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2006年3月20日

草むしりに精を出す

ひと仕事終えたあと、庭の草むしりをする。

久しぶりに土の臭いをかいだ。大胆に奥のほうの木の下にもぐり込んでも、まだ春先なのでヘビの心配をする必要がない。雑草の葉と見紛うぐらい小さなカエルを、何匹か目撃する。そばで草が引っこ抜かれても、どれもあまり動きが敏捷でないのは、冬眠明けだからだろうか。うん?もしかしてまだ冬眠中で、無理やり地上に引っ張り出された? だとしたら、ごめんなさい。

koke 庭石がどれもいやまして苔むしている。きれいだなと思っていくつか接写したが、写真で見てみるとあまりその感じが出ない。よくわからない写真ですが、ご覧ください。

草むしりもやり出すと精が出るもので、3時間ぐらい続けた。まだまだ汗が迸るような季節ではないが、それでもだんだんと日差しが強くなって、体がじわりと汗ばむ。

中村元がこう言っていた。

日なたぼっこをしていると、太陽からの光線を私一人で受けているわけです。これは驚くべき事実だと思います。そうすると、この小さな一個の人間が偉大な宇宙をそこに具現している。こう考えていきますと、われわれが生きているということは、この地球の上だけの事実ではなくて、さらに宇宙的規模の事実でさえもある。人間に思考し、行動する自由が許されているとするならば、その道を通じてどんな小さなことでも、偉大な宇宙とつながっているということが言えるでありましょう。(『温かなこころ―東洋の理想』(春秋社、pp. 67-8))

こういう感受性、物事のとらえ方を、今の僕は大袈裟だとは思わない。額の汗を軽く拭いながら、このくだりを思い出し、「その通りだ」と素直に頷いた。

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