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2006年11月30日

日常へのささやかな抵抗

試験が迫っているのに、ずっと予定が入ったり来客があったりするので、本当に勉強する時間がなくて、これはいかんと思って一切を断ち、今晩からマンションでこもることにした。落ち着くんだ、このひとりの空間。ここにいる限りは、電話さえ取らなければ集中できる。

と言いつつ、ブログを書いているという矛盾。

今月は、何でもいいから書き続けようという思いが強かったので、ほとんど毎日更新できた。ただそれだけの意味でしかないが、忙しさのなかで知的な部分が削がれていってはいけないと思っていたので、そのためのささやかな日常への抵抗であったともいえる。

今晩、街の中を歩いていると、デパートや地下街などで、本格的なクリスマスの飾り付けの準備をやっていた。そうだ明日から12月なんだよ、とあらためて認識させられた。

とりあえず、今から勉強しよう。

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2006年11月29日

歴史と土地

先週からの懸案事項だったことに朝から集中して取り組んで、夕方終わらせた。そのあと急いで歴史の予習をし、2時間教えて、そのついでに姪に英語を教えたら、日付が変わってしまった。

律令制度の根幹を成す班田収授法や、荘園の増大につながった墾田永年私財法、律令政治の崩壊、貴族政治の横行、武家の台頭など、奈良時代から平安時代というのは、実は律令制度と土地という視点で見ていくと、つながりが理解できて分かりやすい。しかも律令制は、推古天皇や大化の改新あたりまでさかのぼって話ができるので、歴史の流れとして面白いと思って、今日はその観点を中心に話した。まあ僕がすぐにしゃべれるぐらいの内容だから、たいしたものじゃなくて、中学生にちょうどいいぐらいのレベルです。

でも、よくよく考えると、歴史というのは土地をめぐる支配や制度の話といっても過言じゃないほど、歴史に土地は付いてまわる。と思いませんか?

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2006年11月27日

薩摩人のしゃべり方

朝10時から打ち合わせをする予定だったのに、目が覚めたら9時半! が、そこでびっくりして飛び起きたりするほど、今の僕は真面目にできていない。「うーん、どうして目覚ましがまったく耳に入らなかったんだ?」とふとんの中で考えた。ははん、きっとあれのせいだ。

ちょっと前に、100%純粋のオレンジのアロマオイルを買ったのだが、お風呂にほんの少し入れても、肌のもともと弱いところ(と股間。あんまり大きな声で言えないけど)がビリビリと過剰に反応して、ちょっと合わない感じだった。量を減らしてみたり、慣れたら大丈夫かなと辛抱したりしてみたが、敏感肌の僕には、柑橘系のアロマは刺激が強すぎるようで、これを風呂で楽しむのは断念した。

でももったいないから、昨晩、カップにお湯と一緒に入れて、寝る前に部屋に置いてみた。アロマの効果は、第一に嗅覚から来るのだから、これならいいだろうと。とくに、オレンジの香りは、よく眠れるらしい。その効果がきっと抜群に出たのだ。ものすごく深く寝た気がして、疲れがない。まあ、たまたまなのかもしれないから、今晩も試してみようと思う。

さて、今日来たお客さんのしゃべり方が誰かに似ているなとずっと考えていたら、その人が鹿児島出身だと言ったところで、思い出した。親戚の同じ鹿児島出身の人と似ていたのだった。そうそう、こんな早口でしゃべるんだよ。

司馬遼太郎から得た知識によると、よそ者が来たらすぐに判別できるように、薩摩藩ではわざわざ難しい方言を作り上げたのだという。だからだろう、同じ九州とは思えないくらい、鹿児島の人の言葉だけはわけが分からない。ほとんど外国語にしか聞こえないぐらい、理解不能なしゃべり方をする。冗談抜きで、英語を聞くときみたいに、こちら側に「聞くぞ」という身構えが必要なのである。

もちろん、鹿児島ほどではなくても、長崎や大分など、それぞれのしゃべり方の特徴はやはりあって、だいたいその人がどこの人か分かる。

標準語からはほど遠い言語をしゃべる我々九州人だが、そのなかでは、博多弁は抜群に上品に響く。博多の女性はかわいい、というのは世の常識(?)だが、きっと、柔らかくて女性的な言葉とアクセントで騙されている面もあるのだと思う。

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2006年11月26日

まだ終わっていない水俣病

水俣病訴訟 チッソが時効を主張 準備書面提出、原告ら反発(西日本新聞)

水俣病という典型的な公害病の怖ろしさは何かというと、世代を超えて病気が受け継がれているということである。母胎や母乳を通して、メチル水銀が母親の体内から赤ちゃんに受け継がれる。

だからたとえば、発生地域からすでに長く離れて生活しているからといった理由で、水俣病とは関係ないとは言えないはずだ。世代を超えた曝露ということを考慮に入れると、患者認定や損害賠償請求権の問題は、簡単に線引きできるものではないと思う。

水俣病を通して行政に求められるのは、有害重金属や有害化学物質の慢性の毒性、世代を超えた曝露について強く認識して、それらの規制の強化と知識の啓蒙に積極的に取り組むことである。

