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2007年7月30日

鈍感の果てに続投

期待通り、選挙は自民党の歴史的大敗で終わった。これで僕もなんとかこの国を捨てずに済んだ(7月1日参照)。僕は自民党シンパだけど、安倍自民党なら負けたほうがいいと思っていた。

安倍さん自体には何の問題もなかった、という自民党のとらえ方は間違っていると思う。彼自身が否定されているのだ。多くの問題について、彼が取ったリーダーシップに嫌気がさしているのだ。

自民党は本当に、安倍総裁を守るしかないほどリーダー不在なのだろうか。彼よりは少しはましなのがいくらもいるだろうと思うのだがどうだろう。僕は何度もここで書いているとおり、総裁選の前から、なぜ安倍さんを狂信的に支持する議員が多いのか理解に苦しんでいる。僕には、これほど中身を感じない、人間の深みを感じない総理大臣は今までにいない。おそろしく空虚なのだ。少なからず僕と同じように感じている有権者が多いのではないかと思う。

年金についても、彼は最初キレていたではないか。そんなことをいう国民が悪いように言っていたではないか。松岡さんが自殺しなければ、いまだに消えた年金問題は何も進歩していない可能性は十分にある。その程度の感覚だった。すべてにおいて、この人の感覚は鈍い。鈍すぎる。その果てが首相続投だ。どう考えたら、改革路線は支持されたと思う、となるのだろうか。なんでそんなことを平然と言えるのだろうか。

きっと、このまま居座っても、時間がたったらまた人気が戻るよ、という考え方なんだろう。国民もバカにされたものだ。

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2007年7月28日

パフェ食べながら盛り上がる

仕事で大村市へ。長崎へ行くときに通り過ぎるばかりだったが、はじめて降り立って時間を過ごした。

新しくできた幹線道路沿いに大型ショップが軒を連ね、人の集まるところが変わってしまい、旧市街地は寂れてしまっている、という地方都市にありがちな状況は大村でも見受けられた。どこに行っても同じような街の風景にしてしまった責任を一体誰が取るというのだろう。政治家は誰も責任を取りはしない。

夕方帰る前に、集まっていた仲間5人でアーケード街をぶらついて、パフェで有名な「ハワイ」という店に入った。ネットでチェックはしていたが、あれまあこんな近くだったとは。たまたま歩いていて見つけた。まわりは寂しいし、お店も昔の喫茶店風だったが、中はたくさんのお客さん。

「300何十種類かパフェがあるんですって?」と尋ねたら、「今は400種類を超えました」という答え。なんだよ、その数、多すぎるだろう! ジェラードが上にのったフルーツパフェがおすすめということで、9種類のなかからそれぞれ選んで食べた。僕はバナナ。いやあ、おいしかった。あとで嫌な甘さが口に残らず、もう1個食べてもいいぐらい、あっさりしていた。

パフェもさることながら、みんなの話が面白くて、久しぶりに大笑いした。

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2007年7月27日

人生はイメージ

猛暑。トテツモナクアツイ。

5時間しゃべり続けていて、最後は声がかすれてしまった。でも元気。これに金運さえ戻ってくれば、とりあえず言うことなし。実家の事業のことで弁護士や税理士、取引先には迷惑を掛けっぱなしだが、もうとことんまで付き合ってくれとしか言いようがない。

今の僕には、プラスを貯めていく仕事とマイナスを減らしていく仕事がある。プラスだけだったら楽しいけど、今までの行き掛かり上、実家の面倒を見ざるを得ない。一日のなかで頭を何度か切り替えて臨まなければいけない毎日だが、この試練はかなり僕をタフにさせている。

でも、こんな苦しい日々とは今年いっぱいでお別れしようと決めている。僕のなかでは、今は暗いが未来は明るい。釈迦が眉間からビームを出して三千大千世界を照らし出すのと同じくらい眩しい。人生はイメージだ。イメージの強さが現実を変えていく。だから、とことん良いイメージをしながら、今のいちばん苦しい時期を生きている。

