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2006年10月 4日

「すべては自分」と思えると幸せ

テレビをつけたら、News23でがんの特集が始まるところだった。最近がんには関心があるのでそのまま見ることにした。

今日は、余命三ヶ月といわれ闘病生活をしながらIT社長をしている藤田憲一さんを追った内容だった。以前もこの人のドキュメンタリーを見たことがあって、一度ならず人との話のなかで話題にしたこともある。その後どうされているのだろうかと思っていたので、今日はグッドタイミングだった。

ある講演会で彼がこんなことを言っていた。

「こうなったのは全部、自分の責任なんだと思えるようになると幸せだ。他人のせいにしてばかりいてはハッピーじゃない」(正確ではありませんが)

「それはわかっているよ」と誰でも言うかもしれないが、自分が苦境に陥ったときに、本当にそう思えるかどうかは疑問だ。僕は、僕の次元で、最近彼の言うような意味を自分に対して感じれるようになった。そうなってみて初めて、頭で分かっているのと心で深く感じ入るのとは全然違うとわかった。死を真正面に見据えて生活している藤田さんの感じ方はもっと深いものなのだろうが、僕なりに涙を浮かべて共感できるくだりだった。

僕はここ数年ずっと苦しんでいる。いろんな難問が次々と押し寄せ、もう生きているのが嫌だと思ったことは何度かある。3日に一度ぐらいは、家族のことなんか知るもんかと投げ出したくなった。つい他人を恨み、環境のせいにしたくなる。本気である人を呪い殺したくなったこともある。そもそも、ブログをしようと思った背景には、こういう精神のバランスを取れなくなってきている自分の危険性を、少しでも和らげたいという気持ちがあったからだった。毒気をここで吐き出したいという気持ちと、自分のなかの良質な部分を出す努力をしようという気持ちが交錯して今まで書いてきた。

それが最近、ぱっと心が開けて、「そうだ、すべては自分なんだ」と思えるようになった。この感覚を表現するのは難しい。今までもそう思ってきたつもりだったが、それとかなり違う感じ方なのだ。

そう思えるようになってからは、人や物事がまったく違って映るようになった。もちろん、「この野郎」と怒りを覚えることはあるし、「どうしてそうなるの」とうんざりすることもあるが、とっても軽やかな気分でそう思い、だから結局はポジティブな解釈へとなってしまうのだ。環境は苦しみのさなかにいる身だが、心は不思議なくらい楽しい境地にいる。

宿命や縁起といったことを積極的に捉えていくと、「自分」という存在は、自他ともの変革のまさに中心に位置しているのだという姿勢になれる。だからこそ、自分の心の世界を広げていかなければならないと思う。

生と死、生命と宇宙、そういったことの「問い」を続けて祈り生活していくなかで、それは行われていくのだろう。

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