« 『欲望する脳』を読んで | トップページ | こんな英語でもいい »

2008年5月25日

そばにいる人にもウェブの発信は効果がある

コーネル・キャパが亡くなったという記事を読んで、しまってあった写真集を探した。あったあった、と思って手にしたら、ロバート・キャパだけの写真集だった。あれれ。うーむ、記憶というのはこうも不確かなのです。

とてもこだわりをもって仕事をしている大工さん(ほぼひとりで家を建てる)が、ウェブで自分の取り組みの発信をしたいというので、協力してあげることにした。何度か間接的に打診はあったのだが、「大工さんが何載せるの?」と受けあっていなかった。でも、今日初めてまともに話を聞いて、これはいけるかも、と認識を新たにした。

まず、家というのは、ある意味で作品であるということ。その人がそこに込めている思想やこだわりは発信する価値があると感じた。また、ビジネスとしては、1年に1件でもウェブを通して受注できれば、その額が大きいだけに十分であること。そして、このふたつの要素はお互いにしっかりと結びつくのである。

話をしながら気づいたことがあった。ウェブで発信するときは、いかに検索で上位に引っ掛かるかということを気にして、SEO対策に目が向かいがちだ。しかし、ネットの向こうにいる未知の相手だけでなく、身近の友人や知り合いに対しても、実は大きなインパクトがある。

なぜなら、自分の誇りある仕事について、そこに集大成することができるからだ。口下手な人でも、サイトが代わりに雄弁にすべてを語ってくれるだろう。いつも近くにいながら漠然としか知らなかったその人の結晶を、みんなが確実につかむ場所となるだろう。再認識した彼らは、他の人との語らいの中で新築や増築の話になったら、「家を造りたいなら、こういう奴がいるよ」とそのままサイトを紹介してあげられる。

大工本人にしても、サイトを紹介することは、自分の仕事ぶりと考え方、実績などを知ってもらい、信用して注文してもらうためのもっとも効率のよい営業手段となるだろう。また、家を造る造らないは別にして、周囲の人にサイトを見てもらって、自分の仕事について多くのことを知ってもらっておくことは、長期的に見たら、とても意味がある。そして、サイトは「常にそこにある」ものだから、いつでも情報を得られる。

人間は、近くにいてもあまり相手のことを知らない。たとえば、「ブクログ」のようなサイトがなければ、家族だって僕が何を最近読了したのか知らないだろう。ましてや、どういう感想を持ったのかなんて、いちいち話さないから知る由もない。自分自身だって、読んだ本の題名も中身もそのうち忘れてしまうではないか。

それがウェブでは、情報の集積と整理、統合、発信ができる。デジタルで全てが表現できると言いたいわけではないが、本人が熱心にそして誠実にウェブを使えば、「わたしが何者であるのか」をアピールする絶好の場所となるのである。未知の相手にも、既知の人々にも。

考えてみれば当たり前のことだし、以前ビジネスブログについてまとめた自分の書類を見返しても、そういうことは書いている。にもかかわらず、今日の話は新鮮だった。

だから、やっぱり人間ってのは忘れやすいんだよなあ。

|

« 『欲望する脳』を読んで | トップページ | こんな英語でもいい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: そばにいる人にもウェブの発信は効果がある:

« 『欲望する脳』を読んで | トップページ | こんな英語でもいい »