« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月31日

1年を振り返って

餅つきをしたり墓参をしたりと、何かと伝統的な行事が多い年末。仕事も今日まであって、今やっとゆっくり時間が取れた。紅白を見ながら、今年のブログのエントリーを振り返ってみた。

読み返して気に入ったものを、各月ひとつかふたつずつリストアップする。

1月26日 はかなさと罪とhonesty―堀江逮捕で感じたこと

1月31日 「他者」を仮想する力

2月8日 共同体の外部にいる「私」

2月21日 野上弥生子―漱石先生への思い

3月3日 永田寿康氏の姿を見て

3月20日 草むしりに精を出す

4月21日 高速バスにひとり、そして加納クレタ

5月6日 どこへも行かない、何もしない旅

5月10日 ねじまき鳥と「本当の私」

7月19日 新聞の将来はどうなるのだろうか

8月21日 世の中は仮説だらけ

9月13日 滝川クリステルはなぜ斜め?

10月13日 「海の神々」展、平家納経

10月20日 秋の夜の匂い

11月24日 縄跳びと三諦、そして暗闇へ

12月24日 そうだ、ちっぽけなことなのだ

皆さま、次の一年間が希望に満ちた日々でありますように。来年もよろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月27日

想像力と責任

姉歯被告に対して裁判長は、事の重大さの認識や反省の欠如を指摘し、じゃあなぜ彼がそうなのかと考えたときに、結局どういう思いでみんながそこに住んでいるのか、「そういうことに対する想像力がなかったのかと思う」と説諭のなかで述べている。

『海辺のカフカ』には、想像力と責任を結びつける話がいくつか出てくる。例えば、ナチスでホロコーストを指揮したアイヒマンの裁判に関する本(おそらく『エルサレムのアイヒマン』?)の話。

わざわざ主人公の少年がこの本を読むのは、実務家として任務を全うしただけのことだという、なんら悪びれるところのないアイヒマンの姿を通し、「想像力のないところに責任は生じない」「責任は想像力の中から始まる」ということを、著者が主張したいからだと思う。そしてこれは、登場人物たちを貫くテーマでもある。

以前このブログで引用した部分も、まだそのときは読書の半ばだったが、振り返ってみるとこのテーマに沿った想像力の欠如についてだった(このときは、狂信的なフェミニストに対して)。

その意味で、裁判長の言葉は的を得ているのかもなと思った。これは別に、姉歯さんだけの特殊な問題ではなくて、僕たちみんながそういう危険性をはらんで社会生活を送っているという警告だと思う。私の想像力は十分に豊かだ、と胸を張れる人はどれぐらいいるだろうか。

自分の胸に手を当てて、よくよく考えてみよう。僕は自分のことを考えたら、しばらく自己嫌悪に陥った。

しかし、『海辺のカフカ』の少年は、想像力ゆえに苦しくなってこの現実世界から去ろうとし、また想像力ゆえに、最後は現実を耐えて生きていこうと誓う。そうして、真に「世界でいちばんタフな15歳の少年」へ一歩を踏み出したのだと思う。

想像をたくましくしたところで、過去が消えるわけではない。しかし、そうしなければ未来への建設的な歩みもない。想像力をもって、つまり責任を感じて生きていくことで、未来のなかで、過去は新たな意味を持って蘇ってくるのではないだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月26日

宗教性がなくてもいいんじゃない

昨晩は福岡市内のホテルのバーで、クリスマスと忘年会を兼ねて、仕事の関係者と飲んだ。外のイルミネーションがきれいで、ただでさえ人が集まるスポットなのに、ふだん以上に外はごった返している。バーもクリスマスバージョンのライブが行なわれ、いつもより混んでいる。

みんな、クリスマスを楽しく過ごしたいのだ。それだけなのだ。この際、宗教が云々などとやかましいことを言う必要はない。確かにヨーロッパで体験したクリスマスは、宗教的な雰囲気に包まれ、静かで厳かで家庭的なものだった。

それに比べて、単なる男と女のイベントのひとつと化している日本のクリスマスだが、この土壌ではそうなったのだから、そのまま受け入れることをしてもいいのではないかと思う。1年が終わるという時の重なりもあって、ひとつの区切りとして、新たな歩みを始める時間として、またはただ単にほっとしたくて、騒ぎたくて、このイベントを有効に使うのだ。なんでもいいから思い出にしたいのだ。叙情的な国民だから、それでいいんじゃないのか。

センスのいい渋いマフラーをプレゼントで頂いた。さっそく今日から使っている。うーん、似合ってるぜぇ。久しぶりにうきうきした気分になった。これであと数日頑張れそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月24日

