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2007年6月 6日

自筆の妙味、縦書きの不安定

最近つとめてペンや鉛筆で字を書くようにしている。キーボードばかり叩いていると、漢字を忘れるのではないかということと、字が下手になるのではないかという怖れを感じているからだ。どちらもそうなっては恥ずかしいので、別にさしあたってデジタルで残しておく必要がないものについては、面倒くさいけど手を使って書いている。

作家のなかには、原稿用紙のうえに万年筆を走らせる書き方を続けている人がいる。ある小説家が、字体やペンの動きを見ていると、その日の自分の体調や精神的な状況がわかるといっていた。ただ文字を連ねるのではなく、作品を創作していくわけだから、何かその作業のなかに体感があったほうがいいのだろう。意外と今でも原稿用紙を使う人は多いのかもしれない。

自筆の場合、手先を動かしていくことで、一文字ひともじが書き順に従って徐々に完成していく。パソコンで入力するのと違って、書くたびに同じ文字でも様子が変化する。それが自筆の妙味なのだろうし、だから生命がそこに反映されていると思えるのだろう。字を書くことで、きっと脳の働きも活発になっていると思う。

書いていて発見したこと。それは、縦書きの字の並びがどうも不安定で美しくないこと。自分の字面を見ていて、苛立ちを覚える。縦書きをほとんどしないから、美しく縦に書けなくなっているのだろう。天から地に向かって書けないと、もしかして日本語らしさが失われていくのではないかとふと不安になった。それは、何かとても大事な世界観の変化に思えてくる。

横書きのほうが、書ける内容が広くなるし、文体も多様にできると思う。縦書きだと不思議と力が入ってしまうし、文章も堅苦しいものになりがちだ。それでも、時々は縦に書いて、日本語の、また日本人の本来持っている礼節や繊細さ、奥ゆかしさといったものを感じるようにしたほうがいいのではないだろうか。横でそれらが表現できないことはないだろうが、元来縦書きで綴りながら文を作り上げてきた背景があるのだから、やはりそこには何らかの意味があるはずだ。

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