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2007年1月23日

「政治は素人がやる」に賛成

昨日はココログのメンテナンスが一日のなかで3回もあり、その前後もつながらない状態だったので書くのを諦めた。トラブル続きですなあ。ココログは大丈夫なんだろうか。

そのまんま東が強調する「政治は素人がやるべきだ」という考え方は、政治の理想としては正しいと僕も思う。政治は常識の範囲でできることだからだ。

政治の玄人の意味するところが、大胆な策を何ひとつ打てない官僚の代表のような頭の固い政治家、政治エリート化し世間の感覚と大きくずれてしまったような政治家、政治家一家に育ち政治の世界に生きるノウハウには長けていても別に他に何の能力もないような世襲の政治家のことを指すのであれば、玄人なんていないほうがいい。

僕は政治のプロを自認する人々のなかで仕事をしたことがあるが、官僚がほぼすべての政策案をつくり、政治家はそれを丸ごと認めるか、細かい部分の訂正をするぐらい。官僚は世間の人々の感覚とはほど遠い。世間とは断絶した世界で生きている。だからこそ、最終的な決定権をもつ政治家は、一般人の感覚を肌身で感じて物事を判断しなければならないのだ。それができないのであれば、政治は死んだようなものだ。

だからといって、政治家は誰でもいいというわけではない。明確なビジョン、具体的な政策、鋭い問題意識、政策決定過程の知識、社会を変革したいという情熱、説得力のある弁論術、人を惹きつける人間性など、必要とされる要素は多い。しかし、それらはまずもって選挙を通じて、有権者に冷静に判断されていく内容だ。

日本国の借金は、地方まで合わせると1600兆から2400兆円になるという。こんな事態に至った責任を、政治の玄人たちは取ろうとしないではないか。宮崎県という枠組みのなかで、そのまんま東はその無責任さを問うたのだと思う。そして、それは県民に響いたのだと思う。

彼にはこれから様々な抵抗勢力が待ち構えている。まず、本来下僕として言われたことを遂行すべき立場の県職員。「それは違います」という言葉を部下から浴びせられることだろう。議会が抵抗するのは仕方ない。そもそもそういうシステムなのだから。それが政治の健全化に寄与するものであればいい。理不尽なものであれば、県民が判断するだろう。最大の抵抗はもしかしたら、あらゆる勢力が結託して探し求めるスキャンダルかもしれない。そういうものが出てこないことを願うが、突いていったら芸能人なだけにいろいろ出てくるだろうなあ。それを大袈裟に伝えるんだ、悪意のあるメディアは。

翻って、世襲でなければ当選しそうもない国会議員はたくさんいるんじゃないだろうか。世襲ということで騙されている有権者は多くないだろうか。そんな意味の政治の玄人は全然必要じゃない。

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