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2007年3月31日

貰いものの日記をつけたくなる

朝早くから玄関で騒がしく話しているなと思ったら、隣のおばあさんがゼンマイを持ってきていた。おじいさんが採りに行ったらしい。昼前には、親戚がいつものようにきれいな卵を持参。2番目の姪は、仕事先のオーナーのおばあさんから高菜を大量にもらって帰ってきた。

貰いもの日記をつけたらどうかと思うほど、いろんな人がいろんなものを持ってきてくれる。田舎の生活の面白みはこんなところにもある。

醤油屋さんが醤油を届けに来てくれた。毎回、一升瓶で数本置いていくのだが、こちらが連絡しなくても、だいたい頃合を見て、なくなりそうな頃に勝手にやってくる。ちょっと遠くなのだが、うちの醤油はもう数十年ここのしか使っていない。母に「お店はどこにあるの?」と聞いたら、「さあ、詳しくは知らない」という思ったとおりの答えが返ってきた。

3月が終わる。「ようやく」とため息とともに形容したくなるほど、とても長い1ヶ月だった。なんでそんなに長く感じたのか分からない。まあたくさん金が飛んでいったものだ。どうにかしてよ、と言いたくなるが、終わってみればとても気楽な月末だった。

1日1章読もうと思っていた A Tale of Two Cities はなかなか読み進められず、今日数日ぶりに2章読んで、やっと Book the First を読了。

内村鑑三の Representative Men of Japan の西郷隆盛の章を読んだ。英語が古いからか、文体の問題か、どうも頭にすっと入ってこない。新渡戸にしても岡倉天心にしてもそうだけど、近代日本が台頭していく頃の若々しい時代にしか書けないような、大胆な言葉が散りばめられている。時代の気分が感じられていい。こんなものは今の日本では書けないのだ。愛国という言葉を使うだけで異常に敏感になっている僕らは、ほとんど精神病じゃないかと思う。

風邪は3日あれば治るもので、今日はもうだいぶ回復した。外は猛烈に風が吹き荒れている。桜が身頃だというのに、きっとたくさん散ってしまったことだろう。

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2007年3月29日

鼻水や眠気と格闘の一日

昨日から珍しく風邪。ここ数日、寝不足が続いているところへ風邪まで引いてしまって体調が悪い。今回は何飲んでもあまり効果なし(というかいちばん大事なやつがちょうど切れていて、手元にないのだ!)。疲れているんだろうと思う。

にもかかわらず、今朝のミーティングに間に合わせるべく資料を作らなければならず、寝たのは朝4時。またすぐに起きて、朝早くからずっと話し合いや来客で横になることができなかった。

夜こそはゆっくりしようと思ったら、姉から頼まれごと。この4月から、姉は某地方新聞の記事を定期的に書くことになったのだが、その最初の原稿をタイプしてチェックする羽目になり、ついさきほど終わった。

鼻水や眠気と格闘しながらの一日でした。ああ早く寝よう。

なんだか最近はただの日記と化してしまっているが、お許しあれ。

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2007年3月28日

メロンパンは特になんということもなく

朝早くから大分へ。9時近くまでどこも霧が深く幻想的だった。いつも思うことだが、大分自動車道の日田へ入る手前あたりから随分と景色が変わり、山深くに入ってきたなという雰囲気になる。

湯布院を過ぎて別府あたりまでずっときれいな風景が続く。由布岳のあたりはまるで牧草地帯のような日本離れした景色だが、山を越えたら今度はすぐに湯煙と別府の海が見えてくる。ドライブするには、なかなかいいコースだと思う。

帰りに例のメロンパンを買った。ふわふわと柔らかいのはいいが、味に特段驚きや感動はない。まあでも、高速にこんなパン屋があったらいいだろうなということは認める。最近はコンビニやカフェもある時代ですからね。

陳情者の71%が暴行受ける(共同通信)