そうだ、ちっぽけなことなのだ

斜面が一面みかん畑になっている山へ行った。暖かな天気も手伝って、ほのぼのとした風景が眼前に広がっている。

人工的な音は何ひとつなく、ただ野鳥たちがどこか遠くで鳴いているばかりだ。それがよけいに山の静寂の深さを感じさせる。

みかんを育てている農家の人だろう、向こうに小さく動いているのが見える。ああ、実に自然の一部と化しているではないか。

この山の上にある施設に、姪のひとりが住んでいる。時折、面会に来て、1時間ほど一緒に過ごすようにしている。

彼女は生まれてこのかた、言葉を発したことがない。複雑な考えも持ち合わせてはいない。しかし、かけがえのない美しい心を持っていることは、接した誰もが知っている。

人間は生まれて、やがて言葉を覚え、いろいろな思惑を抱くようになる。それは本当に成長なんだろうか。心のキャンバスはどんどん黒くなっていくばかりではないだろうか。肉体は大きくなるけども、精神は萎縮していってはいないだろうか。ついには肉体も衰え縮み、心身ともに醜い人間になっていってはいないだろうか。善く生きることは実に難しいことなのだと思う。

彼女はケーキが大好きだ。だから今日は、クリスマスケーキを持って行った。ぺろりと食べてしまったよ。

下界では、容易に「生きる意義」を見失ってしまう。もしくは見誤ってしまう。だから人間は、しばしば自分の今の立ち位置を把握し、道標に間違いがないかどうか確認をしなければならない。僕にとって、この姪と過ごす時間はそういうものだ。

いろいろと苦しいことは多い。しかし、そんなことはどうでもいいことなんだと、彼女の表情は僕に訴えかける。そうだ、そんなことは、宇宙の営みのなかではあまりにもちっぽけなことなのだ。

明日になったらまた現実に直面するだろうが、今この瞬間そう思えることが、そう思いなおせる時間があることが大事なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月23日

無事に

昨日は冬至だったので、かぼちゃを食べてゆず風呂に入った。かぼちゃのお菓子をもらったので、ついでにそれも食べた。

今日はゆっくり昼まで寝てたら、家族がすでに掃除モードになっており、流れにまかせて僕も部屋の大掃除をした。

今月初めに受けた試験の結果が届いた。無事合格(何の試験を受けたかは秘密。たいしたものではないので。ブログのずっと前のエントリに書いてある)。

まだ泥のついた、見た目からいかにもおいしそうな蓮根をいただいたので、それをさかなにお酒を飲んでお祝いした。

『海辺のカフカ』を読み終わっていろいろ考えてたけど、もう一度読まないとよく分からない。さらっと読み通せるけど、実は全然軽い小説ではない。でも、今日はもうくらくらしているから、考えるのはやめよう。

今日から夜は徐々に短くなる。半年後、また暗さが逆襲を始めるその日までに、僕は今までになく力強い精神力をこの肉体に宿したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月21日

レスポンスが悪かったので

ココログのレスポンスが非常に悪く、ログインすらままならない状態が続いた。

それでいろいろ読んでみたんだけど、ココログってデザインだけじゃなくて、サービスそのものに不満を持っている人が多い。なんでもかんでも課金するくせに、それに見合ったサービスを受けていないということが大きな原因だと思う。ニフティって本当によく金取るんですよ。本気でどこか他のところへ移ることを考えようかな。

ブログ内検索機能を右サイドの上に設置した。検索といっても、自分が過去に書いたものを探すのに欲しいと思ったわけで、他人様が必要かどうかはわからない。

これも実を言うとココログ自体が提供しているのではなくて、仕方なく個人の方が提供されているものだ。

最近は、夜遅い時間はブログを書くのが日課のようになっているので、今晩のように書けないと、サーバーのせいとはいえ、達成感がない。かといって、今から書く気もしないので、とりあえずここまでをアップしておく。時間を戻して、昨日(21日)付けでね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月20日

「小泉時代が懐かしい…」

The Washington Postのブッシュ大統領インタビューが音声で配信されていたので聴いた。なんというか、"...and..."というときの声の弱い響きとか言葉の間が、とてつもなくこちらを不安にさせる。「あれ、次何言うんだっけ?」と必死に思い出そうとしたり、「何を言おうか」とためらっている感じがするのだ。

ブレア首相の小気味よい口調に慣れているから、そう思うのかもしれない。それにブレアは、しゃべり方や雰囲気がチャーミングだ。クリントン前大統領、小泉前首相にも共通するものがあった。

コミュニケーションにおける影響力で、態度や表情といった非言語が占める部分が5割以上、声の質や大きさといった近言語が4割弱。しゃべっている内容それ自体の影響力は、実は1割にも満たない、と誰かが書いていた。

きわめてコミュニケーションの仕事である政治において、なにゆえに長い間、ブレアやクリントンや小泉が、政策の中身うんぬんを超えて人気があったのかを考えると、要因として、コミュニケーション能力に長けていた点が挙げられると思う。小泉さんが批判されていたのと同じように、ブレアもメディア戦略について批判されてきたが、結局それができるのは本人にそれを使いこなせる資質があるからだ。それは、政治の本質から離れているようで、実は本質であるようにも思える。

さて、安倍首相がしゃべっているのを何度聞いても、僕には何も響いてこない。おそらく同じ感想を持っている人は多いと思う。だからテレビのコメントなので、「小泉時代が懐かしい」という言葉が、よく出てきてしまうのではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月19日

広大な空間としての「私」

仕事でいろいろ調べものをしているうちに、ふと「原子ってどうなってるんだったっけ?」と疑問がわき、ネットで基礎の化学を教えているようなところを読んだ。僕、化学は弱いんだ。というか理科が小学校の頃から苦手。