とりあえず、週末がくればホッとする。たまにはビールでも飲もうかと思う。暑いしね。

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2007年7月25日

わかりやすく教えるのは難しい

東京へ行っている間に、夏休みの家庭教師の依頼が届いていた。

だいたい学年の始まりや長期休暇の最初には、そういう話が舞い込んでくる。4月にもふた組の中学生のお母さんから何度となく頼まれたが、やんわりと断った。いろいろ考慮して、やらないほうがいいだろうとそのときは判断して。

今回は、またやっぱりいろいろ考慮して、やることにした。フィーリングの問題とか、親御さんとの関係かな。それに、家に来てくれるというし。これを本業として常時やっているわけではなくて、人伝いで話が来たときに、そのときの状況によって引き受けているだけなので、これに優先順位があるわけではないし、大きな労力を割くわけにもいかない。語弊があるかもしれないが、総合的に負担が小さいと判断できればやることにしている。

仲の良い友だちも一緒にということで、結局中学1年の男の子ふたり。13歳ってこんなにかわいい感じだったっけ?というぐらい、僕の想像と違った。田舎の純朴な少年たちで、受け答えもよく、教えやすい。

数学にしても英語にしても、中学の最初でつまずくと、高校卒業までずっとあまりわからないままで終わる。単純な足し算、引き算でも、そこに負(-)の数が入り込んだら、途端にこんがらがってくる。ゆっくりと教えるしかないなあ。それ以上に、教える技術を僕自身がもっと身につけないとダメだ。わかるように教えるのは、本当に難しい。

梅雨が明けて、一気に暑くなった。

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2007年7月23日

何度かウルウル

お久しぶりです。

神奈川、東京へ出張をしていて、日曜の夜遅くに戻ってきた。三浦半島のとあるリゾートホテルに宿泊していたが、海がすぐそばだというのに、眺めに行く時間もなかった。行けるときは雨が降って出られなかったし。

いろいろな出会いがあって楽しかった。銀座のママやオカマの経営者をはじめ、たくさんの人と名刺交換したり話が盛り上がって、最近寂しくなってきていた東京ステイも、これでまた楽しくなりそうだ。

バックグランドは人それぞれだったが、みんな真面目に人生の変革に取り組もうとしている姿は感動もので、僕はけっこう涙もろいので(本当に)、何度か泣きそうになった。

以上、とりあえずのエントリです。

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2007年7月17日

不安は的中

髪を切りに行った。

いつもは、女の子が丁寧に顔剃りをしてくれるのだが、今日は美容室のほうのお客さんが多くて、そちらのほうで手いっぱい。そこでマスターがじきじきに剃ってくれることに。僕はそこで嫌な予感がした。ふだん細かい作業は人任せでやってないから、案外下手なんだよね、こういう立場の人。

案の定、剃り進めるとともに、血のにおいがする。あとで見たら、何ヶ所か細かい出血の跡ができていた。剃り残しもあるし。言っちゃ悪いけど、アシスタントの女の子のほうが作業がスムーズで、刃の当て方も上手でっせ、マスター! まあ、そうしたもんでしょう。どんなことでも日々のプラクティスは重要ですなあ。

髪を切りに行くと、あとで具合が悪くなる。ふだんとは違うシャンプーを使うし、店内に蔓延するスプレーなどのいろいろなにおいを吸うのがいけないんだろう。こんなに違うかというぐらい、体が反応する。今もまだちょっと頭が痛い。

美容室って、健康にとってはおそらく良い環境ではないのだ。

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2007年7月16日

岩波文庫80年のベストセラー

「週間ブックレビュー」で岩波文庫創刊80年の特集があった。今まで出版された5千数百冊をすべて初版で買い集めたというコレクターの人がいた。なんとも楽しそうな趣味だ。戦時中、慰問袋に岩波文庫を入れる人も多かったらしい。戦地において、活字は何よりの知的財産であり、娯楽であり、気分転換だったのだろう。

