぐらいでやめる。

3時過ぎて寝ようかなと思って、歯を磨きながらテレビをつけると、朝生をやっていた。面白くて、結局最後まで見てしまった。テレビを消しても、神経が高ぶって、なかなか寝つけなかった。

10時過ぎに起きる。さすがに食べる気はせず、分厚い元日号の新聞に目を通しながら、コーヒーを飲む。朝生の続きで、サブプライムや原油、小麦、年金、防衛省問題などが気になり、集中して読む。

来客がなかったので、ゆっくりまたみんなでお節を食べた。

プラトンの傑作『饗宴』をじっくりと読み、あれこれと考える。そのことはまた書こうと思うが、一年のスタートにぴったりの深い作品だった。

元日の雰囲気はいい。静謐だが、いたるところに胎動がある。すべてが明るく、心地よく、前へ向かっている。今日の晴れ晴れとした気持ちを、忘れないようにしたいと思う。

今年もどうぞよろしく。

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2007年12月31日

impossible から inevitable へ

今日はもう一回投稿。

国際関係論の権威あるジャーナルのひとつ International Security の最新号をダウンロードした。最初のふたつの論文を読む。なぜかというと、ただ単にちょっと難しめの英語を思いっきり読みたかったから。論文だから長くて読みごたえがある。

ひとつは、第二次大戦後、超党派が伝統だったアメリカ外交が、冷戦後は党派的になってきているという話。もうひとつは、2004年のウクライナのオレンジ革命における外国の影響について。前者は面白く読んだが、後者は theoretical なことを最初にうたっていながら、結局は description でしかなかったのががっかり。

でも、後者の論文の中に、味わいのあるセンテンスがあった。

"In retrospect, all revolutions seem inevitable. Beforehand, all revolutions seem impossible."(振り返ってみれば、すべての革命は必然であったように思える。しかし、起こる前には、どんな革命でも不可能にみえるものだ。)

人生も然り。何かへの挑戦、何かの目標、それらはすべて、一人ひとりにとっての小さな革命だ。

では、impossible と inevitable を結ぶものは何か。意志? 努力? 忍耐? 根性? どんな表現でもいいが、つまるところ精神の力だ。

強靭な精神力を作り上げていくこと。来年は、そういう鍛えを自分に課していこうと思う。

ちょうど、紅白で和田アキ子が「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌っている。いつ聴いてもいい歌だなと思う。希望の匂いはするか。鐘を鳴らすのだ。そうだ、僕はずっとそんな人間になりたかったのだ。

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食材がたくさん

大晦日になってしまった。年末はいつもいろんな食材が自然と集まってくる。

脂ののったブリが届いた。刺身やブリ大根で食べている。ちょうど大根も取れたての絶品をお裾分けしてもらった。和食っていいなと思わせる組み合わせだ。ブリはでかいので、食べても食べても、なかなか終わらない。元日の魚もブリであることは間違いない。思えば小さい頃から、正月といえば、いつもブリだった。自分たちが食べるのはもちろんだが、お歳暮として寒ブリを1匹ずつ配っていた時期もある。

それから、れんこん。産地である佐賀・福富から、泥の付いたれんこんが届いた。この辺りでは、専用の細長い箱に入れられて、よくお歳暮として渡される。泥まみれの見た目は全然美しくないが、それがこのうえなくおいしいだろうことは、洗ってみればすぐ分かる。絶対にスーパーなどには並ばない代物だ。切れば、やはり糸の引き具合が素晴らしかった。鶏肉と一緒に煮込んだりして食う。これもやはりまだ終わらない。

親戚がいつものように今年のもち米をくれたので、いつものように28日に餅をついた(らしい)。らしいというのは、僕はいなかったから。でも、毎年この日は餅つきの日と決まっている。出来上がったすぐのゆるくて熱い餅を、ゆずを入れたごま醤油につけて食べるのがいちばんおいしいのだが、その場にいなかった僕はできなかった。でも、ぜんざいやきな粉餅は、昨日も今日も食べている。

餅は買うと高い。店に行って値段を見てびっくりするが、もっと驚くのが干し柿。正月には需要があるから仕方ないのだろうが、ぼったくりじゃないかと思うぐらいだ。わが家の今年の干し柿はなかなか上手にできた。きれいに粉をふいてほどよく柔らかいものは、「ちょっと試食」と言いながら大方食べてしまった。正月に残っているものは、きっと不恰好なものばかりだろう。

その他、みかん農家からみかん、お茶の製造元からお茶、牧場から牛肉など、それぞれ間違いない味をプレゼントされた。考えてみれば、周辺地域にはいろんな特産物があるのだ。田舎暮らし、ありがたや。

でも、消えた特産物もある。たとえば、有明海のタイラギ。小さい頃、貝柱といえば、タイラギの貝柱だった。帆立なんぞは知りもしなかった。正月は、ストーブの上でタイラギの貝柱に醤油をかけて焼いて食べるのが、最高にシンプルな贅沢だった。しかし今、タイラギを目にすることはほとんどない。言われてるような諫早湾の堰き止めが、本当に直接的な原因かどうかは分からない。しかし、どっちみち人為的なものであるのは間違いないだろう。それは誰か特定の人たちの責任というのではなく、一人ひとりの生活排水への無関心と結びついていると思う。ちなみに、僕が物心ついたときには、すでにムツゴロウは貴重な食材だった。

さてさて、「もう掃除しなくてもいいじゃん、ゆっくりしよう」と怠けたことを言って、おせち料理をつまみ食いしながら、ゆっくり最後の一日を過ごそうと思う。今日は雪が降るらしい。

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2007年12月25日

からだは「流れ」でしかない

最近読んだ本のなかで深い感動を覚えたのは、福岡伸一著『生物と無生物とのあいだ』(講談社現代新書)である。

一般向けに書かれてはいるとはいえ、内容はそれなりに難しい。にもかかわらずベストセラーになっているのは、ひとえに著者の構成力と筆力と文体によるものだと思う。細胞の話であり、分子生物学(でいいのかな?)の歴史であり、福岡氏個人の研究の話でもあり、そして根底には深い哲学的問いが貫いている。科学の本でありながら、叙情に富んでいて、まるで良質の小説かエッセイを読んだ後のような、じわりと心に染み入るものがあった。

からだというものが結局は「流れ」であること、からだは常に破壊されながら秩序を保っていること、そこに絶妙な動的な平衡状態が存在すること、そのダイナミズムの前に私たちは跪くしかないこと。福岡さんの語るこうした内容は、まるで仏典のようでもある。しかし、そう感じるのは、おそらく彼が、生命のあり様を鋭く捉えているからだろうと思う。読み進めながら、僕の心はずっと共鳴していた。

