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2006年7月30日

恐竜とほ乳類、さらに靖国問題

昨晩は夜遅く福岡の部屋へ来て、そのまま静かに寝ようと思ったけど、NHKスペシャル「恐竜とほ乳類 1億5千万年の戦い」の再放送が2回分続けてあったので、思わずしっかりと2時間見てしまった。その辺の知識がないからかもしれないけど、いやあ、むちゃくちゃ面白かったな。メモまで取っちゃった。一気に恐竜好きになりそうだ。巨大な恐竜の陰で、ほ乳類の努力のなんと涙ぐましいことか。結局、隕石という外的要因がなければ、永遠にほ乳類は恐竜に勝てなかったのだろうか? 勉強してみよう。

今ホットな話題である靖国の分祀のことが気になって、本屋でいくつか立ち読みした。正直言って僕の意見はまだまとまらない。基本的に「参拝して何が悪い」という立場できたし、「中国や韓国にとやかく言われれる筋合いはない」と思っていたが、最近はそこから少し考えが揺れている。別に、昭和天皇のお言葉でそうなっているわけではない。あのメモについて言うと、ああいうものは公にすべきだったろうか?という疑問がある。僕が思うのは、外交を考えるときに、もうひと回り大人にならなければいけないのかなということ。「心の問題」とか「内政干渉だ」とかいう執着心を超えて、何かもっと大きな視野でのビジョンというか戦略というか、そういうものを持ち合わせる必要があるのではないかと考えるようになってきた。どうしても、靖国の問題は国家の問題、歴史の問題になるからであり、であるならば他国という視点がどうしても不可欠だからだ。でも、そこから具体的にどう考えるかはまだまとまらない。じっくり考えよう。

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2006年7月24日

地方自治も面白い?

知り合いの市議会議員と話していたら話が盛り上がって、そのままひとつ仕事を請けあうことになった。それで何度か会って打ち合わせをしているのだが、本題はいつもすぐに終わって、後は国際情勢や国政、地方政治のことで意見交換している。

地元の議会や行政がどういう問題を抱え、国レベルと地方それも市町村のレベルとではいかに視点が違っているかなど、勉強になることが多い。この議員さんも、果たして地方における政治家の役割とは何だろうか?と日々悩まれている。

実際に、市町村で一議員ができることにはとても限りがある。国で予算が決まり、または政策が決定されている場合がある。もしくは県で予算が決まり、または政策が決定されている場合がある。さらに、近隣市町村の協議会のような機関に政策の決定権があるようなテーマもある。

現実的には、市全体のシステムを何か変えるような大きな仕事を任期中にたったひとつでもできれば、それで充分なのではないかと思う。でも、別に何もせずに議席を持っているだけの議員が多いなか、この人は真摯に役目を果たそうとしているし、しかもそれが空回りしない有能さを持ち合わせている。頑張ってほしいと思うし、少しは僕もできることがあれば応援してやりたい。

教育・健康・福祉・環境、このあたりできっと何か取り組めるテーマが見つかるだろう。地方自治も面白いかもなと新鮮な発見をしている昨今である。

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2006年7月22日

アイリッシュパブで飲む

仕事の関係者と夕食をとったあと、ひとりでアイリッシュパブへ行った。歩いて家へ帰るときはいつもこの店の前を通っていて、ずっと気になっていたんだ。

店内のなんとなく薄汚くて暗い感じが、いかにも向こうの場末のパブのようでいい。

久しぶりにギネスを1パイント飲んだ。それから、名前を忘れたけど、同じくアイリッシュのビールをハーフパイント。最後に、これまた久しぶりにブッシュミルズをロックで。たしか橋本龍太郎がこよなく愛していたウイスキーだ。もうそのハシリューもこの世にいないのだとしみじみと思いながら、ひとり飲む。

と言いつつ、本当は店員さんと3時間ほどずっとおしゃべりしていた。最初は、長崎出身という気さくな男性(店長?)と、ビールの話やら、長崎の話やら。でもほとんどは、柴崎コウ似でパッチリとした目のきれいなお姉さんと話していた。イギリスに住んでいたことがあるらしく、向こうの話や健康の話。実は家が近いということがわかり、近辺のローカルな話題なども。

おそらく福岡在住のイギリス人(アイルランド人はそんなにいないと思うので)などがよく来るのだろう、昨晩もちらほらと。みんな神妙な顔して、静かに飲んでいる。つまみなしで、ただ飲んでいる。ああ実にいい。また来よう。

