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2006年11月12日

目に見えない力の働き

あの人どうしているかなとか、あの人と連絡を取らなければとか考えていると、その人から電話やメールが来たり、極端なときには本人が訪ねてきたりする。そんな経験は誰しもあるだろう。このところ、そういうことがやたらと多い。そばにいない人に思いが伝わるのは、なんだかクジラのサウンドチャンネルみたいで、不思議で驚くばかりだ。

祈るとか念じるとか願うとか、そういう行為のなかで期待していたことが結果として起きたときに、その原因結果をどう説明すべきだろうか。試験の前にしっかり勉強をしたとか、大会の前に懸命に練習したとか、そういう明らかな理由づけができる関係性のときは、そりゃあその人が頑張ったんでしょう、となるが、明確に何をしたらこうなる、と因果関係がわかってないことを人間は願望することが多々ある。それが叶ったとき、どう解釈したらいいのだろうか。

付き合いのある人たちのなかに、「願ったことは絶対に叶う」と信じきっている人が何人かいる。宗教というか信じているものはそれぞれ違うが、そばにいるとそのパワーに圧倒されそうになる。その人たちを見ていると、この世には精神によって生み出され、もしくは影響を与えられ、動かされている力があるのではないか、と思わざるを得なくなる。いやきっと、そうなのだ。それによって、願ったものごとが顕在化する。

月並みだが、精神の力を強く持たなければならない。そうすることで、歯車がかみ合ってものごとが思った方向へ動いていくのだ。あまり真剣にものごとに取り組んだことのない僕は、最近ようやくそのことの意味を実感しつつある。

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