個人レベルでは、やはり解毒をしっかりやるということと、口や皮膚・呼気を通して、これらの吸収をなるだけしないよう心がけるしかない。

西日本新聞は、本年、精力的に水俣病の特集を続け、新聞協会賞を受賞した。そこで記者たちが訴えるように、水俣病は50年経っても、「まだ終わっていない」のである。

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2006年11月25日

勉強するときはDHAを

家族みんな、思い思いの場所で勉強する静かな週末。こんな光景がわが家ではちょくちょくあって、これはちょっと自慢できるのだ。学ぶのが好きな血筋なのだろう。それが活かされているかどうかは疑問だが……。

1週間後に試験があるので、僕は必要に迫られて、付け焼き刃の勉強。とにかく問題をこなしながら範囲のポイントを押さえていくという最短のやり方。高尚なことは言ってられない。この期に及んでは、まずは受かればいいのです。必須6科目中3科目をひととおり終わらせる。

集中して勉強するときは、「DHA」(ドコサヘキサエン酸)が抜群に効く。医学的にも言われていることだし、僕自身も実感している。大袈裟ではなく、ほんとにすらすらと覚えることができる。だからと思って飲もうとしたら、もう容器の中は空っぽだった。買っておかなければ。

でもこれ読んで、じゃあコンビニで買おうとか思っちゃダメですよ、皆さん。高すぎるのは妖しいが、安すぎるのは原材料の質を疑うべきなのです。DHAは魚油なので、きちんと抽出されていないと、水銀も一緒に入っている。「頭が良くなる」とか言いながら、その実「頭がおかしくなる」事態になりかねない。日本人は魚が好きだから、ただでさえ水銀濃度が高いと言われているのに、さらに濃縮したものを取り込んだりしてはいけない。

それはともかく、明日も勉強する。それでなんとかなるだろう。

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2006年11月24日

縄跳びと三諦、そして暗闇へ

日が暮れたあと、小学生の姪たちと縄跳びをする。ただ跳ぶだけだからと甘く見ていたが、すぐに息切れしてしまった。二重跳びを10回も続けたら、もつれる前に苦しくなって回し続けられない。けっこう体力使うんだな。10分ちょっとやっただけなのに、今でも足は重いし、腰や背中に疲れを感じる。

「きついなあ」とはあはあしている僕の横で、楽しそうに勢いよく何度も跳んでいる彼女たち。それを眺めながら、空仮中の三諦のことが頭に浮かんできた。

小学生の頃、縄跳びは大得意だったのに、その頃の肉体と今の肉体はまったく別物になってしまっている。これが「仮諦」としての私。

その頃抱いていたこども心と、今の世界観や人間観は全然違うだろう。性格や性質も変わっただろう。感情なんていう話になったら、出てくる感情は、瞬間々々変化していく。つい今しがた、縄跳びなんて簡単さと思っていたのに、1分もすると、苦しい~という思いが顕在化する。変化し、または見え隠れする「空諦」としての私。

しかし、「私」という存在自体は、厳然と変わらず今も昔もここにある。「私」は一貫して「私」である。この不変の実体が、「中諦」としての私。

この三諦はそれぞれ一諦に含まれて、一諦のなかに三諦が現れるというのが、「円融の三諦」。これによって、人間というものを正しく全体的に把握することができるというのが、仏教的な人間や諸法の見方である。

これ分かったつもりでいたが、今日考えていたら、また分からなくなってきた。「つまるところ、僕は一体どうしたらいいのだろう?」。

夕方は一気に暗くなる。すぐそこで跳んでいるはずの姪っ子たちの姿は、凝視してもぼんやりとかすみ、ほとんど闇の中に溶け込んでいた。

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2006年11月23日

Champagne Supernova

昼間、家で『アフターダーク』を読み返していたが、急にドライブをしたくなって、小雨のなか出かけていった。

家から20分ぐらい走ったところに、僕のお気に入りの道がある。イギリスの村と村をつないでいる "B road" のように、細くてくねりと勾配があって、両側にぐっと緑が迫っている。ほんの数百メートルしか続かない、わずか数十秒の道のりだが、いつもイギリスの記憶が蘇ってくる。

それは具体的などこという場所ではなく、個々の場所が総合的に抽象化された僕のなかでの B road のイメージだ。雨が降ると、余計に緑の色は存在感を増す。そして、ますます彼の国の風景と重なってくる。

途中、TSUTAYAに寄って、Oasis のベストアルバム "Stop the Clocks" を買う。これ、出る前から買うつもりでいたんだ。イギリスにいたときに出会った、僕のなかでは今まででいちばん魅力的で今でも毎日思い出す女性が、Oasis のファンだった。

Oasis がテレビに出ていると、「すごいね、この国ってふつうにテレビで、 Oasis が歌ってるのを見られるんだね」と当たり前のことに妙に感心しながら、ときに涙しながら聴き入っていた。僕がいちばん好きなのは、"Champagne Supernova"。スローで諦観な感じがいい。

雨がひどくなってきた。空は一面、どんよりと低く垂れ込めた雲に覆われている。イギリスの冬の天気といえば大体がこんな感じだった。

... in a champagne supernova in the sky.... 歌いながら、なぜかうるうるしてくる。

家に戻ってきて、夕食のもつ鍋のおともに、壱岐の焼酎をストレートで飲む。そこで今日の感傷を終わりにすべく、このいかにも九州的な飲み物を、ぐいっと飲んだ。

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2006年11月21日

歴史はひとつの物語―「大和朝廷」ではありません

東京から戻ってきた昨晩も今日の昼間も予定が入っていたので、今晩の歴史の予習をするのは朝早くしかないと思い、珍しく朝早く起きて、頭を働かせていた。

といっても、寒いので寝床から出る気がせず、横になったまま教科書を読んだり、資料をチェックしたり。もちろん、そんな格好でそのまま起きていられるはずもなく、終わらないうちにまた寝てしまった。ぐうたらで「まあどうにかなる」主義の僕の悪い癖で、こういうときに睡眠のほうを優先してしまう。幸い、夕方時間ができたので、滑り込みセーフで準備ができた。