<追記>
2番目に飲んだビールはキルケニーという名前だった。お店はHalf Penny 大名店。フレームを使ってあるのか、このお店のページから他ページへうまくリンクがつながっていません。全体のHPはこちらです。

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2006年7月20日

幹細胞と再生医療

米上院がES細胞研究推進法案を可決、ブッシュ大統領は拒否権行使へ(ロイター)

この法案とアメリカにおけるES細胞の研究環境の現状については、次のNY Times の記事で読んでみた。

Stem Cell Bill Seen as a Qualified Boon for Research

ES細胞だけでなく、他の幹細胞の研究についても、ブッシュ政権の下のアメリカでは進んでいないらしい。その間に、世界中でおそろしい勢いで研究が進んでいて、幹細胞を使っての再生医療の分野でアメリカが遅れを取っていることが、今回の議会での動きの背景にあるようだ。

幹細胞については、日本では最近画期的な試みがなされた。次の記事を参照ください。

乳房再建手術を実施 九州中央病院 (西日本新聞)

世界で最初となる自分の脂肪幹細胞を使った乳癌術後の乳房再建術を行いました (九州中央病院の関係ページより)

乳がんで乳房を部分切除した患者に対し、患者自身の脂肪細胞から取り出した幹細胞を、切除したところに移植して、最終的に乳房を再建しようというものである。これが成功したら、女性にとってはとんでもない朗報だと思う。僕がこの話をするたびに、聞き手は「そんなことが可能になってきているのか」とびっくりしている。

ES細胞は倫理的な問題が大きなハードルとして残るかもしれないが、他のいろいろな幹細胞は、臨床の場でどんどん使われていくのではないだろうか。アメリカでも、国が予算をつけない代わりに、州政府や民間からのお金で研究がされているのだそうだ。

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2006年7月19日

新聞の将来はどうなるのだろうか

NYタイムズ少し細く…記事5%減・経費節減49億円(読売新聞)

ちょっと前にニューズウィーク誌で、アメリカの新聞がITとくにブログの爆発的発展のなかでどう生き残ろうとしているか、という特集が組まれたことがあった。その記事の印象として、有力紙のなかではニューヨーク・タイムズがいちばん道が定まっていなくて、メディアとしても財政的な面でも苦しんでいるなと感じた。

実際、何年も前からニューヨーク・タイムズのサイトを訪問しているけど、紙媒体と同じ記事が、無料から有料になってみたり、また無料に戻ってみたりしている。もちろん迷っているのはここだけではない。ITの発展のなかで、今まで新聞が果たしてきた役割は完全に薄れてきている。テレビが出てきても新聞はなくならなかったんだから大丈夫だ、という楽観論があるが、新聞の最大のアドバンテージである一覧性や携帯のしやすさも、ITの技術革新にともなって、近い将来は電子メディアによって克服されているかもしれない。

新聞自体を小さくするというのは、短期的には財政的に効果があるかもしれない。しかし、新聞業界に突きつけられている問題はもっと根本的なことで、紙媒体の新聞は果たして存在し続けられるのかどうかという究極的な問題である。すでに記事にはニュース性がほとんどない。取材力・分析力・筆力からくる物語性が新聞の「読ませる」力だったろうが、それも絶対的に優位であり続ける保障は何もない。

10年経ったら、僕らが今持っている「新聞」という概念とはまったく違う新聞が世に出回っているかもしれない。しかし、ともあれ現在のところ、新聞業界は苦しんで悩み抜きながら、道を模索しているのである。少なくともアメリカやイギリスではそうだということを知っている。その作業のなかにきっと面白い知恵が出てくることだろう。

こんな激流の時代に、「再販制度」なる過保護な制度によって、ぬるま湯に浸かっている日本の新聞業界のなんという怠慢ぶり。各新聞社のサイトが全然充実していないのも、危機感のなさの表れだと思う。

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2006年7月17日

ミサイル問題への非難決議―日本は評価されていいのでは

北朝鮮のミサイル発射問題に対し、国連安保理が非難決議を出した。その一連の過程のなかで、日本政府が強硬姿勢を取り続けたことを批判する声が、野党やメディアをはじめとしてかなり見受けられるが、僕は逆にもっと評価していいのではないかと思う。

