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2006年11月21日

歴史はひとつの物語―「大和朝廷」ではありません

東京から戻ってきた昨晩も今日の昼間も予定が入っていたので、今晩の歴史の予習をするのは朝早くしかないと思い、珍しく朝早く起きて、頭を働かせていた。

といっても、寒いので寝床から出る気がせず、横になったまま教科書を読んだり、資料をチェックしたり。もちろん、そんな格好でそのまま起きていられるはずもなく、終わらないうちにまた寝てしまった。ぐうたらで「まあどうにかなる」主義の僕の悪い癖で、こういうときに睡眠のほうを優先してしまう。幸い、夕方時間ができたので、滑り込みセーフで準備ができた。

教えるようになって分かったことだけど、僕が習ったのと違う呼び名があり、時々とまどう。たとえば、「ヤマト王権」。僕は「大和朝廷」と教わったけど、「朝廷と呼ぶほどしっかりとした政治機構ではなかった。それに大和という表記は奈良時代以降のもの」というのが今の見解らしい。それにしても、カタカナで書かれるとどうも現代的なイメージになり、古代の話をしている気にならない。

それから、百済とか新羅といった朝鮮半島で覇権を争っていた国々の呼び名。これは「くだら」とか「しらぎ」ではなく、それぞれ「ペクチェ」「シルラ」という、おそらく原語の発音に沿ってカタカナのルビが付いている。驚いたのは「任那」という表現がなく、代わりに「加羅(伽耶)」と記されている。ウィキペディアなどを読むと、任那=加羅ではないようだが。

歴史というのはあくまでも仮説であるということを、こういうところから実感する。絶対にこれが正しい、と断言できる歴史解釈はほとんどなく、それは現代の問題ですらそうなのだから、ましていわんや古代においてをやである。逆にいうと、だからこそ歴史は面白いのだろう。謎が多い。異説が多い。歴史がある角度からつくられた物語であると考えると、ひとつの物語において歪められ、もしくは捨てられ、見落とされた別の物語が附随して本当は存在するのである。

今日は古墳時代の終わりから飛鳥時代、そして奈良時代の始まりのところまで教えた。飛鳥時代の舞台となった明日香村周辺の風景が浮かんできて、またゆっくり訪ねたくなった。先週末会った友人夫妻が、あそこはレンタサイクリングができると言っていたが、今度はそれをやってみようと思う。

2時間しゃべり倒したあと、パソコンを開くと、ちょうどこの時代の発掘についてニュースが出ていた。

飛鳥のVIP邸遺構か 新田部親王ゆかりの丘陵(共同通信)

きっとあの辺りは、掘ればそこらじゅう何か出てくるのだろう。

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