ちょっと前にブルーバックスの化学の本を読んでいたので、原子は原子核と電子で構成されているのは覚えていたけど、原子核のなかに陽子と中性子があることは忘れていた(それ以上のややこしいことは、この際問わないでください)。

原子核の周りに電子が存在していて、その間は空間だから、「人間の体っていっても、本当はすき間だらけだよ」とよく人にしゃべっていたが、その空間がいかに大きなものであるか、今日初めて知った。

サイトによって書いてあることはまちまちだが、原子核の大きさは原子全体の大きさの1万分の1とか10万分の1とかいう大きさ。あるサイトによれば、東京ドームを原子とすると、そのマウンドに置いたピンポン球が原子核の大きさになるのだという。これでは、すき間なんていうレベルではなくて、ほとんど広大な空間でしかない。

そのかすかすのところには、かたちを持った存在ではない宇宙の何かが、自由に入り込んだり、通り過ぎたり、抜け出たりしているのではないかと、ファンタスティックなことを考えた。そして、その空間だらけのものから成り立っている「私」とはなんだろうか、「私」と「私でないもの」との間に、本当に境界があるのだろうかと……。

庭に寒椿が咲いている。じっとそれを眺めながら、あの花と「私」は本当は一体なのではないかと考えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月18日

Radio4でリスニングを鍛えた

英語を聴かなければという強迫観念に駆られて、久しぶりにBBCのRadio4にアクセスして、Liveを聴きながらパソコンに向かっている。

Radio4は、数あるBBCのラジオ局の中でももっともお堅いところで、ニュースや真面目なトーク番組が多く、あまりbrokenな言葉が出てこないぶん聴きやすいし、英語の勉強にもなる。まだ英語がよく分からない頃、必死に聴いたラジオ局だ。

例えばこんなことをやった。ニュースを録音して何度も聴く。そのあとでテレビのニュースを見て、ラジオで理解した(つもりの)内容に間違いがないかどうか確かめる。それでも完璧に内容を把握できないので、翌日、新聞を読んで最終的な確認をする。

まずラジオでニュースを得るのは、そこでは耳しか頼れないからだ。つまり、リスニング力が研ぎ澄まされる。テレビだと映像があるので、視覚によって聴覚は助けられてしまう。もちろん新聞ではリスニングは向上しない。外国で生きていくには、相手が何を言っているのか分からなければ元も子もないと思ったから、耳を鍛えようと努力した。

ネイティブとの会話がいいのではと思ったが(それはそれで意味はあるが)、双方向のやり取りになるので、それが理解を手助けしてしまう。しかも、自分がそこに関わっているのだから、すでに何らかの理解がスタート地点で存在している場合が多い。その点、ニュースは一方通行だし、どんな話が出てくるかその瞬間まで分からない。

まあなんとかニュースぐらいはちゃんと理解できるようになったが、それでもまだまだであることは、自分がいちばんよく分かっている。こんな日本の片隅にずっといては、だんだんとまた力が落ちていくような気がする。それで時々思い出したように、英語を聴くのだ。

いや、これは努力して習慣化しなければいけない。じゃないとおそらく意味がない。これから毎日、時間を決めてRadio4を聴くようにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月17日

夢とうつつの狭間で

今年はもうこのマンションに来ることはないかもしれないと思って、部屋の大掃除をした。といっても、どんなに丁寧にやっても1時間ちょっとしかかからない。物がほとんどないので掃除はしやすい。隅っこに溜まっていた埃を取り払うと、不思議と心まで洗われたようで、とても穏やかな気持ちになった。

昨晩遅くなってから、知人と近くのファミレスでおしゃべりを始めた。帰ってきて、それから『アマデウス』のDVDを見始める。以前、途中で寝てしまって、もう一度見よう見ようと思いつつ、何ヶ月もテーブルの上に置かれたままだった。よーし見るぞ、と気合いを入れたのはいいが、いかんせんすでに午前3時半。しかもソファで横になった状態。1時間もしないうちに寝入ってしまった。次に目が覚めたときは朝6時を過ぎていて、すでにエンディングに近づいていた。夢かうつつか分からない状態で、まぶたが閉じては開き閉じては開き、記憶が途切れ途切れのなかで映画は終わってしまった。ああ、またいつか見よう。

昔住んでいたマンションのことを思い出した。そこは建物の真ん中に行くほど高くなっていて、横に100メートル近い長さを持つ奇妙な建物だった。海が近いせいか、その外観は南国のハーバーを彷彿とさせるデザインになっていた。新しくできた街で規制が厳しかったのだろう、部屋から見渡す限りけばけばしいネオンはなく、これみよがしの看板もない。散歩は美しい砂浜へ行くのが常だった。

しかし、思い出したのはそんなことではない。その部屋で、ときに僕は吐き気を催していた。実際に嘔吐するわけではないが、時々見えない何ものかによる責め苦を受けていたのだ。

