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2008年4月20日

総表現社会に参加する一人として

『ウェブ時代をゆく』

梅田望夫『ウェブ時代をゆく―いかに働き、いかに学ぶか』(ちくま新書)を今読み終えたばかりだ。『ウェブ進化論』がいろんなところで推薦されていたのでそのうち読もうと思いつつ、時は過ぎてしまい、こちらを先に手にした。

今、心も体もソワソワしている。読後に、なんとも形容しがたい興奮を覚えたのは久しぶりだ。

ひっそりとブログを書いたり、いろいろとウェブで専門的な調べものをしたり、少しばかりウェブを使った仕事をしたり、新しいネットのサービスを試したりしながら、漠然と考えていた今という時代の有りよう、そしてこれからどんな世界になっていくのだろうか、そこで自分はどう処していけばいいのかということに対して、ある程度整理できたような気がする。むろん、この巨大な変化の真っ只中にあっては、「今の時点では」という条件付きの納得だが。

このブログの前に1年間別のブログをやっていて、その時書きながら感じていたことを、このブログを始めたばかりのときに書いた。題して、「ブロガーは精神の露出狂」。それは梅田さんが言う「第三層」、つまりエリートと大衆の間にあって、この総表現社会に参加している層のことにつながるのだと思う。

この第三層のパワーが、既存の権力構造を本当に突き抜けて「人類の善性」へ向かうとしたら、これは長生きして、その大きなうねりを見届けたいし、自分もそこへ本気になって飛び込もうという気になった。

前のブログを続ける気が失せたのは、その頃の気分を反映して、あることに対する批判的な内容が多くを占めていたからだ。そんなことにエネルギーを費やしていることに嫌気が差してきたのは、「善」や「美」、「喜び」といったポジティブなものを表現したいという志向性が強くなってきたからだった。

著者はあとがきの中でこう述べている。「モノを書く意義は、それを読んだ人の心に何が生じたかに尽きる、と私は思う」と(242頁)。最近また忘れかけていた大切な指針を思い出させてもらった。

これからの時代の生き方を模索している人たちに対して、『ウェブ時代をゆく』は大まかに道筋を照らしてくれている。しかし、そのまだぼんやりとした霧がかった道をしっかりと走るには、著者が言うように、「自発的で能動的な「新しい強さ」」が必要である。

マンデリンの本棚

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