80年間のベストセラートップ10が紹介されたが、かろうじてトップ5はすべて読んでいた。『ソクラテスの弁明』と『こころ』は初回の出版リストにすでにあったものだから、80年間売れ続けていることになる。

高校時代、「岩波文庫を100冊は読め」と何人かの教師に言われていたが、それを実践した者はいなかった。他の出版社で出ている同じ書物まで含めたら、今ではきっと100冊は読んでいると思うが、若い頃にもっと文学や思想哲学の古典にどっぷり浸かっておくべきだったと思う。知的な基礎をつくるために。

でも精神年齢が上がらないと理解できないことも多いし、理解の仕方がまったく違ってくることもある。まっ、こつこつ読むかあ。

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2007年7月15日

思っているほど、こどもじゃないんだ

鳴り物入りでやってきた台風は、結局なにごともなく過ぎ去った。いや、周辺の町はニュースになるぐらい浸水や事故が起きているんだけど、この町では何も起きなかったのだ。雨もほとんど降らず、風もひどくならず。静かに時が過ぎた。

台風のときは、周囲に被害が出ても、僕の地域は不思議といつもほとんど災害と無縁だ。何か地形と関係があるのだろう。

小学生の姪たちが地元紙のこども記者に選ばれ、夏休みに取材をして記事を書くことになった。今日はその説明会。新聞社の本社まで行った。

大人は力を貸してはならず、今日の会合ですら、後ろで見ているだけ。全体の話が終わったあと、グループに分かれて、1時間ほど担当の記者と個別の打ち合わせがあった。大丈夫だろうかと思って眺めていたが、案外ちゃんとやっている様子。テーマも自分たちで決めたようだ。こちらが思っているほど、こどもじゃないんだよな。ちゃんとものごとを進めている。

などと書いていると、まるで自分のこどものようだが、僕は独身である。しかし、なぜか僕を中心に家族や兄弟が動いているので、ちょくちょく親代わりになる。果たして、本当の親になることがあるのかないのか……。

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2007年7月12日

選挙が始まったけど

昨日のイチローのニュースのような見ててわくわくするものだったらいいけど、滑舌の悪い安倍さんの演説を聞かされると、こちらのほうが心配になる。

僕は自分の直感をけっこう信じているのだが、安倍さんも安倍内閣も最初からどこかおかしい。小泉さんと小泉内閣を引き継いでいるようでいて、中身(精神性)はかなり旧態依然たる自民党である。安倍さんの感覚が豊かだとか鋭いとか感じたことは、今まで一度たりともない。本当にこんな感覚のずれた愚かなお坊ちゃまが一国のリーダーであっていいのだろうか。

重ねて言うが、僕は自分の直感を信じる。だから、今回ばかりは自民党に大負けしてもらって、即刻安倍退陣となってほしい。

文句ばっかですみませんけど、テレビをつけると選挙のニュースばっかりで、つい。

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2007年7月11日

魚が新鮮かどうか

ココログはついさっきまで緊急メインテナンス。久しぶりに書こうと思ったら、やる気をそがれて、そのままお風呂へ直行した。

エビスビールをたくさんもらったので、風呂上がりに飲もうかと思ったけど、夜遅く飲むのはやっぱりやめようと思いとどまった。

なんだか今日はとっても眠いのだ。夜勉強しながら、デスクで伏せてしまっていた。起きたら額が赤くなっていて、まるで授業中に寝ていた学生みたい。

さて、毎週FDA(米国食品医薬品局)から、アメリカでの食品・薬・サプリなどの法的な最新情報がメールで送られてくるのだが、そのなかの "Question of the week" というところの今週の内容が笑える。

