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2007年3月22日

根本的なところを考えないと

車を走らせていると、菜の花の鮮やかな黄色があちこちに目立つようになった。今日は久しぶりに春らしい暖かな一日だった。

いつも通り過ぎる高速道路のサービスエリアに焼きたてのパンを売る店があるらしく、そこのメロンパンがとてもおいしいと昨日テレビで言っていたので、今日さっそく寄ってみたら、ああなんと、逆方向のSAのほうだった。真っ当なレストランがあるのも反対側。こちらの上り方面は、旧態依然の典型的なSA。しょぼいなあ。

仕方ないので、どうでもいいカレーを食べた。なのに家に帰ったら夕食もカレーで、ちょっとショック。

知り合いの方がふたり相次いで亡くなっていたことを、今晩聞いた。ふたりとももともと乳がんを患っていて、再発を含めて十年近くがんと向き合って生きてきた。ここ数年は縁遠くなっていたのだが、状況を知っていたら、少しは役立つアドバイスができたのになと思う。

まわりを眺めると、がんだらけだ。乳がんの話で言えば、脂肪の幹細胞から乳房再建ができるようになっているのは素晴らしいことだが、もっと根源的な、発症しない、そして再発しないような根治治療を施せるようにならなければ、がんの恐怖から逃れることはできない。

まあ厚労省に期待しても無駄だろうが。

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コメント

こんにちは。
あ、こんばんは、でした、外はマックラ。
ここのところずっと、マンダリンさんは大きな課題を抱えていらっしゃるご様子だったので、安易に声をかけるのは控えておりました。
今日は、お、メロンパン?カレー?入れそう、入れそう(縄跳びのようですね)…と思って、ぴょんと飛んでみたら、あ…。がん…ですね。

でも、今日、私もボスと癌について話したところでした。
私のお友だちのお母さんが末期の癌で病院を出ることになり、行き先が見つからないでいるのです。
しかも、そんなお友だちが二人、いるのです。

治療のできない人間は、病院で面倒を見ることはできない、というのなら、その先を…その先は誰が考えてくれるのでしょう?
癌の恐怖にも、死の恐怖にも、まだまだ備えが足りないようで…、この国は。

もちろんタミフルに右往左往するお役所に期待はしてませんケド。

あ~、焼きたてのメロンパン、こっくり煮込んだカレー、お腹が空いたので帰ります。
(すみません、職場からでした)

投稿: kyono | 2007年3月23日 22:31

kyonoさん、どうも。たしかに今いくつか問題はあるんですが、根が楽観的なので、あまり苦にせずに生きています。僕ね、周りからはお坊っちゃん育ちのように思われてるんですが、実はけっこういろんな経験をしていて、意外とどんな状況でも生きていける人間みたいです。

がんの話ですが、去年できたがん対策基本法では、終末医療がひとつの重点になっていたので、それだけ問題になっているということでしょうね。

治療の施しようがなく、余命幾ばくもない段階では、家に帰って家族のもとで静かに最期を迎えるのが、ある意味で理想的な選択だと思います。しかし、家族の受け入れが整っているかどうか、本人の病状が安定しているかどうか、いざという時にまとまな病院とすぐに連携を取れるかどうか、といった条件があるので、みんながみんなできることでもありませんよね。

がん患者の増加に医療側の環境が追いついていないので、どうしても面倒を見る中心が外科手術の前後の患者に限られてしまっています。終末医療の施設が充実していったとしても、患者の絶対数の増加を考えたら、今後もがん患者の心身のケアは大きな問題として残らざるを得ないのではないでしょうか。

遺伝子やたんぱく質などの研究が進んで、近い将来がんは怖くない病気になると思いますが、それまではがんといかに向き合うかということを、個人や家族レベルで真剣に考えて心の準備をしておく必要があるのと、一次予防や再発予防を心掛けるという努力をしなければならないと思います。

関係ないですけど、kyonoさんのブログから察するに、おいしいものたくさん知ってそうですね。東京の魅力は、おいしいものが集まっていることじゃありません? 来年あたり、東京生活に僕も戻りたいとひそかに願っています。

投稿: マンデリン | 2007年3月25日 18:03

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