はあ、中国っていまだにそんな国なのか。まったく嫌になっちゃうな。

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2007年3月27日

「まばたきをしましょう」

マンションの鍵カードを返却。ああこれで本当に隠れ家(というとちょっと淫靡だけど)がなくなってしまったよ。まあ、またそのうちに。

コンタクトレンズを新しいものに換えた。別に不具合はなかったが、半年以上経っていたので。眼科の先生は相変わらず、暗い部屋に場違いなテンションの高さ。目に問題はなかったが、またしても「まばたきはちゃんとしましょうね」と言われた。

うーん、無意識にやっている筋肉の動きを意識して変えるのは難しいですぞ。というか、そんなにしてないのかなあ。まばたきの訓練をする――腹筋を鍛えるとか、腕立て伏せをするとかいうのと違って、なんという地味な話。

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2007年3月25日

各人が神秘であり秘密であり

今日は、イギリス議会が奴隷貿易廃止を決定してからちょうど200年になるんだそうだ。また、欧州連合(EU)の前身である欧州経済共同体(EEC)が発足して、ちょうど50年目に当たる日でもある。

欧州列強が奴隷貿易を廃止するに至った理由のひとつに、植民地貿易が発展し、現地での労働力がより必要になったことがある。一方、第二次世界大戦後に欧州がひとつへまとまっていく背景には、個々の経済力ではもう世界で立ち回れないという怖れがあった。そして今、そのEUは図体がでかくなりすぎて、機能不全になるのではないかという新たな怖れが出ている。歴史は流れるものなのだ。

今日は午後、留守番をまかされたので、書類整理をしたあと、ひとりで静かに読書をした。A Tale of Two Cities から抜粋。

A wonderful fact to reflect upon, that every human creature is constituted to be that profound secret and mystery to every other. A solemn consideration, when I enter a great city by night, that every one of those darkly clustered houses encloses its own secret; that every room in every one of them encloses its own secret; that every beating heart in the hundreds of thousands of breasts there, is, in some of its imaginings, a secret to the heart nearest it! ... My friend is dead, my neighbour is dead, my love, the darling of my soul, is dead; it is the inexorable consolideration and perpetuation of the secret that was always in that individuality, and which I shall carry in mine to my life's end.  --- A Tale of Two Cities (Penguin Classics, p. 44)

人間という人間が、みんなそれぞれお互い同士に対して、そんなにも深い神秘であり、秘密であるようにできているということは、考えてみれば実に驚くべきことである。たとえば夜、大きな都会に歩み入るとき、その真っ暗な闇の中にひしめき合っている家々の一つ一つが、それぞれ自分だけの秘密を隠している。そしてまたそれら一つ一つの家の、一つ一つの部屋が、これまた自分だけの秘密を秘めている。しかもそこに住む何十万という人の胸に脈打つ一つ一つの心が、これまたその中に描き出す思いの像については、最も近しいものにさえ測り知れぬ秘密だということ――考えてみれば、実に恐ろしいことではあるまいか。(中略)友も死んだ。隣人も死んだ。心の恋人、いとしい愛人も死んだ。いわばそれは、その個性の中に常に秘められていた秘密、そしてまた私自身の中にもあって、この生の終りまで持って行くに違いないだろう秘密、それの仮借ない凝結、永遠化ということなのではなかろうか。 ― 『二都物語』上(新潮文庫)、p. 22-3

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引越し終了

春の嵐でけっこう強い雨が続いたが、気温が低くなかったので時々窓を開けた。叩きつける雨音や激しくなった川の流れが、心地よい響きをもたらしてくれる。空気も気持ちいいし、自然の風景も美しい。こういうときは、田舎もいいもんだよなとつくづく感じるのである。

部屋の引越しが終了。前のマンションで使っていたシーリングライトを部屋に設置してみたら、意外と似合う。お気に入りのテーブルやキャビネット、カーペットなども、結局処分せずに持って帰ってきた。以前僕が買ったしゃれたテレビ台や貝殻デザインのローテーブルも、実家のあちこちから再び僕の部屋に戻ってきた。良いものは時間が経っても飽きないから素晴らしい。そんなこんなで、部屋はとても居心地の良い空間になった。