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2007年12月21日

ひとつの区切りを迎えて

ご無沙汰です。いやあ、長く書かなかったなあ。

このまま年を越してしまうと締まりがないので、とりあえず再開しようと、ここ数日考えていた。どうなろうが、それで影響を受ける人はひとりとしていないが、まあ僕の気持ちの問題としてね。

今まで書かなかった理由がちゃんとあるのだが、ここで説明すると愚痴になってしまうので、それはやめておく(本当は一度書いたけど、アホらしくなって消した)。

今年中にケリをつけたかった家族や兄の事業の諸問題は、弁護士、税理士、銀行のおかげで、それぞれひとつの区切りを迎えそうである。別にこれで完全に実家から解放されるわけではないし、いよいよ現実的に厳しい局面を来年初頭から迎えるので、軌道に乗るまではまだまだ時間はかかると思うが、少しホッとしている。

東京の友人は「もうこれで東京に来ていいんじゃないのか」と言っているし、僕もそうしたいところだが、事情はそう簡単ではない。まだ半年ぐらいは本気になってマイナス面の処理に尽力しないと、ここを離れられそうもない。

でも、どんな状況でも僕はミクロな楽しみを見出して生きているので、皆さんご安心を。それに、プラス面の仕事のほうはこのうえなく面白い。

薬害C型肝炎訴訟のことで書きたいことがあるが、また明日以降にします。

外は久しぶりに、長い時間しとしとと雨が降っている。雨の夜は、まったくの静寂よりも落ち着くし、時間の流れを遅く感じる。

手元には出たばかりの『宮本輝全短編』下巻がある。こんな夜には、宮本文学のような、ストレートに美しい人間の業の物語がよく似合う。少しばかり読んでから眠りにつこうと思う。

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2007年11月 4日

ひたすら机に向かって

ひたすら書類作成と勉強。遊びたいけど遊べない。

今月半ば京都で行われる仕事関係の総会の講演要旨集が届いた。200ページ以上ある。行かないつもりでいたけど、読んでいたら興味深い内容がいくつもある。やはり参加すべきか? でも、この時季、京都は激混み。連泊なんてどこもできやしない。もう少し考えよう。

最近、三島の『近代能楽集』の作品をいくつか読んだ。三島のどの小説よりも、『近代能楽集』は面白い。すでに3回ぐらい読んでいると思うが厭きない。

また1週間が始まる。今週は逃げてはいけないことがいくつかある。なんとか乗り越えたい。

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2007年11月 3日

地球は止まらない

ジェットコースターな日々は続いている。月末から月初にかけて、気疲れしたのかちょっと寝込んでしまった。新しく始めた強力なデトックスのサプリで反応も出たのだと思う。生まれて初めて、24時間何も食べないという経験をした。

今朝は夜明け前から急に冷えた。そのせいで何度も目が覚めて、あまり寝た気がしない。暑くもない寒くもない、冷房も暖房もいらない快適な日々は、なぜにこんなに短く去ってしまうのだろうか。

地球はものすごい速さで自転し公転している。そこに立って生きている僕らだが、そのスピードを自覚することはまずもってないだろう。でもたしかに地球は動いている。

ほぼ毎朝、同じ時間に外へ出て観察しているが、一日々々太陽が山の向こうから顔を出す時間と方角は変わってきている。

髪を切りに行った。洗髪のときに耳たぶを触られると、いつもゾクゾクする。

ひたすら書類を整理。シュレッダーしなければいけないものばかり。どんどん捨てた。ああスッキリ。

人の検診結果を見ながら、あれこれとアドバイス。LDLが多いからといって、コレステロールの少ない食べ物を心掛けてもあまり意味はない。肝臓でつくるほうが圧倒的に多いのだから。だから、合成しにくいようにすることと、腸肝循環を断って再利用をさせないようにすることが大事、云々。

まともに書きたいことがあるような、ないような。まあいいや。

耳たぶでゾクゾクしていた瞬間も、コレステロールを語っていた間も、一時も止まることなく地球は回っていた。こっちも止まらないようにしないとなあ。

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2007年10月29日

男もスキンケアを

朝早くから、というか昨晩遅くから、睡眠をはさんで、ずっとひとりあることを考えている。家のことである決断をしなければいけないのではないかと考えている。

まだ一日がスタートしたばかりだというのに、そんなんでもう頭の中がいっぱいになって苦しくなってきたので、昨日の楽しかったことを記しておこうと思う。

天神でスキンケアのトレーニングを受けた。前々から興味があったのだ。2時間の講習を終えると、うわぁと感激するぐらい、肌の感触が違った。

大気の汚染や皮膚からの分泌物、紫外線、肌の老化などを考えると、男性もスキンケアはしたほうがいいと思っていて、でも面倒くさくて洗顔と化粧水をつけるぐらいしかしていなかった。こんなに違いが出るんだったら、やっぱりきちんとやらなきゃなと思う。一緒に行くといって付いて来た姉も、自分の肌を触りながら感動していた。

皮膚の構造は知っていたけど、じゃあ一体実践的にどうケアするのか、といった知識がなかったので、たいへん勉強になった。乾燥が一気に高まる秋の期間に気をつけてケアしておかないと、夏のダメージがひどくなり、冬の厳しさにも耐えられない。この季節になると、急に洗顔後肌が突っ張るようになるのはなぜかわかった。季節ごとに参加して教えてもらおうと思う。

でもね、せっせと頑張っても、有害な化学物質が入っているものを使っていると、肌の状態はひどくなる一方だ。大手メーカーは、日本の女性があんまりそこらへんのことを知らないから、どうでもいいものをまるでとても価値のあるもののように、だまして売っている。昨日のエントリと同じく、消費者がもっと知識を持たないと、いい餌食だよ。

余談だが、そのトレーニングのなかで、よくよく考えたら初めての経験だなということがあった。それは、すっぴんの女性がまわりに何十人もいたこと。大人になったら、まわりはみんな化粧をしているのが当たり前で、素顔を見るのは彼女とか家族とかだけだから、いっぺんにすっぴんを見るのはよくてもひとりふたりぐらいだ。

男性諸君、化粧をしてない女性ばかりにまわりを囲まれてみよ。かなり怖いぞ。化けていてもらったほうがありがたいと思うに違いない。

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2007年10月28日

食べたくないものは増える一方

リンボウ先生にならって、時々下道だけを走るようにしている。昨日は、高速なら片道1時間でいけるところを、往復6時間ちんたらちんたら運転した。でも、たしかにいろんなものを眺めながら移動するので、楽しいしさほど疲れない。

