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2006年11月 3日

小さなことに囚われずに生きよう

地方のホテルで、ビジネス関係のセミナーに出席した。会場の片方の側面が一面窓で、外には山が迫り、岩や東屋や木々が、まるで風景画のように静かに美しく佇んでいる。柔らかな日の光を浴びて、山全体が新緑のように鮮やかだった。それを眺めているだけで、僕は今日ここへ来てよかったと思ったほどだ。

ここ数日、夜な夜な薄暗い光の下で、日蓮の「三世諸仏総勘文教相廃立」という書き物を読んでいる。またいつかまとまった考えを書きたいと思うが、「生ず可き始めも無きが故に死す可き終りも無し」などという文言を読んでいると、この世であれこれ悩み、それに引きずられて生きているのは、ちっぽけだなと思う。

現実の生活に汲々としているわが身だが、前にも書いたように、苦しみ方が変わってきて、心軽く喜んでそれを受けている。さらにもっと何か生の迷いを突き抜けたときに、より大きな展開があるように思う。

今日見た自然と自分の心とは、究極的につながっている。そう思えば、花々に向かって林に向かって声をかけたくなるし、愛おしくなる。そうしたら、笑みも自ずとこぼれるではないか。あんまり小さなことに囚われずに生きていこう。

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