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2006年12月10日

肉体表現と三島の生首

養老孟司の『身体の文学史』(新潮文庫)を昨日読んだ。この本の意図のひとつは、「三島事件とはなんだったのかを考えることだった」と著者があとがきで述べているが、いつも三島に関してはそうだが、分かったような分からなかったような、あやふやな気持ちが残ってしまった。

人間には「身体」と「心」があるが、江戸以降、日本の社会では身体が喪失し、心が世界を構築するようになってしまった。文学の表現も心が占拠することになり、肉体は厄介な存在となってしまった。そういうなかで、しかし完全に消し去ることのできない自然=肉体を、文学はどのように扱ってきたかということを、養老はこの本のなかで書いている。

この観点からいくと、漱石も鴎外も芥川も、皆が皆、心ばかりを見ようとした。明治からの作家は、社会がそうであったように、身体を扱わなかった。中世のように生々しく描いた作家として彼が挙げているのは、『楢山節考』の深沢七郎やきだみのる(後者は、この本で初めて名前を知った)である。

心=意識=人工(作り出されたもの)の代表である三島由紀夫が、身体=無意識=自然を論じる深沢に対して「どうも、うす気味わるい」ともらしていたというエピソードが登場するが、彼が『太陽と鉄』で述べているように、最終的に「肉体の言葉」を渇望することと合わせ考えると、それだけ身体への意識というものが、実は若い頃から強くあったのだろうということをうかがわせる。

この本の主題からいくと、心と肉体が極度に乖離し、いびつな形で社会を動かす心に対して、三島は肉体を鍛えることで、そして肉体で表現することで抗しようとしたということなのだろう。しかし、自然である身体をボディビルという人工によって、やにむに作り上げるとはいかがなものか。それに対して養老は、「だからこれは悲劇なのである」(p. 200)という。そうでもしなければならなかった日本の状況だったと。「まことに日本的な事件だったというほかはない」(p. 213)。

三島自身は『太陽と鉄』のなかで、男にとって「見られる美」は「美しい死」のときだけであり、その破壊のときにこそ、筋肉の存在を如実に感じ、その全的存在が保障されると書いている。割腹し、生首をさらした三島は、養老がいう意味での、究極の「身体表現」をしたということになるのだろう。

だから、三島事件を、三島自身の単なる個人的な出来事として見るのではなく、文学上の(つまり社会性のある)問題であることとして捉えるべきだと、著者はいうのだ。あれ、こうやって書いていると、なんとなく分かったような気がする。まあ、もうちょっと考えてみよう。

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