« 無事に | トップページ | 宗教性がなくてもいいんじゃない »

2006年12月24日

そうだ、ちっぽけなことなのだ

斜面が一面みかん畑になっている山へ行った。暖かな天気も手伝って、ほのぼのとした風景が眼前に広がっている。

人工的な音は何ひとつなく、ただ野鳥たちがどこか遠くで鳴いているばかりだ。それがよけいに山の静寂の深さを感じさせる。

みかんを育てている農家の人だろう、向こうに小さく動いているのが見える。ああ、実に自然の一部と化しているではないか。

この山の上にある施設に、姪のひとりが住んでいる。時折、面会に来て、1時間ほど一緒に過ごすようにしている。

彼女は生まれてこのかた、言葉を発したことがない。複雑な考えも持ち合わせてはいない。しかし、かけがえのない美しい心を持っていることは、接した誰もが知っている。

人間は生まれて、やがて言葉を覚え、いろいろな思惑を抱くようになる。それは本当に成長なんだろうか。心のキャンバスはどんどん黒くなっていくばかりではないだろうか。肉体は大きくなるけども、精神は萎縮していってはいないだろうか。ついには肉体も衰え縮み、心身ともに醜い人間になっていってはいないだろうか。善く生きることは実に難しいことなのだと思う。

彼女はケーキが大好きだ。だから今日は、クリスマスケーキを持って行った。ぺろりと食べてしまったよ。

下界では、容易に「生きる意義」を見失ってしまう。もしくは見誤ってしまう。だから人間は、しばしば自分の今の立ち位置を把握し、道標に間違いがないかどうか確認をしなければならない。僕にとって、この姪と過ごす時間はそういうものだ。

いろいろと苦しいことは多い。しかし、そんなことはどうでもいいことなんだと、彼女の表情は僕に訴えかける。そうだ、そんなことは、宇宙の営みのなかではあまりにもちっぽけなことなのだ。

明日になったらまた現実に直面するだろうが、今この瞬間そう思えることが、そう思いなおせる時間があることが大事なのだ。

|

« 無事に | トップページ | 宗教性がなくてもいいんじゃない »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: そうだ、ちっぽけなことなのだ:

« 無事に | トップページ | 宗教性がなくてもいいんじゃない »