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2006年10月27日

履修問題―無駄から教養がうまれる

時間がないので端的に。

高校の履修科目の問題が浮き彫りになっているが、どうも納得がいかないのが、「生徒のためを思ってそうした」と言っている校長などの弁。「生徒のため思ったら世界史教えるだろうよ」と僕は画面に向かってぼやいている。

そもそも、「受験に関係ないものに時間を割きたくない」などと、生徒が堂々と功利的な主張をするような気風をつくってしまうなんて、一体どういうこと? それを受け入れる教師たちは、学校教育とは何だと思っているのだろうか? 不思議でならない。きっと中途半端に進学校なんだろうな。まあ、教師も生徒も受験システムの犠牲者かもしれないけど。そう考えると、気の毒だなあ。

予備校や塾じゃないんだから、学校ではたくさん一見無駄だと思えるようなことを教えなければいけないと思う。世界史なんて、習った細かいことなんかみんな大方忘れてしまう。でも、その果てに残る「何か」が大事なんだろう。それはきっと、その人の思想の見えないところを支えている「何か」になる。

無駄なことを勉強していない人は、僕はつまらない人間になると思うんだよな。人間的な魅力というのは、おおいに無駄なことを学ばないと出てこないんじゃないの? 教養は無駄から生まれてくるものだ。

さて、世界史を習ってないということは、もしかしてアレキサンダー大王とかナポレオンとか、そんな人物に対する知識すらほとんどないということなんだろうか? 歴史を勉強しないなんて、本当にもったいないと思う。

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