それはいつも突然やってくる。数秒前に予兆が始まる。わーん、わーんと頭が響く。そして、二人組みの黒装束の男たちがぴょんぴょん跳ねながら近づいてくる。僕はだんだんと圧迫感を感じ、呼吸が苦しくなって四つんばいになる。彼らは苦しむ様を楽しむかのように、けらけらと高笑いをする。僕は耐えるしかない。数分すれば、その何ものかはすっと消え去っていく。

こんなことが何度も起こった。ついには、その部屋以外の場所でも起こるようになった。僕はその間、本当に何も抵抗できない。こっちのことはお構いなしに、好き勝手な時間に彼らはやってきて、僕を苦しめた。

この現象が何だったのか、もちろん定かではない。そしていつの間にか、それは起こらなくなった。人は、ストレスでしょうとか、精神的なものでしょうとか言う。きっとそういう説明で正しいのだろう。しかし、それは何かもっと手応えのある存在であり現象だった。どこかで僕という存在としっかりとつながっているような気がした。

あれは何だったのだろうか。あのとき僕は、夢のなかにいたのだろうか、うつつの覚めた状態にいたのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月16日

想像力を欠いた人々…

『海辺のカフカ』(新潮文庫)にこんなくだりがあって、思わずそのページの角を折った。

ただね、僕がそれよりも更にうんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。T・S・エリオットの言う〈うつろな人間たち〉だ。その想像力の欠如した部分を、うつろな部分を、無感覚な藁くずで埋めて塞いでいるくせに、自分ではそのことに気づかないで表を歩きまわっている人間だ。そしてその無感覚さを、空疎な言葉を並べて、他人に無理に押しつけようとする人間だ。(上・p. 384)

想像力を欠いた狭量さ、非寛容さ。ひとり歩きするテーゼ、空疎な用語、簒奪された理想、硬直したシステム。僕にとってほんとうに怖いのはそういうものだ。僕はそういうものを心から恐れ憎む。(同・p. 385)

僕が、心をずたずたにされ、激しい憤りを覚えてきたのは、いってみればそういうことに対してだった。人間臭さを感じさせない、まわりの多くの人間たち。こんな世界は破滅すればいいと思った。今は少し僕も成長して、精神的にもちょっとは強くなって、さほど悩んだり苦しんだりしなくなったけど、精神が機械仕掛けで動いているような自分をもたない人間には、今でも激しい嫌悪感を感じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月14日

柄谷行人『世界共和国へ』

この冬、異常だなと思うことがひとつある。蚊が多いこと。真っ黒の奴じゃなくて、茶色のちょっと弱そうな蚊だけど、毎晩々々、何匹叩いて殺しても、また新たな一匹が現れる。わが家だけかと思って、何か周辺に異常があるのではないかと心配していたが、調べるといろんな人がブログでこの現象について書いている。そんなので安心しても、耳元にプーンとやってくるあの不快感から抜け出すことはできないが。

昨晩、家具の凹凸のあるところに一匹とまったのを見つけた。そんなところなので、叩いても意味がない。そこでそっと指を近づけて、後ろから脚をつかむことにした。夏の蚊のようにはすばしっこくないので、この方法でもうまくいくかもしれないと思ったのだが、果たして、それはまんまと成功した。「おぉ」という家族の感嘆の声。

ああ、なんでこんなこと書いているかというと、今まさにこのブログを書こうと思った瞬間に、同じように蚊をつかみ取ったからだ。そいつは、脚を押さえられてもがいているうちに、脚1本だけ僕の指の間に残して逃げてしまった。そのか細いものを眺めていたら、なんだか嫌な気分になった。

本当は、柄谷行人のことを書こうと思っていたのだ。春先に読んだ『世界共和国へ』(岩波新書)を読み返した。最初読んだとき、今まで読んだ何冊かの柄谷の著作と比べて、ものすごく違和感を覚えたので、もう一度手にとってみたのだが、やはりしっくりこない。

副題にもある通り、資本=ネーション=国家という現代の世界を構築している三者の強力な結合を乗り越えるためには、カントが理想としたように、国家が主権を放棄して自然状態を脱する世界共和国しかない、しかしそれを座視していては遅い、カントが現実的に考えて国家連合を説いたように、われわれも国連を強化・再編成しなければならない、と主張する。そしてこう述べる。

たとえば、日本の憲法第九条における戦争放棄とは、軍事的主権を国際連合に譲渡するものです。各国でこのように主権の放棄がなされる以外に、諸国家を揚棄する方法はありません。(p. 225)

最後の数ページに至るまでの、国民国家の成立や、国家と資本の関係性などについての考察はたいへん面白いのだが、結論はなんとも陳腐な感じがする。その落差に愕然としたのは、きっと僕だけではないだろうと思う。実際、「柄谷を読んだことのある人は、この本は読むべきではない」といったことを書いている人たちもいる。

岩波的というか『世界』的な訴えが大好きな人は、きっとこれで満足なのだろう。そして、そんな人は、逆に僕なんかの反応にうんざりするんだろう。でも、甘すぎると思うんだよな。

そもそも、柄谷のいう「アソシエーション」、自由の互酬性(相互性)が実現されるアソシエーションは、絶対的に資本=ネーション=国家の環と共存できないものなのだろうか。結局、コミュニズムへの憧憬があるのかなと思う。