それから、前から予定していた食事会に参加。舟盛りの刺身が分厚くて幻滅。厚く切ったらいいというもんじゃないだろうよ。満足しなかったので、帰ってから家の夕食の残りをつまみに飲む。親戚や姉家族もちょうど揃っていたので、楽しく団らんした。

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2007年3月22日

根本的なところを考えないと

車を走らせていると、菜の花の鮮やかな黄色があちこちに目立つようになった。今日は久しぶりに春らしい暖かな一日だった。

いつも通り過ぎる高速道路のサービスエリアに焼きたてのパンを売る店があるらしく、そこのメロンパンがとてもおいしいと昨日テレビで言っていたので、今日さっそく寄ってみたら、ああなんと、逆方向のSAのほうだった。真っ当なレストランがあるのも反対側。こちらの上り方面は、旧態依然の典型的なSA。しょぼいなあ。

仕方ないので、どうでもいいカレーを食べた。なのに家に帰ったら夕食もカレーで、ちょっとショック。

知り合いの方がふたり相次いで亡くなっていたことを、今晩聞いた。ふたりとももともと乳がんを患っていて、再発を含めて十年近くがんと向き合って生きてきた。ここ数年は縁遠くなっていたのだが、状況を知っていたら、少しは役立つアドバイスができたのになと思う。

まわりを眺めると、がんだらけだ。乳がんの話で言えば、脂肪の幹細胞から乳房再建ができるようになっているのは素晴らしいことだが、もっと根源的な、発症しない、そして再発しないような根治治療を施せるようにならなければ、がんの恐怖から逃れることはできない。

まあ厚労省に期待しても無駄だろうが。

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2007年3月21日

ゆっくりと流れる休日の午後

寒いとどうもやる気が出ず、しなければならないことをずるずると後回しにして、だらだらと過ごす休日。

何か読もうかなと思って Charles Dickens, A Tale of Two Cities (Penguin Classics) を本棚から取って、introduction をざあっと読んだ。これはずっと昔まだ全然英語ができない頃に、背伸びして買った本だ。一度もまともに読んだことはない。今だって、この手の小説を読み通すにはある程度の気力が必要だ。でも、日本語の『二都物語』と対比して読んでみようかなと思う。

BBC World Service で、Rice Bowl Tales というシリーズがあり、最後は日本だった。20分ちょっとの内容を聴いたが、たいして中身はなかった。番組の根底に、日本人がなぜ日本の米しか食べないのかという関心があるのは分かったが、とてもそれに答えきれている内容だったとは思えない。でも、日本人だからそう思うだけかな? スーパーに外米が置いてないとか、米は political product だという発言があったり、渋谷の若者でさえ「一日に三度米を食べる」と答えたりしているのは、知らない人にはかなりインパクトがあるのかもしれない。

押入れの整理をしていたら、『沈黙の艦隊』がどっと出てきた。思わず座り込んで読みふける。あっという間に数時間。大西洋艦隊を相手にピンガーでやっつけていく場面は、何度読んでもかなり興奮する。荒削りな考えとも、理想主義ともいえるが、海江田艦長の口から出てくる主張は鋭くて美しい。核、戦闘、国家について散りばめられた言葉の意味は、漫画という次元を超えて考えさせられる深さはあると思う。最後の国連総会に出席するあたりが欠けているので、そのうち全巻揃えようと思う。

海江田艦長に感化されて、モーツァルトを聴いたりもした。ゆっくりとした流れの午後。毎日がこんなだったらなあ。いや、それじゃいかんよな。

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2007年3月18日

プラトンにはまっていた頃

マンションからの撤退をだいたい済ませた。これからしばらくは、実家の寝るだけだった部屋をちゃんと自分の部屋にして住まなければならない。

僕の部屋移動と、区画整理で家の小屋が引っ掛かるのと、物置部屋になっているところの再生と、他に本の整理やらなんやかんやで、向こう1ヶ月ぐらいは断続的に5部屋ほど片付けることになりそうだ。週末もおちおち寝てはいられない。