ミートホープ、赤福、比内鳥。これらの会社の仕業はひどすぎる。儲けたいという欲望は分かる。人間はみんな善も悪も持ち合わせているので、悪事だって働くだろうと思う。しかし、良心だってある。何十年と嘘をつき続けて、心は痛まなかったんだろうか。どこかで、ブレーキを踏まなければという思いにならなかったのだろうか。

きっと、同じようなことをしている会社はたくさんあるはずだ。その犠牲になるのは、いつだって消費者である。だから、僕たちがもっと食に対して意識を高く持たなければいけない。田舎へ戻ってみて、いかに都会ではまずいものを食べていたか思い知らされた。いかに無駄なものを食べ過ぎていたか分かった。だんだん味覚が変わってきて、人工的な変な味が分かるようになってきた。添加物のことなども知るにつけ、食べたくないものはどんどん増えている。

企業が良心の呵責を感じずに偽装を続けるのであれば、それにブレーキをかけられるのは消費者の不買である。できるだけ地産地消で素朴な食生活を日常心がければ、加工食品はほとんど買わなくて済む。お腹が空いたから食べるのではなく、生きるために食べるのであるということを忘れずに、もう少し食について考えてみてはどうだろうか。

出かけなければならないので、また続きは書きます。

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2007年10月26日

見知らぬ人を思いつつ

2年ぐらい、毎日のように読んでいたブログがあったのだが、URLが変わって以来、すっかりその存在を忘れてしまっていた。アメリカの大学で博士目指して必死に研究している、見知らぬ男性の研究記録である。

今日ふとそのブログのことを思い出して、検索して探し出した。1時間以上かけて、空白の2か月分を埋めるべく一気に読んだ。

彼のことは、知りもしないのになぜか応援したくなるし、頑張ってるなあと感心するのである。そして、読んでいるうちにこちらが励まされてしまう。ネットって不思議だなと思う。

ついつい個人的なことまで心配してしまう。どうも付き合っていた彼女とも別れてしまったらしい。文面からしか分からないけど、きっと立派な女性で、とてもいい関係を保っているんだろうなと想像していつも読んでいただけに、わが事のようにショックである。男と女はわからんもんだなあ。

彼のことを思うといたたまれなくなり(実際寂しさは文章ににじみ出ている)、黒ビールを飲みたくなった(いや、ただ単に昼間暑かったから?)。

遅くなってから近くのスーパーへ買いに出かける。美しい月の光で、ほのかに外は照らされていた。ああ、こういうときは月がいちばんだよ。

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2007年10月24日

只今増量中

ここ2日間、夜早々と寝てしまった。なので昨日の十三夜も拝めず。朝ラジオで、中秋の名月だけでは片月見でいけないと言っていたのになあ。

体重の増量をおこなっている。なかなか増えなかったが、やっと1kgほど増えた。食べ過ぎたりせず、無理な運動もせずに、徐々に筋量を増やす。方法は……、ヒミツ。1年ほどかけてやるつもりだ。

今がBMIで20ぐらい。BMIはひとつの目安でしかないと思うが、標準の22まで上げようとしたら、あと4kgも必要だ。体重が増えていって体がきつくなったら、そういう太り方はよくないということだろう。どこまで増量するかは、その感覚によって決めたいと思う。基礎代謝の増加と栄養補給の問題などもクリアしていかなければいけない。

まっ、コツコツ頑張っております。

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2007年10月21日

本当の障害

朝、外でストレッチをしていたら、いつもと違うフローラルな香りがした。なんだろうと探していくと、門扉の横でキンモクセイが花を咲かせ始めていた。

昨晩、発達障害のお子さんをもつご夫婦とお会いした。その子も一緒だったが、天真爛漫の笑顔を何度もこちらに向けてくれて、僕はたまらなく清らかな気持ちになった。しゃべることはできないが、携帯でいい構図の写真を何枚も撮って見せてくれる。こちらの身振りをまねしたりもする。ほめてあげると、喜んで抱きついてきた。

人間っていうのはなんだろうなあ。五体満足に生きている者は三毒にどろどろにまみれ、不幸にも、美しい心でまっすぐに生きることができない。一体、身体に障害をもつ人々とどっちが本当の意味で障害を持っているのだろうか。

今日は、何度も何度もその子の笑顔が浮かんでくる。

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2007年10月20日

食べ過ぎないことが肝心

昨日、人と会う前に、たまに行く店で久しぶりに昼食を取った。混雑していて、大きな楕円形のテーブルの端に座らせられる。向かい合うようなかたちで、OLがふたり、ああでもないこうでもないとダイエットの話をしていた。

ダイエットってそう難しい話じゃないと思うんだよなあ。基本的に、食べる量と食べる物と食べ方の問題。とくに、消費する量より摂取している量が多いことがまずもっていけないんだから、食べ過ぎなければいい話だ。余った栄養は脂肪となる。エネルギー源がなければ、その蓄積された脂肪はエネルギーへと変換されるが、悲しいかな、それが使われる前に、現代人はさらに食べてしまう。そしてまた余剰が出てしまう。

ふたりの会話を聞きながら、「どうせ間食とかいっぱいしてさ、食いすぎなんじゃないの?」と心のなかで思っていたら、ひとりが「家にいるとどうしても食べちゃうんだよね。週末なんか最悪」と言った。だから食べなきゃいいじゃん?と思うんだけど、それができないというのが、僕にとっては大きな謎だ。

岡田斗司夫のあの劇的な変わり方を見よ! 50キロ以上のダイエットに成功した秘訣はというと、ただ何を食べたかを記録しただけだ。名づけて「レコーディングダイエット」。何を食べたかを書いていると、だんだん無駄なものを食べていることがわかってきたという。僕もよくみんなに同じことを薦めている。

ダイエットしたいんですけど、と相談されて、解毒や食べ方の問題も含めて話をするが、ちゃんと守ってやる人は皆無だ。みんな結局は、真剣にやせようとは思っていない。実際、みんな笑いながら「ダイエットしたいんですけど」と言ってるもんなあ~。

脂肪細胞は、そこから悪さをするホルモンをいくつも出すことがわかってきて、ひとつの内分泌器官としてみなされるようになってきた。生活習慣病の多くは肥満と結びついているので、まずは太らないという努力をすること(やせすぎも、もちろんいけないけど)。そしてそれは、食を見直し食生活を変えるということから始めなければならない。一日に何度も行う「食べる」という作業を見直さなければならない。決して、ビリーズブートキャンプみたいな激しい運動をすることではない。

