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2006年7月19日

新聞の将来はどうなるのだろうか

NYタイムズ少し細く…記事5%減・経費節減49億円(読売新聞)

ちょっと前にニューズウィーク誌で、アメリカの新聞がITとくにブログの爆発的発展のなかでどう生き残ろうとしているか、という特集が組まれたことがあった。その記事の印象として、有力紙のなかではニューヨーク・タイムズがいちばん道が定まっていなくて、メディアとしても財政的な面でも苦しんでいるなと感じた。

実際、何年も前からニューヨーク・タイムズのサイトを訪問しているけど、紙媒体と同じ記事が、無料から有料になってみたり、また無料に戻ってみたりしている。もちろん迷っているのはここだけではない。ITの発展のなかで、今まで新聞が果たしてきた役割は完全に薄れてきている。テレビが出てきても新聞はなくならなかったんだから大丈夫だ、という楽観論があるが、新聞の最大のアドバンテージである一覧性や携帯のしやすさも、ITの技術革新にともなって、近い将来は電子メディアによって克服されているかもしれない。

新聞自体を小さくするというのは、短期的には財政的に効果があるかもしれない。しかし、新聞業界に突きつけられている問題はもっと根本的なことで、紙媒体の新聞は果たして存在し続けられるのかどうかという究極的な問題である。すでに記事にはニュース性がほとんどない。取材力・分析力・筆力からくる物語性が新聞の「読ませる」力だったろうが、それも絶対的に優位であり続ける保障は何もない。

10年経ったら、僕らが今持っている「新聞」という概念とはまったく違う新聞が世に出回っているかもしれない。しかし、ともあれ現在のところ、新聞業界は苦しんで悩み抜きながら、道を模索しているのである。少なくともアメリカやイギリスではそうだということを知っている。その作業のなかにきっと面白い知恵が出てくることだろう。

こんな激流の時代に、「再販制度」なる過保護な制度によって、ぬるま湯に浸かっている日本の新聞業界のなんという怠慢ぶり。各新聞社のサイトが全然充実していないのも、危機感のなさの表れだと思う。

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