« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月23日

努力しないと結果は出ない

前回書いたように、佐賀北高校にはほんの少しだけ関係があったので、家族みんな開幕戦のときから応援していた。最初は「負けなければいいけど、負けちゃうだろうな」から始まって、帝京の頃には「もう負けてもいいよ、ここらへんで負けたほうがいい」と、謙虚な佐賀県人が目立つことを、みんなとても心配(?)していた。

昨日は、僕は8回裏から見始めたので、いいところしか見なかったことになる。たまには、ああいうリアルな感動ドラマがあっていい。サブナショナリズムが強い九州人らしく、冗談抜きでまわりはみんな泣いていた。

久保君の好きな言葉は「努力しても結果が出ないというかも知れないが、努力しないと結果は出ない」だそうだ。よか言葉です。当たり前のことだけど、はっと気づかされました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月21日

佐賀北の記憶

甲子園で旋風を巻き起こしている佐賀北高校。僕の田舎からは離れているけど、ちょっとばかり思い出がある。

17歳で亡くなった2番目の兄は、中学卒業と前後して腎不全と診断され、即入院となった。それから2年間、入退院を繰り返すことになるのだが、どうしても高校に行きたかった兄は、闘病生活を送りながら、通信制で勉強しようとした。当時、通信教育をやっている高校でいちばん近くにあったのが佐賀北高校だった。

通信制とはいっても月に何度かは登校しなければならない。家族が車で送り迎えするときに同乗して、僕も何度かこの高校へ行ったことを記憶している。僕のなかでは、それはずっと寂しさとともにあった。

今度、甲子園での初戦を見たとき、あの学校かと懐かしく思い出した。すぐに負けると思ったら、開幕戦を制し、延長引き分け再試合をおこない、延長サヨナラ勝ちをおさめ、ついに決勝まで行っちゃった。

しかも進学校らしく、時間があるとみんな宿舎で勉強しているという。特待生問題が発覚した矢先だけに、地元だけの佐賀北高校の野球部の躍進は、真に高校野球らしいと思う。

エースの久保君がはなわに似ていると思った人は、そこらじゅうにいるようだ。監督の素朴さにウケているのも、僕だけではないらしい。島田洋七はどっちを応援するのか?といったお節介な話も笑える。

準々決勝の帝京戦はしっかり見たけど、贔屓目ではなく、あれは素晴らしい試合だったと思う。明日は勝っても負けても拍手だよ。僕のなかでは、もう佐賀北は明るい記憶として過去とつながっている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年8月16日

それを求めてはいけないのだ

夏休み恒例のボーリング。ここ数年、小学生の双子の姪の誕生日に合わせてやっている。今年も前々から行こうとせがまれていたので、「今度は泣くなよ」と約束させて行くことにした。いつもどちらかスコアの悪いほうが途中で泣いちゃうからだ。しかし…、案の定、今回も。まっ、それでも投げ続けただけ進歩だけど。

僕は1ゲーム目は調子が出ずスコア83。2ゲーム目は打って変わって158。1ゲーム目をやりながら、泣きたくなる彼女らの気持ちもわかったよ。

原書と平行して読んでいたので、全然進んでいなかった『二都物語』。文庫本の上巻が終わったところで、じれったいから日本語で残りを一気に読んじゃおうと思ったのだが、そのあともなかなか進まない。寝る前だけと決めていて、一日2、3ページぐらいでいつも寝てしまっていたからだ。

ようやく昨日読了。でも、なんだかすっきりしない。僕には、これのどこが名作なのか、まったくわからない。読んでいる途中から、区切りごとの舞台設定の飛び方が不自然だなと気に掛かっていた。場面々々での面白さはあっても、全体として一体何だったのか判然としない。僕のなかで物語が流れていかないのだ。

そういうことにとてもひっかかりながらも、ともかく読み終わって、そのあとに訳者の中野好夫の解説を読んだら、同じようなことが書かれていた。うん、やっぱりそうなんだよ。訳者が言うには、ディケンズは全体をうまく構成するのが下手なんだそうだ。そういうところをこの作家に求めてはいけないんだろう。ディケンズの名を世界に知らしめているのは、違う角度、おそらくもっとディテールの部分なのだ(いや、知りませんけどね)。以前引用した部分みたいに、今の僕たちの心をもぐさりと突き刺すようなくだりはいくつかあった。

首を傾げる印象だったがゆえに、他の作品も逆に読みたいと思う。きっと何かがあるはずだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月15日