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2007年10月18日

「快」を保つ

最近は不愉快なことがあっても、楽しく笑い飛ばすようにしている。「快」を保つことがいろんなことの成功の秘訣。わけのわからんことを言ってくる人もいて、もっと物分かりのいい人になってよね、とうんざりすることもあるが、そんな人も自分の心の反映だと思うと、温かい眼差しを向けられる。それでも、話の通じない人とはできれば付き合いたくないけど。

「快」を保つひとつの方法は、楽しいことを考えること。昨日は、ウィルコムのスマートフォンを買おうかどうか考えた。エッジを昔使っていて、そのときの電話番号を休止状態で残したままなんだけど、今やってるダブルバリューセレクトというのがちょっと魅力的だし、遠出するときもパソコンを持ち歩く必要もなくなるしなあと、限りなく買いたいモードに入っている。

今日は、『日経ビジネス アソシエ』の「手帳活用術」という特集を読みながら、あれこれと手帳の使い方に思いを巡らした。薄さが好きで、僕は何年も「超」整理手帳を使っているが、もっとシステム手帳っぽいものにしようかなという思いも少しある。デジタルでやる気はないし、今のところそこまでする必要もない。それから、Smythson の手帳を愛用している人が紹介されていて、それを見ていたら、何の変哲もないけど欲しくなった。昔お気に入りだったキーホルダーが、Smythson で買ったやつだったからだ。

考えるのはタダなので、ずっと楽しい気持ちで生きることも可能だ。子どものように、どんな状況にあっても、そこに楽しめる要素を見出せる人って、それだけですでに人生は充実した方向へ進むしかないようになっているんじゃないだろうか。

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2007年10月15日

早起き人間になった

朝早く起きるように生活のリズムを変えはじめて3週間近くなる。すこぶる調子が良い。本当は徐々に起きる時間をずらしていったほうが体にとってはいいようだが、ドラスティックにいきなり2時間以上変えてみた。さすがに最初は昼間きつかったが、すぐに慣れた。

ただ、寝る時間はあまり変わらないので、今までブログを書いたり本を読んだりしていた時間になると、急に眠気が襲ってくる。おかげで、コツコツ読んでいたアーチャーの本は一向に進まず、ブログもこのありさまである。それでも、だんだんと夜も慣れてきて、短くなった睡眠時間でも十分になってきた。

不思議なもので、目が覚めたときに「よく寝たなあ」と思い込めば、気持ちよく朝起きられる。暗示をかけるというよりは、きっと体というものは、心で考えたことや口にしたことに敏感に生体反応をするのだ。そして、朝の祈りを捧げ、外でストレッチをして、フレッシュな果物を何種類か食べる。そうすると、このうえなく心身ともに気持ちがいい。

朝早く起きるようにしたのは、そこに今の自分の状況を打開する大きなきっかけがあるんじゃないかと思ったからだ。そこに論理的な説明はなにもない。唐突にそう思って、ただそれを実践している。他にも、毎日何か新しいことをしてみたり、違う人に会ってみたり。

そんなことでものごとが変わるのかと思う人もいるだろうが、いろいろと驚くようなことが起きるものなのだ。最近では、今日は何があるだろうか、とわくわくしながら目を覚ましている。

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2007年10月11日

プレーオフ負けてよかった?

なにゆえにホークスは、これほどまでに短期決戦に弱いのだろうか。これでたしか4年連続のプレーオフ敗退。

シーズン前は、今年こそは文句なしにホークス優勝、と多くの評論家が予想していたにもかかわらず、シーズン終盤のここ一番というところでも負けてばかりだった。

うーん、どうしてなんだろうか。福岡では王監督は神様みたいな存在だし、僕も大好きだが、冷静に見て、采配や士気の高め方に問題はないのだろうか。

でもまあ、シーズン3位だったんだから、負けてよかったかも。まかり間違って、日ハムにも勝って、日本シリーズも勝ったりしたら、リーグ3位だけど日本一なんていう、へんちくりんな結果になってしまうもんね。

このプレーオフの制度、アメリカと似て非なるものでしょう? 別にリーグ内に地区が分かれているわけではないのに、なぜかプレーオフをする。6チームしかないのに、なぜか半分が日本シリーズに進めるかもしれないという大確率。長いシーズンが終了した時点で、12球団中6球団に日本一になれる可能性が残っているなんて、どう考えたっておかしいだろう? 3位どうしが戦う日本シリーズって価値があるか?

野球を盛り上げ、かつプレーオフに意義を持たせるためには、昔パリーグでやっていたように、シーズンを前期・後期に分けて、各優勝チームが戦ってリーグ優勝を決めて、日本シリーズに進出するというふうにしたほうがいいんじゃないの。あえて、プレーオフをしたいならですよ。

でも、僕はそもそも、プレーオフ自体必要ないと思っている。こんなものは、イギリス下院のクエスチョンタイムを真似て党首討論を導入したのとまったく同じで、あまりにも浅はかなものごとの決め方である。 

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2007年10月 6日

干潟もいずれは

昨日から今日と、ちょっと興奮気味に過ごしている。血圧を測ってみたら、やはりふだんより上が20ぐらい高い。

昨日一日、福岡市内で仕事をしたあと、またオーバカナルへ行った。今の季節は完全にオープンにしてあって、しかも夕方から夜に行くと涼しいので。赤ワインを飲みながら、少々つまむ。

頭が冴えて2時ごろ休んだが、朝早く目覚める。今朝、いきなり「ちょっと家まで来てくれない?」と言われ、有明海沿いの知り合い宅まで出向いた。せっかく来たからと思って、帰りに海岸まで下りていった。といっても波は打ち寄せず、有明海独特の干潟が遠くまで続くのみ。寂しいというか、かえって趣きがあるというか。

でもじっとそこで待っていれば、そのうち波がやってくるのだ。海面が上がってくるのだ。じわりじわりと海は動いていている。濃厚なおいしいアイスクリーム(知る人ぞ知る名物)を口にしながら、ぼおっとそんなことを考えていた。

溶けたアイスが指を伝ってくる。太陽に照らされて、昼間はまだまだ暑い。

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2007年10月 3日

「なみだひまなし」

今日2回目の投稿。

彼岸花というのは、やはりお彼岸の頃がいちばん目立つもので、ほんのちょっと前にそこらじゅうの道端に咲いていたのが、今では車を走らせていても、あまりあの赤の色は目に入ってこない。