教えるようになって分かったことだけど、僕が習ったのと違う呼び名があり、時々とまどう。たとえば、「ヤマト王権」。僕は「大和朝廷」と教わったけど、「朝廷と呼ぶほどしっかりとした政治機構ではなかった。それに大和という表記は奈良時代以降のもの」というのが今の見解らしい。それにしても、カタカナで書かれるとどうも現代的なイメージになり、古代の話をしている気にならない。

それから、百済とか新羅といった朝鮮半島で覇権を争っていた国々の呼び名。これは「くだら」とか「しらぎ」ではなく、それぞれ「ペクチェ」「シルラ」という、おそらく原語の発音に沿ってカタカナのルビが付いている。驚いたのは「任那」という表現がなく、代わりに「加羅(伽耶)」と記されている。ウィキペディアなどを読むと、任那=加羅ではないようだが。

歴史というのはあくまでも仮説であるということを、こういうところから実感する。絶対にこれが正しい、と断言できる歴史解釈はほとんどなく、それは現代の問題ですらそうなのだから、ましていわんや古代においてをやである。逆にいうと、だからこそ歴史は面白いのだろう。謎が多い。異説が多い。歴史がある角度からつくられた物語であると考えると、ひとつの物語において歪められ、もしくは捨てられ、見落とされた別の物語が附随して本当は存在するのである。

今日は古墳時代の終わりから飛鳥時代、そして奈良時代の始まりのところまで教えた。飛鳥時代の舞台となった明日香村周辺の風景が浮かんできて、またゆっくり訪ねたくなった。先週末会った友人夫妻が、あそこはレンタサイクリングができると言っていたが、今度はそれをやってみようと思う。

2時間しゃべり倒したあと、パソコンを開くと、ちょうどこの時代の発掘についてニュースが出ていた。

飛鳥のVIP邸遺構か 新田部親王ゆかりの丘陵(共同通信)

きっとあの辺りは、掘ればそこらじゅう何か出てくるのだろう。

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2006年11月20日

自分らしく生きる

仕事を兼ねて、土曜から東京に来ている。定宿は満室で、他のめぼしい所も空きがなく、今回は初めて泊まるホテルだった。ビルの上階だけがホテル施設になっているので静かだ。宿泊者専用ラウンジがあって、飲み物はフリーだし、ライブラリーにもなっているので、ゆっくりと雑誌などを手にとって過ごすこともできる。気持ちのいい滞在だった。

ある友人と何年かぶりに会った。結婚式にも出なかったので、奥さんを交えて、お祝いを兼ねて会食した。とてもいい感じのお相手で、よくぞ見つけたなという感じだった。出会いがとても現代的な、つまりネットから始まった恋なのだが、彼女いわく「何ヶ月もメールで交換日記をして」、その後にリアルに出会うのである。聞いてて「そういう出会い方もドキドキしていいだろうな」と感心した。

彼は相変わらずほんわかとした雰囲気で、言葉の端々に「もっとも」という接続詞をはさみながらしゃべるスタイルは変わっていなかった。ほとんどの場合、「もっとも」に特段意味はないのだが、それはそれでいい。どうかお幸せに。

いろんな人たちと会った週末だった。最初の夜の食事から、なんとなく胃の調子がおかしかったが、楽しい時間が多く、そんなことを忘れて過ごしていた。

就職したと思ったら、いきなり独立してしまった友人。恋に翻弄され、しかしそれを楽しんでいるお姉さま。めくるめく人間のドラマが、このびっしりと人工物で敷き詰められた東京のような大都会には似合う。

人生に決まったパターンはない。模範なんてものはない。紆余曲折をへても、それが人間の成長につながっていればいいのだ。その時その時を一生懸命に生きる。それが「自分らしさ」を生み出す源泉だろうと思う。それは誰にも真似できないものであって、そうでなければ、わざわざこんな世の中で生きる価値はない。

またみんなと会えることを楽しみにしながら、僕もまた現実へ戻っていこう。

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2006年11月17日

「悔い改めたほうがいい」かあ

濃い1週間で、いろんなことが展開していった。今日も、ある問題が最終的に解決した。「お前いくつ問題があるんだ」と言われそうだが、たくさんあるのです。

移動中に勉強しようと思ったけど、疲れているのか1時間半ほどの間ずっと寝てしまって、たったの1ページも進まなかった。

堀江さんの今日の言葉「心がねじ曲がっている。悔い改めたほうがいい」はなかなか面白い。どんな裁判でも、メディアが検事の言動について吟味し、評価や批判することはほとんどないので、たまにはこんな言葉を吐かれてもいいのではないだろうか。検事だけはなんだか治外法権にいるみたいだもの。