どうやって魚が新鮮かどうか見分けるのか、という質問なのだが、それに対して、「目がきれいでちょっと膨らんでいなければいけない」とか「輝きのない身は古い証拠」とか「魚というのはフレッシュでマイルドなにおいがするもので、魚くさいにおいやアンモニアのようなにおいがしてはいけない」などと書かれている。

魚をふつうに食べる文化がないと、こういうレベルで国が教育をしなければならないのだろう。魚油からの脂肪酸の有効性は、アレルギーや循環器系を中心にいろんな疾患に対していわれているが、肉食で肥満が多いアメリカでは、魚を食べるようにかなり叫ばれているらしい。以前聞いたレクチャーによると、具体的に週に一度は魚を食べましょうと言われているとか。

でもそれを実践しても、ようやく「今の」日本人の食のパターンに近づくぐらい。かなり欧米化した食生活になってしまって、生活習慣病の予防のためには魚をもっと意識して食べようと日本でも言われていることを考えると、いかにアメリカ人が魚を食べていないことになるか。

明日からアメリカの西海岸へ遊びに行く知人がいる。今日しゃべっていて、アメリカいいですね、また行きたいなと羨望のまなざしを向けつつ、食のことを考えたら、いややっぱりどうかなと思ったりした。なにせ、あのイギリス人ですらバカにする食のレベルだから。まあ、どちらも同じ穴のムジナ?じゃなくて、似たり寄ったりだけど。

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2007年7月 9日

何もないけど

週末から集中してやっていたことがあって、なんとか予定していた今日の夕方に間に合った。

そのあと、少しビールを飲んでふらふらしてきて、気がついたら10時半すぎ。いつの間にかソファで眠っていたのだ。目が覚めて、寝ていた自分にびっくりした。

何も書きたいことなし。月曜の夜は「くりいむナントカ」を見ないと。

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2007年7月 6日

決死のドライブ

今日は朝早く家を出て長丁場の一日になる予定だったので、昨晩はふだんより早くふとんに入ったが案の定眠れず、腹式呼吸をしてみたが眠れず、ラベンダーの香りでも眠れず、ウインブルドンの伊達公子の心地よい声を聴いていても眠れず。結局、いつもと同じ時間に自然と眠りに落ちた。無理するもんじゃないなあ。

で、朝4時半頃、ものすごい雨音と雷で目が覚める。少しでも寝たいのにたまったもんじゃない。近くに落ちたらしく、6時前に起きてケーブルテレビをつけたら、まったく映らなかった。

今日は仕事で鹿児島へ行った。途中、熊本に入るあたりからとてつもない豪雨。前がほとんど見えない状態で、1時間ほど進んだ。もうこれ以上行けないんじゃないか、もうここで引き返そうかと何度か思った。

九州自動車道は、八代から海沿いを行かずに、いびつに山のほうへ曲がっていく。そこから先はトンネルばかり。20ぐらいトンネルがあるんじゃないか? トンネルを抜けるごとに天気は回復し、鹿児島は穏やかな天気だった。

帰りは大丈夫だろうと思っていたが、またもや筑後あたりですさまじい雨に見舞われる。こんなに緊張して運転したことはないというぐらい、前方に目を凝らしていた。熊本はやんでいたが、何ヶ所も冠水しているのが高速から見えた。

今日一日でなんと4件も事故車を見た。横転している車なんか、1年で1件見るか見ないかなのに。無事に帰ってこられて、ほっとしている。帰ってきてニュースを見て、雨がいかにひどかったか知ってびっくりした。

往復660キロ。僕にとっては一日での最長運転距離。しかし、そのことの感慨よりも、あの雨のなかよく運転したなという思いのほうが強い。

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2007年7月 4日

香水を使わなくなってしまって

朝、豪雨。温暖化のせいだといわれているが、いつも集中して雨が降る。

梅雨に趣きがあるとすれば、それはしとしと悲しげに降り続ける雨だろう。そんな梅雨を最近は見なくないか? 今日の雨なんか、まるで台風みたいな横なぐり。あっぱれという感じで見ていて気持ちはいいけど、こんなにはっきりと違いが認識できるようになってくると、気候変動は本当に心配だ。

