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2008年11月30日

昔から中性的

知り合いのおばさんが、新しく使っているという化粧品をいくつか取り出して、「ちょっと、このベースの伸びを見てよ」と、おもむろに僕の右手の甲にピンクのメークアップベースを伸ばした。

「ほら、今までのと違うでしょう?」って聞いてくる。「そんなこと言われたって、僕使ったことないんだからわかんないですよ」と言うと、もう何よ面白くないわね、という顔をする。アホか、俺が化粧してるとでも思っていたのか。

でもお構いなしに、今度はファンデーションをその上から塗り、「ほら、こんなに美しいでしょう?」と。確かに。

男もスキンケアをちゃんとする時代だし、僕自身も、洗顔して化粧水や乳液をちゃんとつけるので、美しくありたいという願望はあるけれど、化粧をしたいとまでは思わない。そもそも面倒だよ。

そういえば思い出した。大学生のときに、「化粧してみてよ」とそそのかされ、女友だち4人がかりでメークをしてくれたことがある。「うわあ、とってもきれい」とけっこうその場は盛り上がった。

同級生のふたつ上のお姉さんが、なぜか僕に口紅をくれたこともあった。それも自分の使いかけを。とっても美しい人だったのでドキドキしたが、その行為の意味はまったくの謎で、取り次いだ同級生も怪訝な顔をしていた。

昔から中性的?な雰囲気があるのだろう。でももうオッサンの領域ですからね、さすがにそんな感じではないだろうと思う。

夕方、ウォーキングをしていたら、向こうの空がたそがれてきれいだったので、携帯で撮影。

Twilight

黄色と青と黒のコントラストが気に入った。遠くに小さく月が出ている。なんだか絵本のような世界。

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2008年11月25日

母語のまさに母なるものを感じたい

『太陽と鉄』で書かれていることが本当なら、三島由紀夫は最終的に「肉体の言葉」を追い求めてからだを鍛えた。その言葉は果たして彼の耳に聞こえたのであろうか?

違う意味ではあるが、『源氏物語』を読みながら、日本語を聞き喋る者として、何か自分のなかで呼び覚まされるもの(=言葉?、リズム?、音?)があるのではないだろうか、と考えている。時代が違うのだから、そんなものあるわけないだろう、と人には一蹴されそうだが、母語のまさに母なるものを感じられないだろうか、と淡い期待をしたりする。

英語を読んでいるときの私は、ではいったいどういう姿勢で、その言葉に対峙しているのだろうか? また、方言より標準語のほうが楽だという私の口語のありようは、どう片を付けていったらいいのだろう? なんだか自分のなかの言葉がすべて中途半端な気がする。

小林秀雄の肉声CDを聴き直す。ゴッホは自らの個性と戦って普遍へ至ろうとした、という話はゾクゾクした。個性は大事にするものではない。その限界と戦っていかねばならない。だから個性が強ければ強いほど、それは激しい戦いになる。

Robert B. Reich, Supercapitalism (New York: Vintage Books, 2008, originally published by Alfred A. Knopf, 2007, 日本語版『暴走する資本主義』) の第1章を読む。時間があったらずっと読んでいたいぐらい内容は面白い。

禅寺と銀杏

禅寺と銀杏

車で通りがかりに、銀杏の黄色が目に飛び込んできたので、降りて携帯でパシャ。あれ、写真に撮るとそんなきれいじゃないなあ。力不足なり。古い歴史がある禅寺です。

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2008年11月23日

山奥でそば

土曜日は、乗り気じゃなかった福岡市内でのあるイベントに、急きょ何人かで連れ立って参加することに。

小春日和でとても気持ちがよかったので、この際ドライブだということになり、福岡と佐賀を結ぶ三瀬峠を縦断。地鶏やそば屋、カフェ、直売所、それに温泉、観光牧場などが点在しており、山の奥深くなのにたいへん賑わっている。

途中、「松玄」という手打ちのそば屋で食事。こじんまりとして飾りっ気のない店のたたずまいがいい。10分ほど並んで待った。

そば屋では必ずざるそばを頼むので僕は問題ないのだが、テーブルに置いてある説明のファイルには、丁寧に婉曲的に、しかし要は「食うなら、ざるを食え」と書いてある。笑えたなあ。あっぱれ、店主!

