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2007年3月25日

各人が神秘であり秘密であり

今日は、イギリス議会が奴隷貿易廃止を決定してからちょうど200年になるんだそうだ。また、欧州連合(EU)の前身である欧州経済共同体(EEC)が発足して、ちょうど50年目に当たる日でもある。

欧州列強が奴隷貿易を廃止するに至った理由のひとつに、植民地貿易が発展し、現地での労働力がより必要になったことがある。一方、第二次世界大戦後に欧州がひとつへまとまっていく背景には、個々の経済力ではもう世界で立ち回れないという怖れがあった。そして今、そのEUは図体がでかくなりすぎて、機能不全になるのではないかという新たな怖れが出ている。歴史は流れるものなのだ。

今日は午後、留守番をまかされたので、書類整理をしたあと、ひとりで静かに読書をした。A Tale of Two Cities から抜粋。

A wonderful fact to reflect upon, that every human creature is constituted to be that profound secret and mystery to every other. A solemn consideration, when I enter a great city by night, that every one of those darkly clustered houses encloses its own secret; that every room in every one of them encloses its own secret; that every beating heart in the hundreds of thousands of breasts there, is, in some of its imaginings, a secret to the heart nearest it! ... My friend is dead, my neighbour is dead, my love, the darling of my soul, is dead; it is the inexorable consolideration and perpetuation of the secret that was always in that individuality, and which I shall carry in mine to my life's end.  --- A Tale of Two Cities (Penguin Classics, p. 44)

人間という人間が、みんなそれぞれお互い同士に対して、そんなにも深い神秘であり、秘密であるようにできているということは、考えてみれば実に驚くべきことである。たとえば夜、大きな都会に歩み入るとき、その真っ暗な闇の中にひしめき合っている家々の一つ一つが、それぞれ自分だけの秘密を隠している。そしてまたそれら一つ一つの家の、一つ一つの部屋が、これまた自分だけの秘密を秘めている。しかもそこに住む何十万という人の胸に脈打つ一つ一つの心が、これまたその中に描き出す思いの像については、最も近しいものにさえ測り知れぬ秘密だということ――考えてみれば、実に恐ろしいことではあるまいか。(中略)友も死んだ。隣人も死んだ。心の恋人、いとしい愛人も死んだ。いわばそれは、その個性の中に常に秘められていた秘密、そしてまた私自身の中にもあって、この生の終りまで持って行くに違いないだろう秘密、それの仮借ない凝結、永遠化ということなのではなかろうか。 ― 『二都物語』上(新潮文庫)、p. 22-3

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コメント

この抜粋に心打たれたことをコメントしたいと思いつつ、忙しさの呪縛にがんじがらめになっておりました。
ようやく解き放たれそうな希望が見えてきて、ちょっとお邪魔します。さかのぼってしまってすみません。
でも。
150年も前に、ロンドンというかけ離れた街で書かれたこの文章が、そのまま今の自分の気持ちと重なることができるって、やっぱり不思議ですよね。
いつも、帰りの電車(総武線か中央線ですが)の中から外を眺めていて、家々の窓の灯りを見るとき、まったく同じような思いを抱くんです。
窓にかかるカーテンとか、部屋の中の電灯とか、そんなのがチラッと見えて、それが窓ごとに違うのがわかると、なぜかちょっと恐ろしくも感じる。
それがきっと、深い神秘に対する畏敬かもしれないと、この一節を読んで気づかされました。

ディケンズは小学生のときに『オリバー・ツイスト』を読んでつまずいてしまいました。
『二都』ってパリとロンドンなんですね!
って、そんなことも知らないほど、興味が失せてました…(^^;
読んでみようかな。
と思えました。ご紹介くださり、ありがとうございます。

お加減はいかがですか?
結構、風邪がはやっています。
4月に向けて、どうぞしっかり治してくださいね~。

東京に戻るプロジェクト、影ながら応援しております。美味しいものが待ってますよ。
でも、東京なんか気にせずに地方(という言い方はいけないかな)でいい味だしているお店も、とても魅力があると思っています。
マンデリンさんの『二都』…「東京」と「福岡」?
物語もいいんじゃないかな。

投稿: kyono | 2007年3月30日 22:53

僕もこの部分に強烈に共感を覚えました。古典が読まれるのはやはり、kyonoさんが感じられたように時空を軽く超越して訴えかけてくるものがあるからでしょうね。じゃなきゃ、それが古典として残りようもないわけだし。

最近は高校時代のように、素直な気持ちになって古典に戻るという作業をしてみようと思っています。新刊本に振り回されているだけでは、この社会や人間の本質へ迫ることは不可能だろうと思うのです。

ディケンズは僕も以前つまづいています。これを機に、英日両言語で読み通そうと思っていますが、どこまで続けられるか……。少なくとも『二都物語』は読了し…た…い(不安)。

そうそう、この間のブログに書いてあったコブクロのベストですが、僕もこの冬よく聴きました(コメントで書けって感じですが)。kyonoさんに同感で、Disk2がいいですね。寒さの中にいながらも春の光を少しばかり感じる頃にぴったりというのも、たしかにそう思います。

投稿: マンデリン | 2007年3月31日 22:41

コメントで書け。
…なんて。
言いませんとも、そんなこと。
実はアウェイの方がなんとなく自由を感じます。
この心境については未分析。
自分のブログって、それなりに制約があるような。
それは私だけかもしれないので静かに分析してみます。
ともあれ、今日本屋さんで『二都物語』探したら、(下)しかなく、また挫折しました~。

投稿: kyono | 2007年4月 1日 23:26

そうそう、アウェイのほうが気楽ですよね。自分のブログって、どんなに小さくてもやっぱりメディアであって、発信される内容の責任を自分が負わなければいけないという意識が潜在的にあるんじゃないですかね。僕も書けることと書けないことがあるもの。

『二都物語』は大きな書店に行ったら必ずありますよ!

投稿: マンデリン | 2007年4月 2日 21:47

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