« 「悔い改めたほうがいい」かあ | トップページ | 歴史はひとつの物語―「大和朝廷」ではありません »

2006年11月20日

自分らしく生きる

仕事を兼ねて、土曜から東京に来ている。定宿は満室で、他のめぼしい所も空きがなく、今回は初めて泊まるホテルだった。ビルの上階だけがホテル施設になっているので静かだ。宿泊者専用ラウンジがあって、飲み物はフリーだし、ライブラリーにもなっているので、ゆっくりと雑誌などを手にとって過ごすこともできる。気持ちのいい滞在だった。

ある友人と何年かぶりに会った。結婚式にも出なかったので、奥さんを交えて、お祝いを兼ねて会食した。とてもいい感じのお相手で、よくぞ見つけたなという感じだった。出会いがとても現代的な、つまりネットから始まった恋なのだが、彼女いわく「何ヶ月もメールで交換日記をして」、その後にリアルに出会うのである。聞いてて「そういう出会い方もドキドキしていいだろうな」と感心した。

彼は相変わらずほんわかとした雰囲気で、言葉の端々に「もっとも」という接続詞をはさみながらしゃべるスタイルは変わっていなかった。ほとんどの場合、「もっとも」に特段意味はないのだが、それはそれでいい。どうかお幸せに。

いろんな人たちと会った週末だった。最初の夜の食事から、なんとなく胃の調子がおかしかったが、楽しい時間が多く、そんなことを忘れて過ごしていた。

就職したと思ったら、いきなり独立してしまった友人。恋に翻弄され、しかしそれを楽しんでいるお姉さま。めくるめく人間のドラマが、このびっしりと人工物で敷き詰められた東京のような大都会には似合う。

人生に決まったパターンはない。模範なんてものはない。紆余曲折をへても、それが人間の成長につながっていればいいのだ。その時その時を一生懸命に生きる。それが「自分らしさ」を生み出す源泉だろうと思う。それは誰にも真似できないものであって、そうでなければ、わざわざこんな世の中で生きる価値はない。

またみんなと会えることを楽しみにしながら、僕もまた現実へ戻っていこう。

|

« 「悔い改めたほうがいい」かあ | トップページ | 歴史はひとつの物語―「大和朝廷」ではありません »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 自分らしく生きる:

« 「悔い改めたほうがいい」かあ | トップページ | 歴史はひとつの物語―「大和朝廷」ではありません »