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2006年2月21日

野上弥生子―漱石先生への思い

臼杵でいちばん時間をかけたのは、野上弥生子文学記念館だった。彼女の作品はまったく読んだことないが、漱石門下ということで興味をひかれた。

展示のひとつに、漱石先生への思いが綴られているものがあった。曰く

「世界からどんなに喝采されようとも、
先生に否定されるやうなものなら恥しいと思った。
そんなものは決して書いてはならない」

同じく漱石の弟子であった芥川龍之介が、どこかで同じようなことを書いていた。弥生子とはまったく逆の言い方だが、先生に褒められさえすれば、他の人にはどんなに批判されてもいい、そんな趣旨の内容だった。芥川が漱石に作品をみせて、喜んだり落ち込んだりしている姿を想像し、僕は妙に感動したものだった。それと同じことを、この文学館でも感じた。

漱石門下というのは、僕の知る限りこういう心酔者ばかりだ。そうさせるだけの何かが、漱石に備わっていたのだろう。それは何だったのだろう?

師弟というのは大きな賭けだ。ついて行くべき人を誤っているかもしれないからだ。にも関わらず、いやだからこそ、その賭けに全身で飛び込んでいける弟子の姿は美しいと思う。

弥生子が漱石からもらった初めての手紙が展示してあった。そこには、細かく技術的な問題が書かれていた。彼女はきっと、その書簡を大事に保管していただろう。そして、99歳で逝去するまでの長い長い作家生活の間、漱石先生は彼女の頭のなかで、常に第一の読者であり続けたに違いない。

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