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2006年3月16日

無財の七施

ここ数日また寒さが戻り、今日などは風の音がなんとも哀切だった。

中村元の簡単に読める一般向けの本を、パラパラとめくった。曰く、仏教の説くところの中心は、「温かなこころ」である。いわゆる「慈悲」という言葉で、伝統的に言い表されているものだ。

我執を離れ人へ施すことに、具体的な「温かな心」の実践があるという。その施しだが、財がなくてもできる施しとして、雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)の「無財の七施(しちせ)」という話を紹介している。

1. 眼施(げんせ) ―常に好ましい眼差しで見る。

2. 和顔施(わげんせ) ―にこやかな和らいだ顔を示す。

3. 言辞施(ごんじせ) ―優しい言葉をかける。

4. 身施(しんせ) ―身をもって尊敬の態度を示す。

5. 心施(しんせ) ―よい心で施す。

6. 床座施(しょうざせ) ―他人のために座席を設けて座らせる(例えば、電車でお年寄りに席をゆずるなど)。

7. 房舎施(ぼうしゃせ) ―客人を家に自由に泊まらせる(誰も彼もというのは現代では難しいだろうと彼も言っている。大事な人に対してという解釈でいいだろう)。

どうですか皆さん、できてますか? そんなもん関係ないと一蹴する人もいるでしょうが。僕は、最近わりとできているかな。

常にそうできたら、そりゃあ素晴らしいだろうが、そこは凡夫なので、なかなか難しい。ただ、他人への姿勢として、これをひとつの理想とすることもできるだろう。まあ、荒れまくっている人間は、それはそれでものすごく面白いですけどね。

中村元は、「慈悲」の概念は、近しい人への思いというのを超えて、時間的にも空間的にも広がりがあるという(もちろん、その延長上に国際平和もある)。果たしてどこまで、自分はそれを広げることができるだろうか。最近、心を豊かにしなければという思いは募るばかりだが、それは仏教的には、慈悲の思いをどこまで広げられるかということになるのだろうと思う。

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