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2008年5月24日

『欲望する脳』を読んで

茂木健一郎さんのブログは毎日のように読んでいる。著書も何冊か読んだ。好き嫌いでいうと、圧倒的に好きな部類に入る知識人である。書かれていることに共感できるものは多い。

最近出版された本では、『脳を活かす勉強法』(PHP研究所)は立ち読みで終わらせたが、『欲望する脳』(集英社新書)は買ってじっくり読む意義がありそうだったので購入した。

しかし、今読了して、僕はあまり感じるものがなかった。孔子の「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」という一文をテーマに、欲望について語られているわけだが、もちろん至るところに頷くくだりはあった。ありはしたのだが、仏教の捉え方が小乗教的で、まるで欲望と正反対に位置しているかのごとき見方であったのが、残念だと思う。灰身滅智(けしんめっち)のみが仏教ではなく、法華経にいたっては「煩悩即菩提」という概念が出てくる。その結晶が日蓮の思想のなかに表現されている。

茂木さんはこう述べている。

孔子の「七十従心」が、聖人の中にも立ち上がるよこしまな心を一掃する感情の抗菌作用によって実現されるのではなく、怒りも哀しみも全て引き受ける、人間的な、あまりにも人間的な猥雑な生の中から生まれてくるものならば、泥の栄養をたっぷりと吸い取って咲く蓮の花の美しさは、私たち一人一人にとって親しき心の秘密になるはずだ。(193頁)

僕は、人間は人間臭い営みの中でこそより高みへと到達できるに違いないと思っているので、このセンテンスには全面的に賛同する。しかし、蓮と泥というのが日蓮の好んで使った比喩であるというだけでなく、法華経を貫くテーマでもあると思うだけに、ここへ結論が至るのであれば、著者が煩悩即菩提ということも考察していたらもっと面白かったのではないかと、勝手に残念に思うのである。最終章のまさに最後のパラグラフを読んで、いやまして強くそう思った。

とはいえ、知識と情報に富み、とても考えさせられる内容であることは間違いない。また数年して読み返したら、違った感想が出てくるかもしれないので、そっと本棚で熟成させてみようと思う。

マンデリンの本棚

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