さらに15分ほど待って、ようやく食すことができた。めんはこしがあっておいしかったが、満足したなという感覚にはならなかった。つゆは、僕にはちょっと辛いかなと思う。かきあげがおいしいらしいので、今度食べてみよう。それから、こだわってそうなそば屋がこの辺多いので、食べ比べてみたいとも思う。

そば屋裏の風景

お店の駐車場から風景を撮影。こういう田舎が、僕は大好きだ。

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2008年11月21日

赤紫色が透けて美しく

昨日、酒屋さんが予約しておいたボージョレ・ヌーボーを持ってきてくれた。

ボージョレ・ヌーボー

ボージョレ・ヌーボー

よくあるボージョレのボトルやラベルじゃなくて、質素な感じがよござんす。

右のほうをさっそく開けて飲んだ。薄い赤紫色が透けて美しく、甘酸っぱい味でした。

少し飲んだら眠くなってしまって、なんと夜10時前に寝てしまった。

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2008年11月19日

源氏を読み進める

今週に入って取り組んでいること、それは「夜早く寝る」こと、そして、寝る前はバタバタせずに「ゆっくり過ごす」こと。そのためには、勇気をもって何かを「捨てる」ことをしなければならない。割り切って翌日にまわすとか。それから、昼間によりいっそう集中してものごとを解決していくことも大事。

これから先のことを考えて、どちらかというとダラダラしている生活リズムを整えるよう努力している。努力が習慣となり癖となって、性質にいたりますように。

『源氏物語』の原文は、いろんな本を試してみた。ごちゃごちゃとたくさん注釈が書いてあるのが最初はありがたかったが、だんだんとそれが邪魔になってきて、今では、主語などの最小限の補足しかされていない岩波文庫のものが、いちばん読みやすいと思う。

岩波文庫の源氏物語

ようやく8帖、「花宴」まで終了。読み進めながらあらためて感心というか感動を覚えるのは、そのタブーなき世界である。とくに、天皇制との絡みのなかで男女関係を考えた場合に、源氏と藤壺の関係などは、今だったらそんな話を書くことは許されないだろうと思う。しかし、源氏物語は、源氏の藤壺への思い抜きにしては話が成り立たない。

だから、戦前に谷崎潤一郎が最初の訳本を出すにあたって、不敬にならないよう相当神経質になって、たくさん削除したり表現をぼかしたりしたのも、時代の空気と原文の内容とのミスマッチを考えたら、しごく当然な話である。

ああいう大らかな王朝物語が堂々と書けた平安時代というのは、いったいどんな精神性に支えられていたのであろうか? 歴史が好きという人のなかで、「平安時代がとくに好き」という人はおそらく滅多にいないと思うが、僕らはもっと平安時代の精神というものに注目してもいいのかもしれない。

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2008年11月16日

肉声の小林秀雄

知り合いの方から「薪ストーブを作って工場に設置したので来ませんか」と誘われた。見に行ったら、けっこうでかかった。ストーブの上でじっくりと作った焼イモを頬張りながら、「これいくらかかりました?」って聞くと、「8万です」と言う。ヌホホホッ、けっこう金かけましたな。でも、これひとつで広い工場内が暖かくなるのだから、結局は安上がりか? イモは思いのほかおいしかった。

久しぶりに自分の部屋の掃除をした。部屋でも作業ができるように、少々、物を移動する。

きれいにしながら、小林秀雄の肉声CDを聴いた。『新潮』12月号の特別付録。推薦人の茂木さんが指摘するとおり落語みたいで、とてもリズムがいい。顔つきや仕事の内容から想像する声とはかなり違った。もっと落ち着いていて太い声じゃないかと思っていたが、高くっておしゃべりな感じです。だんだん怒ってきたりして、その激しさもまた良い。でも、昔の人の声質、しゃべり方ってけっこう小林みたいじゃなかったかとも思う。戦後10年、20年くらいまでの政治家の肉声などに通じるものを感じるから。

