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2007年4月24日

ホイットマンを否定せずに済んだ

以前ある出版社から出ているホイットマンの『草の葉』を読んだときに、全然自分に訴えかけてくるものがなかった。変だなと思いつつも、直感には素直に従ったほうがいいと思うので、すぐに読むのをやめた。ホイットマンのどこがいいんだろうというのが、それ以来変わらぬ僕の印象だった。

この間家の本の整理をしていたときに、今度は岩波文庫の『草の葉』上巻がでてきた。せっかくなのでまた読んでみようかと思って、忘れないように机の上に出しておいた。

開いて目を通してみると、驚いたことにこちらはなんともすんなりと入ってくる。ぐいと迫ってきて、読む者を鼓舞するダイナミズムがある。これぞ古き良きアメリカ、と思わせる快活さ、逞しさ、力強さ、精神の大きさを、ちょっと読んだだけでびしびしと感じるのだ。これがホイットマンだったのだと、今さらながら感心しているところだ。

翻訳の仕方ひとつでこんなに受け取り方が違う。名前は出さないけど、前者の訳はリズムが悪く、引っかかるところが多すぎる。今の岩波版がどんな評価を受けているかは知らないけど、僕としてはこれを手に取ったおかげで、ホイットマンを否定せずに済んだ。ありがたい。

さらに原文を読んだらまた違った感じ方をするのかもしれないし、もっと良い訳本もあるかもしれないので、気に留めておこうと思う。

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