KYの代表

久しぶりに天神へ行った。お盆で人が少ない。ただでさえのんびりした都会なのに、いやましてスローに時間が流れている。

福岡の中心街がゆったりとして見えるのは、ひとつに空がよく見えるからだ。空港がすぐそこにあるので、高層ビルがない。だから、全然窮屈さがない。ああ、やっぱり僕はこの街に早く戻ってきたいよ。

知人と4時間ほどカフェをはしごしながら話し込む。健康のこと、政治のこと、宗教のこと。英語のことや投資のこと。いつまで話していても飽きない。三菱東京UFJでプライベートバンキングのサービスを受けていると聞き、なんとそんなに資産を持つようになっていたのか、と驚く。

街をぶらぶらして、充実したインプットの時間になった。

余談(といいつつこれがタイトルだけど)。その知人に「『KY』って知ってる?」と聞かれ、何それと尋ねると、「空気が読めない」という意味の女子高生言葉(若者言葉?)なんだそうだ。その代表格が安倍首相らしい。その感覚の素晴らしさに笑いが止まらなかった。

家に帰って、女子高生の姪にKYのことを聞いたら、たしかに知っていた。安倍さんにはさらに固有の呼び方があって、「KYAS」と言うんだそうだ。意味、「空気が読めない安倍総理」。ほぉ~、と感心しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月14日

テキストというより参考書

昨晩遅く、寝る前に窓を開けたら、涼しい風が流れていた。朝方は強風が吹き荒れた。そして昼間、何度か雨が降る。雲間から差し込む太陽の光に照らされて美しく光る、まさに慈雨と呼ぶにふさわしい雨だった。

一日中、家の中にいた。朝一番で良い知らせを受け、夕方最後も、ひょんなことから懸案に解決の目途が立った。不思議とひとつひとつ、なんとか乗り越えていっている。僕はしっかりとこの宇宙に守られている。ありがとう。

先日、『ビジネス英会話』と一緒に買った『新感覚☆わかる使える英文法8月号』。夜テレビをつけると、この番組のオンエア中ということが多く、そのまま見てしまうことがある。いつも、なかなかためになるなと思っていたので、この間一緒にテキストを買ってみたのだが、読みごたえ十分。番組のテキストというより、英語の参考書と呼んだほうがいい。

ある程度英語ができる人の確認とさらなる学習に、とっても役に立つと思う。きちっと使い分けができていなかったり、なんとなく覚えてそのまま使っていた表現について、「ああ、なるほどそういうことだったの」という発見が多々ある。

8月号は副詞についてのみ。バックナンバーも揃えたら、素晴らしい参考書になるんじゃないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月12日

英語の勉強を復活させねば

暑いなかで我慢していると、時折レースのカーテンを揺らしてふわりと入ってくる風が、このうえなくありがたい。

諫早へ出かける。なぜか、バツ1のおねえさま2人と一緒。ふたりともわが家に縁のある人たちで、ともに結婚13年目で離婚し、ともに娘さんをひとりで育てている。13っていうのはやっぱり不吉ですね~、と独り身の気楽な僕は適当なことを言う。たいへんな苦労があるだろうと想像はするけど、下手に同情しても仕方ない。

十分すぎるほど英語の堪能な知り合いが、それでも毎日のようにNHKラジオで英語の勉強をしているという。いわく、あんなに安い投資はないよ、と。それに釣られ、僕も勢いで「ビジネス英会話8月号」のテキストを買った。この番組だけはネットでも配信されているので、怠け者の僕にはぴったりだと思ったのと、それなりにレベルが高いようなので。

早速、最初のレッスンを聴いた。時々、女性のアシスタントが、テキストに掲載されていない細かい言葉づかいの説明をするのだが、それがとても参考になる。

BBCでの勉強も復活させねば。あれ、フランス語はどうなったの? まあ君よ、それを問うなかれ。

ローソンで『Mr. Bean』のシリーズを安く売っていたので、こちらも勢いで買ってしまった。内容を知っているからかもしれないが、さほど可笑しさが響いてはこない。ほとんどまともな会話がないので、英語が分からなくても十分笑える仕掛けになっているのだが、それでもイギリスという独特な環境で見るのが、いちばんしっくりくるのではないかと思う。いや、ただ単に最初にイギリスで見たから、そう感じるだけかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月10日