6本収録されているが、どれもところどころハッとしながら聴いた。掃除しながらだから聞き流そうと思っていたのに、事実そうしていたのに、時々ぐっと内容に惹きつけられた。こういう感覚は「読み」では味わえないものなのだ。朗読CDであっても、もしかしたら無理かもしれない。肉声だ、肉声がいいのだ。

小林秀雄の講演CD集が販売されているので、買ってみようかと思う。

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2008年11月15日

ゆっくりと2日間

木曜・金曜は福岡でゆっくり過ごした。

外交ジャーナリストの手嶋龍一氏の講演会に参加した。一般向けだったので深い話はなかったが、ところどころ面白い内容だった。モノづくりをしていないアメリカの将来に対して懸念を表明していた。

アメリカが民主党政権になることで、政界・財界のいろんな人たちから「日米関係はどうなるんでしょうか」と尋ねられるという。そういう日本の受身の姿勢を「天気予報みたいなものだ」と批判。天気を自分の手で変えることは(中国政府を除いては)不可能で、予報をして結果的にどうなるか待つしかない。日本の対米政策はその天気予報そのもので、何も自主的な政策がないという。

まさにその通りで、僕が不思議でならないのは、アメリカは共和党と民主党が定期的に交代して政権運営するということが明白なのに、なんで毎度々々、民主党政権になるたびに慌てて、「人脈がない」とか「日本より中国が重視される」とか「今後の日米関係は難しい」などというバカな話が出てくるのか、ということだ。それが本当だとしたら、自民党や外務省はいったい何をしているのか。まるで長期的な視野もないし、だから戦略もないということになる。愚かなり、愚かなり。

講演会終了後、一緒に参加した人とお茶をして、誘われるままに中州でおいしい中華をいただいた。途中、タミール語と日本語の近似性から派生して、天皇家のルーツはインドにあって、南から海を通って日向へやってきたのではないか、古事記をどう解釈したらいいのか、という話で盛り上がる。

昨日は朝、ホテルのラウンジでコーヒーを飲みながらゆっくりしたあと、いくつか用事を済ませて、Comment Allez Vous(コマンタレブー)という、川沿いのしゃれたカフェでランチ。もうちょっとひねった店名はなかったのか、という疑問はさておき、ロケーションや雰囲気はとってもいい。頼んだチキンカレーは十分にボリュームがあり、おいしかったです。

コマンタレブーのエスプレッソ

食後のエスプレッソ。カップが輝いていたので、飲んでいる途中で携帯を取り出し、メールを見ているふりして一枚。僕にはまだ、お店の中でデジカメを出す勇気はないなあ。

キャナルシティの映画館へ行き、綾瀬はるかの『ICHI』を見た。いろんな役をこなしますなあ。笑わない綾瀬はるかは、笑顔の綾瀬はるかと同じくらい魅力がある。と思うようになったのは、『白夜行』を見てから。監督もあのドラマでの表情を抜擢のひとつの理由に挙げていた。

思っていた展開じゃなかったけど、なかなか見応えはあった。窪塚はちょっと役より軽い感じだったが、中村獅童ははまっていて、いちばん存在感があったと思う。

帰ってから、姪No.2とああでもない、こうでもない、と長々といろんな話をした。話しながら、いつの間にか寝てしまっていた。

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2008年11月12日

メイリオってどうかなあ?

