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2007年1月18日

うどんのくだりが気になって

移動中、手嶋龍一の『外交敗戦』を読み始めた。手嶋さんは9・11のときのNHKワシントン支局長として有名で、名前や近著『ウルトラ・ダラー』は知らなくても、顔を見たらみんな「ああ、あの人か」と頷くだろう。

この手の本を読むと、やっぱり政治関係の本って好きなんだよなと思う。時間をつくって、ぼちぼち読んでいこう。

年末から気に掛かっていたことを解決すべく、丸善へ行った。ものすごく些細なことなんだけどね。『海辺のカフカ』の主人公の少年が家出して高松へ着いて、まずうどんを食う場面があるのだが、そのくだりはこう書かれている。

僕は東京で生まれ育ったから、うどんというものをほとんど食べたことがない。しかしそれは僕がこれまでに食べたどんなうどんともちがっている。(中略)あまりにうまかったのでおかわりをする。(新潮文庫、上p. 67)

これを英訳ではどう説明しているのだろうかという疑問があった。僕ら日本人は、さらっとこの文章を受け流せる。東京はそば文化だから、あまりうどんを食べたことがないというのも、だから讃岐うどんを食べておいしかったというのも、容易に想像がつくし納得できる。

しかしこれを直訳した場合、文化背景が分からないからちんぷんかんぷんだろう。どんな風に意訳しているのだろうか。その答えを求めて、洋書コーナーで英訳本を手にとって、該当ページを探した。

答えは、最初の一文はそのままで、次の文のなかに、「うどんの本場(Udon Central)・四国」という説明が挿入してあった。ああ、そうか。それだけで最低限のことは分かる。僕だったら、「なぜなら東京にはうどん屋があまりないからだ」とか、「なぜうまいかというと、高松は讃岐うどんという有名なうどんの街だからだ」とか冗長な説明をしてしまうだろう。原文をなるだけ崩さない翻訳は難しいなと思う。

翻訳のことで引っ掛かるのであれば、そういう文はこの小説のなかに無数にあるのだろうが、たまたまぱらぱらと読み返していてそこに目が行った。書店から帰ってきたあとにこの疑問を思い出すことが何度かあり、そのたびに確かめてこなかったことを残念に思っていたので、やっとすっきりした気分。小さなことではあっても、どうでもいいことではなかったのだ。

――そして今、そばとうどん、どちらを食べたいかと問われれば、……そばを食べたい。ずるずる音を立てて、ざるそばを食べたい。でも、そばだけじゃ満足できないから、丼ものも少し食べたい。九州でそば屋はあんまり見かけないのだ。

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NHK前ワシントン支局長の手嶋龍一(てじまりゅういち)氏が2005年独立し外交ジャナリスト・作家に転進した 表題は2006年3月に発行された同氏の作品で北朝鮮による「精巧な偽100ドル札(余りに精巧な出来で最新の検知器でも検知できない その為ウルトラ・ダラーと呼ばれる)」の印刷と使用目的を幾つかの散在する事実をつなぎ合わせ、北による一つの壮大な計画---ミサイルの購入資金の調達に思い至る {/kaeru_shock1/} こ... [続きを読む]

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