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2007年2月12日

インドの国力は知力

昨晩遅くテレビをつけたら、NHKスペシャルの再放送で、IIT (Indian Institute of Technology) を中心としたインドの教育についてやっていた。

IIT のことは、Thomas Friedman の "The World is Flat" で何度も言及されていたのでその本のなかで知ったのだが、映像を見ながら、あらためてIIT のレベルの高さと卒業生たちの世界的でハイレベルなネットワーク、そして彼らの国家への報恩の気持ちの強さに驚きを感じた。

Friedman が書いていたが、IIT で勉強することと比べたら、Harvard や MIT なんかとっても楽なんだそうだ。IIT を卒業してアメリカに留学するとそう思うらしい。今や IIT の卒業生は世界的企業から引っ張りだこである。

IIT は独立間もない1951年(だったと思う)、ネルーの肝煎りで最初の学校が創立されている。国力をつけるには知力であるというねらいがあった。しかも最初は国にすら財力がないので、数学というお金のかからない分野に特化した人材を生み出していく。それが大きく花開くのは、コンピュータの時代が到来したこととネットによって地理の概念が崩壊してからであるが、教育が一朝一夕で成果が出る事業でないことを考えれば、50年前からの地道な国レベルでの取り組みがあったればこそなのである。

番組ではその他、小学校での算数の授業や、貧しいが向学心に燃える若者たちが何百人と集まって朝から夕方まで勉強している姿などが映し出された。

国全体としては識字率が低いとか進学率が低いという問題があるが、なにせ人口の母数が桁違いなのだ。若者は5億人いるのだという。人材はくさるほどいる。そしてフラット化した世界にあって、彼らは世界を相手に仕事ができる。彼らにはそもそも英語という強大な武器があるのだから。

Friedman の本にはこんな話も出てくる。アメリカの学生の家庭教師はネットを通じてインド人がやっているとか、アメリカの病院で撮った MRI の画像をインドにいる解析専門の医師が見て診断するとか。時差がちょうどいい具合になっていることもあるが、仕事のできる知的労働者がインドではたくさん見つかるのだ。しかも勤勉とくるから申し分ない。

番組を見ていて、だんだん怖ろしくなってきた。教育レベルが悪化している日本は、いったいこれからどうなっていくのだろう。英語も使えないし。あんなの見ていたら、ゆとり教育なんて吹き飛んでしまう。「彼らはお金目当てでしょう」と見下して自己満足するのは簡単だが、結果的に僕らは経済的に圧迫を受けることになるし、教育の失敗がその根本原因になる。しかも、 IIT の学生たちには、お金以上の崇高な使命感みたいなものがある。なんたって、モットーが "dedicated to the service of the nation" だから。そこから来る彼らの根性たるや、今の日本人はとてもかなうまいと思う。

今ひとりでじたばたしても意味はないのだが、昨晩からずっと、とても落ち着かない気持ちでいる。

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