土曜日に畑いじりをしてからは、ずっと仕事をしていた感じ。今日までにやろうと思っていたことはすべてやった。

夕方、髪を切りに行って、顔剃りしながらいつのまにか寝てしまった。しばらくして、舌の右端のところを歯で噛んでしまい、それで目が覚めた。最近、うたた寝しながら、何度か同じように舌をちょこっと噛んでいる。疲れているのかな。

ところで、ウインドウズのVistaでこれを読んでいる人はすでにお気づきだと思うが、ここ何回か、Vistaでは標準搭載されているメイリオのフォントを、優先的に表示するようにしている。僕はXPのほうにも入れているので、どちらもメイリオで表示されるが、それが入ってなければゴシック体のようなsans-serif系のフォントを出すように指定している。

僕がこのブログを書くのに使っているココログ・フリーというニフティのサービスは、全体のスタイルシートを変更することができないので、毎回書くたびに、HTMLの編集のところでfont-familyの指定をするという面倒くさいことをしている。

これ試験的にやっているのだが、メイリオってどうなんだろうか? ウインドウズのフォントにしては美しいし、全体として見たらものすごく見栄えは良くなる(実際に他のウェブサイトで変更してみたら、がらっと雰囲気は変わった)。でも、よ~く一字一字見ると、なんだかヘンテコだなあ。ぎこちない文字が多くないかい?

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2008年11月 9日

筑紫さんの存在

民放のニュースは、一日を通してあまり見る気がしない。たまにテレ東のWBSをじっくり見るぐらいだ。視聴率が気になるのか、キャスターやコメンテーターは「私は国民の代表だ」といわんばかりの感情的な発言を繰り返すし、報道はどんどんセンセーショナルになり、問題の本質よりも受けのいい話題ばかりが取り上げられる。報道番組は、国民の欲求不満の解消のためにあるのか、と首を傾げたくなるようなものもある。

今となっては、テレビジャーナリズムにおける筑紫哲也さんの存在はかけがえのないものだったと感じる。筑紫さんの発言には怒りを覚えてチャンネルを変えることもあったけど、それはとても良質な意見に対する良質な怒りであって、決して今の他のニュースに対するような吐き気ではない。

今、あれほどの余裕をもって、明らかに思想や考え方の異なる人々と、穏やかな表情で議論するキャスターが果たしているだろうか? そして、あれほど奥深い教養の香りをかもし出すキャスターがいるだろうか?

僕は彼が編集長をしていた頃の「朝日ジャーナル」は知らないけど、筑紫さんが以前やっていた朝日ジャーナルということで、最後の下村満子の時代に読んでいた。丸山眞男を読むようになったのも、筑紫さんが傾倒していたからだった。その後だんだんと僕の座標は移動していったけど、原点Oには筑紫さんの存在がけっこうあったのかもしれないと、昨日今日と考えていた。

「納得いかないな、でもまあ筑紫さんだからいいか」っていう感じで苦笑しながら、「今日はこんなところです」というセリフをもう一度聞きたかった。

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2008年11月 8日

畑づくりプロジェクト始動

土曜の朝はゆっくり寝ていたい。が、朝10時頃、玄関のチャイムが鳴って跳び起きた。誰が来たのか、何事が起こるのか、直感でわかったからだ。

何日か前、わが家の「畑づくりプロジェクト」を始めるべく、知り合いのおばさんに相談していたのだが、冗談半分で「じゃあ、今週末にでもやりますか」と言っていたら、おばさんは本当に今朝やってきたのだ。いろんな道具を持参して。

ヌオォー、ホントウニヤリマスカ! パジャマ姿で出迎え。急いで朝食を済ませて、いざ出陣。裏庭の誰も目にしないところで、隣とのフェンスが金網になっている部分が、風も通るし日もちょっとは多く当たるだろうということで、そこを畑にするのだ。

まずツツジを3本抜く。これが思ったより難しく、幹のように太くなっていた根っこを抜き終わるのに1時間以上かかる。この時点で汗びっしょりになる。それから、土を掘り起こして、堆肥と石灰ともみ殻を撒いて混ぜ合わせた。

土ができていなくても、わりとちゃんとできるものということで、水菜とチンゲン菜、グリンピースの種を播く。それから、春菊、ネギ、ブロッコリーの根株を持ってきてくれたので、それらも植える。