この際プリント類を全部捨てようと思い、どんどんファイルから外していると、プラトンの書物についてまとめた書き物が出てきた。ワープロの字なので、10年以上昔のものだと思う。「魂の不死と想起に関する抜粋」とか「『国家』における正義」といったテーマで、書き抜きしたり考えをまとめたりしてある。その頃の気分が垣間見えて懐かしかった。

それを見ながら思い出したけど、確かその頃、ある女子高校生の集まりに呼ばれて、「学ぶことと可能性の引き出し」という主旨の話をしたことがある。その話のもとになったのはやはりプラトンの『メノン』だった。プラトン、また読んでみようかな。

いろんな人からの手紙、探していた写真なども出てきた。デジタル化した今の世の中にはない味わいが、それらのなかには込められている。

いちばんびっくりしたのは、今は亡き義姉がくれた5千円札1枚が封筒の中に入っていたこと。添えられていた手紙から推測するに、ある節目のときに「少ないですけどお礼です」ということでもらったようだ。なぜそれを使うことなく取っておいたのだろうか。きっと大事に使おうと思ったのだろう。なんだか今さら使うのはしのびないので、来月高校へ進学する義姉のいちばん下の子に渡そうと思う。

作業をしながら、BBC World Service を流す。今日はやけにすんなり耳に入ってきた。世界中のひどいアクセントがたくさん聞けるのは World Service ならではだなと思う。

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2007年3月15日

日帰りで東京へ

さくっと日帰りで東京へ。結局、兄の代わりに僕が行くことになってしまった。泊まらないで帰ってくるのは初めて。なんだかもったいない感じもするが仕方ない。

帰りの便で、通路を挟んで斜め前に座っている人が、フットレストを強引に手で上げようとしていた。いや、それはボタンを押すんだよ、と教えてやりたかったが、声を出すには遠すぎたのでやめた。真っ当な人であれば、問題解決能力を有しているはずだから、そのうちきっと分かるだろう。果たして約1分の格闘ののち、脇にあるボタンに気づいてくれた。

羽田でアメリカン・エクスプレスのお姉さんに呼び止められ、渡されたカードをめくると「当たり」だった。まただ。この間も博多駅で当たったばかり。これで3本目のアメックスの緑のボールペン。ちょっと質の良いものだったら嬉しいけど、これが何の変哲もないふつうのボールペンなのだ。訝しげに「これ全部当たりなんじゃないですか?」と聞いたら、「いえ、そんなことはないんですよ」と当たり前の答えが返ってきた。加えて、「このボールペンは本当のアメックスのものですから」と。うん?、じゃあ偽物があるのかい?

羽田にはアメックスカードがあると無料で食事ができる場所があるが、第1ターミナルのほうなので、ANAばかり使っている僕はわざわざ行こうという気にならない。そんな話をそのアメックスの人としていたら、「ANA派なんですね。最近私もそうなんですよ」と。いや、別にANA派なんて呼ばれるような熱の入れようじゃないんですけどね……。この人はいちいち言っていることが面白かった。

行き帰りのフライトで、The Lotus Sutra の "simile and parable"(譬喩品)を読んだ。

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2007年3月14日

イスラムのことも勉強しなければ

なんだか2月より3月のほうが寒いような気がするが、庭や家の周りの雑草がここへきていきなり目立ってきたところを見ると、やはり確実に春になってきているのだ。

人に来てもらって庭の草むしりをしてもらった。でも、全部まかせるのはしのびなくて、途中少し手伝う。体を動かすことはいいことだし、土の匂いをかぐのも気持ちいい。

枯れ葉は冬の間そのままにしておいたが、全部取り除いた。溜まっていたあたりだけ苔が生えておらず、緑にむらがある。誰だったか、日本の庭は芝生じゃなくて苔じゃなきゃ、と主張している偉い人がいたが、僕もそれには賛成だ。