国家の役割、国家と国家の関係、主権の制限については、もちろん僕たちは考えていかなければならない。今の国家のありようでいいとは思わない。しかし、「私たちの進む道はここにある!」「21世紀を変える衝撃の社会構想」という岩波の帯の宣伝には、苦笑せざるをえない。そんな大袈裟なことを書くから、興醒めするのだ。少なくとも僕は、まったく衝撃を受けなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月13日

でかい山は勘弁

朝、車で走っていると、雨上がりで煙る山々が美しく、心が洗われるようだった。小高い山と田んぼと民家という、僕が想像する理想的な日本の田舎の風景は、いつ見ても心が和む。色も音も動きもすべてが落ち着きがあって、動物としての人間に立ち返らせる自然との結びつきや匂いがある。

たとえばイギリスに生まれていたら、自然の美しさへの感覚やどんな風景にアイデンティティを感じるかといったことは、日本人である今の僕とはまったく違ったものだったろう。もっというと、同じ日本に生まれても、その感じ方には相違があるだろう。僕は、長野や群馬といったところの山々には怖さを感じる。でかすぎるのだ。高さも広がりも。どこから山が始まっていて、いったいどこまで山が続いているのか見当がつかないと不安になる。

向こうの人からいわせると、僕が見てきた山はかわいいもので、きっと迫力に欠けるのだろうが、僕にはこれで十分。向こうの山を見ると、勘弁してよと言いたくなる。

山ひとつ取ってみても、人間の気質に影響を与えているのは間違いない。個性とか性格とか、そういう個別の問題として済ませられない何か共通する性質を、地域ごとにおそらく見出すことができるだろう。

そんなことを研究している人はさぞ楽しかろうと思う。金儲けにはならないだろうが、そういう、われわれはなにものであるか、ということへの興味は僕のなかで膨らむ一方である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月11日

朝の縁側

部屋のなかにいても吐く息が白くなるぐらい寒い朝、もしも幸運なことに太陽が姿を現していたら、東向きの縁側に出るのがいい。そこだけは、震えることのないぐらい十分な暖かさを用意してくれている。

いつでも座れるように、縁側にはぼろっちい椅子が置いてある。こんな朝は、ふだんは物置と化しているその椅子に腰を下ろして濃いコーヒーを飲むのが、僕のささやかな贅沢だ。ほんの10分ほど、隣の庭や向こうの山に目をやったり、新聞に目を通したり、目を閉じて考えごとをする。今日はそんな朝だった。

こんなとき、舞台としては日本家屋がいちばんしっくりくる。理想をいうと、大正モダンのようなインテリアであってほしいところだが、現に人が住んでいるところなのだから、高望みはしまい。洗濯物もあれば、障子もちょっと色あせている。まあそれもよし。

自分で家を建てるときは、僕も縁側をつくろうと思う。沈思黙考、談論風発、半醒半睡?、なんでもござれ。なんというか、内と外とに縁側という間を設けることで、少し心に余裕ができるのではないだろうか。

さて、朝の静けさはどこへやら、一日は風のごとく、忙しく過ぎ去った。

夕方、玄関の前に、まだ土のついたぶっとい大根が3本きれいに並べられていた。いまだ誰がそこに残していったのか判明しない。きっと裏のおばあちゃんが畑から取ってきたのをおすそわけしてくれたのだろう。得体が知れないといって気味悪がる者は誰もいない。

夜遅くなってから、姉が「イサキの刺身を食べないか」と持ってきた。半ば強制的に、半身食わされた。うまい。魚のおともには酒が必要だから、これまた仕方なく焼酎をお湯割りにして飲んだ。刺身は多すぎたので、残りは漬にして、明日丼にでもするつもりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月10日

肉体表現と三島の生首

養老孟司の『身体の文学史』(新潮文庫)を昨日読んだ。この本の意図のひとつは、「三島事件とはなんだったのかを考えることだった」と著者があとがきで述べているが、いつも三島に関してはそうだが、分かったような分からなかったような、あやふやな気持ちが残ってしまった。

人間には「身体」と「心」があるが、江戸以降、日本の社会では身体が喪失し、心が世界を構築するようになってしまった。文学の表現も心が占拠することになり、肉体は厄介な存在となってしまった。そういうなかで、しかし完全に消し去ることのできない自然=肉体を、文学はどのように扱ってきたかということを、養老はこの本のなかで書いている。

この観点からいくと、漱石も鴎外も芥川も、皆が皆、心ばかりを見ようとした。明治からの作家は、社会がそうであったように、身体を扱わなかった。中世のように生々しく描いた作家として彼が挙げているのは、『楢山節考』の深沢七郎やきだみのる(後者は、この本で初めて名前を知った)である。

心=意識=人工(作り出されたもの)の代表である三島由紀夫が、身体=無意識=自然を論じる深沢に対して「どうも、うす気味わるい」ともらしていたというエピソードが登場するが、彼が『太陽と鉄』で述べているように、最終的に「肉体の言葉」を渇望することと合わせ考えると、それだけ身体への意識というものが、実は若い頃から強くあったのだろうということをうかがわせる。