見た目はわりと美しいのに毒性が強い。また、彼岸花の別名の「曼珠沙華」は、法華経によく出てくるもので、よいことが起こる瑞相として天から降ってくる。この毒と瑞相の結びつきはどう考えたらいいんだろうか。

そんなことを思ったからか、久しぶりに日蓮の書きものを読みたくなって、「諸法実相抄」を音読した。日蓮の文体は不思議で、音読するとそのリズムの良さが心を刺激し、中身があまり理解できていなくても、気分が良くなる。だから、時々こうして、適当な長さのものを声を出して読みたくなる。

たとえば、今日読んだところでいうと、次のような有名なくだりは、ぐっと胸に迫るものがある。まあ日蓮が基本的に好きだから、そう感じるのかもしれないけど。

「此くの如く思ひつづけて候へば流人なれども喜悦はかりなしうれしきにもなみだつらきにもなみだなり涙は善悪に通ずるものなり」「現在の大難を思いつづくるにもなみだ、未来の成仏を思うて喜ぶにもなみだせきあへず、鳥と虫とはなけどもなみだをちず、日蓮はなかねどもなみだひまなし」

以上。

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気ままな一日

昨日の話。

ものすごい閉塞感を感じたので、いろんなことを忘れて一日過ごしてみた。

ぶらぶらと歩いているうちに、最近頻繁にテレビなどで紹介されている「玄瑛」のラーメンをふと食べてみようと思い、天神から薬院方面へ。以前住んでいた家の近くなのに、逆方向から行ったら、道を間違えてしまった。

「ヒルトン」というランチのセットで、とんこつのラーメンを食べたが、期待したほど味に感動はなく、素直に「うまい」という言葉が出てこなかった。それに、行ったことがある人は分かると思うが、店が劇場風になっていて、前方下の舞台でラーメンが作られるのだが、そのわりには、ダラダラと作業が進行しているだけで、見せ物になっているわけじゃない。なんだか店全体によどんだ空気が流れていて、僕はあまり好きになれなかった。評判は良いみたいだから、また来てみたら、違うものを発見できるかもしれないけど……。

久しぶりにマンデリンを飲んだあと、博多駅近くのホテルのラウンジで、知人とお茶をする。また天神へ戻って、買い物をして丸善で立ち読みをし、大丸の1階にある、僕のお気に入りのカフェ「Aux Bacchanales」へ。

夕方から夜にここへ来ると、いつもヒューガルデンを飲むのだが、「今ベルギーのほうで製造がストップしていて、入ってきていません」と言われ、がっくり。仕方なく?、ギネスを頼んだ。飲みながら読書、時々道行く人を眺める。まだ多くの人が夏の格好をしている。昼間はまだまだ暑い。どうなっているんだか。

最後に、おいしそうなフルーツのロールケーキを、お土産として買って帰った。気ままな一日は楽しいですなあ。

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2007年9月28日

冬瓜って

もう9月も終わるというのに、まだまだ暑くて、昼間は半袖で過ごしている。秋はほとんどなく通り過ぎて、いきなり冬になっちゃうんだろうな。

この夏も、野菜をはじめとして、いろいろとお裾分けしてもらった。ナスやカボチャ、ゴーヤなどを畑で作っている人が多いようで、よく食べた。ゴーヤはね、あんまり強いて食べたいとは思わないが……。でも、夏バテ防止には豚とゴーヤの組み合わせは抜群なのだ。

あとよく食べたのは、冬瓜。僕恥ずかしながら、冬瓜が夏野菜だとは知らなかった。なんで季節はずれの冬瓜をみんな持ってくるんだよ、と首を傾げていた僕はアホだなあ。

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2007年9月26日

余韻が大切なのだ

昨日は珍しく、空が薄っすらと明け始めた頃から仕事をしていた。やりたくなくて延ばし延ばしにしていた書類作りを、いよいよ終わらせねばならず、福田さんの就任の弁ではないが、背水の陣で臨んだ。午前中、人待ちをしている間もパソコンとにらめっこ。なんとか昼過ぎに終わらせた。

やはり朝早くに始動するのは、効率が良い。今朝も早く起きようと思っていたら、6時前に自然と目が覚めた。毎朝するように、最初に果物を多めに食べて、ストレッチなどをして、しばらく経ってから朝食をとる。いろいろそれから済ませても時間があったので、久しぶりに縁側で朝日を浴びながら、コーヒーをゆっくりと飲んだ。気持ちがいい。

中秋の名月は、雲に隠れてなかなか拝めなかった。ここ数年は、玄関先で団子を食らいながらお月さまを眺めていたのだが、それも今年はやらずじまい。でも、寝る前に部屋に入ったら、窓際がほのかに明るかった。月光が差し込んでいる。思わず窓を開けて空を見上げると、いつにもまして美しい月が煌々と輝いていた。

月を愛でる文化、月に人間や人生を重ね合わせるような思考を持つ文化は、他のところにもあるのだろうか。茂木さんのブログを読んで知ったのだが、夏目漱石は "I love you" を「月がきれいですね」と訳したのだという。日本語にとって大切なのは、きっと余韻なんだな。そこに言葉の美しさがにじみ出てくるのである。

僕らは、そのじんわりとした感覚を、かなり忘れ去っている。

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2007年9月19日

底抜けに明るく

今日(18日)は、体感としてはこの夏いちばん暑く感じた。

朝から夜遅くまで、果てしなくメールと電話。丁寧にいろんなことに対応していたら、今日はそれだけでほぼ一日が終わってしまった。なんたること。でも、いろいろものごとは進んだのでいいだろう。わりと楽しい一日だった。

昨日、たくさん集まったある会合にぎりぎり間に合って滑り込んだら、知り合いの女性がすぐ前の席にいた。こちらを見て開口一番

「私ね、骨盤が曲がってるんですよ。へその位置もおかしいし」
僕「そんなことをいきなり、しかも聞こえるように言うんじゃないよ」「それに、へその位置がおかしいってどういうことよ?」
彼女「からだの真ん中の線にないんです」
僕「ああ、そういうこと。たくさんいるんじゃない、そういう人。でも、骨盤とか背骨は全身の健康に関係あるから、一度きちんと診てもらったら」

そして「太るよ」と痛い一言を添えてあげた。

何時間か経って、休憩のときの彼女の第一声……「太っちゃうんですよね」
僕、間髪入れずに笑顔で「うん」

乙女よ、うんと悩みたまえ。

われらが麻生太郎は、劣勢を百も承知で、また今回も出馬した。立候補しただけで、僕は彼に拍手だね。石原伸晃がテレビで言ってたけど、麻生さんは底抜けに明るい人で、最近(党務で)初めて近くで仕事するようになってそれを知り、びっくりしたらしい。あんな楽天家はいませんよ、と。ううん、見習ってできるもんじゃないけど、そういう姿勢で人生は臨まねばならんなと思う。