冬眠から寝起きのカエルは1匹しか見かけなかった。むちゃくちゃ動きが鈍い。

今週放映されている『BS世界のドキュメンタリー』のシリーズ「イスラムの新しい風」をずっと見ている。イスラム教徒が大半を占めるコミュニティで住んだことがあり、少なからずイスラムの世界には興味があるので。

彼らの敬虔さと団結力は、個人主義で世俗的なヨーロッパにおいて社会を席巻しつつある。キリスト教国中心に世界が動くのはいつまでだろうか、イスラム教国もしくは中国やインドといった非キリスト教国が世界の軸になったときには、一体どんな世の中になるのだろうか。そんなことを時々考える。

いずれにせよ、早晩イスラムは避けて通れなくなるだろうなと思う。きちんとした知識と見る目をもっておかないといけないだろう。

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2007年3月12日

間違いで嬉しいことも憤ることも

体がなまっていたので、車の代わりに自転車に乗ったら、夕方から脚にだるさを感じている。こんなではダメだな。体力つけないと長い人生楽しめない。気をつけなければ。

今週、兄たちが急に東京へ行くことになった。いつもなら正規の割引航空券を買って、ちゃんとマイルも貯めるのだが、先週末から春休みモードだから正規のものは高い。なので、格安比較サイトで一斉見積もりをしたら、4件ほど返信があった。

そのなかでいちばん安かった会社へ電話をして、提示された見積もり価格を伝えると、
「えぇと、ちょっと待ってくださいよ。あれ、それは発信した者の入力ミスですね」
「じゃあ、もっと高いんですか?」
「はい、この時期はですね。う~ん、でもいいですよ、そのお値段で」
ああ、なんといういい加減さ。素晴らしい。

郵便物のなかに、所属する専門の協会から年会費の支払いに関する手紙があった。19年度の会費の振込み依頼とともに、18年度分が未納ですという書類が入っている。
おいおい、とっくの昔に払っているじゃないか。だから会員証ももらってるんだし。ちゃんと調べてよね。ありえない。

航空券の話も年会費の話も、日本人の仕事ぶりとしては珍しい…と思うが、いや、今はあんまりそうでもないのかな。

下のふたつは、どちらも厚労省関係の調査。いろんなことをデータ取りしているんですね。

7人に1人が自傷経験 20代前半女性、厚労省調査で(共同通信)

このニュースには驚愕というか、力が抜けてしまうというか。本当なんだろうか。

既婚者35%がセックスレス=1カ月以上、2年前より増加-厚労省研究班(時事通信)

少子化との関係があるとし、「国は、労働時間の短縮など、夫婦がもっとうまく意思疎通できるような環境整備に早急に取り組むべきだ」と書かれているが、果たしてそこに直接的な関係があるのだろうか。それに、国がそんなことの面倒まで見なければならないのだろうか……。

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2007年3月11日

"Expedient Means" を読む

ちょっとしたお祝い事で方々からケーキをいただき、昨日から家族で無理して食べている。

それだけならまだいいのだが、昨晩は知り合いの夫婦がやっているお店で食事会。佐賀牛のしゃぶしゃぶなどいろいろとサービスをしていただき、10品以上も口にした。久しぶりに、苦しくなるぐらいたくさん食べた。

さすがに今朝はコーヒーのみ。

The Lotus Sutra の "Expedient Msans"(方便品)を読んだ。The World-Honored One (世尊)が「今までは方便を説いてきた。真実の教えは深く難しく理解しがたい。だからこれ以上述べるのはやめておこう」と突然言い出し、Shariputra(舎利弗)が「お願いだから教えてください」と何度も懇請するところから始まる、法華経で重要とされている部分である。