この本の主題からいくと、心と肉体が極度に乖離し、いびつな形で社会を動かす心に対して、三島は肉体を鍛えることで、そして肉体で表現することで抗しようとしたということなのだろう。しかし、自然である身体をボディビルという人工によって、やにむに作り上げるとはいかがなものか。それに対して養老は、「だからこれは悲劇なのである」(p. 200)という。そうでもしなければならなかった日本の状況だったと。「まことに日本的な事件だったというほかはない」(p. 213)。

三島自身は『太陽と鉄』のなかで、男にとって「見られる美」は「美しい死」のときだけであり、その破壊のときにこそ、筋肉の存在を如実に感じ、その全的存在が保障されると書いている。割腹し、生首をさらした三島は、養老がいう意味での、究極の「身体表現」をしたということになるのだろう。

だから、三島事件を、三島自身の単なる個人的な出来事として見るのではなく、文学上の(つまり社会性のある)問題であることとして捉えるべきだと、著者はいうのだ。あれ、こうやって書いていると、なんとなく分かったような気がする。まあ、もうちょっと考えてみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 9日

stay hungry, stay foolish

昨晩から調子が優れなかったので、読書をしながらごろごろと一日を過ごした。

茂木健一郎さんがブログのなかで、昨年のスタンフォードの卒業式における、スティーブ・ジョブズ氏のスピーチに言及していた。これ、けっこう出回っているようだが、今日ブログを読むまで知らなかった。

さっそく原文を読んでみたけど、味わい深い。人生においては、すべてが、敗北や挫折を含むすべてが意味を持つこと、人生において確かなことはいつかは死ぬということであり、その死を意識しながら無駄にしない生を送ることなどを、それぞれ自分の経験を通して述べている。

最後に彼はこう呼びかけている。Stay hungry, stay foolish.(「常に貪欲であれ、常識に囚われるな」。)

僕たちは知らず知らずのうちに、社会に心をからみ取られ、その枠の中に閉じ込められていく。現代という高度に社会化された世の中は、正気でいれば窒息してしまうほど苦しい。だから、苦しまないために、ついには自ら枠の中に当てはまるように自分のサイズを決めてしまうのである。

今日、その虚しさと仕方なさのジレンマのことを考えていたところへ、ちょうど上の言葉が飛び込んできた。しかし、それが簡単でないことは明らかだ。必要なのは、強靭な意志と強靭な知性。それらがないと、それを実践したところで、ただの愚か者でしかない。それらがあることで、社会と個人とのバランスは、微妙に取ることができるのだろうと思う。

ともあれ、stay hungry, stay foolish は良い言葉だ。年を重ねていくほど、肝に銘ずべき姿勢であると思う。詰まらない大人、つまり魅力のない大人にはなりたくない、というのは、僕が常々思っていることで、そのために知的好奇心を失わないことは大事であると考える。

スピーチの原文  スピーチの日本語訳

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月 7日

exit strategy しかない

NYTimes のイラク関連の記事や動画をいくつかチェックした。

超党派のイラク研究グループの報告書は、2008年初めまでの撤退を提案しているし、ラムズフェルドの後任として承認されたゲーツ新国防長官も、「イラクで勝利していない」ことを率直に認めている。年末から来年初頭にかけて、ブッシュ政権はどう自分たちの威厳を失わずに exit strategy を作り上げるか、悩むことだろう。

ようやくという感じもする。最初から、いつかは「余儀なく撤退」というイメージが、多くの人にあったと思う。常に結果オーライできた戦争だった。大量破壊兵器との結びつきが否定されて、ブッシュ政権が言ったことは「フセインがいなくなって良かったではないか」だった。振り返ってみたら、なんで今このときにイラクと戦争をしなければならなかったのか、明確な大義はない。ブッシュ家の「親の仇」を討つために、私闘に軍隊が担ぎ込まれ、結果として3千人近くの兵を死なせてしまった、といってもあんまり言い過ぎではないような気がする。

報告書は、イランやシリアを巻き込んだ政治的な環境づくりを提唱しているが、そんなことをあの狂信的で知的レベルの低そうな大統領ができるようだったら、少しは誉められるだろうが、今のところその点はやはり頑として受け付けないようだ。

ブッシュとその取り巻きは、どだい無理なことに手を出してしまったんだと思う。そして、手をこまねいている。おそらく、早期に撤退しても、長く駐留しても、イラク国内でも周辺でも混乱は続くだろう。しかし、自分と自国のダメージをできる限り抑えるためには、撤退しかない。

アメリカ合衆国の「民主主義を世界に確立する」という mission は、それはそれで追求していったらよかろうと思うが、イラクの場合、それはフセインを倒すための建前としての意味しかなかったのではないだろうか。もし、本当に民主主義に価値を置くのであれば、長期にわたる忍耐強いコミットメントが求められるし、それはいつかは成功するだろうと思う。短期的に何かを強制的におこなって、成果を上げたように見えても、そんなものは長続きしない。ブッシュ政権が自らの業績を諦めたときにこそ、解決の道は模索できるのではないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 6日