よく考えたら、西洋の人智は、ギリシャ的な徹底的に明るいところから生まれているのだ。そこには、それだけ色濃い影が地に張っているだろうが、その暗さははっきりとコントラストを描きながらも、やはり明るさへとつながっている。頭をもっとシンプルにして、クリーンにして、いろいろ考えずに生きてみよう。麻生太郎のべらんめえ口調を聞きながら、そう思った。

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2007年9月16日

なんてことを考えつつ

台風の影響を微妙に受けて、時々激しい雨が降る。

今日は姪の小学校の運動会。この学校は、いつ訪れても素晴らしい環境だなと羨ましく思う。並木道があり、小川が流れ、滝があって、山がひかえている。おまけに鳥居まである。

子どもはよく動く。昼食を取って、またすぐに走り回っている。あっちでもこっちでも。疲れを知らぬ子どもたちのエネルギーに、あらためて新鮮な感動を覚えた。果たして少年時代に、僕もあれだけの爆発を日々していただろうか。

僕には生の充実がなかったのではないだろうか。子どもの時代だけじゃなく、思春期も大学時代も、そのあとも。そして今も。ふと、そんな考えがよぎった。それからしばらくじたばたとして、自分にものすごく嫌気がさした。

でも、自己啓発の本に書かれているごとく、自分のことは自分がいちばん好きにならないと、誰からも好きになってもらえなくなる。未来は今この瞬間から始まっているんだ、そう強く言い聞かせた。

なんてことを考えつつも、『ホタルノヒカリ』の9話と最後の10話を一気に見る。しかも2回も見る。だって、蛍と部長の掛け合いが楽しかったから。綾瀬はるかは、この役にぴったりはまっていたんじゃない?  

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2007年9月 8日

何かを書きたいのだが

月曜からあっという間の5日間だった。座っている時間が長くて、時々気持ち悪くなる。ふくらはぎから、なんともいえない倦怠感がからだのなかを上ってくる。

何か長い長い書きものをしたい。時折、からだの底からマグマのような何ものかが噴き出す感覚がある。しかし、それをうまくまとめることができない。きっと、もっと長い時間、多くの経験と思索が必要なのだろう。

わずかに秋の気配がする。しかし、ものを考えるにはまだ暑い。もっと空気は冷えないといけない。深い闇もないといけない。風はひゅーひゅー吹かなくては。寒さのなかで人間は凛となる。哲学には寂しい生が必要だ。豊饒な南国の大地はしょせん天国であって、そこでは動物として生きていれば、それでいい。

僕は北が好きなのか、南が好きなのか、時々わからなくなる。

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2007年9月 2日

明るいエネルギーはいくらあってもいい

時折、豪雨。天神の地下街から上がってきたら雨が降っていたのでびっくりした。

知人から紹介されて、初対面の人の相談にのってあげた。役者を目指していたというだけあって、発声がいい。ぼそぼそ話す僕と対照的に、その子の声だけが周囲に響いていた。相談にのってあげていたはずが、彼女のとぼけぶりがおかしくて、途中から僕は、失礼ながらしょっちゅう笑っていた。明るいエネルギーというのは、いくらあってもいいものだ。

丸善で、Jeffrey Archer の "Cat O' Nine Tales" という短編集が出ていたので買った。アーチャーの小説は何冊か原書で読んでいるが、いつも面白い。これは刑務所にいた間に書いたものらしい。さすが、タダでは起きないつわものだ。さっそくひとつ目を読んだ。

今まで読んだ彼の小説のなかで、たとえば "Kane & Abel" なんか、どんどん引き込まれていって、あんなに楽しく読めた小説はないのだが、日本語訳を読むと、その良さが全然伝わってこない。平坦な物語に変わり果ててしまっていた。いつも書くことだけど、英語には英語の味わいがあって、それは英語で読むしかつかむことができないものだ。

死ぬまでに、どこまで深くその味わいがわかるだろうか。極めたいなという思いはある。

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2007年9月 1日

また思いを入れかえて

8月はあまり書かないうちに終わってしまった。最後の1週間は、皆既月食のことや、安倍続投批判など、書いている途中でやめてしまったことも何度かあった。

安倍総理の顔を見たり、朝青龍問題のバカバカしい加熱報道などに接していると、本当にこの国にうんざりする。昨日の夜などは、その思いがとくに強かった。国を捨てるとは、こんな気持ちの延長にあるのだろうか。

でも9月は、また思いを入れかえて頑張る。

今日オープンする「ザ・ペニンシュラ東京」、なかなか良さそうだ。すぐにというのはちょっと無理だけど、1年後までに一度泊まりに行こうと思う。そういう目標もいいんじゃないか、ということで、いとことテレビを見ながら衝動的に決定した。そんなことで、俄然やる気が出てきた私でした。

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2007年8月23日

努力しないと結果は出ない

前回書いたように、佐賀北高校にはほんの少しだけ関係があったので、家族みんな開幕戦のときから応援していた。最初は「負けなければいいけど、負けちゃうだろうな」から始まって、帝京の頃には「もう負けてもいいよ、ここらへんで負けたほうがいい」と、謙虚な佐賀県人が目立つことを、みんなとても心配(?)していた。

昨日は、僕は8回裏から見始めたので、いいところしか見なかったことになる。たまには、ああいうリアルな感動ドラマがあっていい。サブナショナリズムが強い九州人らしく、冗談抜きでまわりはみんな泣いていた。

久保君の好きな言葉は「努力しても結果が出ないというかも知れないが、努力しないと結果は出ない」だそうだ。よか言葉です。当たり前のことだけど、はっと気づかされました。

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2007年8月21日

佐賀北の記憶

甲子園で旋風を巻き起こしている佐賀北高校。僕の田舎からは離れているけど、ちょっとばかり思い出がある。

17歳で亡くなった2番目の兄は、中学卒業と前後して腎不全と診断され、即入院となった。それから2年間、入退院を繰り返すことになるのだが、どうしても高校に行きたかった兄は、闘病生活を送りながら、通信制で勉強しようとした。当時、通信教育をやっている高校でいちばん近くにあったのが佐賀北高校だった。

通信制とはいっても月に何度かは登校しなければならない。家族が車で送り迎えするときに同乗して、僕も何度かこの高校へ行ったことを記憶している。僕のなかでは、それはずっと寂しさとともにあった。