畑への第一歩

ブロッコリーのところに別の土を上からかけたので、そこだけ黒っぽくなってちょっと汚い感じですが、実際はけっこう畑っぽくなりました。

こういうことを前々からしたかった僕は、それでいて全然知識がないので、指示に従って動くだけ。いやあ楽しかったっすよ。変な表現だけど、「人間してるなあ」という実感。慣れてきたら、前の砂利の部分にも土を盛って、もっと広くするつもり。いろんな野菜を育てて、わが家の自給率を上げようと思う。

さて、これからは紅茶の季節。これ、ありふれたトワイニングだけど、缶が気に入って買った。ミルクティーを飲むと落ち着くのはどうしてだろう。あぁ、スコーンを食べたい。日本の硬いやつじゃなくて、イギリスのふわっとして大きなスコーン。

トワイニングのアールグレイ

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2008年11月 7日

おじいちゃん、米の量を間違える

カジュアルショップの店長とは、現状の問題点の整理が終わり、改善へ向けての基本的な方向性が決まった。月末までには、新たなかたちでネットショップを始められるようにしなければと思う。実店舗では手頃な値段でわりと好きな服を売っているので、景気づけに長袖Tシャツを1枚購入。4,200円を3,000円にしてくれた。フィット感が心地よい。

新米を買う季節になった。最近、近くの山あいの地区でできる米を何度かもらったり買ったりして、意外にうまいということがわかったので、ある農家へ買いに行った。みんなだいたい1年分の契約をするので、「何俵いりますか?」と尋ねられたが、まずは味見ということで、とりあえず30キロもらった。おじいちゃんが量って入れてくれたはずなのに、あとで精米しに行った兄が「あれ40キロあったぞ」と言ってた。どうりで。よく目にする30キロ用の紙袋2つに分けて入れてくれたのだが、どうも重いなあと思ったのだ。さっそく夕食で食べたが、新米を炊くには水を入れ過ぎたようで、ちょっとゆるくなってしまう。まあまあかな。品種的に粒が小さいので、少々食べごたえがないような。

その農家のおばあちゃんが、冬瓜や里芋、白菜なども分けてくれた。おばあちゃんが家の前の川で里芋を洗っている姿は、妙に自然に溶け込んでいてよかったなあ。裏手には清水も出ていて、飲めるんだという。そういえば、この地区の米がおいしいのは、きれいな冷たい水が流れているからだと、ある人が言っていた。こんなところにいたら長生きするだろうよ。目下の敵はイノシシだとか。

アイスクリームの生地を作っている牧場から仕事の話が舞い込んできたが、もう今年はいっぱいで来年にならないとできません、と答えておいた。それでも、とまた来るようだったら考えて応援してもいいかなと思う。ここはいろんな展開ができるので面白いと思うのだが。

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2008年11月 5日

アメリカが持つ底力

4年に一度、僕は必ずといっていいほど、アメリカという国に抗しがたい憧れを感じてしまう。大統領選挙の報道を見るたびに、たとえいっときであれ、政治と理想、政治と希望が結びついて、美しい未来を見つめられるアメリカの国民は幸せだなと羨ましく思うのである。もちろん、国民の半分近くは肩を落とすであろうが、待っていればそのうち、その人たちが酔うときがやってくる。どのみち、政治の季節に彼らは熱狂し、定期的に明確な変化を体験する。

今回はなおさらである。バラック・オバマの勝利宣言を聴きながら歓喜している人たち、感涙にむせぶ人たちの胸に去来したものは、「私は歴史に参画している」という高揚感だったろうと思う。"Yes, we can"を心底信じて一票を投じた人もあろう、暗黒のブッシュ時代を経て今こそアメリカは変わらなければ、と奮い立って選挙活動をした人もあろう。おそらく政治の現実は、今日皆が酔いしれたアメリカの理想や希望や価値や誇りの多くの部分を押し流してしまうに違いない。それでもなお、今回の結果はアメリカの変革であり、アメリカの歴史に大きく刻まれる一大事である。どんなに欠点を抱えていようとも、こうやっていざというときに一歩前へ進むエネルギーを持つこの国の底力には感動する。

