« KYの代表 | トップページ | 佐賀北の記憶 »

2007年8月16日

それを求めてはいけないのだ

夏休み恒例のボーリング。ここ数年、小学生の双子の姪の誕生日に合わせてやっている。今年も前々から行こうとせがまれていたので、「今度は泣くなよ」と約束させて行くことにした。いつもどちらかスコアの悪いほうが途中で泣いちゃうからだ。しかし…、案の定、今回も。まっ、それでも投げ続けただけ進歩だけど。

僕は1ゲーム目は調子が出ずスコア83。2ゲーム目は打って変わって158。1ゲーム目をやりながら、泣きたくなる彼女らの気持ちもわかったよ。

原書と平行して読んでいたので、全然進んでいなかった『二都物語』。文庫本の上巻が終わったところで、じれったいから日本語で残りを一気に読んじゃおうと思ったのだが、そのあともなかなか進まない。寝る前だけと決めていて、一日2、3ページぐらいでいつも寝てしまっていたからだ。

ようやく昨日読了。でも、なんだかすっきりしない。僕には、これのどこが名作なのか、まったくわからない。読んでいる途中から、区切りごとの舞台設定の飛び方が不自然だなと気に掛かっていた。場面々々での面白さはあっても、全体として一体何だったのか判然としない。僕のなかで物語が流れていかないのだ。

そういうことにとてもひっかかりながらも、ともかく読み終わって、そのあとに訳者の中野好夫の解説を読んだら、同じようなことが書かれていた。うん、やっぱりそうなんだよ。訳者が言うには、ディケンズは全体をうまく構成するのが下手なんだそうだ。そういうところをこの作家に求めてはいけないんだろう。ディケンズの名を世界に知らしめているのは、違う角度、おそらくもっとディテールの部分なのだ(いや、知りませんけどね)。以前引用した部分みたいに、今の僕たちの心をもぐさりと突き刺すようなくだりはいくつかあった。

首を傾げる印象だったがゆえに、他の作品も逆に読みたいと思う。きっと何かがあるはずだ。

|

« KYの代表 | トップページ | 佐賀北の記憶 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: それを求めてはいけないのだ:

« KYの代表 | トップページ | 佐賀北の記憶 »