人を責めてばかりの人間が逆に責められたら、どんな気持ちになるだろうか。検事たちは批判される経験をたくさんしたほうがいいと思う。それで人間のバランスが取れるのではないだろうか。そうじゃないと、ほんとただの人相が悪くて嫌味な人間の集まりに堕してしまう。

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2006年11月16日

ズルズル滑りながらも何とか前へ

とりあえず何かを書いておくという最近の姿勢は、それは今の気分なのだから大切にしようと思う。だから、書きたくなくなるまで、どうでもいいことを綴る。あしからず。

昼過ぎに電話をかけた相手から、「1時間以内にかけ直します」といわれ、けっこう重要な内容だったので、家から出ずに待っていた。移動中にかけられても話せることではなかったので。

3時間近く待ってもかかって来ない。今日は外へ出てそのまま福岡泊の予定で、もうさすがに出発しないとだめだなと思って、外へ出ようとしたその瞬間、かかってきた。絶妙のタイミング。

すんなりと話は進み、またひとつ、解決の目途が立っていなかった問題が、一気に前進した。今月ずっと頭を悩ませていたことだったので、安心した。

ぞくぞくするほど、不思議と願った方向に物事が動いていく。それも単純にそっちへ運んでくれるのではなく、険しい道を歩まされて、それでも諦めなかったら、最終的に好転するというのがお決まりのような。崖っぷちでズルズル片足滑りながら、でもなんとか落下せずに歩んでいる感じ。

昨日今日と、断続的に何人かの人と対話をしながら、人間の持つ力について考えていた。みんないろいろな悩み・課題を抱えながら生きている。表面的には見えない苦しみがあるものだ。しかし、それを乗り越える人と乗り越えられない人がいる。その岐路はけっこう単純で、気持ちの持ちよう次第だと思うんだけど、だからこそ簡単でもあり難しくもある。

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2006年11月15日

諦めるのは簡単だけど

何事においても、「諦める」ということは簡単だなと思う。諦めずに必死に努力することの辛さと比べたら、諦めてしまったほうが得策だと、弱気な心が誘惑する。

でも諦めるのはいつでもできる。だから、もうちょっとだけ抵抗して頑張ってみよう。そんな気持ちでここ数ヶ月は生きている気がする。一難去ってまた一難で、心休まるときがないが、これぞ人生の鍛錬だと思うと、愚痴も出なくなった。

ところで、昨日教えた歴史は、その子がどう感じたか不安だったが、渡したプリントの問題を今日休み時間に解いていたというし、他の子に喜んで昨日のことを語っていたという話を、同じクラスの姪っ子から聞いた。ひと安心。彼女の話を聞いた他の子が、私もぜひ教えてほしい、と言ってきたそうだが、増やしてもひとりふたりぐらいに抑えるつもり。

なんの縁か、こうしてその子に教えていることも、意味があることなのだろう。教えることの難しさを知ることは、僕のように「なぜ分からないかが分からない」と高慢なことを吐いていた人間にとっては大切なことだ。知恵と多角性、そして辛抱が必要だ。それらはすべて、自分の心の枠を広げることにつながる。小さな出来事に過ぎないが、そんな思いで丁寧に取り組もうと心がけている。

でも、学校の先生たちはそんなにひどい授業をしているのだろうか。首を傾げるばかりだ。

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2006年11月14日

今日から歴史を教える

先週、受験のことで相談を受けた女の子には、結局、歴史を教えることになった。数学や英語ならいいんだけど、歴史かあ……と躊躇したが、困っている人は救わねばならないと教える約束をした。僕、塾や家庭教師を職業にしているんじゃないんですけどね。

彼女自身も来月までは忙しいので、週に1回だけ。それでも6回ぐらいで、あらあら日本史を現代まで教えてしまおうと、およそ無理な計画を立てている。教科書が6章に分かれていたので、単純にそれに従ってやれば終わるじゃないかと思ったわけだが。すんごいスピードで時代を駆けていくのだ!

中学で習う歴史は、割り切った見方をすると、「覚えれば終わりじゃん」と言いたくなるのだが、苦手だという子はそれができないのだ。いざ教えるとなって、なんでだろうか、と考えてみたが、歴史の流れ(時代や出来事のつながりなど)をつかんでいないことが大きな原因かなと思った。

たとえば、今日教えたことでいうと、氷河時代の終焉と定住生活がどうつながっているかとか、縄文時代から弥生時代への変遷で、日本人の生活や文化で何が大きく変わっていったのか、原始的なクニがどうして弥生時代になって出現してくるのか、それが稲作が始まったこととどうつながっているのか、といったこと。物事をひとつひとつ独立して覚えることは難しいが、他と関連づけたら簡単だし、それぞれの歴史上の位置がはっきりする。そのことに重点を置いて教えようと思った。

それから、最初から細かいことを教えすぎると、木を見て森を見ないことになりかねないし、全体の流れがわかったうえでないと細部のことは覚えづらいだろうと思い、まずはなるだけ時代時代の大まかなつながりと変化、特徴について教えることにした。

教科書は正直言って分かりづらい記述をしているので、あまり参考にしないことにした。昔と比べて、内容がひどいような気がする(これは英語や数学を見ても同じ印象を受ける)。歴史が分からない理由のひとつが、実は教科書にあるのではないだろうか。