リラックス効果があるというラベンダーのアロマオイルを買った。本格的な器具がないので、代わりに熱湯を注いだ容器に数滴垂らして、デスクの脇に置いて試してみた。夜、何かに湿らせて枕元に置いておけばよく眠れるらしいが、昼間にすごく気持ちのいいうたたねをしてしまった。

健康を考えるうえで、手っ取り早くて効果的な改善能力があるのは嗅覚ではないかと思う。とくに神経的な問題は。

僕は香水が好きだった。中性的な香りのものを好んでつけていたが、体質改善をはかっていくなかで、その香りを体が受けつけなくなって、化粧品売場を通るのも苦痛になった。人工的な香料を吸うのがだめになったのだ。もう香水は使っていないし、女性の化粧のにおいにも敏感になってしまって、その人の化粧品が良いか悪いか、黙って勝手に鼻で判断している。相手には失礼な話だけども。

においというのは健康にとってとても大切な要素ではないかとそれから考えるようになり、アロマによる健康法というのにも興味を抱くようになった。100%純粋なものは問題なくにおいを嗅げるし、日用品も天然のハーブの香料だと気持ちがいい。

アロマテラピーについては勉強してみたいなと思っている。けっこう奥深いとは思うんだよな。

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2007年7月 3日

政治家と言葉

辞任したあとも、久間さんは記者団に「九州ではよく『しょうがない』と言うんだよ」と弁明していた。

たしかによく使う気がするし、そういう思考回路の風土であるのも認める。災難が降りかかったり、辛いことがあったりしても、「しょうがないさ」とへんに割り切ってしまったり、意見が合わなくても「しょうがないなあ」とすぐ妥協したり。僕のこのブログを読み返しても、きっと似たような思考が表現されていることがあると思う。

「しょうがない」という言葉には、複雑な気持ちが包含されている。久間さんを擁護するわけじゃないけど、原爆投下に対する彼の考え方は、報道されているような単純な見解ではないはずだと思う。原爆の体験や資料に触れて、感情の波が打ち寄せない人間はまずいないと思うし、ましてや彼は長崎の人間だ。

それでも、政治は言葉の仕事なのである。とくに言質を取られないようにするという消極的な意味で、徹底して言葉が意味をもつ仕事である。だから、軽率な発言は命取りになるし、だから、政治家の言葉は多くの場合つまらない。

久間さんは自らの発言の重みをあまりにも軽く見ていた。失言した場合の政治家の事後策は、それをすぐにきっぱりと撤回することだ。それもしなかった。それどころか撤回を頑なに拒んだ。だから、あとで陳謝しても意味をなさず、批判は高まる一方で、最終的に辞任せざるを得なくなった。その決断も遅すぎたので、それこそ仕方なくなんだろうとしか思われない。

それに輪をかけて悲惨な状況にしているのは、ほとんど反省がうかがえないことだ。野党が辞任要求するという動きに「そんなもんよくあること、ほっとけ」と切り捨てたり、辞任したのは「マスコミが変な報じ方をしたから」とか「選挙のため」と理由づけしたり。ああ、なんという悪循環。

安倍さんも相変わらず後手後手の対応だし。こんなところで鈍感力を発揮してどうするよ。なにゆえにそんなに鈍い感覚でいられるのか、不思議でならない。

しかし、しかしである、戦後日本はアメリカの核に守られてきたわけだし、北朝鮮や中国の核の脅威をまったく無視はできないのである。だから、核の問題を感情だけで論じてはいけない。真に核廃絶を促していくのであれば、国も政治家も活動団体も国民も、とてつもない決意と深い知恵と緻密な戦略が必要だ。そのためには議論をしなければならないけども、それがまったくできないのがいちばんの問題である。

