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2006年10月25日

どう苦しむか

月初から僕の頭を悩ませていた難しい案件があり、そのことを考えると、漆黒の闇の中に心が吸い込まれていきそうな苦しみを覚えていたのだが、一挙に意外な形で解決の方向へ向かった。人生っていうのは、不思議なことが起きるもんだ。

この問題への対処のなかで、精神的に僕はなにかひとつ大きなものをつかんだような気がする。苦しさのなかでもがいているうちに、生死の問題からしたらこんなものはちっぽけなことじゃないか、こんなことに囚われていてはいけない、それにすべては自分の生命の鍛えなのだ、喜べ、と思えるようになった。そうしたら苦しみが楽しみになり、心がしっかりと定まった。間もなく、考えもしなかった話がきて、道が開けた。

決して苦しみから目をそらすのではない。思いっきり苦しまなければいけないが、自分の心の位置がどのへんにあるかで、その苦しみ方が大きく違ってくる。苦境をありがたいと思い、それに前向きに取り組んだときに、もう地獄からは解放されている。

具体的にここに書けないが、まだまだいくつも問題がある。それに、新たな問題が次々と起こり続けるだろう。ひとつひとつ、精神の鍛えだと思って対処していきたい。

夜、外に出ると、小雨が降っていた。土の匂いがする。ああ清々しい。ひと安心してどっと疲れが出てきた体に、生気が戻ってきた。また頑張ろう。

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