いろんな奇特な人々がいて、非常によくまとまった資料や問題がウェブ上で提供してあるので、それらを参考にさせてもらった。

歴史を好きになれない問題の根っこに、「先生が好きじゃない」という理由もあった。姪っ子も同じことを言っていたので、意外と誰が教えるのかというのは重要な要素なのだろう。僕も同じことを言われないように、努力して教え方や内容を良くしていくしかない。

根本的には、好奇心があるかないかということが、歴史にはまるかどうかの分かれ道になると思う。歴史を教えていくなかで、どこからでもいいので、興味を感じて好きになる導入点ができたらいいなと願っている。

最後に、今日2時間教えてみて思ったこと。いちばん歴史の勉強になっているのは、僕自身だろうということ。

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2006年11月13日

タイツが欠かせなくなってしまって

今日からわが家では、暖房を入れたりストーブをつけたりしている。ここ数日で一気に寒くなり、さすがにもう耐えられんとです。

去年の冬から、タイツというものを着用するようになった。昔ふうというかおじさんふうにいうと、ズボン下やももひきという、なんとも情けない響きのする代物である。暖房器具と同じで、一度使い始めたら手放せなくなる。そうは聞いていたけども、本当だった。

きっかけはユニクロに行ったときに見つけてしまったことだ。僕がイメージするタイツといったら、白やラクダ色の、着たら貧相で老いた感じに映るものだったが、そこにあったのは黒色で、なんとなく買ってみたくなった。そして、はまってしまった。

考えてみたら、下着でこそ体を温めるべきであり、外から防寒するよりはよほど効率的で見た目もすっきりする。夏物でも冬物でも、今は機能性に優れたインナーが出てきているが、確かにそれが筋の通った話なのだと思う。

「タイツの着用=おじさんになった証拠」を否定するために、声を大にしてそれを正当化する、しかない。

でも、いざというとき女性がババシャツを着ていると、きっとこちらはちょっとひくだろうことを考えると、同じことが言えるわけで……。気をつけよう。

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2006年11月12日

目に見えない力の働き

あの人どうしているかなとか、あの人と連絡を取らなければとか考えていると、その人から電話やメールが来たり、極端なときには本人が訪ねてきたりする。そんな経験は誰しもあるだろう。このところ、そういうことがやたらと多い。そばにいない人に思いが伝わるのは、なんだかクジラのサウンドチャンネルみたいで、不思議で驚くばかりだ。

祈るとか念じるとか願うとか、そういう行為のなかで期待していたことが結果として起きたときに、その原因結果をどう説明すべきだろうか。試験の前にしっかり勉強をしたとか、大会の前に懸命に練習したとか、そういう明らかな理由づけができる関係性のときは、そりゃあその人が頑張ったんでしょう、となるが、明確に何をしたらこうなる、と因果関係がわかってないことを人間は願望することが多々ある。それが叶ったとき、どう解釈したらいいのだろうか。

付き合いのある人たちのなかに、「願ったことは絶対に叶う」と信じきっている人が何人かいる。宗教というか信じているものはそれぞれ違うが、そばにいるとそのパワーに圧倒されそうになる。その人たちを見ていると、この世には精神によって生み出され、もしくは影響を与えられ、動かされている力があるのではないか、と思わざるを得なくなる。いやきっと、そうなのだ。それによって、願ったものごとが顕在化する。

月並みだが、精神の力を強く持たなければならない。そうすることで、歯車がかみ合ってものごとが思った方向へ動いていくのだ。あまり真剣にものごとに取り組んだことのない僕は、最近ようやくそのことの意味を実感しつつある。

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2006年11月10日

あの雑誌のにおいだけが残っている

今日は、前半は断続的に人からの相談を受け、後半はずっとパソコンに数字を打ち込んで、ある計算をしていた。いろんなことをこなしているなかで、一日のなかでの頭の切り替えが、最近は上手になってきたような気がする。

何かやっているときは、大胆に他のことを忘れるということが大事。それから時間制限を課すことで集中する。終わらなかったら、とにかく一旦はそこで諦める気持ちも必要だ。

ごとおびなので、もちろん支払関係も多々あったわけで、ドーンと落ち込みそうになるのだが、今しかこんな苦労はできないのだと思って、喜びながらやりくりするようにしている。それでもやっぱり辛いけど。タフになったなとわれながら思う。

夕方、ある問題にいきなり解決の光が差し込んできて、ひと安心。こんなときは、万物に対して感謝の祈りを捧げたくなる。

『日経ビジネス』を無料で試読しませんかとダイレクトメールが来たので申し込んでいたら、今日1冊目が届いた。時々買って読んでいたのだが、こういうのもぺらぺらめくっているだけで、随分とためになる情報や考え方が載っている。そして、こういう人間は、まんまと向こうの戦略に乗せられるタイプで、無料の8冊目が終わったあとも定期購読してしまいそうだ。

それで思い出したけど、『ニューズウィーク』の日本版が創刊されたときに、なぜか僕、定期購読の契約をしたんです。まだ高校生だったんだけど。なんか背伸びしてたんだろうな。あっ、もうひとつ思い出した。同じ高校時代、『今日のソ連邦』という、専門家以外は知りもしないような雑誌も講読していた。たしか駐日ソ連大使館が発行していたような気がする。ほとんど血迷っているなあ。学校の先生に、「お前そんなもん読んでいたら、赤だと思われて危ないぞ」と、まるで戦時中のような忠告を廊下で受けたことを覚えている。