人間の温度に鈍感になりそうで

毎月10日は、ごとおびのなかでもいちばん辛いが、なんとかなった。

毎月一度はうちに顔出しに来る知り合いの工務店の社長が、今晩遅くやってきた。いわく「今日昼過ぎに来ようと思ったけど、支払いがぎりぎりまでかかってしまって」と。皆さんたいへんなようで。明るく乗り切るしかないですよ。

あちこち支払いに行く合間に、お茶をしながら手紙を1本書く。昨日連絡をいただいた東京の知り合いのおばあ様に。道玄坂でビルのオーナーをされている。以前は毎月上京していたので、そのたびにお会いしていたのだが、最近はとんとご無沙汰している。いろいろ相談したいので、ゆっくり会いに来てほしいとのこと。本当はすぐにでも飛んでいってあげたいけど、いかんせん今はこちらが厳しい状況なので、代わりにとりあえず一筆したためることにした。

一筆箋にちょっと一言書いて通信物なんかに同封することはあるが、まともな手紙を手書きで書いたのは久しぶりだ。「拝啓 立秋を迎え云々…敬具」といった具合で書いて、封をして郵便局へ持っていった。何日かして相手に届くだろう。

それは面倒で時間がかかる作業だけども、時々はこういうことをしていないと、僕らは人間の温度というものに鈍感になってしまうのではないかと思う。手紙を書き終えたとき、僕は何か忘れかけていたものを取り戻したような不思議な充足感を覚えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 8日

障害者施設を訪ねて

午後、姉の新聞取材に同行することになり、ある社会福祉法人の知的障害者施設を訪ねた。

開所から20数年間経つのだが、その間にどんどん規模が大きくなり、県の委託事業も展開されている。事務長と2時間ぐらい話をしたが、僕も興味があるのでとても盛り上がり面白かった。

障害者自立支援法により、施設の経理も入所者の負担も厳しくなっている。どこに行っても聞く話だ。さらに全介護でもなければ長く入所させておくことが難しくなり、かといって家族側に受け入れ態勢もなく、就労するにも仕事場を見つけるのは困難を極める。

冗談半分で、自滅支援法と言われていたが、その指摘もあながち外れていない。わが家も障害者を抱え、法施行後の負担額の急増や施設サービスの質の低下を身をもって感じている。いちばんの弱者から、削ってもさほどの額にもならない予算をなぜ削減するのか。政治はいったい誰のためにあるというのか。

入所者のなかで陶芸を仕事として取り組んでいる人たちがいて、本格的な窯もあった。施設内には販売所もあり、覗くとけっこう良い品が揃っていてびっくり。思わず、湯飲みをひとつ買って帰ってきた。

これから先の財政的な問題、地域や企業との連携の問題、入所者の自立支援の問題。いろんな課題がのしかかっているのだが、元気に前向きに取り組まれている施設の方々のビジョンを聞きながら、こちらまでわくわくしてきた。

美しい田舎の奥まったところの、外からは静かそうにみえる敷地のなかで、多くの人々がダイナミックに動いていた。僕はそこがなんともきらきら輝いて見えて、胸に迫るものを感じながら帰ってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 7日

低体温症は国を滅ぼす?

昨日のブログを読み返して、アホなこと書いているなと苦笑、赤面。

それ以上にアホらしいのが安倍続投。でも、公然と批判が出てきただけよかった。それでこそ自民党ですよ。どこぞやの組織政党と違って懐は大きいんだから、真っ当な方向へもっていってほしい。

最近、新聞などで「低体温」という言葉をよく目にするようになった。まわりでも時々テーマに上がる(以前書いたエントリ)。

僕の経験では、体の不調を訴える女性、とくに婦人科系の問題を抱える若い女性に平熱を尋ねると、ほぼ100%、35度台である。そして、それがどんなに健康リスクになっているか、彼女たちは知らないし関心がない。

若くしてガンになったり、不妊になったりする女性が急増する怖れは十分にある。僕らより、今の10代のほうが先に死ぬことになったら、この国はどうなるのか。そんな心配について今日は議論した。

なによりもまず、食育を充実させて、まともな食事をさせるようにしなければいけない。しかし、そのためには、そもそも親を教育しなければならないという悲惨な状況にあるのが、今の日本である。これだけ叫ばれているのに、「ショクイク」という言葉すら知らない親もいるのだからびっくりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 6日