今度、甲子園での初戦を見たとき、あの学校かと懐かしく思い出した。すぐに負けると思ったら、開幕戦を制し、延長引き分け再試合をおこない、延長サヨナラ勝ちをおさめ、ついに決勝まで行っちゃった。

しかも進学校らしく、時間があるとみんな宿舎で勉強しているという。特待生問題が発覚した矢先だけに、地元だけの佐賀北高校の野球部の躍進は、真に高校野球らしいと思う。

エースの久保君がはなわに似ていると思った人は、そこらじゅうにいるようだ。監督の素朴さにウケているのも、僕だけではないらしい。島田洋七はどっちを応援するのか?といったお節介な話も笑える。

準々決勝の帝京戦はしっかり見たけど、贔屓目ではなく、あれは素晴らしい試合だったと思う。明日は勝っても負けても拍手だよ。僕のなかでは、もう佐賀北は明るい記憶として過去とつながっている。

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2007年8月16日

それを求めてはいけないのだ

夏休み恒例のボーリング。ここ数年、小学生の双子の姪の誕生日に合わせてやっている。今年も前々から行こうとせがまれていたので、「今度は泣くなよ」と約束させて行くことにした。いつもどちらかスコアの悪いほうが途中で泣いちゃうからだ。しかし…、案の定、今回も。まっ、それでも投げ続けただけ進歩だけど。

僕は1ゲーム目は調子が出ずスコア83。2ゲーム目は打って変わって158。1ゲーム目をやりながら、泣きたくなる彼女らの気持ちもわかったよ。

原書と平行して読んでいたので、全然進んでいなかった『二都物語』。文庫本の上巻が終わったところで、じれったいから日本語で残りを一気に読んじゃおうと思ったのだが、そのあともなかなか進まない。寝る前だけと決めていて、一日2、3ページぐらいでいつも寝てしまっていたからだ。

ようやく昨日読了。でも、なんだかすっきりしない。僕には、これのどこが名作なのか、まったくわからない。読んでいる途中から、区切りごとの舞台設定の飛び方が不自然だなと気に掛かっていた。場面々々での面白さはあっても、全体として一体何だったのか判然としない。僕のなかで物語が流れていかないのだ。

そういうことにとてもひっかかりながらも、ともかく読み終わって、そのあとに訳者の中野好夫の解説を読んだら、同じようなことが書かれていた。うん、やっぱりそうなんだよ。訳者が言うには、ディケンズは全体をうまく構成するのが下手なんだそうだ。そういうところをこの作家に求めてはいけないんだろう。ディケンズの名を世界に知らしめているのは、違う角度、おそらくもっとディテールの部分なのだ(いや、知りませんけどね)。以前引用した部分みたいに、今の僕たちの心をもぐさりと突き刺すようなくだりはいくつかあった。

首を傾げる印象だったがゆえに、他の作品も逆に読みたいと思う。きっと何かがあるはずだ。

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2007年8月15日

KYの代表

久しぶりに天神へ行った。お盆で人が少ない。ただでさえのんびりした都会なのに、いやましてスローに時間が流れている。

福岡の中心街がゆったりとして見えるのは、ひとつに空がよく見えるからだ。空港がすぐそこにあるので、高層ビルがない。だから、全然窮屈さがない。ああ、やっぱり僕はこの街に早く戻ってきたいよ。

知人と4時間ほどカフェをはしごしながら話し込む。健康のこと、政治のこと、宗教のこと。英語のことや投資のこと。いつまで話していても飽きない。三菱東京UFJでプライベートバンキングのサービスを受けていると聞き、なんとそんなに資産を持つようになっていたのか、と驚く。

街をぶらぶらして、充実したインプットの時間になった。

余談(といいつつこれがタイトルだけど)。その知人に「『KY』って知ってる?」と聞かれ、何それと尋ねると、「空気が読めない」という意味の女子高生言葉(若者言葉?)なんだそうだ。その代表格が安倍首相らしい。その感覚の素晴らしさに笑いが止まらなかった。

家に帰って、女子高生の姪にKYのことを聞いたら、たしかに知っていた。安倍さんにはさらに固有の呼び方があって、「KYAS」と言うんだそうだ。意味、「空気が読めない安倍総理」。ほぉ~、と感心しました。

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2007年8月14日

テキストというより参考書

昨晩遅く、寝る前に窓を開けたら、涼しい風が流れていた。朝方は強風が吹き荒れた。そして昼間、何度か雨が降る。雲間から差し込む太陽の光に照らされて美しく光る、まさに慈雨と呼ぶにふさわしい雨だった。

一日中、家の中にいた。朝一番で良い知らせを受け、夕方最後も、ひょんなことから懸案に解決の目途が立った。不思議とひとつひとつ、なんとか乗り越えていっている。僕はしっかりとこの宇宙に守られている。ありがとう。

先日、『ビジネス英会話』と一緒に買った『新感覚☆わかる使える英文法8月号』。夜テレビをつけると、この番組のオンエア中ということが多く、そのまま見てしまうことがある。いつも、なかなかためになるなと思っていたので、この間一緒にテキストを買ってみたのだが、読みごたえ十分。番組のテキストというより、英語の参考書と呼んだほうがいい。

ある程度英語ができる人の確認とさらなる学習に、とっても役に立つと思う。きちっと使い分けができていなかったり、なんとなく覚えてそのまま使っていた表現について、「ああ、なるほどそういうことだったの」という発見が多々ある。

8月号は副詞についてのみ。バックナンバーも揃えたら、素晴らしい参考書になるんじゃないかと思う。

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2007年8月12日

英語の勉強を復活させねば

暑いなかで我慢していると、時折レースのカーテンを揺らしてふわりと入ってくる風が、このうえなくありがたい。

諫早へ出かける。なぜか、バツ1のおねえさま2人と一緒。ふたりともわが家に縁のある人たちで、ともに結婚13年目で離婚し、ともに娘さんをひとりで育てている。13っていうのはやっぱり不吉ですね~、と独り身の気楽な僕は適当なことを言う。たいへんな苦労があるだろうと想像はするけど、下手に同情しても仕方ない。

十分すぎるほど英語の堪能な知り合いが、それでも毎日のようにNHKラジオで英語の勉強をしているという。いわく、あんなに安い投資はないよ、と。それに釣られ、僕も勢いで「ビジネス英会話8月号」のテキストを買った。この番組だけはネットでも配信されているので、怠け者の僕にはぴったりだと思ったのと、それなりにレベルが高いようなので。

