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2009年2月 8日

ふろふき大根、かんぽの宿&シルクロード

大根は食っても食っても、誰かしらまた持ってくる。本当に脚ぐらい太い大根ができるもので、そんなものもらってしまった日には途方に暮れる。

一向に在庫が減る気配がないので、ちまちました食べ方はやめようと、ふろふき大根を作ることにした。っていうか、無性にそれが食べたかったのです。あんまり主張すると自分が作る羽目になるのだが、今日は兄が張り切って作ってくれたので助かった。昆布だしをベースに、米を混ぜて大根を炊いていた。みそはもう少し甘辛くてもいい感じ。面取りをちゃんとしてあったら、さらに点数高かったが。でも、熱々の大根は冬にはもってこいの一品で、おいしゅうございました。

政治家の話って、なんであんなにバカバカしいのか。かんぽの宿なんて、どんなに安くったって、維持して莫大な赤字が増えるより早く売れればそれでいいじゃないの。不透明だっていうならもう1回入札やってもいいだろうけど、どのみちそんなに高くはならないと思うけどなあ。そもそも、「建設費2400億円」を持ちだしてきて落札価格が安すぎるなんて批判するのは、とってもナンセンスだと思う。建設費と比較してどうするの?

でも、あんまりネガティブな命は出さないでおこう。これ以上書くと、定額給付金のことで長々と文句を書いてしまいそうだ。一言だけ。「国民目線で」とか「庶民の気持ちがわかる」なんてよく言っている某党の人たち、そんなこと言うのは傲慢だよ。ちゃんちゃらわかっちゃいねえっつうの。

宮本輝『ひとたびはポプラに臥す1』(講談社、1997)を読む。たしか以前に3巻ぐらいまで読んだのかなあ。図書館で本棚を眺めてたら、また読みたくなった。

僕の友人はこの本を評価しないし、その理由もわかるんだけど、あえて「今(といっても10年以上前)のシルクロード」という視点に立って、変にロマンティシズムに陥ることなく、感じたものを書こうという姿勢で書いてあるのだと思う。

この本を読んで、シルクロードを旅したいと思うようになる人はいないだろう。でも、現実のシルクロードはそんなものなのだ。行く先々で、社会主義国家の役人の堕落ぶりに怒りを感じ、人々の生気のなさに虚しさを覚え、食べ物がまずくて下痢に悩ませられる。そんななかで、鳩摩羅什も永遠もあったもんじゃない、というのが正直な気持ちだろう。でも、折々に手紙の形式で綴られている文章のなかに、その猥雑な現実を離れて、彼の感じたものの上澄みの部分が表現されているのではないだろうか。手紙って、宮本文学ではいつも大事なのだ。

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