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2008年11月 9日

筑紫さんの存在

民放のニュースは、一日を通してあまり見る気がしない。たまにテレ東のWBSをじっくり見るぐらいだ。視聴率が気になるのか、キャスターやコメンテーターは「私は国民の代表だ」といわんばかりの感情的な発言を繰り返すし、報道はどんどんセンセーショナルになり、問題の本質よりも受けのいい話題ばかりが取り上げられる。報道番組は、国民の欲求不満の解消のためにあるのか、と首を傾げたくなるようなものもある。

今となっては、テレビジャーナリズムにおける筑紫哲也さんの存在はかけがえのないものだったと感じる。筑紫さんの発言には怒りを覚えてチャンネルを変えることもあったけど、それはとても良質な意見に対する良質な怒りであって、決して今の他のニュースに対するような吐き気ではない。

今、あれほどの余裕をもって、明らかに思想や考え方の異なる人々と、穏やかな表情で議論するキャスターが果たしているだろうか? そして、あれほど奥深い教養の香りをかもし出すキャスターがいるだろうか?

僕は彼が編集長をしていた頃の「朝日ジャーナル」は知らないけど、筑紫さんが以前やっていた朝日ジャーナルということで、最後の下村満子の時代に読んでいた。丸山眞男を読むようになったのも、筑紫さんが傾倒していたからだった。その後だんだんと僕の座標は移動していったけど、原点Oには筑紫さんの存在がけっこうあったのかもしれないと、昨日今日と考えていた。

「納得いかないな、でもまあ筑紫さんだからいいか」っていう感じで苦笑しながら、「今日はこんなところです」というセリフをもう一度聞きたかった。

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