スタバよりセガフレード・ザネッティが欲しい

実家にいると、毎日のように誰かしら、何か食べ物や食材を持って来てくださる。といっても、別に物乞いしているわけじゃないですよ。ただ、わりと人の出入りが多いのだ。

今日は、裏の家の人から、ザボン味のカステラというのを頂いた。初めて口にするこの変わりものカステラ。ザボンですよ、皆さん。いわゆるふつうのカステラの黄色いところが薄い緑色をしていて、見た目はあまりおいしそうではない。

こんなのありかな、と期待しないで食べてみたら、これが意外とおいしい。しかも、ふつうのものより身が詰まっていて、食べごたえがある。これ癖になるよ、と言いながら、パクパク二切れ、三切れと食べた。ごちそうさま。

夕方にひとつ懸案事項が解決したので、今晩はあまり気持ちが追い立てられていない。気分転換に今週号の『日経ビジネス』を開くと、最初にスターバックスのハワード・シュルツ会長の談話記事が載っていた。

胡錦濤がシアトルへ来た時にスターバックスに言及してくれたとか、世界中でその土地の人々に好かれるように努力しているといった話。マックのように、今やどこへ行ってもスタバは存在しているのである。

福岡の中心街にも、一体何軒あるだろうと思うほど、たくさんのスタバがある。先日もターミナルの地下鉄の駅を降りたら、中国茶などを出すお店だったところがスタバに変わるということで、リニューアル中だった。ちなみに、横にも斜め前にも違うカフェがすでに存在している。

僕に言わせると、もうスタバは十分だから、セガフレード・ザネッティをつくってくれ!だ。東京では好んでこのお店へ行ったものだ。フランチャイズ展開しているカフェとしては、ここのエスプレッソやカプチーノは抜群においしい。誰か早くこのカフェを九州に引っ張ってきてくれないかな。そうしたら、僕は毎日でも通うのに。

というか、金があったら、自分で加盟店になって店を開くんだけどな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 5日

「政治の世界は、他とは違うんですよ」

人の言い分には耳を貸さないくせに、自分の言い分は分かってくれよという自分勝手。自民党の復党問題をめぐっては、そんなことを思うのである。彼ら(執行部や復党議員たち)の傲慢さやわがままさ、感覚のズレ。

政治家は他の業種の人々、広くは国民に対して、自分たちを理解してくれというのと同じぐらい寛容な態度を示しているだろうか? そんなのは、利権が絡まない限り、これっぽっちもないじゃないか。どれだけ厳しい態度で、彼らは国民に臨んでいることか。理にかなわないことは断固拒否するじゃないか。

政治には情が必要だ? 小泉チルドレンには小泉さん自らお出ましになって「甘えるな」か? なんだかな。

結局、いちばんバカにされているのは国民である。参院選の頃には、この問題はほとぼりが冷めていると計算されているに違いないのだ。どうせ民主党は力ないんだし、どんなことやったって、選挙直前じゃなければ大丈夫だと高をくくっているのだ。去年の総選挙の熱狂なんてもう過去のことなんだから、どうだっていいんだと本音では思っているのだ。俺たち政治家は、「政治」じゃなくて「政局」が好きなのだ!

政治の世界がいかにプリミティブな思想で動いているか、今回の動きでよく分かる。そんなことに価値を置いている人々に、時代を先取りするよう改革を求められても、バカバカしい限りじゃないか。

しかし、悲しいかな、やはりいざ選挙になると、「美しい国」という、およそ知性を疑うような表現をする指導者を、国民はやっぱりもてはやすんだろうな。

それにしても、自民党は、一時的に反発を受けてでも、離党議員を復党させたいと思うほど、来年の参院選を不安視しているのだろうか。創価学会の集票力に限界を感じているのだろうか(まあ、結局のところ、浮動票が民主に動けば吹き飛ぶぐらいしか、組織票というのはないのだけども)。

「政治の世界は、他とは違うんですよ」。政治に携わっている人々は、異口同音にこう発する。そこには常に、「お前らには分からない次元の世界なんだよ」という態度が透けて見えるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 4日

遺伝子治療、僕らの未来

眠い一日。移動中もずっと寝てしまった。養老孟司の『身体の文学史』を手にしていたが、こんな魅惑的なタイトルで中身も面白いにもかかわらず、寝てしまった。

「俺は疲れているのだ」そう思って、無理な抵抗はしない。そのほうが回復は早いから。無理を重ねることは日本人としては美徳かもしれないが、それで疲れを残していては、心身ともに悪影響だし、第一いい仕事はできない。

こんなときは、2、3時間休むことの勇気を持つようにしている。今日もそうした。だから今はすっきりとした気分。

がんの遺伝子治療の話を聞きながら、盛り上がった。ウイルスを使って、がんの抑制遺伝子として有名なP53の修復と活性化をはかったり、同じ方法でがん細胞の血管新生を妨げるNK4を増殖させたりといった方法。遺伝子治療が進めば、早晩がんは怖くない病気になるだろう。

(千葉大学での食道がんへの取り組みの話だったので、この記事と同じ話だろうと思う。)