なぜその雑誌を読んでいたのか判然としない。きっと、その頃はそんな思想的気分だったのだろう(そう考えると、今は転向者だなあ)。ただページをめくるたびに、独特の印刷のにおいがしたことだけは、今でもはっきりと思い出せる。

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2006年11月 9日

ブログは自分の軌跡がわかる

眞鍋かをりがブログで発信した内容と各記事へのアクセス数を計算すると、A4で2億4600万枚になるというニュースが昨日あった。たしかに、同じ内容を何万部も刷ることを考えたら、ものすごい環境効果があるだろうけど、そのまま比較してもなあという気がする。読者の側からするとネット上でのアクセスの簡便さ、発信側からすると低コストということを加味する必要があるだろう。

ネットだからこそ、コストや内容の質を吟味せずにどんどん活字にできるのであって、紙だったらそんなに書かないだろうし、読みもしないだろう。でも逆にいうと、それがネットの魅力でもあるわけで、媒体が違えば自ずとスタイルも違ってくると考えるべきなんだろうな。

自分のことを考えても、ブログがなかったらこんなに書きものをしないだろうということははっきりしている。毎回、原稿用紙で2~3枚は書いていて、今年は100回以上は書いているだろうから、300枚ぐらいにはなる。去年も別のブログで同じぐらい書いているから、長さとしては結構長い小説になる(実際に小説が書けるかどうかは別問題だが)。

ブログを書くことで、自分がいつどんなことを考えていたのか、記録として残せる。時々自分の書いたものを読み返すと、意外と「へぇ、こんなこと考えていたのか」とびっくりしたりする。拙い内容であっても、こういう形で書いておくことで、自分の軌跡が残るんだなと最近はよく思う。日記のように、その日にあったことを書き連ねる人が多いが、僕は何か考えたことをまとめておきたいという姿勢で書いている。

だから究極的には公開しないブログでもいいわけだけど、とりあえず公開していることで、書き手としての最小限の緊張を味わえるのではないかと思う。

駄文をどんどん蓄積していくことは、自分にとっては価値のあることなのだ。他人様にはどうかわからないが、そういうことで書き続けようと最近は考えている。

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2006年11月 8日

話は通じないものなのだ

バカの壁って本当あるよな、とあらためて認識した。ある人と全然話が通じていなかったことが判明したのだ。「あんた頭悪すぎだろう」と罵りたくなるが、他人は自分と違う思考回路を持っているのだから仕方ない。どう考えても、その人が取った判断が賢明だとは思えないけど、まあそれも人生。長く付き合っていくなかで、また考えが変わるやも知れず。

田舎にいると、話が通じないことが多々ある。因習深くて、開明的な考えのない人たちには、正直うんざりする。しかし、それを僕が悩んでも、自分が苦しむだけなので、近頃はあまり深く考えない。生活環境が問題だもの。その人たちは悪くないのだ。そういう考えで生きてきてなんら不都合を感じないような、空間的にも精神的にも狭い世界でずっと生きてきたのだし、これからもその枠から出るつもりはさらさらないのだから、それはそれで幸せな人生ということでいいのではないだろうか。

でも、そういう人たちを尊重しながらも、僕は僕の主張をしていかなければならない。僕の世界観、人生観が、言葉に行動に出なければいけない。肩に力入れるつもりはさらさらないけど、自然体のなかで、自分らしさを滲み出していかなければならない。そのなかで、少しでも他の人に影響を与えられたらいいのではないだろうか。

話は通じないもんだという、絶望的な前提が大事だ。でも、そこから前向きになることによって真摯な対話が生まれるのである。そんなことを時々思い出して、へこまないようにしている。

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2006年11月 7日

いつも「まあどうにかなる」

一気に冬の様相。じわりと季節が変わってくれることはないんだよな。別に地球が動きを加速するわけじゃないのに、なんである日突然、季節の変わり目がやってくるのだろうか。毎度のことながら不思議である。

今日はゆっくりする時間がなく、考えてみたらコーヒーを1杯も飲んでないことにさっき気づいた。そう思うと無性に飲みたくなって、夜11時前だというのに、濃い目のコーヒーをつくって、今飲んでいる。

夕方ひとつ用事をキャンセルして、ぎりぎりセーフで夜7時の家での約束に間に合うように帰ってきた。高校受験を控えた中3の女の子から勉強を教えてほしいと言われ、お母さんも交えて今晩話し合うことになっていたのだ。

十分成績はいいようだが、もっと頑張りたい、でも塾は嫌だということで、個人的に教えることになった。また無謀なことを決めてしまった、という不安もないではないが、受け答えのいいしっかりした子だったので、結局断りきれず、またもや、えぃっと見切り発車。まあどうにかなるでしょう。そうそう、以前臨時で数Ⅰを教えた高3の男の子は、無事に某公務員の試験に合格したのです。

僕自身、来月頭にある試験を受ける予定で、その勉強も遅れている。どうにかなるさ、と思っていたら、実はまだかなりの量が残っていた。その事実に気づいて、仕方がないからとりあえず笑った。

それでもまあ、どうにかなる。

考えてみたら、僕はずっとそうやって生きてきた。でも、今まではそれが怠惰と非効率につながっていた。そろそろそこから脱却して、強靭さを伴った楽観主義にならなければ。

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2006年11月 6日

雷の轟音、夢の中の夢

昨晩ブログを書き終えたあたりから、ゴロゴロと遠くの空が鳴りはじめた。九州では長い間雨が降らず、このところ少雨が問題になっていたので、「ああやっと天の恵みか」と喜んでいた。