日本が当初から積極的に安保理で動いたことを、拙速であったとかもっと冷静であるべきだったとする意見にはどうも納得できない。今回の最大の当事者、つまりもっとも関心を示し脅威を感じるべき国は一体どこであったろうか? それは間違いなく日本である。その国がイニシアティブを取ろうと国際舞台で動いたことが、なぜ嘲笑されなければならないのだろうか? 動いて当たり前なのだ。逆に、いつものように関係各国の出方を見てから、その大勢に乗るような姿勢であったら、どう言うだろうか? 「どうして断固たる独自の外交をしないのか」と非難するに決まっている。

日中関係が総体としてもう少し良好なものであれば、もっとスムーズに物事は進んでいたかもしれないが、北朝鮮に関する問題であるのだから、どのみち中国は抵抗する姿勢を示したであろうことは容易に想像がつく。そもそも外交は、すんなりと解決するような単純な仕事ではない。それに、日本が戦後長い間、目立つ形ではリーダーシップを発揮してこなかったことを考えたら、いざやるとなると失敗も多々あるだろう。それを考えると、全会一致という結末を迎えることができたこと、非難決議にまで結論のレベルを上げることができたこと、妥協をする、駆け引きをするということが多少なりともできたこと、それによって中ロから譲歩を引き出せたことなどは、満足のいく成果だったのではないだろうか。

この決議で何か解決したかといえば、もちろん何も解決していない。これから具体的に、目に見えない部分で重層的なアプローチを、北朝鮮に対して、また関係国に対してしなくてはならないだろう。そういう意味で、日本はもっと外交の上手な国にならなければならないのは確かだ。しかし、それも経験でそうなっていくのだから、たとえ反省すべき点があるにせよ、怖がって何もしないよりは大胆に何かをしたほうがいい。なによりも、外交で完璧を求めるのはナンセンスだということを、僕たちはもっと知らなければいけないと思う。

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2006年7月16日

山本一太が安倍を支持する理由を知りたい

山本一太のサイト内にある「シンプル・メッセージ」を、ここ数ヶ月ずっと読んでいる。一日1~3本ほどアップされていて、すでに200本近い記事を読んできた。なぜ読んでいるのかというと、「なんでこの人、狂信者のように安倍晋三を持ち上げるのだろう?」という疑問があったからだ。やたらとここで情報発信しているので、きっと読んでいれば自ずと分かってくるだろうと思っていた。

しかし、安倍さんのことに触れている部分で書いてあるのは、「後継総裁は安倍さんしかいない」という言葉ばかり。僕が読む限り、一度たりとも「なぜか」という疑問に具体的に答えてくれたなと満足できるような言及はない。最近、山本氏自身が書いた『なぜ、いま、安倍晋三なのか』という本が出版されたらしいので、その本を読むしかないんだろう。政治家の書いた本は大体中身がなくて詰まらないので読みたくないけど、彼はその手のしょうもない本ではないと断言しているので、手にとってみるかあ。

本当に安倍晋三は能力あるのだろうか? 惚れこむほどの人間性を持っているのだろうか? というのも、総裁候補と目されている人たちの中で、彼がいちばんレベルが低い感じがするからだ。あくまで印象としてはですよ。だから、安倍さんにゾッコンの山本一太が、なにゆえにそうなっているのか知りたくて仕方がない。見識があるのか、はたまた盲目なだけか。

余談だが、山本氏は意外と誉められた話や自慢話を書くのが好きなようで、わりと一太好きな僕でも、時々読んでいて苦痛になる。どうしてそんなことばっかり書きたいかなあ。よっぽどふだん劣等感を味わっているのだろうか? 毎度「自分はそんなたいした人間ではない」などと断り書きしているのが、余計に嫌な印象を残してしまう。読んでいていつも残念だなと思う。

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2006年7月14日

血糖値をはかってみた

血糖値をはかる最新の装置を兄が持っている。この間、朝起き抜けの血糖値をはからせてもらったら、84でバッチリ正常値だった。そりゃそうだろう。今の生活のなかに、血糖値が上がる要素はほとんどないのだから。

血圧はよく家でチェックしている。大体いつも上110-下70ぐらい。心拍数は60回+αぐらい。どちらも問題なし。

何度か書いているように、僕自身は病院のお世話になったり薬を飲んだりしたことが全くといっていいほどなくて、血液検査も一度もしたことがない。それでいて実は、人の検査結果を見る機会は多いので、自分でも受けてみなければと思う。本当は人間ドッグに入って全て調べてもらう必要があるだろう。診断という点では、西洋医学は優れているので。