似すぎていて感動

今日お会いしたおば様は、昔憧れていた女性に驚くほど似ていて、その子が40半ばぐらいになったらこんな感じだろうなと想像できるほど、目の動かし方や笑った表情まで、そして関西弁というところまでそっくりだった。

見れば見るほど重なってしまって、いかんいかん、とわれに返ること数度。果てには、「この人、親戚の人じゃないか?」とか、「あの子、年の離れたお姉さんがいたっけ?」とか、あり得ないバカなことを考えたりしていた。これだけ似ている人に会うと、ちょっと感動する。

朝早くから出かけていて、何人かの人に会い、セミナーに参加したりした。真面目なテーマで話し合ったり、気づいたこともあるのだが、それはまた明日にでも書こうと思う。眠くなってきてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 5日

外へ出ろ、汗をかけ

仕事で夏バテに関する記事を書いていて、ふと「俺が夏バテじゃん」と気づいた。朝起きたときのだるさがなんともたまらなかったのだ。最近怠っていたストレッチや軽い運動、汗をかくことなどを心掛け、食べものも気をつけてみたら、一気に体の調子が変わって、今はとても元気。

この週末は、たいへんだった。区画整理のために小屋と車庫を壊すことになり、小屋のなかに入っているものを別の物置部屋に移動したり、ゴミとして捨てに行ったり。それに、移動するにあたって、まずは物置部屋を片付けねばならなかった。

今日一日で、あっという間に小屋と車庫は姿を消した。小屋の基礎の白い残骸を見ていると、大袈裟だけど、まるでギリシャ時代の遺跡にいるかのように感じた。なくなってみると案外広いもので、小さな家が1軒建てられるぐらいのスペースがある。うーん勿体ない。

今朝はようやくのことで、庭や家の周りの草むしりもした。朝7時半時過ぎから5人で始めて昼までかかった。さっぱりしたなあ。草も集めてみると、大きな袋いっぱい。ひとりでは持てないほど重かった。こんなのをひとりでやっていたら、いつになっても終わらないところだった。人手が多くてよかったよ。

ここ数日ずっと体を動かしていたので、気持ちがいい。結論。現代人よ、外へ出ろ、そして汗をかけ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 2日

籐で季節感

座敷に籐の敷物を出した。長年使っている本間6畳分ぐらいの大きなものがふたつあって、いつもは座敷2部屋に敷き広げるのだが、今年は母の部屋にひとつ敷くことにした。一気に涼しげな部屋が出来上がった。こういう季節感はいいですなあ。これぞ日本よ。

出入りの多い一日が終わったあと、ここのところ何もパアーッとお祝いをしていないから金の入りが悪いんだよ、という訳のわからん論理で家族みんなが納得し、豪勢に食事をすることにした。そんなことしていて大丈夫かしらん?

ワインを飲んだら自然と横になってしまって、目が覚めたら10時半近くになっていた。寝ぼけまなこで「FooDictionary」の後半を見た。相変わらず望月理恵さんのはじけたキャラがいい。

うぅ、まだクラクラする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 1日

松に見守られ

昨日書きたいことがあったのだが、不運にもココログがメンテナンス中だったので書きそびれてしまった。文章っていうのは、そのときの感情の高まりに左右されるもので、今となってはあまりそれを記しておきたいとも思わない。なので、永遠に闇に葬ることにした。ってそんな大それたことじゃないけどね。

で別な話。ちょっと前になるが、この間の日曜日に庭の剪定をしてもらった。今年はちょっと遅くなってしまったが、一日でなんとか終わらせてくれた。庭全体が軽くなり、こちらの心も清々しくなった。5月ぐらいから、中心の松を見るたびに「どうにかしなきゃ」とずっと気になっていたのだが、これでひとつ懸案が片付いた。

他の木はともあれ、松っていうのは剪定するのは難しそうだなといつも思う。まずもって、切るのに掛けている時間が他と比べたら格段に長い。丁寧な細かい作業なんだよな。わが家の自慢の松は、床屋に行ったあとのように、引き締まっていっそう美しく見えた。

この松は、父の形見のようなものである。父が亡くなって先月末でちょうど20年になった。20年間、自分がいったい何を成したのか、偉そうに語れることは何もないが、不動の松はじっと見守っていてくれただろうと思う。いたわってあげたくなり、思わず軽く松の木を叩いた。

剪定はしたけど、草取りをしなければ。5時ぐらいに起きて、涼しいうちにやろうと決意はするが、いつも決意するだけ。この際、みんなを動員して、一気にやるしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »