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2008年4月22日

どこの国もわがままは許されない

チベットの騒動に対して、西側諸国が北京オリンピックのボイコットにまで行かないのは、結局は経済的な理由だろうか。

冷戦の頃と比べたら、人智が少しは発達したともいえるが、グローバリゼーションのこのご時勢、巨大な中国を敵に回せないということではないだろうか。冷戦時は、西は西、東は東で基本的な経済圏が出来上がっていたわけだから、対決姿勢を露わにしても経済的なロスがさほどなかった。でも今は違う。

このままいけば、近い将来スーパーパワーになる中国は、とんでもない要求と解釈で世界に迫ってきそうだが、よく考えたら、グローバリゼーションはどこの国にもわがままは許さないようになるのかもしれない。

今年の年頭のインタビューで、キッシンジャーが語っていた言葉を思い出す。ロシアの復権とプーチンのもとでの強硬なエネルギー外交を心配する意見に対して、「冷戦のときのような覇権を求めてはいない。究極的に、ロシアは他国にモノを買ってもらわなければいけないのだから、相手のことを考えざるを得ない」というような趣旨の答えをした。

中国も同じだと思う。政治的に世界の理解を得られない行動を続けた場合、結果として起こるのは経済的な崩壊だろう。専門家からは、そんな単純に政治と世界経済を結びつけるな、と批判されそうだが、フラット化している世界とは、一面ではそういう意味もあるのではないだろうか。

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