英語で読むほうが分かりやすい。流れをつかむのは圧倒的に日本語より英語だなと気づいたが、深みや味わいという部分では果たしてどうだろうか。

岩波文庫の『法華経』は、サンスクリット語の「正しい教えの白蓮」と、鳩摩羅什の「妙法蓮華経」の日本語訳を対比して載せているが、だいぶ受ける印象が違う。日本語でもそうだから、サンスクリット語が読めて漢語の知識もあったら、さらにそのニュアンスの違いが読み取れるのだろうと思う。言語にはそれぞれの世界観があるのだから、それは仕方のないことだ。

以下は、昨日読んだなかで感銘深かったくだり。

"The Buddhas, the World-Honored Ones, wish to open the door of Buddha wisdom to all living beings, to allow them to attain purity. That is why they appear in the world. They wish to show the Buddha wisdom to living beings, and therefore they appear in the world. They wish to cause living beings to awaken to the Buddha wisdom, and therefore they appear in the world. They wish to induce living beings to enter the path of Buddha wisdom, and therefore they appear in the world. Shariputra, this is the one great reason for which the Buddhas appear in the world." - from The Lotus Sutra (columbia University Press, 1993, p. 31)

静かな日曜日の朝。清々しい気分だ。やっとお腹もすいてきた。

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2007年3月 9日

今週を乗り切って

今週始まるときは、はっきり言って首が回らない状態だったが、終わってみれば当座の支払いはきれいにできて、しかもなんとか向こう2、3ヶ月の目途も立ちほっとしている。この1週間を乗り切れなかったら本当に危ないぞ、と顔面をぴくぴくさせながら不安でいっぱいだっただけに、ちょっと今日は感慨深い。

しかし、支払い先が多くて嫌になっちゃうな。個人事業のほうはまだしも、会社のほうは何もしていなくても、決算のときは諸々の税金や税理士への手数料でかなり取られちゃいますからね。

某金融機関で新しくうちの担当になった若者が、今日書類の返却に来たついでに、「すみません、ひとつ契約してくれませんか」と、ローンカードの契約書を取り出した。3月でたいへんなんだろうけど、こちとら今家族のローンやクレジットカードをどんどん減らすことに精を出している最中なのでありまして。

僕も、持っているだけで何かと好都合な Amex  のグレードの高いものだけを手元に残して、あとは残債を返すことに専念することにした。だから、だめだめと追い払おうと思ったけど、色白の真面目そうな彼の顔を見ていると、まあじゃあ手続きだけでもしようか、ということになった。僕も色白で絶対に黒くならないので、九州男児のなかで肩身が狭いであろう彼が不憫に思えた。プレミアリーグが好きだというので、ちょっとばかり盛り上がる。

「ノルマ達成までまだ大変なの?」
「えぇ、3月は長いですよ」
給料をもらって生きるには、それなりの苦労があるんだよな。

年末から続いていた財政面での心配からとりあえず解放されて、どっと疲れが出てきた。でも物事が前進しての疲れだからいいか。

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2007年3月 6日

れんげ草に法華経に心動き

昨日一日のことを振り返ってみると、朝から晩まで良いことや芳しくないことがごちゃまぜになって次々と報告され、僕の心はまるでジェットコースターみたいに上に行ったり下に行ったり。それに振り回されないよう、気を引き締めている。

晴れているが風は冷たい。外を歩いていると、田んぼの脇につくしが顔をのぞかせていた。小道に沿って、れんげ草も咲いている。

小さい頃、春の田んぼといえば一面れんげ草だったように思う。他人様の大切な田んぼにみんなわがもの顔で勝手に下りていって、裸足で遊んでいた。たしか、れんげ草の蜜を吸うのがうまい奴がいて、僕は真似しようとしてもなかなかうまくいかなかったんだと思う。いつの頃からか、れんげ草は田んぼからほとんど消えてしまった。

