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2006年12月17日

夢とうつつの狭間で

今年はもうこのマンションに来ることはないかもしれないと思って、部屋の大掃除をした。といっても、どんなに丁寧にやっても1時間ちょっとしかかからない。物がほとんどないので掃除はしやすい。隅っこに溜まっていた埃を取り払うと、不思議と心まで洗われたようで、とても穏やかな気持ちになった。

昨晩遅くなってから、知人と近くのファミレスでおしゃべりを始めた。帰ってきて、それから『アマデウス』のDVDを見始める。以前、途中で寝てしまって、もう一度見よう見ようと思いつつ、何ヶ月もテーブルの上に置かれたままだった。よーし見るぞ、と気合いを入れたのはいいが、いかんせんすでに午前3時半。しかもソファで横になった状態。1時間もしないうちに寝入ってしまった。次に目が覚めたときは朝6時を過ぎていて、すでにエンディングに近づいていた。夢かうつつか分からない状態で、まぶたが閉じては開き閉じては開き、記憶が途切れ途切れのなかで映画は終わってしまった。ああ、またいつか見よう。

昔住んでいたマンションのことを思い出した。そこは建物の真ん中に行くほど高くなっていて、横に100メートル近い長さを持つ奇妙な建物だった。海が近いせいか、その外観は南国のハーバーを彷彿とさせるデザインになっていた。新しくできた街で規制が厳しかったのだろう、部屋から見渡す限りけばけばしいネオンはなく、これみよがしの看板もない。散歩は美しい砂浜へ行くのが常だった。

しかし、思い出したのはそんなことではない。その部屋で、ときに僕は吐き気を催していた。実際に嘔吐するわけではないが、時々見えない何ものかによる責め苦を受けていたのだ。

それはいつも突然やってくる。数秒前に予兆が始まる。わーん、わーんと頭が響く。そして、二人組みの黒装束の男たちがぴょんぴょん跳ねながら近づいてくる。僕はだんだんと圧迫感を感じ、呼吸が苦しくなって四つんばいになる。彼らは苦しむ様を楽しむかのように、けらけらと高笑いをする。僕は耐えるしかない。数分すれば、その何ものかはすっと消え去っていく。

こんなことが何度も起こった。ついには、その部屋以外の場所でも起こるようになった。僕はその間、本当に何も抵抗できない。こっちのことはお構いなしに、好き勝手な時間に彼らはやってきて、僕を苦しめた。

この現象が何だったのか、もちろん定かではない。そしていつの間にか、それは起こらなくなった。人は、ストレスでしょうとか、精神的なものでしょうとか言う。きっとそういう説明で正しいのだろう。しかし、それは何かもっと手応えのある存在であり現象だった。どこかで僕という存在としっかりとつながっているような気がした。

あれは何だったのだろうか。あのとき僕は、夢のなかにいたのだろうか、うつつの覚めた状態にいたのだろうか。

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