あと50年ぐらい生きるとして、そうしたら世界はどう変わっているだろう? 母は若い頃、「将来は家にいながらにして買い物ができるようになる」と聞いて、そんな未来があるだろうかと思っていたらしい。ネットショッピングができる今の生活は、だからとても感慨深いものなのだ。

それに匹敵する僕らの未来の想像とはなんだろうか? 宇宙旅行が当たり前になるか? ロボットが心を持つか? ワープして、時空を即座に移動するか? どんなはちゃめちゃな想像も、実現可能な気がしてしまう。

できるだけ長く生きて、世界がどう変革を遂げていくのか、この目で見たい。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年12月 3日

寝ている間に宇宙へ

朝10時15分に目が覚める。あれ、今日は10時半に某ホテルで待ち合わせなのに。「どうしよう」と5秒ぐらい考える。でも今からどんなに頑張っても無理だから、焦らずに予定をずらそう。そう思って先方に電話し、裏返った声で正直に「いやあ、寝坊しまして」と伝えた。なんだよ、これじゃあ大学生みたいじゃないか。トホホ。結局、部屋まで迎えに来てもらった。

所用で、大宰府を通って、福岡の南へ向かう。

中学生の姪やその友だちと話したときのことを思い出した。彼女らは、大宰府からそんなに遠くないところにいながら、「だざいふ」という言葉を知らなかった。修学旅行でも行ってないんだという。もちろん、その歴史なんてひとつも知らない。ましていわんや、菅原道真や飛梅をや。大宰府の名物・梅が枝餅を何度も口にしながら、その名前すら知らなかった。

こんなことを振り返っていると、ため息が出るのである。九州人で大宰府を知らないってどういうことなんだろう。いったい何を教わっているのだろうか。この子たちには、いったいどんな世界が見えているのだろうか。

自分の世界は、時空どちらの面でも広いほうがいい。できればこの地球を突き抜けて、宇宙まで広げられたほうがいい。それを無限に広げていくのが、この人生において最大に努力すべきことであると、最近は思うのである。

「目が覚めなかったのは、寝ている間にきっと宇宙へ充電しに行っていて、それにちょっと時間がかかったんでしょうね」

それで丸くおさめてしまった今日の僕でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 2日

号泣できなかった…

試験は無事に終わった。8割は取れていると思うので、大丈夫だろう。合格して自分の人生が変わるわけではないが、とりあえず持っていたほうがいいという判断で受けた。今月中に合否がわかる。

カフェで一息ついて、ジュンク堂で久しぶりにぶらぶらとする。そこで聞いた、若い女性二人組みの会話。

ひとりが、アニメの女の子のキャラのような声で「私ね、『号泣する準備はできていた』を読んだんだけど、まったく号泣できなかった。(いきなり言うことが面白い)
やっぱり恋愛ものはだめ。(ここで顔を横目で見てみる)
ミステリーがいい」(なんで、そのジャンルへ飛ぶか)

その子、続けて「中学校のときにね、三島由紀夫のこれ買ったの。読んでた漫画の登場人物が、これ読んだって言ってたから。(さらに横目で覗くと、『禁色』。お前、中学生が買うような本じゃないだろう)
でもね、全然読み通せなくて、ようやく最近読んだの」

もう一人の子「で、どうだったの?」

答え「全然わからなかった」(そりゃ、そうだろうよ)

真面目に語っている彼女の声が耳朶に残って、本棚を眺めつつ、軽やかな可笑しさが何度もこみ上げてきた。政治関係の本をと思って行ったけど、なんだか難しい本を買うのがばかばかしくなってやめた。

まあいいじゃないか。地球はちゃんと回っている。ゆっくりと生きよう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 1日

cafeじゃなくbar

12月になって紅葉というのもどうかと思って、テンプレートを変えた。ココログっていろんなところで指摘されているように、デザインのセンスがいまいちで、シャープなものやクールなものが、まったくと言っていいほどない。ぼやっとしたり、かわいいかんじのものばかりなのだ。おそらく、大人の男は全然対象にしてないのだろう。じゃあ、他のサービスに乗りかえたらいいじゃないかと言われそうだが、なんとなく腐れ縁みたいなもので、ここから離れきれないでいる。

で、消去法的に選んだのがこれ。今は自分で作る時間もないから、まあこれでいいだろう。だいたい夜暗く静かな時間に書いているわけだし、お似合いっていえばお似合い。でも、これだと cafe じゃなくて bar だな。プロントみたいに、昼はカフェで夜はバーというところもあるから、いいかあ。

bar といえば、僕のマンションの1階に、外から見る限りほとんど真っ暗な bar がある。お店の人とは一度だけ話をしたことがあるが、まだ中に入ったことない。カウンターしかなく、常連ふうの人ばかりのようで、どうも足を踏み入れる勇気がない。それに、好きになったらはまるだろうなという怖れもある。なんたって、自分の部屋の真下だからね。でも、そのうち、うん、この冬の間に一度扉を開いてみよう。

こんなことを書いている場合じゃないが、横のロイヤルホストで数時間勉強してきて、明日の準備はもう十分かなという気もしている。でも、もう少しやるかあ。

ロイホでは、禁煙席のいちばん奥にいたにもかかわらず、服にたばこの臭いがついている。まったく嫌になっちゃうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »