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2007年12月31日

食材がたくさん

大晦日になってしまった。年末はいつもいろんな食材が自然と集まってくる。

脂ののったブリが届いた。刺身やブリ大根で食べている。ちょうど大根も取れたての絶品をお裾分けしてもらった。和食っていいなと思わせる組み合わせだ。ブリはでかいので、食べても食べても、なかなか終わらない。元日の魚もブリであることは間違いない。思えば小さい頃から、正月といえば、いつもブリだった。自分たちが食べるのはもちろんだが、お歳暮として寒ブリを1匹ずつ配っていた時期もある。

それから、れんこん。産地である佐賀・福富から、泥の付いたれんこんが届いた。この辺りでは、専用の細長い箱に入れられて、よくお歳暮として渡される。泥まみれの見た目は全然美しくないが、それがこのうえなくおいしいだろうことは、洗ってみればすぐ分かる。絶対にスーパーなどには並ばない代物だ。切れば、やはり糸の引き具合が素晴らしかった。鶏肉と一緒に煮込んだりして食う。これもやはりまだ終わらない。

親戚がいつものように今年のもち米をくれたので、いつものように28日に餅をついた(らしい)。らしいというのは、僕はいなかったから。でも、毎年この日は餅つきの日と決まっている。出来上がったすぐのゆるくて熱い餅を、ゆずを入れたごま醤油につけて食べるのがいちばんおいしいのだが、その場にいなかった僕はできなかった。でも、ぜんざいやきな粉餅は、昨日も今日も食べている。

餅は買うと高い。店に行って値段を見てびっくりするが、もっと驚くのが干し柿。正月には需要があるから仕方ないのだろうが、ぼったくりじゃないかと思うぐらいだ。わが家の今年の干し柿はなかなか上手にできた。きれいに粉をふいてほどよく柔らかいものは、「ちょっと試食」と言いながら大方食べてしまった。正月に残っているものは、きっと不恰好なものばかりだろう。

その他、みかん農家からみかん、お茶の製造元からお茶、牧場から牛肉など、それぞれ間違いない味をプレゼントされた。考えてみれば、周辺地域にはいろんな特産物があるのだ。田舎暮らし、ありがたや。

でも、消えた特産物もある。たとえば、有明海のタイラギ。小さい頃、貝柱といえば、タイラギの貝柱だった。帆立なんぞは知りもしなかった。正月は、ストーブの上でタイラギの貝柱に醤油をかけて焼いて食べるのが、最高にシンプルな贅沢だった。しかし今、タイラギを目にすることはほとんどない。言われてるような諫早湾の堰き止めが、本当に直接的な原因かどうかは分からない。しかし、どっちみち人為的なものであるのは間違いないだろう。それは誰か特定の人たちの責任というのではなく、一人ひとりの生活排水への無関心と結びついていると思う。ちなみに、僕が物心ついたときには、すでにムツゴロウは貴重な食材だった。

さてさて、「もう掃除しなくてもいいじゃん、ゆっくりしよう」と怠けたことを言って、おせち料理をつまみ食いしながら、ゆっくり最後の一日を過ごそうと思う。今日は雪が降るらしい。

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