うん、近々行ってみよう。

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2006年7月12日

ジダンの悲哀(続)

BBCのニュースサイトを久しぶりに開いてみると、ジダンの話題でけっこう盛り上がっているじゃありませんか。全世界から寄せられている声を読んでいると、大方はジダン擁護で、何があろうとスーパープレイヤーであるという意見が多い。

BBC Radio Five が、例の決勝のシーンを読唇術の専門家に音声学的に解読してもらったということが、BBCのサイト記事に書かれている。やはり「テロリスト」という言葉が出ているのだが、何と訳すんだろうか、直訳すると「テロリスト娼婦の息子」(=英語訳は"You're the son of a terrorist whore")と罵ったらしい。

BBC Ten O'Clock News も専門家に見てもらった結果を伝えている。「お前と家族に醜悪な死を」と汚い言葉を吐いたという。

フランス現地時間の今夜、ジダン本人が会見を行なうらしいので、彼の口から本当のこと(とは限らないが)が語られるだろう。

Mirror というタブロイド紙によると、病気から回復したジダンの母は、この人はこの人ですごいことを言っている。マテラッティのキ○○マを切り落とす!と、ものすごい怒りなのだそうだ。タブロイドだからね、あんまり信じられませんが。

ああ、なんだかこのエントリー自体が、タブロイドかワイドショーみたいになってしまった。以上!

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2006年7月11日

ジダンの悲哀

どの番組を見ても、キャスターが苦々しい顔をしてワールドカップ決勝の報道をしている。もしもジダンの頭突き退場という事態がなければ、結果が同じイタリア優勝であっても、みんなもっと明るい顔してしゃべっていることだろう。それだけジダンの存在が大きかったということだ。

「移民の子」という生い立ちを逆なでるような言葉が、相手から発せられたのではないかなとすぐに思った。今までもそういうことはあったみたいだし、彼のフランスへの思い入れは、その悲しみや辛さと裏腹のものだろうから。このへんの事情は、追々明らかになっていくだろう。

ジダンのあの行為に対して、子どもたちに何と説明するのか、といった観点からの批判があるようだが、きれいごとだけでは済まされないのが人生だということを教えられていいではないかと思う。わかっていても怒りを抑えきれなかったジダン、その去り行く寂しい後ろ姿を見ながら悲しむ私たち。とっても人間らしいじゃないか。

前回大会の頃、僕は楽しい日々を送っていた。今大会は、逆にとても苦しいなかで迎え、そして終わった。僕はちっとも成長していない。4年間なんてあっという間だ。サッカーのW杯やオリンピックのたびにそう思う。4年後、われながらびっくりするほど大きく身の回りの環境を変え、頑張って生きてきたなと感動できるぐらいになっていたい。

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2006年7月 9日

好きな声

電話に出るとよく兄と間違われる。声がそっくりなんだそうだ。兄が入院している間などは、「あら、もう退院されたんですか?」などと驚かれることが日常茶飯事。そのたびに、僕は相手の勘違いを指摘しなければならないのである。時々面倒くさくて、そのまま相手に合わせて話し続けることさえある。

兄はみんなから「いい声ですね」と言われるから、きっと僕もいいのだろう(などと自分で言うべきではないが)。でも、僕は滑舌がよくない。これはどうにかしなきゃいかんといつも思う。それに比べて、昔プロの司会者だった姉はおそろしく滑らかにしゃべる。しかも、姉は姉でいい声なのだ。余談だが、親戚には司会業をやっている(もしくはやっていた)人が何人かいる。

声といえば、僕は伊達公子の声が好きだ。なんでそんなマイナーなところを突いてくるか、と笑われそうだが。彼女の声を存分に聴ける時はいつかというと、もちろんウィンブルドン大会の期間中である。僕は、彼女のちょっとこもって粘りっけのある揺らぐ声を聴きたいがためにウィンブルドンを見るようなおバカさんだ。テニスを見るというより、解説の声を聴いている。

