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2007年9月26日

余韻が大切なのだ

昨日は珍しく、空が薄っすらと明け始めた頃から仕事をしていた。やりたくなくて延ばし延ばしにしていた書類作りを、いよいよ終わらせねばならず、福田さんの就任の弁ではないが、背水の陣で臨んだ。午前中、人待ちをしている間もパソコンとにらめっこ。なんとか昼過ぎに終わらせた。

やはり朝早くに始動するのは、効率が良い。今朝も早く起きようと思っていたら、6時前に自然と目が覚めた。毎朝するように、最初に果物を多めに食べて、ストレッチなどをして、しばらく経ってから朝食をとる。いろいろそれから済ませても時間があったので、久しぶりに縁側で朝日を浴びながら、コーヒーをゆっくりと飲んだ。気持ちがいい。

中秋の名月は、雲に隠れてなかなか拝めなかった。ここ数年は、玄関先で団子を食らいながらお月さまを眺めていたのだが、それも今年はやらずじまい。でも、寝る前に部屋に入ったら、窓際がほのかに明るかった。月光が差し込んでいる。思わず窓を開けて空を見上げると、いつにもまして美しい月が煌々と輝いていた。

月を愛でる文化、月に人間や人生を重ね合わせるような思考を持つ文化は、他のところにもあるのだろうか。茂木さんのブログを読んで知ったのだが、夏目漱石は "I love you" を「月がきれいですね」と訳したのだという。日本語にとって大切なのは、きっと余韻なんだな。そこに言葉の美しさがにじみ出てくるのである。

僕らは、そのじんわりとした感覚を、かなり忘れ去っている。

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