オバマを支持した人々同様に、これから僕たちも、彼の「言葉の力」に打ち震え、突き動かされるであろうか。どこまで現実政治のなかに理想が入り込めるのかはわからないが、何かキラキラとした輝きが珍しく国際政治に見えてくるのかもしれない。ここ十数年、国際政治での理想主義を完全に排除してきた僕だが、今晩は少しばかりロマンティシズムを感じている。

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2008年11月 3日

書を習おうかと思う

文化の日ということで、表千家流のお茶を振舞ってもらう。茶をたててもらって口にするのは、何年か前に金閣寺の一角で頂戴して以来のこと。深い色合いと飲みごたえのある濃さがなんともいえない。

市の文化祭で、書や生け花などをじっくりと見て回った。花はミニマリズムを感じるものが素晴らしいと思う。土地柄、風流な人が多いのだと思うが、書の掛け軸を見ていて、僕もこんなものが書けるようになりたいなと強く思った(写真を載せたらいけないのかもしれないが……)。

書の展示

そこで、親しくしている書道の先生に習いに行こうかと考えている。今晩はそのことで頭がいっぱいなのだ。硬筆は小さい頃から上手だと言われてきたが、ちゃんと書道を習ったことがないので、自分の毛筆の字を見て美しいと思ったことがない。日本人たるものそれでいいのか、と常々感じているのだが、今日はいやまして強く実感した。

それにしても、年配の方以外で字の上手な人は、百人にひとりもいないのではないだろうか。美しい字を書く女性がいたら、僕はそれだけで恋に落ちると思うが、悲しいかな、ほれぼれする味のある字を書く女性は、まずいない。

湯豆腐を食べ、温泉街をぶらつく。ふだんこんなところを歩かないので、いろんな発見をする。ここで生まれ育っていないので、知らないことばかりなのだ。いい街じゃないか、と見直した。

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2008年11月 1日

ネットショップの人と

昨日は朝早くから近くのカジュアルショップを訪ねて、店長から相談を受けた。ネットショップをやっているが、売上を増やしていくにはどうしたらいいだろうか、という内容。すでにヤフーのオークションやモバオクなどでは毎日何かしら売れているのだが、自分のショップ自体をやはり大きくしたいとのこと。

ネットショップを運営していて、詳細なアクセス解析をしていないのは致命的な欠陥だと思う。しかし、この店にショップ運営のサービスを提供しているサイトにはその機能がなく、ソースをいじることもできないので Google の Analytics も導入できず。ただやみくもにショップをやっても意味がない、リアルな店舗と同じく、細かな分析と配慮、工夫を常におこなっていないといけない旨説明する。

サイトの色の選び方や服の写真の撮り方など、サイト全体のイメージが暗くて清潔感がない。その他、HTMLの構造上の話やSEO対策で最低限おこなうことなど。最終的に、今後どうしていくべきか、僕がたたき台を作って検討していくことにした。おそらくサーバーを移したり、新たにベースのサイトを立ち上げたり、ショップサイトを根本的に変更したりすることになるだろう。その後も長期的に付き合うことになると思う。

とはいっても僕自身、ネットショップを運営した経験はないので、ここに関わるだけでとても勉強になるだろうと思う。店長に教えてもらったネットで有名なカジュアルショップのサイトを、じっくり眺めたりしている(「俺は別に女性ものの服を探しているわけじゃないんだ!」と宣言しないと、変な眼で見られちゃうよ、まったく)。

それにしても、ネットの時代というのはやっぱり面白い時代だなと思う。この店のことを周りの人に聞くと、「あそこ、よく潰れずに続いてるよね」とみんな不思議がる。でも、客は実際にドアから入ってくる人たちだけではないのです。ネットではるかに多くの売買がなされていることや、はるか遠くにリピータの客がいることなど、誰も知る由はない。

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