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2008年1月 5日

ブットの功罪

お節料理は2日目にはもう厭きてしまって、すき焼きをしたり、キムチ鍋をしたりした。でも、今年はもち米が特別良かったのか、もちはかなりおいしくて、毎日食べている。

昨日の NYTimes の Op-Ed に、暗殺されたベナジル・ブットの生前の業績について厳しいことが書かれていた。

"Bhutto's Deadly Legacy" by William Dalrymple

亡命からの帰国直後であったし、選挙中のしかも暗殺という結末だったので、悲劇的な捉え方がされたり、民主化のアイコンのようになったりしているが、彼女が政権を担った時代の政策の非道さを冷静に考えよう、というトーンの内容。カシミールの問題を悪化させたことや、アルカイダにもつながる過激派を助長したこと、反対勢力の弾圧、人権の抑圧など。

成熟していない国家の指導者だったわけだから、きれいな話ばかりであるわけがない。特に、パキスタンの地政学的な観点から考えると仕方ないともいえる。アメリカなんか、この地域を翻弄し続けているんだから、別にブットだけが非難される筋合いではないだろう。しかし、この著者の言うのももっともで、目の前の感情だけでものごとを判断してはいけないのは確かだろうし、彼女の功罪を客観的に見つめようというのはうなづける。

どのみち、時間が経てば必ずそのような論調の歴史が書かれるのだろうが、この今のタイミングで、時の流れに反してグサッとくい込む論説が掲載できるなんて素晴らしい。社説から独立した論調が展開できる Op-Ed ならではかもしれないが、新聞の良さというのは、ひとつにはこういうふうに、新鮮な視点とそれに基づく考えを提供し、読者のさらなる思索と判断に寄与することだろうと思う。ネットによって情報が溢れるなか、新聞は情報のソースとしては陳腐な存在となりつつある。しかし、その情報をどう見るかということに関しては、記者たちの取材力や知力が生かされるのではないだろうか。

そういう意味で、日本の新聞は読み物として面白くない。僕はいつもその点が不満だ。

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