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2007年7月 2日

パンから溢れ出るもの

朝から大雨洪水警報が出ていた。時折、猛烈に雨が降る。あれだけ降ると気持ちがいい。

よく見る番組のひとつ「週間ブックレビュー」。昨晩は、フードジャーナリストの平松洋子さんが、ひとりひとりが自然に持っている大切な味について語っていた。

それを見ながら、ふと小さい頃食べていた食パンのことを思い出した。田舎まちにはパンの文化がまだ定着しておらず、おいしいジャムなどもない時代。純粋な田舎モノである母から教えられたのは、トーストしてない(そもそもトースターがなかった)食パンの上にたっぷりマヨネーズと砂糖を塗って、ふたつ折りして食べる方法だった。学校から帰ってきたあとや、休みの日などに食べていたように思う。

折ったときに、パンの耳の部分から溢れてくるマヨネーズと砂糖の混ざったものを見て、そのあとそれを舐めるのが好きだった。そんな食べ方を続けていたら、きっと今ごろ病気だろうが、幸い小学生のわりと早い段階で、その食べ方の記憶は途絶えている。

20年ぶりぐらいにそのことを思い出したが、その頃パンを食べていた情景がありありと浮かんできた。そういうのがいきなり蘇ってくるんだから、記憶っていうのは怖ろしいし神秘的だなと思う。

時は過ぎ、イギリスの薄い食パン(なんだかフランスではバカにされていたような)が好きになった時期もあれば、パニーニやバゲットばかり買っていた頃もある。毎日ピタブレッドを食べていたときもあったっけ。たまにブリオッシュも食べたくなる。

さすがに、トーストしていない食パンにマヨネーズと砂糖という組み合わせで食べたいとは今は思わないが、でもそれがパンとの原体験であるのは間違いない。マヨネーズと砂糖には、懐かしさと恥ずかしさが混ぜ合わさっている。

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2007年7月 1日

「憎いし、苦痛」

ご無沙汰です。6月はまるでバイオリズムを反映したかのように、1週間ごとに書いて書かなくての繰り返しだった。

今わが家は構造改革?の真っ只中で、月末はいつも苦しい。今年いっぱいぐらいは小泉流にいうと痛みを伴うのだが、僕の人生のなかでこんなにたいへんなのは初めてだ。でも、精神的な状態と記事のアップとは実はそんなに関係なくて、一度途切れるとそのあとは「まあいいか」と思うだけである。それから、先月下旬から毎日決めて勉強していることがあって、それがどうしても夜にずれ込むので、ブログを書いている時間がなかった。ということで、何人かの人にメールを頂戴したが、元気ではあるのでご心配なく。

で、月も変わったし、1年の後半のスタートだし、また書こうと思った次第。デザインも変えてみた。夏っぽいのか夏っぽくないのか微妙……。

関西方面の友人からお菓子が送られてきて、朝早く母に起こされた。起きていちばんに小豆入りのお菓子を食べるという、あり得ない一日の出発をしてしまった。それから、ずっと仕事している。

ブログを書かなかった間、今の政権に対する怒りが醸成されていった。日に日に早期の安倍退陣を願う僕の気持ちは高まる。

「美しい国」を反対に読むと「憎いし、苦痛」。他の人のブログを読んで知った。笑える~。今の政権に対する僕の心境を代弁している。ともあれ、いちいち感覚ずれてるよ、あの人。

同じくブログを書かなかった間、第二の故郷イギリスでは、ブレアが No.10 を去り、アンリはバルサの人となってしまった。つまらないなあ。

何を書いているのか意味がわからないが、とりあえず今月は少しでも前進した形跡を残したい。でも、29日夜に結局「安倍自民大勝」なんてことになったら、僕はこの国を捨てたくなるかもしれない。ああ、そんな事態になりませんように。

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