早速、最初のレッスンを聴いた。時々、女性のアシスタントが、テキストに掲載されていない細かい言葉づかいの説明をするのだが、それがとても参考になる。

BBCでの勉強も復活させねば。あれ、フランス語はどうなったの? まあ君よ、それを問うなかれ。

ローソンで『Mr. Bean』のシリーズを安く売っていたので、こちらも勢いで買ってしまった。内容を知っているからかもしれないが、さほど可笑しさが響いてはこない。ほとんどまともな会話がないので、英語が分からなくても十分笑える仕掛けになっているのだが、それでもイギリスという独特な環境で見るのが、いちばんしっくりくるのではないかと思う。いや、ただ単に最初にイギリスで見たから、そう感じるだけかもしれない。

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2007年8月10日

人間の温度に鈍感になりそうで

毎月10日は、ごとおびのなかでもいちばん辛いが、なんとかなった。

毎月一度はうちに顔出しに来る知り合いの工務店の社長が、今晩遅くやってきた。いわく「今日昼過ぎに来ようと思ったけど、支払いがぎりぎりまでかかってしまって」と。皆さんたいへんなようで。明るく乗り切るしかないですよ。

あちこち支払いに行く合間に、お茶をしながら手紙を1本書く。昨日連絡をいただいた東京の知り合いのおばあ様に。道玄坂でビルのオーナーをされている。以前は毎月上京していたので、そのたびにお会いしていたのだが、最近はとんとご無沙汰している。いろいろ相談したいので、ゆっくり会いに来てほしいとのこと。本当はすぐにでも飛んでいってあげたいけど、いかんせん今はこちらが厳しい状況なので、代わりにとりあえず一筆したためることにした。

一筆箋にちょっと一言書いて通信物なんかに同封することはあるが、まともな手紙を手書きで書いたのは久しぶりだ。「拝啓 立秋を迎え云々…敬具」といった具合で書いて、封をして郵便局へ持っていった。何日かして相手に届くだろう。

それは面倒で時間がかかる作業だけども、時々はこういうことをしていないと、僕らは人間の温度というものに鈍感になってしまうのではないかと思う。手紙を書き終えたとき、僕は何か忘れかけていたものを取り戻したような不思議な充足感を覚えた。

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2007年8月 8日

障害者施設を訪ねて

午後、姉の新聞取材に同行することになり、ある社会福祉法人の知的障害者施設を訪ねた。

開所から20数年間経つのだが、その間にどんどん規模が大きくなり、県の委託事業も展開されている。事務長と2時間ぐらい話をしたが、僕も興味があるのでとても盛り上がり面白かった。

障害者自立支援法により、施設の経理も入所者の負担も厳しくなっている。どこに行っても聞く話だ。さらに全介護でもなければ長く入所させておくことが難しくなり、かといって家族側に受け入れ態勢もなく、就労するにも仕事場を見つけるのは困難を極める。

冗談半分で、自滅支援法と言われていたが、その指摘もあながち外れていない。わが家も障害者を抱え、法施行後の負担額の急増や施設サービスの質の低下を身をもって感じている。いちばんの弱者から、削ってもさほどの額にもならない予算をなぜ削減するのか。政治はいったい誰のためにあるというのか。

入所者のなかで陶芸を仕事として取り組んでいる人たちがいて、本格的な窯もあった。施設内には販売所もあり、覗くとけっこう良い品が揃っていてびっくり。思わず、湯飲みをひとつ買って帰ってきた。

これから先の財政的な問題、地域や企業との連携の問題、入所者の自立支援の問題。いろんな課題がのしかかっているのだが、元気に前向きに取り組まれている施設の方々のビジョンを聞きながら、こちらまでわくわくしてきた。

美しい田舎の奥まったところの、外からは静かそうにみえる敷地のなかで、多くの人々がダイナミックに動いていた。僕はそこがなんともきらきら輝いて見えて、胸に迫るものを感じながら帰ってきた。

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2007年8月 7日

低体温症は国を滅ぼす?

昨日のブログを読み返して、アホなこと書いているなと苦笑、赤面。

それ以上にアホらしいのが安倍続投。でも、公然と批判が出てきただけよかった。それでこそ自民党ですよ。どこぞやの組織政党と違って懐は大きいんだから、真っ当な方向へもっていってほしい。

最近、新聞などで「低体温」という言葉をよく目にするようになった。まわりでも時々テーマに上がる(以前書いたエントリ)。

僕の経験では、体の不調を訴える女性、とくに婦人科系の問題を抱える若い女性に平熱を尋ねると、ほぼ100%、35度台である。そして、それがどんなに健康リスクになっているか、彼女たちは知らないし関心がない。

若くしてガンになったり、不妊になったりする女性が急増する怖れは十分にある。僕らより、今の10代のほうが先に死ぬことになったら、この国はどうなるのか。そんな心配について今日は議論した。

なによりもまず、食育を充実させて、まともな食事をさせるようにしなければいけない。しかし、そのためには、そもそも親を教育しなければならないという悲惨な状況にあるのが、今の日本である。これだけ叫ばれているのに、「ショクイク」という言葉すら知らない親もいるのだからびっくりだ。

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2007年8月 6日

似すぎていて感動

今日お会いしたおば様は、昔憧れていた女性に驚くほど似ていて、その子が40半ばぐらいになったらこんな感じだろうなと想像できるほど、目の動かし方や笑った表情まで、そして関西弁というところまでそっくりだった。

見れば見るほど重なってしまって、いかんいかん、とわれに返ること数度。果てには、「この人、親戚の人じゃないか?」とか、「あの子、年の離れたお姉さんがいたっけ?」とか、あり得ないバカなことを考えたりしていた。これだけ似ている人に会うと、ちょっと感動する。

朝早くから出かけていて、何人かの人に会い、セミナーに参加したりした。真面目なテーマで話し合ったり、気づいたこともあるのだが、それはまた明日にでも書こうと思う。眠くなってきてしまった。

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2007年8月 5日

外へ出ろ、汗をかけ

仕事で夏バテに関する記事を書いていて、ふと「俺が夏バテじゃん」と気づいた。朝起きたときのだるさがなんともたまらなかったのだ。最近怠っていたストレッチや軽い運動、汗をかくことなどを心掛け、食べものも気をつけてみたら、一気に体の調子が変わって、今はとても元気。

この週末は、たいへんだった。区画整理のために小屋と車庫を壊すことになり、小屋のなかに入っているものを別の物置部屋に移動したり、ゴミとして捨てに行ったり。それに、移動するにあたって、まずは物置部屋を片付けねばならなかった。

今日一日で、あっという間に小屋と車庫は姿を消した。小屋の基礎の白い残骸を見ていると、大袈裟だ