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2008年6月17日

もっともらしく

政治の話はあまり書く気がしない。うんざりすることばかりだからだ。

自公も民主もともにもっともらしいことを述べてはいるが、立場が逆だったらまったく逆のことを同じようにもっともらしく述べるのは目に見えているのだから、まともに聞いているとバカバカしい。

問責決議を完全無視するような政府や与党の態度はどうだろう? この期に及んでなんのために提出したの?と民主党にも首を傾げるけど、一顧だにされないのを見ていて、与野党を超えて参議院議員は虚しさを感じないのだろうか? 参議院は今のままじゃいらないよ、と言いたくもなるじゃないか。

このままダラダラと福田政権は続くのだろう。参議院のみならず世論も完全無視しながら。ご立派なことだ。誰ひとり彼の政権を選んだわけではないのに。でも別に政権が変わるたびに総選挙やる必要はないのですから、とまたももっともな顔をして与党の皆さんは言うのだろうが、そういうのがよけいに国民を政治から遠ざける。

政権与党を会社にたとえたとして、社長(総理総裁)がなんでも他人事のようにコメントしたり、覇気を感じない表情を続けていたり、リーダーシップを発揮しない姿を見せていて、株主や社員や顧客は果たして離れていかないだろうか? 改革に反対してひとたびは首を切られた元役員や社員(郵政造反組)が、いつの間にやら戻ってきて、我が物顔で社内を闊歩していたとしたら(次の公認を受けたら)、誰がそんな会社を信用するだろうか? 株価(支持率)が暴落しても、社長も役員も、それがどうしたと言わんばかりに何の手も打たず、人事も改革も行なわないとしたら、会社としてもはや終わっていると思われないだろうか?

もちろん、こんな比較は荒っぽいし、政治と経済の違いを考慮していない。しかし、国民の政治全体に対する不満や不信は、ふつうに考えておかしいだろう、というところに端を発しているのではないだろうか。

これに対して永田町の人々は、「政治の世界はあんたらにはわからんのだよ」と相変わらずもっともらしく自分に都合のいい解釈をまくしたてるのだ。

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