昨晩寝る前に、何か読む本がないかなと思って押入れを開けたら、法華経の英訳本、The Lotus Sutra translated by Burton Watson (Columbia University Press, 1993)が目に入ったので、それを引っ張り出した。

最初のところに Translator's introduction があり、それを読んでいると、法華経の成立年代がはっきりしないことや大乗仏教の流れなど、あらあら知っていることが書かれている。しかし、そのなかで「ああ、なるほどな」と思う面白いことがひとつあった。

法華経を読んでいるとたびたび出合うのだが、訳者が書いている通り、仏が「今まさに法華経を説こうと思う」と言ってみたり、「こういうふうな次第で法華経を説いた」とか、逆に「このように説いていくつもりだ」とか述べたり、この教えをどのように敬っていくか列挙したりする。しかし、実際の説いたもしくは説こうとする教えが、一体どれなのか、法華経のなかでとなるとどこからどこまでを指してそういっているのか判然としない。

訳者は他の研究者のこんな言葉を引用している。すなわち、法華経は決して述べられることのなかった教えである。長々とまえがきがあって、本文がないようなものだ、と。

これを受けて訳者は、真実の悟りというものは絶対的に言葉では表現し尽くせない深いもので、どんなに経を説いたとしても、所詮その周辺を語るだけであって、真ん中の真実のところはどうしようもないのだ、ということだと解釈する。

「難解難入」「言語道断」なのだから、そうなんだろうと思う。宇宙や生命というものがそう簡単に言い尽くせるはずがない。このとらえどころのなさ、漠然としているあたりが、仏教のダイナミズムであり、面白さ、懐の深さなんだろう。

28品のなかの1品ぐらいはこの英訳で読んでみようと思う。

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2007年3月 5日

『たそがれゆく日米同盟』

いかにも春というようなうららかな天気で、気持ちのいい週末を過ごした。今年は雛壇を出すことなく終わってしまったが、みんなでちらし寿司を食べてお祝い。ひと月ぶりにビールを飲んだら、1杯でくらくらした。「できるだけ禁酒」状態はもう2年になる。飲むときは飲むし、飲んで楽しむことはするが、飲酒を習慣にしないという姿勢。すっかり体になじんで、今では無意識に実行している。

朝早く起きようと努力しているが、こっちのほうはなかなか難しい。昨晩は早く床に着いてみたが、逆にいつもより遅くまで眠れなかった。もうろうとしたところで、どでかい雷が鳴って呼び戻されるし。結局、読みかけだった本を読了してしまった。

『外交敗戦』に続いて、同じ手嶋龍一の『たそがれゆく日米同盟―ニッポンFSXを撃て』(新潮文庫)を読んだ。日本の戦後安全保障史を読むたびに、FSX(次期支援戦闘機)の文字が出てくる。一体何が問題だったのか?という疑問はずっとあったので、手にとってみた。戦闘機を純国産で開発しようとした日本側の試みが、アメリカの一部の勢力によって、ずるずると日米共同開発へと後退させられていくという話。

FSX問題が起こったのは80年代の終わりなのだが、当時の日本はバブルの絶頂で、その経済力はアメリカ指導部を震撼させる勢いだった。実際、国際政治の論文のなかでも、日本脅威論がかなり存在した。FSX問題がそれと強くリンクしているところが興味深い。時代が生んだ問題だったともいえる。

それから、政治というのは、どこかで意図的に流れができてしまうと、そこに意識も議論も集中してしまい、問題の全体像が薄らいでしまう危険性があるということを、あらためて感じた。アメリカは政府も議会も、FSXについて最初は何も注目していなかった。それが、あるひとりの国務省職員の精力的な動きによって、連邦議会から火の手が上がった。

FSX問題から十数年を経て、今では日本脅威論は存在しない。湾岸戦争を機に、自衛隊の活動も変わってきている。しかし、FSXのときに投げかけられた日本の長期的な安保政策の方針は、いまだに揺れている。揺れているのはいいが、しっかりとした議論すらないのではないだろうか。

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