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2006年10月20日

秋の夜の匂い

昨晩、昔からの友人が遊びに来て、いろいろ話していたら夜中の2時になっていた。

見送ろうと外に出ると、ひんやりとして秋の深まりを感じる夜だった。

大きく息を吸う。「ああ、秋の夜の匂いがするなあ。これだよこれ。この季節になると、あの頃を思い出すよなあ」

吸えば、冷たい空気の清々しさを感じる。それで体が凛とすると、大学時代、夜遅くまでたわいもないことを語り、どうでもいいことに熱中していた、そんな時代を思い出すのだ。それが匂いだ。僕らはとてつもなくいい加減な生活に、ものすごいエネルギーを費やしていた。一生懸命でバカだった。

毎日のように、深夜家路についていた。それは春でも夏でも冬でも同じだったが、なぜか思い出すのは秋なのだ。それも11月に差し掛かる頃の夜。今頃の遅い時間には、なにか独特の気配がある。

彼は日本のなかを転々とし、僕は日英を行ったり来たりしながら、お互いまさかこの時代に田舎に戻ってくるとは思いもせずに生きてきた。

それはそれでいいではないか。決して不幸なことではない。お互い必死に生きているのだから。それに将来、全然別の場所で会うことになるかもしれないし。

流れにまかせながら、それでいて、流れを自らつくろうともしつつ。冷徹に現実を直視ながら、しかし、ロマンと情熱をもって未来への歩みを続けなればならない。

丘の上にある大学を出ると、そこからまっすぐに下りの坂道が伸びていた。真夜中、門の前にある交差点で立ち止まって坂を眺めるのが、僕は好きだった。そこにはおそろしいほどの深い静寂があって、時間的にも空間的にも「永遠」を感じる場所だった。赤信号の点滅が、間抜けなほど規則正しく続いていた。

昨日僕らは、「始まりもなければ終わりもない」という生命観について、どういうことなんだろうなと話していた。どんな歩みをしてきていようが、これからどこへ向かって歩んでいこうが、若い頃に培ったものは、きっと精神の奥底で核となって、見え隠れしながら常に心を動かしているのだろう。

きっと僕らは、ずっとこういうことを話し合って生きていくのだ。

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