午前1時頃、風呂に入ると同時に窓外がピカピカ光りだす。雨音がする。「いいね、雨だね」と思ったのも束の間、怒り狂ったように急に雷の轟音が始まった。そのうち一発、光った瞬間、大地が割れるようなけたたましい破裂音。ああどこか近くに落ちたに違いない。

それからいっとき猛烈に雨が降り、だんだん雷が遠のいたと思って安心した直後、もう一発大きな爆発。それで天は気が済んだのか、一気に雨が上がった。

変な夢を見た。

家に二人組みの泥棒が入った。僕は家にいたので、彼らが存在に気づいて土間から驚いて逃げる後ろ姿を、はっきりと目に焼き付けていた。

そのせいだろうか、次の夢に移ったとき、このことを現実だと思って、「今日泥棒が入ったんだ」と家に来た人に興奮して語っていた。話している相手は、なぜか「おぎやはぎ」のふたりだった。

しゃべっている途中で、さっきの泥棒は夢だったんだと認識した。なぜなら、舞台となっていた家が以前住んでいた家だったからだ。「今の家には土間がないもんな」と夢の中で脳が判断していた。それでも、そう感じている今は現実だと思っていた。

そのうち、おぎやはぎが目の前にいるのはおかしいじゃないかと思い始め、夢の中で「俺は夢を見ているんだ」とぼんやりと把握しだすと、ややこしくなって目が覚めた。

朝起きて外に出ると、地面が湿っていて、気温が昨日までと比べて少し下がっていた。ああそうだ、昨晩ものすごい雨が降ったんだった。雷と雨が寝ている間の僕の脳に何か影響を与えたのだろうか。茂木さんのこととか考えたり、昨日読んでいた本の中で漱石の『夢十夜』のことがでてきたりしたせいだろうか。

でも、なぜおぎやはぎだったのか……。

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2006年11月 5日

空仮中の三諦について考えたり

やりたいことと、やらなければいけないことを合わせると、とても一日は24時間では足りない。しかし、休みのときはゆっくり寝るのだと、昼近くまでふとんの中にいる僕。起きた後に、なんでもっと早く起きなかったかと後悔するのは毎度のことである。

家で溜まった財務関係の書類を整理する。ちょっと法的な交渉ごとをしようと企んでいて、その準備をそのあと始める。時間がかかる仕事になりそうで、友人の弁護士にもすでに話をしてある。家の事情に関わって生きていることで、僕はほとんどなんでも屋さん状態で、いろんなことをやっている。はあ~とため息が出るときもあるが、次の瞬間、えいっとやる気を出してそんな気分を払拭することに慣れてしまった。中毒か……。

家の書棚から本を引っ張り出してきて、仏教の「空仮中の三諦」について、少し読んで考える。仏教的認識論の基本をなすもののひとつだが、なんとなくそれが理解できてきた、というか、そうだなと納得できるようになってきた。

茂木健一郎さんが今日のブログで、釈迦の四門出遊について言及していた。茂木さんは、ひとつひとつは脳のニューロンの化学反応であるにも関わらず、その集合として「心」という有るとも無いともいえない存在になることを、心脳問題としてずっと探求されている。釈迦の四門出遊から始まった仏教の考えの究極のひとつが空仮中の三諦である。この認識の仕方はきっと、心という存在、その身体との関係性を考えるときのヒントになるのではないかと、僕は漠然と考えている。

夕方、体が鈍っていたので、久しぶりにウォーキングをする。いつも西へ向かって歩くのだが、今日は東へ行った。前方の山際には、うっすらと大きな月が。歩みを進めるとともに、月はだんだんと昇り、そしてオレンジ色に染まってくる。日が沈むのを眺めるのもいいが、月はやはりしみじみとしていい。

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2006年11月 4日

下痢も核問題も機能不全の表れ

汚い話です。

今朝どうも腹の具合が良くなく、起きてそのままトイレへ直行。すると軟便を超えて、液体のままの便がたくさん出た。どうしたんだ、おい。別に腹痛がするわけではなく、出たらすっきりしたのだが。

なんでかなと考えると、昨日の行動のなかで思い当たる節がいくつかある。

1.長時間イスに座っていた
2.ふだん飲まない缶コーヒーしかも冷たいのを飲んだ
3.ふだん飲まない熱燗を飲んだ
4.ふだん食べないインスタントラーメンを食べた
5.半額以下で夜遅く買ってきたマグロの赤身を酒のつまみとして食べた

全部のような、最後のマグロのような。

あんな便が出るということは、大腸で全然脱水をしていなかったということだろうか。ひと晩、機能不全。今はすっかり良くなったけど、腰が痛い。下痢したのだから仕方ないか。

さて、核保有の是非について議論しようと発言をしただけで問題になってしまうこの国の政治風土は、どうしたものだろうか。議論するのをダメだという民主主義の政治とは、いったい何なのだろうか。

決して僕は核を持ちたいと思っているわけではないし、核抑止論者ではない。けれども、これを感情論で判断していいのだろうか、という疑問がある。一般国民はそれでいいかもしれない。しかし、責任を持つべき政治家が、この問題に真摯に取り組まなくていいのだろうか。