もうひとつマイナーなところでいうと、九州のRKB毎日放送のアナウンサー・池尻和佳子さんの声も好きだ。伊達公子と同質の響きである。

それとは全然違うトーンなのだが、フジテレビのお昼のニュースを担当している高木広子さんの声もいいなあとよく思う。これまた、この人の声を聴きたいがために、わざわざお昼11時半という難しい時間帯に、どうにかしてニュースを見ようとすることがある。ちなみにウィキペディアの「高木広子」の項目にはこう書かれている。「声は甘く優しい。しかし媚びた感じでなく自然である。やや舌足らずな感もあるが、読みはしっかりしていて聞きやすい。あの声に癒される人は多いと思われる」。

声だけで人を魅了できるぐらいになりたいものだ。

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パソコン、修理へ

表題どおり、日夜ともに過ごしているパソコンがおかしくなった。わりと自分でどうにかするほうなので、いろいろと手段を講じてみたが、一向に改善しない。仕方なく修理をお願いすることにした。

今までずっとNECを使ってきて、どんな状況でも動き続けてくれていたので、まだ1年にも満たない今までになく丁寧に扱ってきたものが突然調子が悪くなって、ちょっと驚いている。ガットゥーゾのようにNECは強いと思っていたが……。パソコンも高度になればなるほど、それだけ繊細さもますのかなあ。

北朝鮮の暴走や中田の引退や身近な出来事や、いろいろ書こうとしていたことはあったが、そんなわけで書いている途中でフリーズしたり、完全に電源が落ちたりということが続き、その都度ため息。書いている途中で消えちゃったら、やる気なくしますね~。もうひとつ共有で使っているPCがあるんだけど、そっちに向かう気持ちも失せるもんね。

今日、修理受付のことで詳細を尋ねる電話をもらった。ひととおり話がついた後、僕はこんな質問をした。
「これって、直らないこともあるんでしょうか?」
相手の女性、冷静な声で
「いやあ、今までそういう例はございません」
そりゃあそうだよね、メーカーがやる保証つきの修理なんだから。ありゃ、愚問だったか?と電話を切ったあと苦笑しました。

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2006年7月 3日

フランス勝って興奮の一日

兄が別人のように元気になって退院し、僕の役目も幾分軽減された。この終末は下半期の過ごし方も含めて、あれこれと考えを巡らせたり、溜まった資料の整理をしたりしながら、心のリセットをはかることができた。

福岡の部屋にも久しぶりに泊まりに行った。いつもきれいにしているし、空気も自然に流れるつくりになっているので、ひと月行かなくても、部屋に入って息苦しくなることはなかった。

さて昨晩は、徹夜をしてサッカーを見るぞと決めていたが、イングランドの負けを見届けたと同時にどっと眠気が襲ってきて、ブラジル-フランス戦は見ながら不覚にも寝てしまっていた。目が覚めたらすでに朝10時過ぎ。どうせフランスは負けてしまったんだろうなと思って結果をチェックしたら、なんとなんと勝っているじゃありませんか! 大興奮して、かなりハイテンションで一日過ごしました。

そもそも徹夜をしようと思ったのは、これでジダンを見るのは最後かもしれないなという思いがあったから。寝るかもしれないという恐れもあったので、録画もちゃんとセットしていた。結果を知った後に、バカみたいに何度もアンリの得点シーンや終了の瞬間を再生。僕はひそかにアンリのファンだが、大一番に弱いと言われ続けていただけに、ここぞというときに決められて本当によかった。いつものように、ゴールを決めたあと、決めて当たり前さと言わんばかりに無表情でサイドへゆっくりと走っていく。あれがたまらなく好きだ。

サッカーのことは素人だけど、十数年前初めてイギリスへ行って以来(まだマンUにカントナがいた頃)けっこう見るようになった。前回のW杯日韓大会はあんまり面白くなかったけど、今回の決勝トーナメントは見応えのある試合が多いんじゃないだろうか。本当にサッカー気狂いの人は、眠れない日々を過ごしているんだろう。しかしそれとは逆に、時々テレビやラジオで、「いまだにワールドカップで盛り上がっている人もいるようですが云々」みたいなことを口にする司会者やDJがいるんだが、そういうことを口にする人たちの気が知れない。そういう人たちにとっては、日本が負けたら、ファッションとしてのサッカー熱も終わりなんだろう。

まあ僕も別にJリーグを見ているわけじゃないから、あまり人のことをとやかく言うのはやめよう。しかし、思わずサッカーのことを書いてしまいたいぐらい、今日は興奮してしまっていたということだ。イングランドの悲劇的な負け方も含めてね。

追伸 なんでベッカムはいつも長袖を着るんだろうか? 格好よく見えるからだろうか?

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