持たないなら持たないでいいが、ではその代わりにどんな軍事・外交戦略で日本は進んでいくべきなのか。そういうことを何ら議論せずに、核について言及した人間に、ただヒステリックに反応するだけで、一体何が政治なのか。麻生氏を更迭要求する前に、どうやって今の東アジア情勢に立ち向かっていくのか、国会で真面目にタブーなしで議論したらいいではないか。

僕の腸が機能不全に陥ったのはたったひと晩だが、この国の政治とくに社民党や共産党は、安全保障についてずっと機能不全ではないか。

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2006年11月 3日

小さなことに囚われずに生きよう

地方のホテルで、ビジネス関係のセミナーに出席した。会場の片方の側面が一面窓で、外には山が迫り、岩や東屋や木々が、まるで風景画のように静かに美しく佇んでいる。柔らかな日の光を浴びて、山全体が新緑のように鮮やかだった。それを眺めているだけで、僕は今日ここへ来てよかったと思ったほどだ。

ここ数日、夜な夜な薄暗い光の下で、日蓮の「三世諸仏総勘文教相廃立」という書き物を読んでいる。またいつかまとまった考えを書きたいと思うが、「生ず可き始めも無きが故に死す可き終りも無し」などという文言を読んでいると、この世であれこれ悩み、それに引きずられて生きているのは、ちっぽけだなと思う。

現実の生活に汲々としているわが身だが、前にも書いたように、苦しみ方が変わってきて、心軽く喜んでそれを受けている。さらにもっと何か生の迷いを突き抜けたときに、より大きな展開があるように思う。

今日見た自然と自分の心とは、究極的につながっている。そう思えば、花々に向かって林に向かって声をかけたくなるし、愛おしくなる。そうしたら、笑みも自ずとこぼれるではないか。あんまり小さなことに囚われずに生きていこう。

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2006年11月 2日

マリアージュフレールのマルコポーロ

紅茶が飲みたいのに今うちには紅茶がない、と以前書いたが、それを読んだ友人が今日紅茶を送ってくれた。こういう気の使い方をしてくれる女性は素晴らしい。

マリアージュフレールの「マルコポーロ」。サイトで調べたら、ここのブランドのいちばん人気らしい。フランスの紅茶といえば、フォーションぐらいしか飲んだことのない僕としては、初体験のブランドというだけでわくわく。ちょうど友人が夕方来たので、食事のあと母や姉も交えて、一緒に飲んだ。

なんだろうか、バラのようなオレンジのような、ほのかに甘いいい香り。久しぶりにいただくフレーバーティーだった。香りを損ねないためにはストレートがいちばんいいのかなと思って、そのまま飲んでみた。おいしい~。

マルコポーロについて、「中国とチベットの珍しい花々とフルーツのフレーバーティー」という説明がいろんなところでなされているが、いったい中身はなんなのだろうか。

夜遅く、紅茶好きな姪っ子が食事しに来たので、また飲んだ。夕方から合計4杯飲んだので、ちょっとくらくらする。この感覚、とっても心地よいのだ。コーヒーの飲みすぎでは、こうはいかない。

紅茶は体を温めるが、コーヒーは逆に体を冷やす。やっぱりこれからの季節は紅茶なんだ。ああ、また1杯飲みたくなってきた。

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2006年11月 1日

頭や精神にも負荷を与えよう

水泳の選手はずっと水の中にいるので骨密度が低い、という話を聞いたことがある。片足立ちを時々やるだけで足の骨が強くなる、という話も聞いたことがある。どちらも重力が関係するのだろう。

負荷を与えるということは大事なことなんだ。肉体だけでなく、頭も精神も、時々ちょっときつい負荷を与えてあげないと、ダメになってしまう。

人生このまま、のほほんと生きていこうかなと時々思ったりするのだが、やっぱりそんなんじゃ充実しない。しかし、今の環境を考えたときに、自ら強いて何かを自分に課さなければ、今抱えている問題をクリアしたあとは、のんびりしていても誰も何も言いそうもない。

こんなことを考えるのは、力が有り余っている気がするからだ。いや、今も十分毎日忙しいのだが、もっと時間を効率よく使って、もっと知的な作業をやって、自分の頭の中からアウトプットできるものがあるんじゃないか、自分をもっと活かしていかなければいけないんじゃないか、と思う。さらにもっとインプットしなければいけない、という強迫観念もある。

世の知的でかつ忙しい人々は、その多忙のなかで次々と質の高い生産をしているわけで、僕なんぞが忙しいから何もできないなどと真顔で言ったら、それはただの阿呆でしかない。

話は逸れるが、最近の教育問題をめぐる事件を見ていると、心の鍛えが大切だなと思う。履修不足の責任を取る形で自殺した校長先生。いじめにあって自殺した生徒。それぞれ他人には想像できない苦しみがあったかもしれないが、そんなことでなぜ命を絶ってしまうのかと思いたくもなる。

僕も死にたいと思ったことはあるから、気持ちはわからないではないが、そういう心の重荷を負荷にしながら、精神を鍛えていかなければ人生を生きることにならないだろうと、今の僕は思う。その負荷によって、精神が強靭になり豊饒になったら、それでどれだけの人を今度は救えることか。

今日から11月。今年も6分の5が終わった。今年のラストスパートは全力で、と鼻の穴を大きくして力を入れている。

ああ、でもまずは鼻毛を抜こうか。

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